お祭り散策1
怖い事件手前はあったけどロイのおかげで何事もなく私達はお祭り会場が見えるところへ到着した。
牛車内はすっかり皆仲良しという雰囲気。ロイが話しかけられてお互い自己紹介をしたりどこから来たのか話したりして旅の醍醐味、知らない人達と交流を果たした。
私とロイの人見知りは話しかけられると緩和する傾向があるのでキッカケを相手が与えてくれると助かるけど逆にもなっていきたい。
トト川の何倍もある川幅の大河の沿岸に幕や椅子に敷物などが沢山飾られていてその外側の道には露店がうんと沢山並んでいる。
「旦那様。少しトト川に雰囲気が似ている気がします。特に上流に向かって散歩した時の河原の方です」
「言われてみればそうですね」
「大トト川と呼びたくなります」
「それは覚えやすいです」
牛車を降りて皆と操縦者と牛に挨拶をして地図を確認しながら目的地を目指す。その前に準備がある。
「リルさん迷子防止をします」
「はい」
これだけ広くて人が沢山のところで迷子になると再会できるか怪しいので義父とネビーに言われた通り私とロイはお互いの帯を細い紐で結んだ。
私は小さい頃、よくきょろきょろプラプラしてどこかに行こうとして危ないから買い物に連れて行く時は手を繋ぐ以外に紐を結んでいたそうでそれと同じ。
幼い頃のネビーも急に走り出すし足が速いからやはり紐で結ばれていてルカは大人しかったという。ルル達もたまに紐で結ばれているし私も買い物の時にロカがぐずって留守番を嫌だと言う時にしていた。
「巡回している兵官が沢山いるので安心ですがスリやひったくりには気をつけましょう。決めたようにこれでもはぐれたら待ち合わせ場所に集合しましょう」
「はい」
ルシーが手紙に書いてくれて春風亭でも再確認した方法で余裕を持って来たので約束の時間に間に合いそう。
詐欺師達のせいで貴重な旅行時間が減ったけどロイの活躍を見られてときめけたので良しとする。
「龍神嘗祭大宝漁ノ儀を辞書で調べたけど載ってなくて教科書には皇居行事としか載ってなかったです」
「自分も皇族や官吏達が行う年に一度の奉納祭としか知らないです。龍神王様や副神様に豊漁をお願いするお祭りです。海辺街でも行われますよ。海辺街の大きなお祭りには行ったことないですか?」
「あります。なにも買えないけど楽しい日でした」
「リルさんはお祭りは初めて、とは言ったことないですからね。地元のお祭りでお金を使わないで遊んだりしていたってことですか?」
「はい。見たり踊りに参加したりお祭りは楽しいです」
「リルさんって大人しいのに急に歌って踊る時がありますよね。特に妹さん達がいる時。まあ、その時は誘われているからですけど」
「歌も踊りも貧乏人でも出来る楽しい遊びです」
「レオ家の血なんですかね。ネビーさんも昔から道場の集まりで踊ってます。我流演舞って言うて竹刀や木刀を持って」
「長屋の宴会でもしてました。火消し音頭もします。お父さんが踊り好きです」
「エルさんではなくてレオさんなんですか」
「はい。慣れたら我が家でも踊りそうな気がします」
「ネビーさんはとっくの昔に踊りましたしたびたびです。リルさんのおかげで自分も両親も友人達を招けますしレオ家も来てくれて静かだった我が家はすっかり賑やかです。ありがとうございます」
「こちらこそ色々知恵や知識を与えてくれて家族はとても助かっています。ありがとうございます」
貧乏腹減り家族で家族の嫌味や悪口みたいなのは嫌だったし、貧乏や容姿でご近所さんにバカにされるのも嫌だった。
でもそういう楽しい思い出は沢山ある。無口でなにを考えているか分からない不気味なリルは、それでも妹想いの働き者で優しい子という評価もついていたと前よりも喋るようになって人から逃げなくなったら知ることが出来た。
夏から町内会の行事や掃除に参加を始めて、私はまた似たように何を考えているかよく分からないお嫁さんという噂が出そうな気配。
