特別番外「ロカと姉と兄1」
時系列は本編一話リルが元服した年から七年後で、ネビーが婚約した頃、ルルがティエンに出会う前になります。紫電一閃の話と追加話で、出番の少なかったロカがメインのお話です。
私はひくらし竹細工職人の五女ロカ。近所の区立女学校に通う女学生で三日後十三才になる中年部生。
ここは私が暮らす広い広い六番地の治安を守ってくれる地区兵官達の中枢施設である屯所。番地中にある小屯所ととびとびにある特殊小屯所の親玉。
春に国に大事件があってから私の兄は激務でちっとも家に帰れなくなった。なにせ兄は若手出世頭の一人でまだ二十七歳なのに幹部の一人。
職員があまりにも帰れないので、数日間無帰宅者や帰宅日数があまりにも少ない職員の家族は事前登録申請許可制で現在区民立ち入り禁止の屯所へ入れる。
屯所前の仮事務所で職員の名前を告げて身分証明書を見せて記名などをすると荷物置き場になっている道場か食堂へ案内されるという流れ。
規定が変更されて三時間以内まで待てる、というけど三回鐘が鳴ったら、と緩め。鐘が鳴ったばかりだと二回に減らされるのでコツは鐘が鳴ってかなり経過してから臨時事務所へ顔を出すこと。
待てるのは三時間までだけど本人と会えるのは一時間。鐘が鳴ったら来て鐘が鳴ったらお別れ。
一日一回、食事と休憩を一時間ゆっくり仕事なしで過ごしましょうということ。
二十四時間勤務みたいな状態なのに一時間の休憩だけを保証はおかしいと思うけど仮眠もその人その人の体調や元々の睡眠時間などを考慮してなんとか、らしい。
地区兵官が倒れたらどうするの! と最近周りがザワザワ騒がしいから少しずつ元の勤務へ戻っていくはず。兄も七月からは家に帰れる予定と言っている。
今日は土曜で私は義兄ロイと共に兄に会いに屯所へやってきた。
ロイは私の姉の旦那。私はロイの性格は好きだけど存在は気に食わない。
母親代わりみたいだった姉を連れ去るようにして結婚したから少々恨んでいる。なのにまさかのロイと二人である。
日曜から兄の婚約者ウィオラのところに友人が来ていて話があるから毎晩兄と通っていたウィオラは兄のところへ行かない。
婚約者と付き添い人は二人で一組なのでウィオラと彼女の祖父と誰かで兄のところへ通うようになっていたけど、月曜からは男家族と女家族の誰かで通っている。
食堂でロイと二人で兄を待つ。「可」の札が来たので次の鐘が鳴ったら兄が来る。
私は木、金と連続でここへ来て兄と会えたから今日もで嬉しい。
家からここまでと同じくロイに愛想良く振る舞いながら兄がすぐにお弁当を食べられるように準備。
今日の夕食はロイの家に嫁いだ私の姉リルが作った。即席味噌汁も準備をして味噌汁腕にお湯を注ぐだけにする。
「ロカも食べて」という姉から言われたので今夜のお弁当は二人前。ロイはもう我が家で夕食を済ましてある。
そうして鐘が鳴って兄が私達のところへやってきた。挨拶を交わすと兄は私達に感謝をして腰を下ろした。
兄が手を合わせていただきます、とありがとうございますの言葉を口にしてお弁当箱の蓋を開いたので私も続く。
「……おおっ。ロカ、ロイさん。これはリルですか?」
私の母も四人の姉も料理上手だけど凝ったものをサラッと作れるのは長女、次女、四女でリルはその次女。
「うわあ。うさぎに猫にきつねがいる。かわゆい」
お弁当の中身はいなり寿司が沢山。上半分が包まれていなくて上に具があれこれ綺麗に乗っている。どれも意匠が異なっていて宝石箱みたい。宝石箱なんてみたことないけど。
