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お見合い結婚しました【本編完結済】  作者: あやぺん
日常編

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感想より小話編「先輩の家の謎の若嫁さん2」

 配膳された茶碗蒸しの蓋を開いたら、昼食時のガイが食べていた黄色いものではなくてエビの身と三つ葉の茎の汁物だった。上に三つ葉が浮いている。


「こちらはエビのあんかけ茶碗蒸ししです。あんかけというボブレルス料理の下に茶碗蒸しがあるので匙でお召し上がり下さい」とテルルが説明してくれた。

 ボブレルス国料理が王都、それも家庭料理にまで浸透し始めているとは驚き。

 我が家へはまだだけどあんかけ料理はちらほら見るようになったので遅かれ早かれ家でも食べられるかもしれないと思っていた。


莫羅稀(バラレ)がついに独立して属国化したからな)


 器で火傷しないようにと言われたので気をつけつつ茶碗蒸しに匙を入れたら柔らかな感触だった。

 下からガイがお弁当で食べていた黄色いぷるぷるしたものが現れたのでエビのあんかけと共に口に含むと絹豆腐のような食感だった。


「ボブレルス料理なんてどちらで覚えたのですか?」


 タビスのこの問いかけに誰も何も返事をしない。食事に夢中という様子だったリルがハッと目を丸くして周りを見渡す。


「ボブレルス料理は新婚旅行で口にして、妻が粉屋で料理本と片栗粉というものを見つけてくれました。ですよね、リルさん」

「……はい。中央区で片栗粉を買いました」

「両親が旅館経営者と親しくしているので、料理本を貸す代わりに工夫を教わったり片栗粉を少し売ってもらっています」

「あんかけ茶碗蒸しは盗まれました」


 ……?


「母上かリルさんが考案したのをかめ屋に教えたのですか?」

「お義母さんが考えて二人で試してお昼ご飯にしました。その話をしたらよこ……」


 大きく、大きく目を見開くとリルは慌てて唇を結んで俯いた。笑顔だけど目が怖いテルルがリルをジッと見据えている。


(嫁の発言が気に食わない、と。怖ぇ。我が家は母と嫁は親しいけど家によっては嫁姑問題だからな)


「ご飯のおかわりはいかがですか?」


 テルルに促されたので美味いたけのこをもっと食べよう、と思ったらタビスが先にお茶碗を手に取った。


「はい、いただきます! 茶漬けも試して良いですか?」

「ええ、もちろんです。沢山ありますから遠慮せずどうぞ」


 タビスの隣にいるのはロイなので彼が茶碗を預かってリルへ「お願いします」と差し出した。


「自分もいただきます」

「俺も食べる。いや、アジも気になるんだよな」


 リルのところへ茶碗が集まって彼女はおひつから茶碗にご飯を盛るとお茶漬けの具材が取れる場所へ移動して「何にいたしましょうか」とお店の給仕のように動いた。


(悪いことをしたな。まぁ、これも嫁の仕事か。でも俺達は上司ではなくて後輩だから雑でええんだけどな)


「なぁ、リルさん。たけのこの煮物は実家の味付けか? アジのたたきは前と味付けを変えたんだな」

「料理長さんが両方でも味が喧嘩しない味付けを教えてくれました」

「いつもと味付けが違うけどこれもまぁええかと思っていたら料理長さんに教わった味付けなのか。リルさん、それなら試しに両方乗せてくれ」

「はい」


 ガイはいつもと味付けが違う、とサラッと告げて「まぁええか」ということは美味しい味付けだけど不満だったのだろう。

 いきつけ店の料理の味が変わって文句をぶつぶつ言ってお店をすぐに出たことがあるから仕事と異なり食の好みには偏屈気味なのは知っている。

 

(新米嫁は大変だ。料理長が誰か分からないけどそれでガイさんからの味への非難を免れられた、と)