エイラやクララに私達とはわりと喋れるのに人が増えると無口気味だしフッと消えると周りが戸惑うから気をつけてと怒られた。
フッと消えるは私の声が小さいせいで黙って居なくなっていると相手が誤解するようだ。母に言われ続けてうるさいなぁ、私は頑張ってると若干逃げてきたことでまた苦労ってこと。
「どうしましたリルさん?」
「嫁の仕事頑張ります。町内会です」
「人見知りが強く出る時は辛いようですね。母上もいますからお嫁さん仲間に助けられながら少しずつです。溜め込まずに相談して下さい」
「はい。そのお義母さんが怖いです。どこの家の奥さんも我が家の嫁って怖くなります」
「ああ。そうらしいですね。これまでわりと無頓着でした。嫁いびりをするのに他の家には我が家の嫁になにをするみたいになるのはなんなんだ、とオーウェンさんが呆れています」
「生まれてからずっと暮らしている旦那様でさえ誤解されているから私も誤解されます。頑張ります」
「母上に聞きました? 母上は体調もあるからのんびりしたいらしくて、リルさんのご近所付き合いの手助けにはエルさんやネビーさんを招くって。特にエルさん」
「そういう理由なんですか? 別の話を聞きました」
この間の共同場所の掃除に母が「体の悪いテルルさんの代わりの人手」と来てわりと丁寧で大人しい態度で私の近くにいた。
良くしてくれるルーベル家の役に立っているのか観察しに来たと思ったら注意はあまりなくて「喋るようになったし掃除は昔からしっかり出来ているから一目置かれそうね」と褒められて驚いた。そもそもなぜ来たのかと思って義母に尋ねたら貯金してこの町内会に家を建てる可能性もあるから今からご近所付き合いと言われた。
ロイにそう話したら「そういう理由もあるんですね」である。
「レオさんは仕事に打ち込んでもらいますけどエルさんは徐々に家守りだけになってもらって我が家の手助けもお願いすることにしました。母上とリルさんがキノコのせいでお腹を壊した時みたいに来てもらえるととても助かります」
「はい。ご近所さんに頼るより気楽でした」
夏のことである。
このキノコは怪しい気がすると思ったけどお店で売っているから大丈夫と思って、昼ご飯に食べたら、やはり間違えやすい食べたら良くないキノコだったので私と義母はお腹をやられた。
我が家の家計を気にしてくれた義父母が母に日雇い代を払ったけど、そうしたらなんでもしてくれて私はすこぶる楽だった。
「ちょっと我が家に来ただけでお嫁さんのエルさんに助けられましたってお礼に来たご近所さんがいるって聞きました」
「はい。コルダ家の祖母君をおんぶしたりベイグド家への空き巣疑惑を追い払ったらしいです」
「母上がネビーさんはエルさん似らしいってこういうことって言うていました」
「見た目は父で中身は母って良く言われています。ド忘れは父似ですけど。母は義母にもう少し人の話を聞きなさいって叱られていました」
若い頃に両親を亡くしたから叱ってくれる人がいるのはありがたい、と母は義母にも私にもそう告げた。それで私は母に叱られた。
あんたは聞いているようで無視しているから悪いところが直らないとか色々。義母が私は褒める方が伸びると言ってくれた。
それから家族の叱責は慣れて右から左へ聞き流すようなので、我が家の嫁は私が鍛えますと怖い目で笑いかけられた。
ロイもそうだからデオンに任せたり助けてもらってきたという風に義母が語ると、ネビーもそうだと義母と母は大盛り上がり。
母は家計のことやルル達の進路をあれこれ義母に教わったり相談して帰宅。最近、そんな日があった。
「あれだけ反対したのにかなり年下で家柄も今は下で人柄もこうだから楽って掌返しです。両親はどちらも兄弟姉妹仲がイマイチで」
「そういうことですか。今ところ季節の贈り物やご挨拶や軽い手紙の付き合いですよね」
「ええ。甥っ子や姪っ子は可愛いけど、そこもこう、両親は口を出したい性格だけど向こうは向こうで考えがあるので難しいです。かなり先に孫が産まれて孫話を一方的に聞くのもなんだかのようで」