「リルさんが月末のロカさんの誕生日祝いにネビーさんが休めるか分からないからロカさんと前祝いと」
我が家の誕生日は生まれた月の月末水曜に統一されている。
することは家族皆でお祝いの言葉を言うこと、夕食をとること、出来れば本人の好きな食事にすること、負担にならない贈り物をすること、その日は上げ膳据え膳。
家族が沢山なので貧乏時代はおめでとうを言う日で年末か年始に全員のお祝いということで家族で外食。
今年は去年と同じく月末最終土曜の趣味会後に友人達が私の暮らす長屋の合間机のところで誕生会をしてくれる。
「あはは。ロカにはよかだけど俺にまで動物とは。ロイさん。リルに和んだ、ありがとうと伝えて下さい。外回りで近くを通ったらまた手紙を渡しますけど」
「ええ」
亭主関白なのにロイは味噌汁腕を持ってお湯を注ぎに行ってくれた。お祝いだからゆっくりどうぞ、と言い残して。
こういう気遣い屋で優しいから好ましいけど存在は嫌い。
居ないと姉の幸せも我が家の成り上がりや幸福もないから居て良いけど結婚経緯だけは謝るまで許さない。一週間で結納して誘拐みたいに結婚する必要は無かったと思うから。
「ロイさんとロカなんて驚いた」
「私も。趣味会が終わって帰ったらルルがいて午後にリル姉ちゃん達が来るって言うて、こうなった」
「お前とロイさんだけって組み合わせは全然ないよな。何を話すんだ?」
「リル姉ちゃん話。あと作文のコツを聞いてた」
「上西地区の作文会のことか?」
「うん」
「俺はお前の誕生日も友人達との誕生会も休まないことにした。それより翌日のお前の学校の七夕祭だ」
七月はあちこちで七夕祭りがあるから学校行事の七夕祭は前倒しで行われる。することは趣味会の発表。私は合唱会だから歌う。
「えっ、休めるの?」
「趣味会の大きな発表会は年二回だろう? 生徒の親がわりといるから調整しないと暴動が起きる。俺も暴動側だ。婚約者と娘みたいな妹を見せろって。前から煌護省と担当者が勤務調整してる」
学校監査の名の下に娘の発表を見たい職員を発表会に交代で参加させるそうだ。
「名の下にっていうか働くけどな。いやあ、楽しみだ。ロカの合唱はウィオラさんが伴奏なんだろう? 二人まとめて見られるからその時間くらいは大丈夫そう」
「うわあ。ありがとう」
兄は私を娘みたいな、と言ったけど十四歳も違うから私も兄を父親みたいに思っている。
そこへロイが戻ってきたので今の話題と七夕祭りの話。親戚であるロイの家族も来てくれる予定で楽しみにしていると言ってくれた。
「お疲れ様。ルーベル。その弁当はどこの仕出し弁当だ? 今度娘に買ってやりたい」
二、三歳くらいの娘を抱っこする職員が私と兄の後ろで立ち止まって話しかけてきた。隣に綺麗な女性がいる。彼女は妻だろう。
チラッと確認したら結婚指輪をしていた。現在屯所勤務は主に幹部達らしいのでそれなりの家の人か我が家みたいな成り上がりだ。
「お疲れ様です。嫁にいった次女妹が作ってくれたお祝い弁当です。隣の妹が月末誕生日だけど帰れるか怪しいんで二人でどうぞって。最近この夕食時間を死守していたから受け取れました」
ぽんぽん、と兄に頭を撫でられた。
「歳の離れた妹さんもいたんだな。ははっ、半見習いの時のお前みたいで似ている。これが手作りか。うさぎは分かるけどきつねとかどうなってる。香物の飾り切りもなんか凄いけど」
