ちび旅行編「わたあめ」
東地区旅行編
全行程書かないでとびとびです。
私とロイは一生に一度かもしれない東地区へやってきた。フェリティリス大河は旧都の南側にあるユルルングル霊峰から続いている川で北東農村地区から東幸せ区を横切って南東農村地区へ続いて王都から遠ざかって属国、異国へと続いていく。
東地区にはフェリティリス大河を利用した水路が張り巡らされていて幸せ区なんて水上都市があるという。
王都東側の周辺農村領土もこの大河の恩恵をかなり受けていて田んぼや畑が沢山らしい。
煌国が栄えているのは悪天候がわりと続いても大不作知らずの肥沃な土地と三つの海を中心に国が造られているからだそうだ。
立ち乗り馬車に揺られながら開いている窓の外をロイと眺めていて、見たことのない景色にワクワクしている。
土曜日の午後に家を出て、途中で安宿に泊まり、早朝に宿を出てこうして東地区の北側へ到着してもうお昼過ぎ。お腹がかなり減ってきた。
「リルさん。どんどん建物の造形が変化していきますね」
「はい」
「噂通り川が多いです。橋も沢山」
「早くあの沢山の橋を歩きたいです。提灯の飾り紐がかわゆいです」
大河で皇族や皇居華族が奉納演奏などを行う龍神嘗祭大宝漁ノ儀が行われている時期だから特別な飾りなのか、元々なのかどうなのだろう。
「北地区もそうでしたけど同じ国なのに不思議です」
「はい」
各地区ともに中央区から離れる程独自文化になっていく。我が家から海辺街へ行くとかなり違う景色だけど海は昔から行っているからあまり意識していなかった。
幸せ区一番地の停留所で降りて屋根の上に乗せてもらっていた荷物を受け取った。
馬の操縦者に春風亭の住所の方向を教わったので二人で歩き出す。
「まずはとにかく春風亭です」
「はい。予定通りなら料亭でお昼なので楽しみです」
「ええ、今のところ予定通りだから約束の時刻に間に合いそうです」
私もロイも早歩きは得意なので気になる周りの景色やお店を無視してズンズン進む。
「触らないで下さい。非常識です」
「どんくさいお前の巨体で人が転ぶからで触りたくて触ってない。誰が触るか。ウィオラ、お前は本当に自意識過剰だな。っていうかブスなんだからせめて痩せろ」
私くらいの年齢に見える身なりの良い若い男女と通り過ぎる時に二人が睨み合った。通り過ぎた私達のすぐ後ろを歩いている。
女性はそっぽを向いたけど男性は彼女の後頭部を睨みつけていて怖い。
(巨体って痩せてるけど……)
「その理由なら袖を引っ張って下さい。——常識です」
「お前は本当に誰にそんな常識を教えられて育ったんだ——……」
「——」
「——」
「——仕事に遅れ——……」
「——なんでお前なんかの付き添い——……」
喧嘩していた二人のうち、女性は早歩きで歩き始めて道を曲がって橋の方へ遠ざかっていった。その後ろを男性が追いかけていく。
二人の後を女性二人と大きめの長い荷物を持った男性や鞄を背負った男がくっついていった。
とても美しい訪問着姿で凝った髪型の女性は黒くてかわゆい犬を連れていた。
ハチで犬のかわゆさを知ったので我が家も犬を飼いたいけど我が家のある町内会は犬猫の飼育禁止。
「リルさん? 後ろを向いて歩いていると転びますよ」
「すみません。喧嘩が気になりました」
「確かに喧嘩していましたね。少し会話が聞こえたけどあれで婚約者なんですね。親同士が決めた強制的な婚約者かなぁ」
「あの二人はあれで婚約者なのですか? あれは仲良しではないです」
「かなりお金持ちそうな身なりだったので事業提携関係でしょう」
「あのように不仲でもええものなんですか?」
「自分もリルさんと同じく庶民育ちなので分かりません」
同じ庶民育ちと言われると違和感が強い事が多いけど今回は納得。
結婚は家と家の結びつき。大きな家業の家だと本人達が不仲だろうがなんだろうが結婚する事が大切なこともあるのは小説で勉強中。今頑張って読み進めている紅葉草子だ。
平均的に痩せている女性に巨体なんて、あれでは親しくなれない。おまけにどんくさいにブスとは酷い。
「巨体にどんくさいとかブスなんて酷いです」
「ごく普通の体型のかわゆい感じの方でしたけど……おもちだ」
ロイに頬を指でツンツンされた。クララのような美女ではなかったけどエイラみたいなほんわかして見えるかわゆい女性だったけどロイが褒めたら心の狭い私は拗ねる。
「男性は顔だけは良かったです。あれで性格良しなら噂の皇子様なのに逆です」
「へえ。リルさんはああいう美形が好みですか」
「いえ、私は初恋の人みたいな顔や背の方が好みです」
「へえ。ニックですか」
なぜここでいきなりニック!