「我が家は口を出し放題です。むしろお願いしているくらいです」
「そのうちルルさん達と交流して気がついたら親しくしてそうです。自分の人見知りは母似です。母は様子見して順番に付き合うつもりなのでしょう。最初は父が呼ぶネビーさんとジンさんにレオさん。それからエルさん」
「お義父さんは人見知りの逆ですよね」
そこから最近のルーベル家とレオ家の話やご近所さん話をしながら時折、見回りをしている兵官に道があっているか確認。そうして目的地へ到着。
かなり緊張することに春というのぼりが並ぶ幕の外側にある春席へ続く関所だから皇居守護兵や龍国兵がずらりと並んでいる。
「春席の招待客です。こちらが手形と許可書でここで待つように言われています」
ロイが係の人に身分証明書も提示。
束帯という偉い役人しか着られない服装の役人が表を指でなぞって三位蔵人女官吏ルシー・アウルムのところて指を停止。
隣の招待客の欄に彼女の家族の名前と思われる同じアウルム姓の者達数名と私とロイの名前が記入されている。
別の資料のようなものが出てきて役人は私達に見えないように身分証明書や許可書を見ながら確認。
小侍ネージュ・ロダン付き三位蔵人。
それが今のルシーで春霞の局の姫君ソアレ様のお世話係のお世話係の下っ端、と手紙にそう書いてあった。
「奥様に確認の質問を致します」
「はい」
偉い人達がいるところだから慎重なので何か質問をされるとルシーからの手紙に書いてあった。
「編み物のエレイン編みの国をご存知でしょうか」
「はい。西にある白銀月国です」
「ははっ。リスのような奥様で葡萄栗鼠紋を着てきます、なので別人ではないと思いました。ルシー・アウルム三位蔵人をここへお呼びするようになっていますのでこのままお待ち下さい」
「はい」
役人は後ろにいるロイより十くらい年上に見える別の役人に判子を押した書類を渡した。その彼が幕の向こうへ去ったのでこれでルシーが来てくれるってことだろう。
「それでこちらの白銀月国が分からないです。ざっと質問表を事前確認した際に気になっていました。奥様はどのような国かご存知ですか? 話を増やしたら妻や娘が喜びそうです」
役人は六人並んで座っていて、皆父より少し年上に見えるし私達が声を掛けた人は強面だから怖いし緊張していたけど気さくな人みたい。
「友人に聞きましたが美しい白いお城があるそうです。白いのは石だそうです」
「ほう。白いお城ですか」
「エレイン湖というとても綺麗な湖があるそうです。そうでした。友人に贈るために持ってきた絵があります」
ルシーに贈ろうと思ってセレヌが旅先から旅人伝で贈ってくれた絵葉書や絵をロイの友人アレクが模写してもらって持ってきてある。
ひったくり防止のために手提げではなくて斜めがけの鞄を使っていてそこに絵を入れているのでそれを出して役人に見せることにする。
「白銀月国はこちらです」
「おお。見たことのない街並みです。我が国とは大きく異なります」
「格好良いのに踏まれたい王子様がいて長年片想いの相手と舞踏会名物という噂があったそうです。二人は去年結婚しました」
「リルさん。どういう話ですかそれは。自分も気になるというか聞いていないです」
「お義母さんやエイラさん達にはしていました。ルシーさんへの手紙にも書きました。ソアラ様の従姉妹のお姫様の目付監査役という高貴なお嬢様がお相手です」
「奥様は随分と情報通ですね。こちらの絵はどちらで購入されたのですか?」
「旅医者の友人が旅先から贈ってくれました。白銀月国の絵は元々持っていたそうで、これは旦那様の友人による模写です」
拠点にしている村の一つの家に置いてあってそこに寄って、その後煌国の属国を通るからそこで煌国王都行きの荷物に混ぜてくれた。
代わりに煌国王都内で売っている浮絵を無理のない範囲で次回会った時の自分へ贈って欲しいと書いてあった。なので私は今日も貯めておいたお小遣いで浮絵を買う!
