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お見合い結婚しました【本編完結済】  作者: あやぺん
日常編

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未来編「因果は巡る糸車14」

14をいくつか書いて間違えたので投稿し直しました。

 しばらく放心していたけれど我に返った。


「ウィオラさん。その、あまり……」


 読まれても構わない内容なのでウィオラに手紙を差し出した。


「お酒禁止令を出されましたしお邪魔虫なのでテルルさんとリル姉ちゃんに泣きつきます……。ありがとうございました……」


 また失恋。飛び出すように部屋を出て走り出した。早く帰らないと日が暮れて危なくなる。泣きたい。


(逃げる方法があるのにそうはしないでキッパリ拒否……。しかも新しい生活が大変だからとか建前もなく断固拒否的な……。ある意味誠実。私もそうする。私はそうしてきた。付きまといが嫌だから恨まれないようにしつつ気を持たせない……)


 泣きべそでとぼとぼ歩いたりしたら私の場合は危険。なので零れ落ちた涙を手の甲で拭って走れるだけ走って速度を緩めても早歩き。


(なんでこうなんだろう)


 恋は狂うから変と漢字の成り立ちが似ている。狂ったり変になっても上手くいく話は色々知っている。怪我の功名みたいな話もある。

 ロイはリルを結婚してから口説いた。わりと卑怯技。でも仲良し。

 バカネビーは無自覚に口説きまくりだから本人に指摘されて「そうかも。口説いてよかですか」だ。

 新生活の世話焼きと口にして馬を借りてきてかめ屋の料亭も予約しておいて海にお出掛け。そりゃあ指摘される。バカ。バカ過ぎる。女避けし過ぎて色恋関係が変になったのだろう。

 それで私もバカ。無意識に口から飛び出したなんてネビーと同じ。大バカ同士なのに結果は真逆。


(ロイさんが世話焼きをしそうだしハ組だからどこかで会って気が変わるとか⁈ ウィオラさんが言ったずっと奪い合い! 強くなれない……。無理……)


「っ痛えな!」


 うわぁ最悪。小さい手拭いを出して涙を拭いたその隙に難癖。気をつけていたのに向こうからぶつかってきた。


「すみません」

「すみませんで済むと思ってるのかよ」


 ニヤニヤ笑うネビーくらいの年齢3人組。次の台詞は「付き合えよ」だな。貴方は次にそう言う。付き合えよ。


「こいつの腕の怪我が悪化したかもしれない。病院に付き合えよ。支払ってもらうから」


 飲み屋に連行か路地に連行ってやつ。

 なんなのもう! 

 踏んだり蹴ったり! 

 警戒心が足りなかったせいで腕を掴まれてしまったけど大通りだから助かった。


「そちらがわざとぶつかって来ました! 腕を怪我しているのなら見せて下さい!」

「お、おう。あんだと! 難癖つけるんじゃねぇよ!」


 怯んだ。大人しそうな美人だから恫喝したら思い通りになると思っていたのだろう。

 

「難癖はそちらです。痛いから離して下さい!」


 大声で叫んで助けを求めて騒ぎになれば兵官が来るからネビーの名前を出せば終了。もしくは私のことを知ってくれていて終わる。大きく息を吸い込んでそこで止まった。


(どこでもやっていける気がしますって、私はわりと無理じゃない? 昔から助けてもらって兄ちゃんの権力の傘に守られて生きている……)


 レイはこういう目に合わないのに私は油断すると小さい事件に巻き込まれる。

 ネビーがいなくても対処法は同じか。基本的な事に気をつけるようになってから大きな犯罪に巻き込まれた事はない。

 口車に乗せられて誘拐されてネビーが怪我をして取り返して両親も来てくれた後からあれ程怖い事には遭遇していない。

 被害者美少女を助けて私に好印象を抱いてもらいたいか普通に正義感のある男性が現れる事は多い。

 騒ぐな、みたいに睨まれたし「怪我させといてなんだ!」と怒鳴られたけど騒いでおこう。


「痛いです! 誰か助けて下さい!」


 周りに人はいる集まったけど今日は正義感のある人はいないみたい。

 相手の人相が悪めで体格が良いからかも。早く見回り兵官に発見されないかな。

  

「ルルちゃん!」


 この声はイオ。声の方向に顔を向けたらやはりイオだった。制服姿なのでこれは助かる。人が少し集まっている中、人をかき分けて駆け寄ってきてくれた。


 ん?