「まるで料理が出来ない俺にはさっぱりです。次女妹は老舗旅館の厨房でたまに働いているし四女妹がそこの料理人なんで教わったんだと思います。二人とも職人の親父似でうんと器用で。かわゆい娘さんに一つどうぞ。何がよかかな?」
兄はお弁当箱を持って立ち上がって先輩の娘に中身を見せた。
「おっ、良かったなサリア。何がいい」
サリアは兄に人見知りのようで父親の胸に顔を埋めた。でもすぐに顔の向きを戻してお弁当の中を眺めて父、母、兄と様子見。
「……。娘さんはサリアちゃんって言うんですか。皇妃様の名前とは皇女様ですね。先輩、いくつですか?」
「秋で三つだ。ほらサリア。うさぎさん、うさぎさんって言うていただろう。ありがとうは?」
「おっ。うさぎか。皇女様はお目が高い。サリア姫、うさぎはかわゆくて優しい皇女様の遣いだからうさぎは当然だけどきつねが妬きもちだ。コンコン、僕も食べて皇女様! かわゆい皇女様と一緒にいたいよー」
手できつねの形を作ると兄はサリアの顔の前で動かした。
「あはは。笑ってる。かわゆいですね。うさぎもきつねも食べるかな?」
「サリアはね、あのね、エビがすき」
「おお、サリア姫。こっちのエビですか! お目が高い。幻のエビで食べると元気いっぱいになりますよ」
「うさぎさんはもっとすきなの」
「それなら皇女様、うさぎも連れていってくれますか?」
「きつねさんかわいそう。サリアといたいのに」
「それは全部食べるしかないですね」
「こら、サリア。そんなに食べられないでしょう。ふふっ、ありがとうございます」
兄達は会話しながら隣の机に着席して兄はサリアにお弁当をお裾分け。代わりに先輩のお弁当のたまご焼きをもらって帰ってきた。
兄がコンコンしていたからか減ったのはきつねの形のいなり寿司。うさぎじゃないんだ。
「あはは。この制度で仕事で縁がなかった同僚と話すようになったり知らない家族構成を知るようになりました。俺にやたら妹がいるっていうのも最近知られてきています」
「お兄さん、前は知られてなかったの?」
食べる量が減って痩せたら困るから私のいなり寿司を一つ移動。
「ありがとうロカ。知ってる人は知っているけど知らない人の方が大多数」
「やはりネビーさんは子どもに慣れていますね。自分は子持ちになってもイマイチです」
「お兄さんは早く子ども欲しい? まあ、福神様が気まぐれに宿すから欲しいって言うても無理だけどさ。キスしたらそうなるんでしょう? だから祝言前におめでたもあるんだよね」
「ゲ、ゲホゲホ。こんな人が沢山いるところでその単語を言うな。せめてき、とかきとすとか言え。慎みのあるお嬢さんになって欲しいから女学生なのに気をつけろ」
「学校でもそう言われるけど平家娘の下町育ちで幼馴染が使うし私の友人達も高望み教育の平家女学生が多いから皆使ってるよ」
「使ってるよ、じゃなくて使わないようにしろ。ウィオラさんを手本にしろ」
「えー。さすがにあそこまでは無理。まだ泊まってるユラさんにかまとと女とか言われてた。あの女の人、私達には礼儀正しいけど目が怖いしウィオラ先生にはなんか雑っていうか悪態ついてる」
一区暮らしだった頃の友人、とウィオラが告げたけどユラは「知り合い」という。調べたいことがあるからウィオラの部屋を宿代わりにさせてもらっていて明日帰るそうだ。
朝は姿を見なくてウィオラによればラルスに三味線と琴の稽古をつけてもらっている。その通りで音が聴こえてくる。