「旅医者のご友人がいらっしゃるのですか。衛生省の卿家の方ですか? いや、身分証明書に煌護省と裁判所と書いてありましたね」
「旅先で仲良くなりました。文通しています。まだ一通ずつと一方的に贈ってくれた手紙三通です。春に一回家に遊びに来てくれました。今は東の方へ行っているので西へ戻る時にまた寄ると言われています」
「旅先で出会ってそういう付き合いになることがあるのですね」
「はい。驚きで楽しいです」
「踏まれたい王子が舞踏会名物とはどういう内容ですか? この話、妻や娘が喜びそうです」
「高貴な異国のお嬢様にダンスという異国の社交の踊りをお申し込みする際に踏んで欲しいとか変な事を言うので逃げられいて、毎回追いかけっこだったそうです」
「それなのにご成婚になったのは家同士の為や国の為ですか?」
「元々そう望まれていて相愛のようだから王様やお嬢様の友人達が二人を三日三晩同じ部屋で過ごさせて婚姻成立だそうです。お嬢様のお父上は煌国の官吏でこの国だと華族だから煌国風と聞きました。その後に西の国風の結婚をしたそうです」
喋り疲れてきた。偉い人の前で水筒のお水を飲んでも良い気はしない。
「すみません。旅疲れで飲み物を飲んでもよろしいでしょうか? 私と妻の二人共です」
「どうぞどうぞ。すぐに中へ招く事が多いので椅子などなくてすみません」
「足腰は元気です。牛車で来ましたので」
ロイは私に笑いかけてくれて背中をトントンと軽く叩いてくれた。喋り続けて喉が乾いただろうという気遣い。今日もロイは気が利いて優しい。
今日は格好良いところも見たしますます……好き。心の中で呟いたら恥ずかしくて顔が熱くなってきた。
そこからはロイが役人に息子さんはいるのか質問して、いると言うのでヴィトニルの異国の剣術話を始めた。
これも役人は興味津々そう。私を喋りから休ませるためのロイの気配りだからさらにドキドキ。
「お待たせ致しましたリルさん、ロイさん。お久しぶりです。旅行を同じ時期にしていただきありがとうございます」
こうしてルシーと私達は再会。彼女は私と同じ葡萄栗鼠紋の小紋姿だった。それで今日はお面をつけていない。
「お久しぶりですルシーさん。本日はお招きいただきありがとうございます」
「またお会い出来て嬉しいです。このまま出掛けますか? 少し中で休まれますか?」
今日、ルシーは十時まで午前の祭宴で仕事。十三時には戻ってきて十四時から午後の祭宴。終わったら宿へ移動で夜は自由時間になると同じ宿を手配した家族と過ごせる。
お昼の休憩時間を私達と過ごしたい。午後の祭宴を見学出来る席を用意してくれる。そういう話は手紙でやり取りした。
「私達は牛車できたので元気です。屋台で昼食が良いと話していたのでそうしましょう」
「はい。ふふっ。リルさんとお揃い風を用意してみました。これでお昼の私は下街のお嬢さんです。なので本日はロイさんともお話し可能です」
「それでは失礼致します。アウルムお嬢様、お顔を隠さなくてもよろしいのでしょうか」
ロイの緊張は激しいようでほぼ無表情だ。
「幕外では本来そうなのですが私以外はいませんしこの格好なので下街お嬢さんになってみようと思いまして。憧れの自由というものです」
一人と言っても親が雇った護衛兵官が二人後ろをついてくると言われた。
「そうですか。しかし自由のようで自由ではなくてまずは迷子防止の為に妻と紐で結ばれていただきます。自分達夫婦もこのようになっています」
「まあ。繋がれるのですか」
「父は煌護省勤務で義兄は地区兵官です。発生件数の多い犯罪や迷子防止について色々助言されてきました。妻は鞄を斜めがけにしてきましたのでアウルムお嬢様は手提げをこう両腕で抱えましょう」
「はい」
「リルさんはアウルムお嬢様に紐を」
「はい。失礼します」
「アウルムお嬢様には護衛兵官がいますので一人で迷子になることはないと思いますが私達とはぐれたらここで集合しましょう」
「はい。かしこまりました」
ロイは他にも軽い注意事項を述べた。それで安全のためにルシーを真ん中にして出発。
三人横並びが難しそうな時はロイが下がって私とルシーが前を歩くという決め事も先にした。
「ルシーさんに南地区の庶民のお土産を持ってきたので座れた時に渡します」
「それはありがとうございます。私も事前に言われた予算内で用意致しました。少額で珍しいものを選ぶ、というのはとても楽しかったです」