 ティエンもいる!

 他にも火消しが5人。顔見知りのイオの属するト班の火消し2人と知らない若い火消し3人。火消し6人相手に3人だからか難癖男達は舌打ちして撤収した。


「お前ら待機! あれは常習犯くさいから兵官に突き出してくる! 行くぞ!」

「おう!」

「待ちやがれ!」


 イオ、ヤアド、ナックの頼れる知り合い火消しハ組ト班出動。これで区民は安心。


「ルルさん。大丈夫でした? たまたま通って良かったです」


 ルルさんってこの火消しは誰。もう1人も分からない。ハ組なら会った事があるかもしれないけど覚えていない。よくある事だけど一方的に覚えられているみたい。


「ありがとうございます。たまにあるので平気です。どうせ怯えて刃向かわないって思っていたんですよ。叫んで大騒ぎして暴れ……」


 険しい表情のティエンとパチンと目が合って言葉が行方不明。会いたくなかった。


「痛かった腕は平気ですか?」

「……は、はい。はい」


 小さい声しか出なかった。今は会いたくなかった。涙が一気に出てきてポロポロ落下。


「痛むんですね。近くの組所で手当てします!」

「いやサジュ。イオさんに待機って言われただろう」

「おいティエン。あいつら短刀持ってなかったか? 帯刀違反で逮捕だな」


 組所。ハ組小防所をそう呼ぶんだ。泣き出したのに妙に冷静。こういう時にでもこういう事がついつい気になるのが私。


「怒鳴り声と震え声だったのできました。怖かったですよね」


 ティエンに優しい笑顔を向けられて余計に涙が出てきた。気まずいだろうし私は気まずい。辛いから他2人に任せて無視してよ!


「こ、怖いのは貴方です!」

「えっ?」

「罰当たりです! ありがとうございました!」


 逃げよう。私に向けられる好意を無下にしてきた罰だけどどうしようもない。

 嫌なものは嫌で興味ないものは興味ない。色恋はそういう傷つき傷つけられというもの。

 怖い目に合わないように気をつけたり判断したり疲れる。こんな役に立たない容姿なんて捨て去りたい。でも美人が得なのは良く良く知っている。

 走り出してすぐ転んだ。なぜここで鼻緒が切れる。本当になんなのもう!

 ティエンは私の厄男なの⁈

 元服時に姉妹全員からだと贈られたうんと大事なお気に入りの小紋なのに転んで汚すなんて最悪。

 ティエン達からまだ近いから早く立ち去りたい。立ち上がって脱げた下駄を回収。

 手を離して地面に投げだされた手拭いも拾って反対側の下駄も脱いだ。たまに小石で痛いだろうけど足袋で帰ろう。


「ルルさん! お怪我はないですか⁈」


 とぼとぼ歩き出したら背中にティエンの声がぶつかった。仕方ない、と振り返る。顔を見たくなくて両手の掌を見てみた。


「少しすり傷です」

「うわっ。左手腕のここもです! 洗ってやっつけ酒をかけときましょう」

「他の2人にお願いしたいです……。話したくないです。触らないで下さい」

「えっ?」


 顔を上げたらティエンは目を丸くして眉毛をハの字にしていた。

 ティエンの向こう側に見慣れた姿を発見。彼と一緒にいた火消しの後ろにネビーとウィオラがいる。


「兄ちゃん?」

「えっ?」


 ティエンが振り返るとウィオラだけ近寄ってきた。


「君達。それでイオ達はどっちに行った?」

「向こうです。すぐそこの青旗の路地を右に曲がりました」

「よし、行きましょう。イオ達が兵官に突き出してくれるなら俺も行く。ウィオラさん、ティエンさん、ルルを任せます。ちょっと行ってきます」


 若い火消し二人の肩に手を回したネビーが歩き出した。三人は私達から遠ざかっていってウィオラは私の隣に立った。


「まあ。とても痛々しいです。ティエンさん、勤務中の火消しさんなら応急手当ては出来ますか?」

「は、はい! このくらいなら! でもあの、触らないで欲しいそうです……」

「少し話が聞こえました。ルルさん、お手紙が重なっていましたよ。それでこうして追いかけてきました。続きがありそうです」

「えっ?」


 ウィオラに手紙を差し出された。ティエンからの手紙を放置して飛び出した事すら忘れていた。


「そちらは自分からの手紙です!」

「ネビーさんは火曜から出張で不在でした。それでこちらの手紙は本日ルルさんの手元に届きました」

「えっ、今日。そうですか」

「緊張するから一緒にいて欲しいと頼まれました。それでルルさんは少々そそっかしいので1枚目を読んで落ち込んで家から出て行ったので誤解があるかなと。多分。なにせ続きは知りません」