「料理長さんとはどなたですか?」


 俺が聞きたいことをタビスが質問してくれた。


「妻の幼馴染が旅館の女将で家族揃って親しくて料理長さんもその一人だ」

「ああ。あのかめ屋の。以前ご馳走して下さった。近かったら家族で何度も行くんですが少々遠くて」


 そういえばガイの妻も卿家ではなくて豪家だったな、と思い出した。その時点でガイの縁談は邪道派だ。

 飲んでいる時の話の流れで知ってなぜ卿家ではなくて役人系の豪家の娘を、と思ったことがあって老舗旅館の若女将と幼馴染みたいな普通の卿家にはないツテコネが欲しかったからだと合点がいったのを思い出す。

 他の料理も美味しいけど茶漬けもやたら美味しいので食が進むし、この料理やおもてなしでガイは同僚と交流しているから良い考えの縁談だけど跡取り息子だと普通はしない縁結びだ。


「君の家からは確かに遠いというか面倒だよな。立ち乗り馬車の経路が違うから歩きになってちょっとした日帰り旅行になる」

「ええ。その通りです。旅館の料理長さんに教えてもらえるからこのように料理が美味しいのですね」

「いや、そこからあーでもない、こーでもないと工夫したり逆に教えていたりする。我が家の炊事は本職が担ってくれているようで俺は果報者だ。そこらで外食をしても味があまり」


 リル曰く、テルルが考案したあんかけ茶碗蒸しはかめ屋に「盗まれた」らしいしな。

 ささやかな祝言祝いをちび祝言祝いだったし言葉選びは重要。


「自慢屋なので本職のようだは過剰表現です。主人はこだわりがあるので合わせているだけです。家庭の味が落ち着くのは誰もがそうでしょうけど彼は特にそうで」


 テルルは褒められてまんざらでもなさそうだけどリルは表情を変えずにお茶漬けを口に運んでいる。

 俺はこの嫁が気になって仕方がないので少し質問してみることにする。


「ロイ君は跡取り息子ですから卿家から嫁取りだと思っていましたけど先程の話だと違いそうですね。そういえば先輩に聞いていなかったです。お二人はどのような縁なのですか?」

「話していなかったか。最近こんな風に話していなかったからな。ロイとリルさんの兄が同じ剣術道場に通っている。もう十年以上前から知り合いだ」

「幼馴染婚ですか」


 俺の発言にガイもテルルもしばらく無言でリルは二人を見比べている。


「いや、幼馴染婚ではない。二人は友人ではなくて知人というか、稽古関係で少し話すくらいの仲だったので。ロイ、また幼馴染婚と誤解されたな」

「実力差であまり親しくはない兄弟門下生の妹さんの話を昔から耳にしていて出稽古先への経路で本人を見かけたのがきっかけです」

「お兄さんを介さずに親しくなったってことですか」

「ええ。なのでお兄さんの方とは後から親しくなっています」

「一人息子なのでてっきり先輩がきっちり調べあげて色々計算をした縁談を持ってきたのだと思っていました」

「父は職場でそのようなのですか?」

 

 ロイのすまし顔での問いかけに俺は「ええ、先輩のそういう段取りの良さなどを尊敬しています」と正直な気持ちを伝えた。


「頼んだらきっちり調べ上げて相手の家族全員が我が家に得があるか計算をして縁談の許可を出しました。自分にはそういう話はしなくて蓋を開けたらそうでした」

「なんだロイ。反対しなかったんだからええだろう。お前は嬉しい。俺も嬉しい。お家全体にも良い。つまり縁があったということだ」

「この話を今しているということはまだネビーさんのことを話していないんですよね?」

「これから話そうと思いつつ、本人が来ないからどう……おお、来たな」


 カラコロカラン、カラコロカランという独特の呼び鐘の音が鳴って男性の声がしてリルが出迎えに行った。

 話の流れからしてリルの兄ネビーの来訪だろうけどなぜ呼んだのだろう。


「母上、そういえばネビーさんの夕食はないのですか?」

「食べてから来ると言われたからお酒とおつまみだけ用意してあります」


 そのネビーが居間にきて「こんばんは。初めまして、ネビー・ルーベルと申します。本日は父の同僚方がいらっしゃるので同席させていただきに参りました。失礼します」と自己紹介。