とんでもない贈り物をされたら困ると義母に言われて手紙で先回りしてある。
何回か文通しているしお風呂に一緒に入って気さくに話しかけてくれた過去があるからか思っていたより緊張しない。一方、ロイはガチガチに見える。なにせ今、手足が一緒に出た。
「歩きながら旦那様とうどんはどうかと話していました。うどん屋は椅子を多く用意しているところが何箇所かありました」
「おうどんですか。庶民のおうどんは興味深いです。私は焼いた大河の魚をこう、横齧りすることをしてみたいと思いました」
「それなら串焼き魚を買ってからうどん屋でうどんを買ってそこの席で食べる、でどうですか? 食事系は食事系の出店で集まっているので他にも希望があれば自分が買い出しします」
「旦那様に頼みましょう」
「ご提案ありがとうございます。この時間なら食事系の露店は空いていますから早めに食べてゆっくり露店を見てわたあめでどうですか? 実は朝食が早朝で既にお腹が減っています」
「私達も日の出と共に宿を出たのでもう腹減りです」
私達は良さそうなうどん屋を探しつつお喋り。お互い東地区までどのように来たのか、という話。
ルシーは衝撃的なことに皇居からここまでは小型飛行船。
農村区には大事な田畑が沢山あるので飛行船はどこにでも降りられる訳ではないので決まった場所に到着したらここまでは歩き。偉い人達はカゴや馬だそうだ。
「その行列も祭宴と言いますか皆さん見学を楽しみにしているそうなので急がす移動です」
「飛行船はどのような乗り心地でした?」
「こう、ふわふわして最初は耳が少し痛くなりました。私は下っ端なので外の眺めを見られない部屋でしたのであとは座っているだけです。降りてからの方が景色豊かで楽しいです」
「空から下は見られなかったんですか」
「はい。そもそも今回、ソアラ様の春霞の局はこの行事に参加予定がありませんでしたが夏前から陽月局で風邪が蔓延しまして代理が決まったので飛行船乗船や神祭事の仕事が回ってきて驚いています」
義母がルシーは下っ端といっても下っ端女官吏の中で蔵人は一番上と説明してくれた。
有名私立女学校経由だともう一つ下や下手すると最下位の女官吏開始になるしそこも狭き門だという。
だからルシーは家庭教師漬けで琴や舞の共演会で目立ったりツテコネでどこかで教養を披露したりお茶会を開催したり色々して少し上の地位に入内したのだろうと予想していた。
「ルシーさんは風邪をひかなかったですか?」
「はい。ありがとうございます。手紙に書いていたように鍼仕事や掃除をしたり複写などの日々でしたのに急に琴の末席や舞の末席の練習で今日本番でしたので両親は大喜びです。私も嬉しいです」
「その本番を観られる私と旦那様も嬉しいです」
「ありがとうございます。あちらのおうどん屋さんも覗いてみましょう。東地区名物大シーラ乗せとは気になります。シーラとはなんでしょう」
「こう、大きい白身魚です。昨日食べて美味しかったので、また食べたかったです」
三人でお店を確認して、追加料金で野菜沢山のおうどんに大シーラの天ぷらを乗せてくれるというのでここにすることにした。
隣が小広場になっていて机まであるから助かるのもある。
「ロイさん、リルさん。ここは私がお支払い致します。わたあめはお願いします。それがお付き合いだと母に教わりました。護衛のお二人もどうでしょうか? ご馳走致します。代わりに運んで欲しいです」
「ありがとうございます。お言葉に甘えます」
「えっ。先輩、良いのですか?」
「これが私兵指名の得の一つです。高貴なお嬢様の素顔を拝めて話せておまけに昼食をご馳走。これは珍しい事だから基準にしないように。アウルムお嬢様、お心遣いありがとうございます。そこにもあそこにも兵官がいて大丈夫そうだから君は席取りしてきなさい」
「広そうなら五人一緒で大丈夫です。あちらの敷物で円になるのも楽しそうです」
「はい! かしこまりました!」
ネビーも義父に頼まれた私兵派遣先で何があったか知らないけど「親切にされてお土産に野菜と酒を貰った」と帰宅したと家族から教わった。
バカにされたりこき使われたりすることもあるらしい。
「あそこで串焼き魚を売っていて少ししか並んでいないので買ってきます。雷小って気になりますね。護衛の方、お嬢様と妻をお願いします」