「1枚目だけ読んだんですか⁈ えええ! あー……」


 ティエンは短い髪をくしゃりと掻いた。あの文の続きってなんだろう。


「ウィオラさん。血で汚れるので手紙に触れません」


 とりあえず下駄を地面に置いた。この感じだと悪い予感はしないので少しワクワクする。


「に、2枚目を彼女に見せて欲しいです! その次は本人に後で読んでいただきたいです!」


 2枚どころか3枚もあったの⁈


「はい。宛名と中身でチグハグだと思って気になってよく見ました。なので2枚目は見てしまいました。くっついて3枚あると分かりにくかったです。私もルルさんの状況なら放り投げていたと思います」

「くっついて? 放り投げ……。あー……1枚目だけだと……」

「では失礼致します」


 ウィオラが1枚目の手紙を後ろに移動させた。現れたのはどう見ても高そうな淡い水色の薄い旧煌紙。でも何も書いてない。


「綺麗……。綺麗です」


 何も書いてないけれどこれは気のない相手に贈る紙ではないと思う。


「美しい旧煌紙ですね。雲龍紙です。彼が想像したしのぶもぢずりでしょうか」

「へっ? あっ! は、はい! はい! うんりゅうは雲に龍ですか? 旧煌紙と書いてあって見た目で選びました」

「ええ。雲に龍で雲龍です」


 雲龍紙という知識はないけど雲、と名前に付いている理由はなんだか分かる紙だ。

 北5区7番地にしのぶもぢずりはなくてもここにありますって事だった?


「雲龍紙で一目瞭然です。夕暮れは雲のはたてに物ぞ思ふあまつそらなる人を恋ふとて。美しいですね」

 

 ウィオラは手紙を夕陽に向かって掲げた。薄くて少し透けている雲龍紙がさらにキラキラ光って見える。

 夕焼けに照らされた雲の果てを見ているとふと物思いにふけってしまいます。あの空の向こうの人を恋慕っているから……。

 ⁈

 そうなの⁈


「うえあぇ⁈ そ、そのような逸話のある旧煌紙だったのですか⁈」

「雲龍紙をご存知ないのでしたらこの龍歌も知りませんね」

「いやあの! 知らなかったけどそれで! それで構いません! 龍歌は大袈裟ですから!」


 雲龍紙からティエンの方へ顔を向けたら彼は赤くなっていた。唇をギュッと真一文字に結んだ真摯な表情で雲龍紙を見上げている。

 悲しい返事ではなくて逆の返事みたい。しかも無かったはずの事が増えた。

 ……断りの手紙だと思ったのに素敵な出足になった!


「偶然でもすとてときな贈り紙ですね。無地の贈り旧煌紙はこの縁に未来がありますように、深い仲になったら大事な文か龍歌を贈り合いましょうと言います。既に深い仲ならおねだりです。ティエンさん、そちらもご存知ないですか?」

「いや、あの、その、はい! そ、それです! そういう意味です。知らないと思って3枚目に書いてみたり、みなかったり……」

「私が通っていた女学校ではわりと常識でして似た事をしたら何も書いていないなんてうっかりさんですね、と笑われました。自分の常識が常識だと思わずに相手に伝わるように書いたとは見習いたいです」


 ……。

 これだと私が思った事とは真逆の返事。

 この話は聞いた事がない。雅な返事をしてくれたのに気がつかないで放り投げて本人に嫌なことを言ってしまった!