ウィオラが仕事中はラルスとどこかに行っていて夕食頃に帰宅。それで彼女は夕食から寝るまでウィオラと過ごしている。
「外面良しでウィオラさんとは親しいってことだ」
「あの人、このじめじめした時期は具合が悪いから仕事を休んでるって言うてたけどお母さんが茶屋で売り子をしてるのを見たって」
「一区は物価が高いしウィオラさんとそこそこ親しかったから引っ越して来るかもって筆記帳に書いてあった」
「そうらしいよね。なのにお母さんを無視するんだって。長屋の部屋が空きそうとか長期で働くならお店に心当たりがあるとかひくらしだって美人売り子が欲しいけど結構ですって。変っていうか目が怖いって私と同じ感想」
「ウィオラさんはなんか言ってたか? 母上やお前ならなんか言うだろう」
場所が場所だから兄は母ちゃんではなくて母上と言うみたい。変な感じ。
「うん……。一人で生きてきたから誰も信じてなくて目が怖いのは悲しいことを沢山見てきたからって。それで自分もあまり知らないけどロカさんよりは知っています。困ったら助けてくれる優しい人ですよって言うてた」
「世の中には色々な人がいるからなぁ」
兄は少し遠い目をした。
「お兄さんはさすがに何か知ってる?」
「知らない。筆記帳に似たようなことが書いてあった」
「あんな感じの人と友人なのにウィオラ先生はどう見ても品の良いお嬢様。変なのー。ウィオラ先生と登下校中しか一緒にいられなくてつまらない。ラルスさんとユラさんとするからって料理も別々にしてるの」
ウィオラは早起きして畑のお世話をして母かラルスと朝食を作るか洗濯をする。私もそこに混じっていた。
それで後片付けや大きな洗濯物は母やラルスに任せて私と一緒に朝勉強。私は学校のことではなくて薬師に向けた勉強でウィオラは授業前の確認。だけど日曜からずっとそれがない。
「あんなって言うな。ウィオラさんの友人だぞ。お前だって友人をあんなって言われたら嫌だろう。ウィオラさんが困っている時に助けてくれたって言うた人だぞ」
「好きな人の好きな人だからって気にいる訳ないじゃん。外面良しだし悪さもされてないけどさあ」
兄は結納してからウィオラ、ウィオラ、ウィオラという様子で気に食わなかったけどまた兄を独占気味になったらなったでモヤモヤする。
ウィオラ本人をあっという間に好きになったのもあるしウィオラが会いに来ないと兄は彼女に会えないから可哀想。
昨日と同じく兄はきっとこう言う。ウィオラさんは元気か、俺に何か言っていたかって。
「別に好きになる必要なんてないだろう。嫌とか苦手なら挨拶だけしとけ。向こうも親しくする気がないなら近寄ってこないから。ウィオラさんは元気か? 俺に何か伝言とかあるか?」
「別に何も。昨日と同じで倒れないで下さいって。連絡帳に何か書いてあるんじゃない? そうだった。忘れないうちに連絡帳と手紙」
連絡帳は家族、ラルス、ウィオラの三冊でそこにガイ、ロイ、リル、ルル、レイからの手紙。
「ありがとう」
受け取った兄はウィオラとの連絡帳だけ開いて寂しそうな表情を浮かべた。昨日もこうだったので私はユラに早く帰って欲しい。
それかさっさと引っ越してきて我が家と親しくなってもらって世話係はウィオラではなくて我が家やご近所さんにしてウィオラを兄に会わせたい。
それで連絡帳を閉じて食事の続き。話題はまた私の学校の七夕祭のことでロイと三人で会話。
(大事にしてくれていると思ったら急に会わないって何。一日くらい兄ちゃんに会いに来る日でも良くない?)
