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18話

 初めての祓い屋には誰も居なかった。ポツンと1人。


(誰もいない……)


 町内会は32軒。この町内会は1区に近いというのもあり、卿家がほとんどで商家と豪家は5軒だけ。

 祓い屋は3軒。2つは奥さん——一家の主の妻——と娘用。1つは嫁——若旦那の妻——用。一部例外あり、らしい。町内会長の奥さんが采配する。

 

(後から誰か来るかもしれない)


 新米嫁はお風呂は最後。その後、21時の鐘の音で雨戸を閉める。今夜雨戸を閉めるのは確実に自分だから、雨戸を閉めてしまおう。


(誰も来ない。横になってよう)


 下座の1番隅っこに布団を敷いてゴロンと横になる。


(お風呂入って寝たい)


 鍵を開ける音とガラガラという音がして慌てて体を起こす。誰か来た!


「こんばんは。失礼します」


 出迎えしようと思ったけど間に合わず。クララと同じ、私と歳の近そうな美人。どこかで会ったような、会わないような……。

 会釈はしたことあるかも。とりあえずその場で正座して軽く頭を下げる。3つ指ついたらきっとやり過ぎ。


「ルーベル家の新米嫁のリルです。よろしくお願いします。粗相があったら注意して下さい」

「そんなかしこまらんと。ああテルルさんに言いつけられてます? リルさんだけです?」


 向こうは私を知っているらしい。顔を上げると彼女は私の前に正座した。素敵な笑顔を浮かべてくれた。


「スミス家のルリです。遠目で会釈以外は初めてですね。こちらこそどうぞよろしくお願いします。名前がリルとルリだから早くお話してみたいと思ってました。良かった」


 義母のようにとても品の良いお辞儀だ。見本にせねば。スミス家も確か卿家。クララが前に言っていた「ルリさん」は彼女だろう。


「クララさんが少し説明したと聞きましたけど……」


 また人が来た音。そして「こんばんは。失礼します」という声。


「この声はエイラさん。それでグレースさんやマチルダさんがこの時間にいないとなると……楽しくなってきた!」


 ルリと同じようにエイラにもご挨拶。またしても歳が近そうで私と同じく背が小さい。それで少しふっくら。いかにも健康! って感じでうらやましい。

 スミス家のルリは22歳で結婚3年目。クララと同じで他の地域から嫁いできた。

 1歳の娘がいて今夜は義母が子守り。子連れで祓い屋に来ることも出来るがそれだと別の祓い屋になる可能性大らしい。

 ブラウン家のエイラは19歳で私と同じ結婚1年目。半年前にご近所同士で結婚したという。

 私の布団にくっつけて布団を敷いて、空いている部屋の真ん中で3人で集まって座っている。私とエイラは正座。ルリは横座り。


「誰も来なそうなので私が今夜のお世話係かもしれません。なのでささっと説明しておきますね。布団もお風呂も来た順。最後にお風呂に入った人は夜のうちでも翌日朝でも昼でも良いので掃除係。その人が21時に戸締。それで祓い屋は締め切り。と言っても今くらいに来なければ増えません。お姉さん達は早いですけど、私らのような下っ端嫁も20時前後に集まってきます。22時には就寝です」


 それで義母はそろそろ時間だと教えてくれたのか。クララから聞いて忘れていたっぽい。お風呂は最後。21時戸締りの事ばかり気にしていた。


「はい。新米嫁は最後にお風呂ですよね? 雨戸を閉める係も」

「そんな決まりはありません。でもそうした方がええです。暗黙の了解というやつです。もしくは最後に来た方に掃除は自分が、と言えば良いです。最初に教えない人もいるんですよ。雨戸はあんまり気にせんでええです。一応風呂掃除係ってなっていますが、先に来た人が閉めてしまいます」


 嫁姑問題ではなく嫁嫁問題というものがあるのか。

 クララも「その日その日で色々様子が違うけど、何でも新米嫁だから自分がやります精神が大切」と言っていた。つまり、クララもルリも親切だ。わざと教えないのは意地悪嫁。誰だろう。


「はい」

「掃除や布団干しや洗濯などは嫁と娘で3軒を持ち回り。大掃除は年4回。リルさんは1年後から。最初は町内会長さんの奥さんに呼び出されます。月のものが終わった翌日から1週間が当番です。鍵を返す時に当番表に名前を書きます。詳しくは来年教わって下さい」

「はい」

「朝起きたら布団は畳んだまま押し入れにあげない。敷布と枕入れは持ち帰る。他は……エイラさん。何かありましたっけ?」

「湯呑みくらいです」

「そうでした。リルさん、湯呑みを持ってきました?」

「はい。名前も書いてきました」

「だいぶ昔にあれこれ揉めたらしく、この嫁用の祓い屋では水しか飲めません。湯呑みは置きっぱなしで大丈夫です。他の祓い屋の時は誰かにまた聞いて下さい。遅くならないように先にお風呂をいただきます」