「それは兄の友人です。ニックは初恋とは関係ないです」
「へえ、ニックですか」
「なにがですか?」
「別に」
自分で言い出したロイはすこぶる不機嫌そう。何が別にで、なぜニックだけそんなに嫌なのだろう。
(ニックの顔……。思い出せない。実家へ帰っても会わないしな。いっそほんのり初恋と言ったらどうなるのかな。喧嘩は嫌だな。何もしていないのにほんのり失恋した人に邪魔されたくない)
お弁当の恋人にフラれて引きこもり気味ってかなり前に聞いたけどまだ引きこもっているのだろうか。
私はアイラに少し聞いたけどロイもロイで淡い初恋みたいなことがあった疑惑。
昨年結婚して町内会の家から他の家へお嫁にいったロイやエイラ達の幼馴染とロイは半元服前はわりと仲良しだったという。その後はたまに二人で話しているのを見かけたそうだ。
(卿家アベルヒ家の長女メルさん。ロイさんがニックを気にするように私にも気になる人が出てきてしまった)
地元民より情報通の時もあるクララは特に何も知らず。
メルと親しかったエイラも言われてみたら二人で雑談しているのを見かけて混ざったことが何度かあるけど、自分とロイみたいに単なる近所の幼馴染で恋仲みたいな雰囲気はなかったそうだ。
特に何も知らないというから何もないのだろけどモヤモヤ案件。
なにせ私はエイラにもたまにモヤモヤする。私もロイの小さい頃を見たかった。でもロイも似たようなことをたまに言う。
ネビーは人付き合いは広いけど自分から人を集めたり話しかける性格ではなくて周りが集まってくる方だ。ロイは人見知りで話しかけない方である。
だから二人は同じ道場に通い続けていたのに稽古関係以外では殆ど会話していなかった。
交流をもったら気が合うのか仲良し義兄弟みたいになっているので昔々にそうなっていたら私とロイは幼馴染になれていたかもしれない。最近、たまにそんなことを考える。
(私達は心の狭い夫婦。らぶゆの証。あの喧嘩をしていた二人もこうなれるの? 私達兄妹間のふざけるような暴言と違ったけど……)
私とロイは手を繋ぐ仲良し夫婦。あのような不仲のまま夫婦になるとどんな結婚生活なんだろう。
「不仲の夫婦——……ロイさん! 噂のわたあめ屋さんです!」
東地区名物わたあめ、というのぼりを発見!
「アデルさんからの手紙に停留所から春風亭まで続く大通りにあると書いてありましたね。数時間ではしぼまないから買って部屋で食べるとよかですって」
「買います!」
ついつい早歩きに拍車がかかった。ロイの手を離してわたあめを売っている飴屋へ一直線。
「リルさん、転びますよ」
「気をつけます!」
明日、現在仕事で来ているはずのルシーに会う予定。なのでわたあめは明日も買う。ルシーと一緒に食べる約束をしているからだ。
明日の待ち合わせ場所は北東農村区のお祭り会場の指定場所でルシーが先輩に質問しておすすめの露店を確認してくれた。わたあめはその一つ。
わたあめは飴の仲間らしいから私は二回食べる。安ければ、だけど。美味しかったら東地区にしかない食べ物だと聞いたからもっと食べたい。
馬などで早く持ち帰って食べる他地区のお金持ちもいるらしいけど私は庶民。この旅行が最初で最後のわたあめとのお付き合い。
わたあめを作れる機械が東地区にしかなくて、持ち出すと災害が起こったから東地区内でしか売らなくなったそうだ。
東地区のどこにでもあるものではないとルシーの手紙に書いてあったのでお店を見つけたら逃してはいけない。
大きなお祭り時は機械を運んで露店を開くお店が多いそうだ。
二組並んでいるので最後尾にロイと一緒に並ぶ。
「見てのお楽しみってまるで雲です」
棒を機械の中でクルクル回し続けるとなぜかどんどん白いものが棒について雲みたいになった。
初めての経験だけどこのお店は身分証明書を見せて支払うみたい。
「珍しいお菓子だから贔屓商売なんですね。漁師さん達から買うのと似たものってことです。庶民には高いのと安いのとどちら……。あの身なりで一銅貨は平家だと安いのか」
「私達は高めってことですか?」
「多分そうです。二度と食べられないかもしれないからとんでもない額でなければ買いましょう」
「はい。雲を食べてみたいです」
「食べられないと知って落ち込んだ雲を食べられる日が来ましたね」
「はい」