 地区兵官の制服姿なのでロイと同じ剣術道場、その剣術道場は兵官育成もしているという話が頭の中で繋がっていく。


(父親はザルを直せるから職人疑惑で姉も同じく。なのに兄は地区兵官。安定した商家か豪家ってことか。男を一人名誉職へ冒険させられるだけの収入があるってことだから。若いから地区兵官として優秀かもな)


 兵官育成もしている剣術道場で確実に推薦状を確保。間の経歴は不明だけど学業や職人仕事と同時並行だろう。


「後で話すと言った次男だ。リルさんの兄で養子になってもらった。三月からだからまだ出来立てほやほやの息子だ。ネビー君、遅かったな。残業か?」


 跡取り息子だけだと不安だから養子ということなのだろうか。

 それならもっと早くに養子をとって実子のように育てるものだし、成人を養子にするなら跡取り認定を取得している者をどうにかこうにか確保なのに、地区兵官を我が子に迎え入れたとは不思議。


(管理職採用で跡取り認定を持っている……父親は職人疑惑と繋がらないな)


 リルの兄は考察不能な異物だ。


「いえ、ここへ来るまでに揉め事や怪我人がいたり徘徊おじいさんもいたのでつい」

「その姿だから勤務者と間違えられたのか」

「いえ。自分からです。気になってついつい。まぁ、この制服姿で無視するのは良くないので話しかけた後にそれが正解だと思って関与継続です」

「お疲れ様。こちらは約二十年前からの後輩のハル・ヒヨンさんで隣は今年入職した新人のアキラ・タビスさんで二人とも同じ卿家だ。こっちへ来て座りなさい」

「失礼します」


 ネビーはリルの隣の席に移動した。お膳を持ったリルが戻ってきて彼の前に置いて「お酒だけでええって言うていたけど茶碗蒸しは用意した」と告げながら自席に腰を下ろした。


「ありがとうリル。皆さんいただいているようなのでいただきます。お招きいただきありがとうございます」

「お二人は良く似ていますね」


 ネビーはリルと似ているな、と思いつつ別の感想も抱く。俺は彼とどこかで会ったような気がする。


「よく言われます」

「ヒヨン君。タビス君。彼は見ての通り地区兵官だ。実務職採用で今年から三等正官。南三区六番隊に所属している。自分達の仕事は兵官達と直接会う機会が少ないから聞きたいことがあるかと思って招いた。養子縁組はしたけど家族と暮らしているから別居だ」


 俺達は試験関係の部署なので採用後の地区兵官に会うことは滅多にないから確かに貴重な機会だ。

 ネビーにとって「父親は煌護省本庁勤務です」と言えることには価値があるけど逆は何の為に養子にしたのだろうと思案。


「タビス君はなにかあるか? 急に言われても思いつかないか」

「はい。すみません」

「先輩、自分はあります。地区兵官としてではなくて先輩の息子さんとして。お嫁さんのお父上はザルを直せる方でその息子さんは地区兵官なので疑問符です。兵官豪家家系ではないということですよね?」

「ネビー君、今後似たようなことを何度も尋ねられるだろうから説明してみなさい」

「はい。父は竹細工職人で長男が不器用過ぎるので跡継ぎを長女にしました。自分は得意分野で立派になれよと育てて応援してもらってこのように地区兵官になれました」


 能力で跡継ぎを決めて不向きな子どもは家に得になる仕事に就かせられるようにすることは技術職、職人系豪家ではちょいちょいある。

 これは答え合わせで正解だけどここに卿家と養子縁組が入ってきたというのが謎だ。


「そこら辺は資料で分かる。ヒヨン君。息子だから贔屓(ひいき)をして年末の兵官採用試験の試合担当者の一人にする予定だ。ほぼ決まり。それで君を試合担当者統括係にする」


 ……。

 いきなり仕事の話をされたしその係は俺には早い!