「ルリさん。色々とご親切にありがとうございます」

「今夜はこの3人のままならのびのび出来るので、2人とも楽にしてて下さい」


 返事をする前からルリは動き出した。


「もしこのままルリさんとリルさんの3人なら気楽です。リルさんもどうぞ」


 エイラが足を崩した。ルリが居なくなったからだろう。足を崩すか悩む。


「結婚前までは子どもやお母さん達と一緒だったので、嫁だけの祓い屋にはまだ慣れません」

「そうなんですか」

「そうですよ。他所から嫁いで来た方も多いですし、新米嫁なので常に風呂掃除。前は娘の当番制で時間も決まってましたけど、嫁だと家のことの合間ですから気を遣います。夜寝る前は疲れてますし、朝寝てる方を起こせませんし、昼間は家の仕事があるし。リルさん、気楽にどうぞ。ずっと正座なんて疲れますよ」

「ありがとうございます」


 そろそろと足を崩す。


「これも疲れるんですよ。どうぞ、言われるまで正座なんて。具合が悪い振り、寝た振りが良いです。それで戸締りの時間にそろそろ起きる。それでサッとお風呂」


 これはクララからは聞いていないしきたりだ。いや知恵だ。仮病は義母がこの間義父に使った手。


「リルさんは具合悪くないです? 私はもう4日目で、もともと軽くて平気ですけど、辛かったら横になってて下さい」

「大丈夫です。ありがとうございます」


 もうめまいも気持ち悪さもない。


「そうです? それなら聞きたかったんですけどロイさんって家だとどんな感じです? あのままです? あんまり喋らんで、わりと人形みたいな表情。それにテルルさん。やっぱり厳しいです? うちのお母さんが新米嫁同士仲良くしいって言っていて、話せる日を楽しみにしていたんです」


 エイラはにこやかに笑ってくれた。姉が「長屋娘なんて、あちこちでいびられそう」と言っていたけど、今のところまったくそんな気配はない。


「気にかけていただいてありがとうございます。ロイさんは祝言中はそうでしたけど、笑顔で楽しくお喋りしてくれます。とっても優しいです。お義母さんも、もたもた嫁に甘々で、何でも親切に教えてくれます」


 私は今日の義母の思いやりのある言葉や、ロイがおぶってくれたことを話した。途中でルリが風呂から出てきて交代。

 とりあえずまた正座。それでエイラと同じような会話になった。途中で21時の鐘が鳴る。

 ロイは寡黙でいつも凛としている——エイラはハッキリ人形みたいと言った——けど実際はどうです? とかルーベル家の奥さんは几帳面——エイラはズバッと厳しいと言った——だけど上手くやれてますか? と気にかけてくれた。エイラもルリも優しい。

 それで私もお風呂。最後なのでそのまま掃除をする予定。掃除の音が寝る邪魔にならないか2人に確認をした。


 祓い屋では湯船には入らない。お湯を使うだけ。

 でも最後なら入っても問題ない。新米嫁は掃除当番だけど、その代わりの特権。そのお湯には季節の果物が浮かんでいる。5つもある。

 鬼やら妖が来たら自分の代わりに食べてもらうらしい。今夜はりんごの良い香り。

 先に2人しか入っていないので、お湯が沢山残っている。少しまったりしてしまった。


(りんご風呂なんて皇女様みたい)


 湯船から出て体を洗う。その間にお湯を抜く。りんごは明日も使うかもしれないので端に並べておいた。

 忌湯だから庭に水撒きや洗濯の下洗いなんかには利用せずに捨ててしまう。忌湯なんて言葉は長屋では聞いたことなかった。

 祓い屋では寄り合いで買っている薬草入りの石鹸を使える。

 薬草入り石鹸の匂いはイマイチだけど痛みには良く効く、とクララが言っていてその通り変な匂い。


(お風呂の準備もないし、至れり尽くせり。長屋とは全然違う)


 この風呂の準備は若旦那衆がしてくれる。ロイは来年から参加。当番制で仕事帰りに水汲みや風呂を沸かしてくれる。薪割りもある。

 長屋では忌み部屋で雑魚寝だけ。そして月のものの時こそ風呂屋には行けず。


 お風呂掃除をして風呂から出ると、ルリとエイラの布団は上座側に移動していた。

 ルリもエイラも布団の上に座って、向かい合って親しそうな笑顔。


「リルさん。私らは明日遅起きなのでこのまま遊びます。寝るならそこの襖を閉めて寝て下さい。辛くなかったり、興味があれば一緒に遊びます?」

「遊ぶんです?」

「そりゃあ遊びますよ。朝食やら朝の仕事が減るからゆっくり寝られます。その為の仕切りです。寝る人は寝る。起きてる人は起きてる。姉さん達が騒いで眠れないとかもありますし、22時絶対就寝ってこともあります。慣れるしかないです」

「その日にもよりますけど、ルリさんと私は遊びましょうかって話になって」


 そうなのか。楽しそう。嫁同士って何を話すのだろう。遊ぶって何をするのかな?


「その顔は参加ですね。よし、リルさんの布団を運びましょう。エイラさんは……」

投扇興(とうせんきょう)の道具を出してきます。3人なので花合わせにします?」

「リルさん、どっちがええです?」

「どちらも知らないです」

「最初は投扇興(とうせんきょう)にしましょうか。昼間眠かったら月のもので辛いですって寝込む振りすれば良いですから」


 そうなんだ。そういうものなのか。義母はこれを知っていて、少し夜更かしして遊べることもあるから、朝はゆっくり寝て良いよと、早く帰って来るなと言ってくれた?

 りんご風呂か変な匂いの薬草石鹸のおかげでいつもより元気。そしていつもなら、夜のお勤めがあるけど今夜はない。

 これは……遊ぶしかない!

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