「はい。かしこまりました」
「ロイさん。こちらで五人分をお願い致します」
ルシーは懐から小袋を出してロイに差し出してロイは断らないで受け取った。
順番を少し待ってルシーのご馳走でおうどんを購入。露店の裏はこれからお昼時だから下準備で忙しそう。
「露店で小物やお菓子などを買うことはありましたけどこのように食事のお店をまじまじと見るのは初めてです。父が露店よりもお店だと予約しているお店に入っていましたので。この場でおうどんを茹でたり揚げ物をしたりするのですね」
ルシーの目が輝いて見える。笑顔もとても楽しげ。
「小祭りだとお店で下準備したものを運んで露店では軽く調理くらいなどお店により色々です」
「我が家は近くの街でうどん屋を営んでいますのでうどんは店で打って運んできていますよ! 揚げ物の下準備もお店でしています。なので本格的な味なので楽しみにして下さい!」
「へい、いらっしゃい! 奥様はお目が高いですね! 美味いですよ!」
呼び込みも元気なお店。どんぶり五つなのでお盆に乗せてくれて護衛兵官が軽々と運んでくれた。
小皿に一味や胡椒を乗せていって良いそうなので私とルシーで用意。
席取りをしてくれた場所は長椅子と机のところだった。
護衛は二手に分かれたいから、ということで私とルシーと先輩兵官が三人並びで私の向かい側はロイ、隣は後輩兵官の席と決定。
先に食べていて良いとロイに言われているので遠慮なくいただきますのご挨拶。
「ルシーさん。皇居のおうどんの出汁はどういう味ですか?」
「このように黄金色ではなくて家で食していたように黒っぽいです。醤油などの味付けのものです。私は下っ端ですので今はそれが薄いです。入内して粗食になりました。一日二回の食券が渡されていまして食事処でいただいています。残り一回の昼食は自費で三種類から選べます。こちらは少し豪華です」
「女官吏様達はそのような食事生活なのですか」
「はい。役職で食事処が分かれています」
そこへロイが串焼き魚を買って戻ってきたので感謝して先にいただいていたと伝えたのと今の話を軽くした。
「官吏も公務員ですが名誉職で嫁ぎ先は引く手数多になりますし家も親戚も鼻高々で事業に好影響。私も似たような家柄や生活をしてきた方達と過ごして話せてわりと楽しいです」
「元服年翌年に家族と離れる高貴な奉公と言いますし独特な世界そうで想像つきません」
皇居だけは一月ではなくて四月入局だからルシーは今年から働いている。元服年翌年が今年だからルシーは今年十七歳ということ。
「……えっ。旦那様。ルシーさんは私と同い年ですか⁈」
「元服年から入内試験を受けられて元服翌年から四年間はほぼ受からないと聞きましたのでそうかなと」
「その通りです。入内試験の前にあれこれ推薦状集めです。元服翌年からの合格者はツテコネが強くてもう少し家にいたいとか役職が空くのを待っていたりなどそういう目上の方々の世界やかなり特殊な方です」
「疎かったので軽く調べましたがとても厳しい狭い門のようですね」
「はい。皇居華族以外のお嬢様は家の名誉をかけて椅子取りです。私は落ちたら落ちたで財務総省の妻狙いで女役人と言われていました。何歳からでも受けられる特殊試験もありますがそちらは役所から直々に推薦された者の試験です」
ルシーは色っぽいし大人びているから五つくらい上だと思っていた。
「旦那様、女官吏と女役人って違うんですか? クリスタさんがしている雑務職のことですか?」
「雑務職は掃除や複写などの雑務を頼むという名目で職員にお嫁さん候補を与えています。女役人は総省勤めの者の妻達です。副総総省に属して働きます」
「ありがとうございます。帰ったら筆記帳に書いて勉強します」
「私、リルさんは幼顔の年上の方だと思っていました。ご結婚されていますし」
「私も大人びているのでルシーさんは年上だと思っていました。同い年とは驚きです」
その時風がひゅーっと強く吹いて私はふと西の国の風の神様な気がした。西の国から来た旅医者達が私とルシーの縁を結んでくれたから。
なんとなく予感がする。私とルシーは遠いところでそれぞれ生きるので何度も何度もは会えなくてもずっと文通が続く知り合いではないかと。
それはきっと友人と呼ぶので私はそのうちルシーに友人と呼んで良いか尋ねたい。