「自分ですか⁈」

「俺は勅任官を育てたって言いたいのにまだ誰もだから一番期待している君になってもらうことにした。賛成されたから他の上司達にも期待されているぞ」


 ここ何年か、試合担当者統括係はガイだと思うたびに彼は補佐役をしている。

 している内容はわりと統括係なのに自分は責任者は嫌、みたいに後ろに引っ込んでいて他の上司が「あの人はまた上手く逃げた」と影で笑っていた。


「自分もなっていないのにどういうことですか。先輩は昔からそう言うていますよね。任されるなら励みますし相談はどんどんしますし不手際があった時の尻拭いもしてもらいます」

「それが上司の役目だからな。励んで楽をさせてくれ。タビス君はお使い係と見学だ」

「はい!」

「ではタビス君、兵官採用試験を見たことはあるか?」

「いえ、無いです」

「ここに見たことがある者が三人いるから聞くとええ」


 ガイは俺とネビーを順番に見てからタビスに笑いかけた。家に招いて新しい次男の地区兵官を呼んだのはそういうこと。


「父上、ネビーさんって兵官採用試験免除者ですよね?」

「デオン先生が彼の将来を考えて見学させている」

「先輩の新しい次男さんは試験免除者なんで……デオン剣術道場のネビーって受験生を知っています!」


 どこかで会った、ではなくて書類で見たことがあるの方だ。

 俺達の部署で働き続けていればセイ・デオンが営むデオン剣術道場の名前は覚えるしその門下生の中で目立った話があれば多少記憶に残る。


「へえ、ヒヨン君、そうなのか? そういえば目を通した資料で読んだな。試験に遅刻するも考慮、という一言文だけど」

「先輩は知らないのですね。先輩はここ何年も下級公務員試験関係は問題作成者の一人でしたっけ。ネビーさんって試験当日に遅刻しましたよね? 報告書に目を通した記憶があります」

「ネビー君はどうして試験に遅刻したんだ?」

「確か……火事があったので試験のことを忘れて終わってから思い出して慌てて行ったら遅刻でした」

「家は大丈夫……だったから今、家があるのか。いや、真新しい家には見えないけどそうだったのか。大変だったな」

「いやガイさん。燃えたのは知らない人の家です。我が家が燃えたことはないです。燃えそうな子どもがいたんでつい飛び込んで火消しが来たから自分は要らないと思って帰ろうとして、そういえば試験だったと思い出して走りました」


 この話であやふやだった報告書の記憶が蘇ってきた。


「走ったけどそれでも遅刻か。それは遅刻しても受験可になるか別日に特別試験と考慮される」

「ええ、バカだという資料があるから来年の練習の為に試験を受けてもよかだと言われました。実際はその年で合否判定してもらえて感謝です。弁当も試験対策本も現場にいた人に預けたから忘れたんですけど、試験官が腹の虫を憐んで昼食を用意してくれて得をしました」


 読んだ。

 もう数年前だけど確かに彼の報告書を読んだ。今言ったような事が書いてあった。


「やはり自分は彼の報告書を読みました。昼食をご馳走になって得をしましたなどと書いてありました。デオンさんが書いた書類とは違って本人記載の陳情文は少々変わっていたので頭に残っています。このような人助けが理由の遅刻は多くても年に数件ですし」


 噂の鬼道場、デオン剣術道場に跡取り一人息子を入門させるなんてガイはやはり破天荒。

 俺はロイをチラッと見てまだ続けているのか、と驚愕してしまった。道理で別人みたいに育った訳だ。


「あれは陳情文だったのですか? 先生に遅刻した経緯と遅刻した感想文を書きなさいって言われましたけど」

「ご親切にありがとうございますという文で締めくくっていたのはそういうことですか。陳情文書で見たことがない終わり方なのでこのように少し覚えているんです」


 バカだという資料があるから来年の練習の為に試験を受けても良いと言われました、という文言を読んで呆れた記憶がある。

 試験担当官は「資料を確認したのと遅刻理由は考慮対象だと考えたので受験資格を与えました。他の受験生も聞いていたので理由は特に告げていません」というような報告書だったのに本人はそれ。


「ネビー君。陳情文だったのですかって最初に陳情、と書いたはずだぞ」

「あー、書いたんですかね。記憶にないです」


 不思議さんの兄は不思議君疑惑だ。

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