エドゥアール旅行の際に雲は食べられないと知って落ち込んだけど、雲みたいなものを食べられそうでウキウキしている。
「あっ……」
「十倍とはそれはまた」
私達の前の組は身なりの良い若い女性達は一つ一大銅貨だった。
庶民の一銅貨とお金持ちの一大銅貨は似たような価値とロイが私に耳打ちしたけど十倍なんてお金持ちは怒らないのかな。
「色がつきました!」
「二色ですね。あと少し大きめな気がします。高い分特別扱いなんですね」
「でもお店によってはかわゆい帯揚げが買えます……。明日ルシーさんと食べる分で我慢します」
「いえ、とりあえず値段を聞きましょう」
前の一組、三人の購入と商品受け渡しが終わって私達の番。
「一つ欲しいのですが値段で考えます。いくらですか?」
「見て分かるように身分証明書次第だから見せて下さい」
「はい、こちらです」
ロイが懐から身分証明書を出して店員に提示した。私達は値段によっては買わないのになんかもう作り始めている。チラッと振り返ったらさっきまでいなかった人が並んでいた。
この機械がどうなっているか興味津々なので怒られなそうなところまで近寄って観察。
ザラメらしきものを中央の穴に入れた事しか分かっていない。なぜこの機械でザラメが白い雲になるのだろう。
「南地区からの旅人なのと弟が地区兵官だから二銅貨割引しましょう。三銅貨です」
漁師と同じく気分なのか彼等の理屈で割引するみたい。
養子になったネビー効果が早くも発揮された。まさか最初の得はわたあめの値引きとは。
煌護省、地区兵官、中央裁判所の事務官だと誰かしらで非難をのらくら逃げられると私は義父母に少し知恵を与えられた。ロイがいればロイ任せだけど。
「それはありがとうございます」
「南地区の方なら海に行ったことはありますか? 大河とは全然違いますか?」
「海は何度もです。大河をまだ見ていないので比較出来ないです」
「一生に一度は大海を見てみたくて遠いけど近いのは南地区だなと。最近結婚したんで長年の貯金を使って来年の春に行くつもりです」
「ご結婚おめでとうございます。ええ旅館があって、旅の治安が不安なら弟が用心棒をするので良かったらこちらをどうぞ。この旅館を使わなくても簡単な観光案内も書いてあるので」
今回、私とロイはかめ屋から旅館案内本をいくつか預かりそこに義父がネビーの宣伝文を書いた紙を挟んだ。
春風亭に渡して宣伝を頼むのとルシーに渡す用とこうして見せる用がある。
ロイが背負い鞄を下ろして旅館案内本を店員に渡した。
「おっ。ここは親戚の旅館ですか? はい、どうぞ」
「母の幼馴染の旅館です。家族親戚がお世話になっています」
「ありがとうございます」
私はわたあめを受け取ってここはロイがお支払い。私のわたあめは色なしのみでお金持ち用より小さめ。
でも三銅貨と安かったのでとても安心したから喜んでウキウキ食べられる。特別扱いでも謎のお菓子に一大銅貨は恐ろしい。しかも材料はザラメだけって材料はかなり安い。
「おおー。調べた旅館とそんなに変わらない値段の部屋があります。似た値段だけど広そう」
「海だけではなくて北や南への立ち乗り馬車もあるよかな位置です。この宿はこの先にある春風亭さんと最近親しくしているので春風亭へ行って尋ねたらまたこの本を見られます」
「近くの価格帯ごとの美味しいお店も書いてあります」
全部かめ屋と縁のあるお店だけど。義母がトト川観光を増やしてひくらしと両親やネビーが親しくしているお店も追加してくれた。
「おお、南地区宣伝の浮絵まである。弟さんを雇うと良いって情報まで。地区兵官って場合によっては雇えるんですか。知らなかった」
「ええ、雇えます。弟は漁師に好かれ気味なのでもしかしたら得するかもしれないです。この間、海辺街へ出張したらサンマとツブ貝を貰ったって持って帰ってきました」
農林水省勤務の友人のように漁師に好かれるとそうなると思った義父は釣りの時にバレル達となにやらコソコソ話す。
それで海釣りの後は大体ネビーが海辺街へ出張して我が家にお土産が届き、ネビーは義父と話して仕事の話や勉強を教わって帰る。
「サンマもツブ貝も聞いたことのない名前だ。いやあ、春が楽しみだ。あはは。それにしてもちゃっかりしていますね。これは検討します。これ、返しますね。良い旅を!」