「いえあの。自分は常識や価値観が異なる世界を行き来して成長したので。はい、あの。見習いたいとはありがとうございます」

「ルルさん。こちらで既にすとてときですが、3枚目まで読んだらとてもすとてときな返事な予感がしますね」

「……ウィオラさんは何故いつも素敵と言えないんですか⁈ 今の、今の説明の方が、今の説明の方が余程恥ずかしいです!」

「人前で口にするのは恥ずかしい言葉を幼少時から刷り込まれて育っているのでつい」


 ウィオラに微笑みかけられたしティエンと目が合ってぼぼぼぼぼぼほっと音がしそうなくらい顔が熱くなった。

 ティエンも赤くなっているから尚更。

 喉がカラカラで声が出ない。ドキドキと心臓がうるさくて仕方がない。


「ティエンさん。ルルさんは続きを読みたいでしょう。その為には手当てが必要です。お願いしてもよろしいでしょうか。ルルさん、どうですか?」

「は、はい。はい……。おね、お願いしたいです……」

「はい!」


 携帯竹筒の水で手を洗われたり拭かれたり。やっつけ酒も同じく。包帯もしてもらった。触れられている肌がずっと熱かった。お互い無言。

 その間ウィオラは私達に背を向けて少し離れた位置に立ってくれていた。


「あの。すみません……。そそっかしくて誤解です……」

「いえこちらこそ。その、あの。くっつくなんて考えず」

「あの」

「あの」


 目が合って、逸らして、もう一度目が合って私は口を開いた。

 深い縁になったら龍歌や大事な文を送り合おう。それなら文通もだけど付き添い付きでお出掛けとか……。


「よお、ルル。鼻緒が切れたんだな」


 ネビーの声がしていきなり体が持ち上がった。小脇に抱えるって私を何歳だと思っているの⁉︎

 しかも邪魔!


「イオ達が見当たらないから戻ってきた。俺は非番だし帰る。ティエンさんどうも。仕事中に何を話したのか知りませんが妹がご迷惑をお掛けしました。すみません。帰るぞルル」

「ちょ、ちょっと離して!」

「ウィオラさん帰りましょう。すみませんがルルの下駄をお願いします。彼の仕事の邪魔です」

「まあ。それはそうですけど……。お待ち下さい」


 ネビーがスタスタ歩き出した方向は実家方面。暴れても無駄そうなのでだらけるしかない。


「兄ちゃん。この持ち方やめて」

「うるせえ」

「ネビーさん。お邪魔虫です」

「俺も邪魔されたから自業自得です」

「まあ。それならはっきり自分を優先して欲しいと言うべきでしたよ。譲ったのに後からこのように」


 拗ね顔ネビーと不機嫌顔のウィオラ。素敵気分に浸っていたのに邪魔された挙句に二人の痴話喧嘩が始まる!


「譲ったのは自分ではないです」

「先と後なら後の方が時間が多いと思いました。遠回しでした。すみません」

「……うん。はい。こちらこそすみません」


 痴話喧嘩終了。私がいるのにお互いに困り照れ笑いで顔を見合わせるなんてやめて欲しい。


「こ、こほん。ルルさん。先程の話は嘘です。雲龍紙にあのような龍歌の逸話はありません」

「……。えっ⁈ ええっ⁈」


 ウィオラは楽しそうに肩を揺らした。


「即興で作ってみました」


 ……策士!

 策士な面を初めて見た!


「ん? なんの話ですか? とりあえず俺やあいつらが居ない方がよかだと思ってウィオラさんに任せましたけど気になります」

「ルルさんと女性同士の秘密です」

「袖振りされるのもムカつくけどルルの勘違いで相手は前向きだったならそれはそれで不愉快です」

「お父様と同じですね。失礼な事ばかり口にするからどうしようと思ったら気になりませんと申されましたね」

「ええ。俺はプライルドさんに言われた事を彼にするつもりです」


 ネビーがすこぶる不機嫌顔なのは妹バカだからっぽい。未だにロイやジンに突っかかるのと同じく私とティエンも嫌みたい。


「兄ちゃん。まさかティエンさんに全部吐けって言うの?」


 ネビーは結納お申し込みの時にウィオラの父親にこの肩書きと年齢で結婚していないのはおかしいとか、女性慣れしてるから娘になにをしたか全部吐けと言われた。

 素直に吐いた結果ウィオラの父は焼け野原だったけど。ガイが笑いを堪えていたな。


「さあ? 俺より親父がうるさそう。俺の娘がお申し込みをしたなら絶対に文通するはずだ。許さん。ジンくらい見定める、らしいぜ」


 ……⁈


「お父さん知ってるの⁈」

「俺じゃないからな」

「ガイさんとテルルさんが私の頼みを無視したって事だ! ジン兄ちゃんくらいってなに⁈」

「さあ? ガイさんとラルスさんと飲みって事はお前の話をグチグチ言うだろうからそこで決まるんじゃねえか?」

「大丈夫です。おじい様にルルさんの味方をするように頼みました。ネビーさん。ガイさんやお父様側に立つなら私にも考えがありますからね。常識的な範囲はともかくやり過ぎには反対します」