新生活なのに兄に頼まれて毎日、毎日仕事終わりに屯所通いは嫌だったのかも。ウィオラはそんなに兄の話をしない。
正確には心配話などはしてくれているけど気持ちの話みたいなのはしないの方だ。
(会いたいですかって聞くとルルさんどうぞ、レイさんどうぞ、ロカさんどうぞだし。兄ちゃん可哀想。でも頼んだって恋穴の深ところに落ちる訳じゃないってお母さんもルカ姉ちゃんも言うてたからなぁ)
兄はやはり女運が悪い。毎日お見合いのようなものでとっかかりはお互い前向きだから恋人宣言の結納なのにこの激務。こんなのちっとも親しくなれない。
ラルスに解説されたけど兄とウィオラは半同居仮結納。
学校では縁談関係はまだ習っていないけど担任に知人の話として近くに住んで通ってもらう仮結納とはどういうことなのか質問したら解説してくれた。
身分格差があるから価値観の擦り合わせや確認をしたい。どちらも家族ぐるみの付き合い重視なのだろうという解答。
(私は別に私と親しくならなくても兄ちゃんを大切にしてくれる人がええから家族ぐるみの付き合い重視って的外れ)
兄はいつもそう。家族や妹達優先。相手優先。
(それなのにウィオラ先生には甘えて来てもらったりお弁当や掃除を頼んで……。お嫁さんでもないのに嫌か。先生も疲れてるのに……。意地悪先生に虐められたし……)
甘えたらウィオラを疲れさせたり嫌がられるし、何かしてあげたくても今の兄に出来ることは大してないと思う。
「お兄さん、ウィオラ先生の学校の問題はどうなった? 俺は無理だから頼れる人に相談するって書いてあってそれっきりだけど」
「ああ、悪い。心配してるロカに言うてなかった。ウィオラさんが自分で解決して頼れる人に頼っていたから問題ない」
「大丈夫かなぁ。先生朝から泣いたんだよ。落ち込んだ顔でぼんやりしてさあ。目にゴミって言うたけどあれは嘘だよ」
「えっ。いつだそれ。最近か?」
「五月の終わり頃。ここに来られるようになる前。いつもニコニコしてるけどたまに落ち込んだ顔してた。最近は平気そう」
「へえ……」
兄はごちそうさまでした、と口にしてお弁当箱を片付けた。なぜか困り笑いを浮かべているだけ。
「ロイさん、急な呼び出しは嫌なので先に歯を磨いてきます。ロカは知ってるな」
失礼します、と兄は離席。
「へぇって興味ないんでしょうか。過保護で心配症なのに。私のことだったら根掘り葉掘り聞いてきます。えっ。興味ないってまさかもう婚約破棄? ええっ。えー……」
「どうでしょう」
「ウィオラ先生もあまり熱がないです。お兄さんは何もしないのに自分はお世話係だから嫌になったのかも。お兄さんはしない、じゃなくて忙しくて出来ないの方ですけど」
兄はついに自分のことを考えて結納した! と嬉しかったし本人もとても幸せそうだと思っていたのにこんなにあっさり終わってしまうものなのか……。
相手が誰でも嫌なモヤモヤ感を抱くだろうけど、とても好ましい女の人だから良かったと感じていたのに残念である。
「……」
「ロカさん、それは良くないと思います」
「はい」
私は注意されたけど兄とウィオラの連絡帳に手を伸ばして栞が挟んであるところを開いた。ロイは止めないんだ。それなら黙っていてくれるだろうしそう言おう。
頁の始まりは今日の日付でウィオラは今日のお弁当のことを書いていた。
リルが私と兄のために作ったこと、動物いなり寿司の作り方を教わること、それから私のこと。
七夕祭に向けて一生懸命練習していて今日は趣味会参加日だから見られたし聴いた。そういう私のことが長めに書いてある。
(伴奏に気合いが入ります。これだとなんだか保護者への報告。やはり本当の優しさが何か分かりません。私は彼女の居場所を奪ってしまったようです。これは直接聞いて欲しいです。何の話だろう……)
「うおい、ロカ。別に困らないけど盗み見するとはどういうことだ。気になるなら見せろって言え。ロイさんはなぜ傍観したんですか」