なぜか一銅貨を返却されて手を振られたので私達も手を振り返して次のお客さんを接客出来るように横に移動。
「お菓子屋のようなので店先から覗きますか。飴が売っているからお土産候補です」
「はい。帰り道ですから帰りに買うものを確認出来ます」
きなこが沢山ついているゲンコツ飴というかたくないらしい飴がとても気になる。飴だから贅沢品だけどものすごく高くはない。
「レイがきな粉好きなのでこれは候補です」
「一つずつ紙で包んでキャラメルみたいに友人に配るのもええ気がします」
「それはええ案です」
日持ちするか確認したらわりと大丈夫だったのでこの飴はお土産候補に入れる。
隣の漬物屋も見たことのない野菜があって気になったけど春風亭へ急げと歩き出す。わたあめを食べ歩きしたいけど先にお昼ご飯なので我慢する。でも食べたい。
「ロイさん。早く食べてみたくて仕方がないです。でもお昼前です」
「早朝におむすびを少し食べたきりなのでよかだと思います。棒が危なそうなので気をつけて下さい」
「はい。千切って食べている人を見たので真似します」
触ったらわたあめはフワフワしていた。
「触ったら少しベタベタしています」
「材料はザラメだけでしたよね。なのになぜこうなるんでしょう。ロストテクノロジーって真似出来ない昔の高度技術って意味らしいですけどなぜ作れなくなったのか謎です」
「はい。……溶けます!」
ザラメで出来ているから甘いのは当たり前。これは楽しい食感。しかもお菓子だから私はこのわたあめに目がないかも。
南地区にあったらお小遣いを節約して月に一度は買って実家でルカ達と食べる。
ルカも家計を節約して買いそうだからそうなると月に二回食べられるかもしれない。
「甘いものは苦手ですけど溶けるってどのような感じか気になるのでいただきます」
「はい。ぜひ」
「……ああ。シユッて溶けました。なんだこれ」
「もう一口どうぞ」
「面白いからいただきます。地区兵官のお世話になった店だったんですかね。ネビーさんのおかげで安くなりました。ルシーさんと買う時は自分とリルさんで買いましょう」
「特別扱いとどちらが良いか聞いてそうしましょう」
「二色は綺麗でしたからね。飴はそこまで苦手じゃないからかこれはそこまで嫌ではないです。むしろこの溶けるのが愉快。お祭りの時は自分の分も買おう」
「買いましょう。ロイさんはあんこが一番苦手ですよね」
「ええ。つぶあんが特に。溶かしたザラメをどうしたらこうなるのか不思議です」
「べっこう飴の色にならなくて白いですしね」
楽しい、楽しいと二人でわたあめを食べ続けていたらあっという間に食べ終わってしまった。
「大河を気に入って東地区へ移住する者の中にはこのわたあめ目当てもいる気がします」
「リルさんの言う通りでいそうです。ヨハネさんが昔家族旅行でわたあめを食べて、苦手と言わずに一口食べてみて下さいと言ってくれた意味が分かりました」
「南地区で食べられないなんて残念です」
「機械って真似して作れる物もあるらしいのにわたあめ作り機械は無理ってなんでしょう」
「ロイさんが前に電石って言うてなかったですか? 動かす石が作れないって。飛行船を浮かす石」
「リルさんに言われてそういえば深く考えた事がなかったから調べたらそうらしいです」
世の中はどんどん便利になっていくものなのに逆になったのはなぜなのだろう。
一つ疑問が解決するとまた新たな疑問が湧いてくる。ロイに聞いたり心の中の調べたいこと一覧に書き付け、と思う前にかき氷というのぼりを発見して意識がそっちに移動した。
「噂のかき氷屋さんがあります!」
「わたあめと違ってかき氷はわりとあちこちにあるそうですね。専門店もあるし茶屋に少しお品書きがあるとか」
「はい。かき氷は宿の後です。でも見たことがないから気になります」
かき氷は氷を削って甘い蜜などをかけたお菓子らしくて南地区だとお金持ちの食べ物だと教わった。
東地区の北側にある農村区には氷の洞窟があるらしくてそこから遠くない地域だと、つまりここらあたりだと氷はそこまで貴重品ではないらしい。だから庶民もかき氷を楽しめるので食べると良いとアデル、ルシー、ヨハネからそれぞれ教わった。
元々余らすお小遣いを旅行しようと言われた六月から貯めてきたので私は南地区では食べられないものをあれこれ食べるつもり。