「悪いことだと理解しているのに覗くならネビーさんと喧嘩する覚悟があると思いました。こうして直接見なければ告げ口するつもりでした。痛みのない怪我は忘れてまた同じ過ちを繰り返します」
兄に説教させるために傍観したんだ。ムカつく。
「それは一理あります。まあ、喧嘩にはならないです。家族に運んでもらっているんで盗み見されても困らないことしか書いてないです。多少恥ずかしい話もあるけど婚約者ですし」
「ロカさんはネビーさんもウィオラさんもお互い気持ちがなさそうで婚約破棄になるのは悲しいと思ったから違うと知りたかったみたいです」
「よし、久々に説教だロカ。正座しろ。ロイさんの言う通り痛みのない怪我は忘れる。いいかロカ。俺は気にしなかったけどウィオラさんは違うかもしれない。信用して預けてくれたのにぶち壊し。お前はお前のせいで俺が婚約破棄でもよかなのか? 心配で気になって、なら本末転倒だろう」
屯所の食堂でお説教開始とは耳が痛いし周囲の目も気になるので最悪。ロイが強めに止めてくれたらこうはならなかったのに。
「すみませんでした。もう二度としません。心配でつい魔がさしました」
「不貞腐れた顔をするな。性根が悪い証拠だ。俺はウィオラさんに告げ口するからな。妹が盗み見しましたって。あとロイさんにそういう目をするな。他人が止めなきゃ止まれないなんて未熟な証だ。人のせいにするんじゃねぇ」
「していません。反省しました」
バレてる。職場でも道場でも教育係をしているからなのか誤魔化しや謝ってやり過ごす、という手は通じない。
「うるせえって顔だ。お前はお前のせいで俺が婚約破棄でもよかなのか? 質問に答えろ」
「それは嫌です。そこまで考えていませんでした」
「そこまで頭が回らなかったなら次から気をつけろ。後の祭りかもしれない。俺は言うからな。お前の信用ぶち壊しでウィオラさんにお前が嫌われようが俺が袖振りでも言う」
「……。はい」
「黙っていたら分からないのにって思ったか?」
「思っていません」
思った。いつもこんな感じになるけどなんで見抜かれるの。
「なら自分から言え。私は自分で謝りますって。自分の代わりに悪いことをしていないお兄さんに頭を下げさせたくないっていう気持ちはないってことだ」
兄はこう、的確で嫌な指摘をするから本当に耳が痛い。
「気持ちがないんじゃなくて言われないと分からなかった、の方です。それは嫌だから自分で言います」
「うるせえとかこんなところでってその通りだ。でも話を真面目に聞け」
「そんなこと言っていません。真面目に聞いています」
「いや、顔に書いてある」
「それは決めつけです。勝手に決めないで下さい」
「おお。言い返せてええな。でも残念だが顔に書いてある。俺は今までの経験上お前は反省して直すと信じているからもう終わり。なんでかわゆい妹を人前で叱らなきゃいけないんだ。知っての通り疲れていて癒されたいんだから叱らせないでくれ」
これが一番堪えたかも。
「それもそこまで考えてなかったです。すみません……」
「あとありがとう。心配してくれたんだな」
睨みから一転、笑顔になった兄に頭をポンポンと撫でられた。これで私がウィオラに黙っていたらまたお説教されるだろう。
「ロイさんはロカに何かありますか?」
「ロカさん、惜しいです。右から左に聞き流して返事は短くですまし顔をしていると嵐は去ります」
「あはは。ガイさんがたまに怒っています。昔から人の話を聞かないって」
「レオさんも息子は聞いているようで聞いてないか、たまに頭の中が分からないって言うています」
「で、二人とも似たことでデオン先生に叱られるっていう」
ロイはわざと笑いを取るような話をしてくれたんだろうし兄もそこに乗っかった。雰囲気を変えようということだろう。
たかが盗み見なのに私が傷つく責め方で叱られたからつい泣いたので兄はまだ頭を撫でてくれている。たかが盗み見、ではなかった。
私は私をそれなりに大人びている人間で学校で先生にも言われるけど周りがこうだからまだまだ子どもだなと思い知らされる。