 頬を膨らませるとウィオラはそっぽを向いた。ガイ、父にネビーがくっついたら面倒くさい事になりそうなのでこれは助かる。


「へぇ。考えですか」

「はい」

「例えばなんですか?」

「頼まれた事を全てやめて祝言はするけど中身は今の結納のままを続行ですかね。もう1年……縁起数字で3年?」 


 ネビーがウィオラに何を頼んでいるか知らないけど、後半は「私に手を出さないで下さい」という意味だ。


「……。親父側って何か誤解がありますか?」

「1人でお出掛け禁止と聞きました。それはかつての私並みです。つまり家柄身分や親戚関係的に非常識かと」


 1人でお出掛け禁止って何⁈

 お父さん達は私の知らないところで何の話をしてるの⁈

 あとサラッと口にしたけど家出娘になる前は1人でお出掛け禁止だったのこの人。


「俺はそれはやり過ぎだと言いました。まあ、親ではないから関与しないと……。その顔で見ないで下さい。はい。非常識だと文句を言います」

「それは朗報です。あとルルさんをもう少々丁寧に運んで下さい」

「……はい」


 弱い! 弱々過ぎる!

 完全にウィオラのお尻の下!

 不貞腐れネビーに横抱きにされて「妹をなぜこの持ち方」みたいにブツブツ言われた。父がヘソを曲げているならネビーが味方なのは強そう。

 

「あなたに会えない日を数えて」


 ウィオラは急に歌い出した。これは初めてウィオラに琴で演奏してもらった曲、せくらべの積恋歌(つもるこいうた)。久しぶりに聴いた。

 これはウィオラの友人が勝手に歌詞をつけたものなので正式な歌詞ではない。


「ひふみと過ぎて恋とは苦しく甘くて」


 せくらべは悲劇物なので好きな文学ではないし今の私に悲劇物の曲って。でもこの曲の場面は相思相愛の場面。

 機嫌の悪かったネビーがウィオラに微笑みを向けた。


「桜の吹雪は春たより」


 ごくごく自然に桜吹雪(おうふぶき)に変化した。


「桜、桜、はなびらひらりと舞い落ちる」


 1週間辛かったけどついに春の便りが来ましたね、という意味かな。


「そろそろ本格的に春です。満開の桜が楽しみです。最初の思い出の場所は桜並木なのか海なのか楽しみですね」


 ウィオラの笑い方が変化してその表情を向けられた。ウィオラはたまにこのネビーの笑い方にとても似ている笑顔を私に向ける。気がついたらそうで頻度が増えたなと最近思う。

 兄を大事にしてくれる婚約者だから、婚約者が大事にしている妹だから、その枠組みから少しずつ変化した証。


 ロイがきっかけでティエンは南地区へ来るような人生になり、ロイが破天荒結婚した結果ネビーはガイの養子で仕事内容が大きく変化してウィオラと縁結び。

 私の妄想が正解ならネビーはかつて恋よりも周囲の期待や家族を優先。ウィオラが家出しなかったらネビーと結納していないし今、南地区にもいなかった。

 両親やリルがロイと結婚すると決意しなかったらとか、ガイとテルルが息子夫婦を遠くて危険があるかもしれない旅行に行かせなかったら……。

 私の人生なのに色々な人の決断が今日の私とティエンのやり取りに繋がった。

 ルーベル家でうだうだ返事を待っていて1人で返事を見るかリルと見ていたら私は雲龍紙に気がついただろうか?


「……。秋くらいまでどこにも行かせませんよ!」


 今は春なのに秋ってなに⁈

 

「ネビーさん。それにどのような正当性がありますか?」

「優秀で期待されていても準官は試用期間。火消しは9割程度正官になると言っても準官は準官です。半人前の間は絶対に出掛けさせないと親父が腹を立てていたので短縮です」


 2年も文通していなさいってこと⁈

 しかもティエンは引っ越してしまうのに⁈


「まあ。お父様はそこまでですか」

「とにかく生粋火消しなのが気に食わないようです。普通のお見合いの場合は事前調査をします。現在南3区に縁者がいない相手を半年くらい素行調査するのは常識的かと。春の次によかな季節は秋です」

「それはその通りです。ようやく会えて紅葉を川に浮かべ合えます」

「ええ。腹が立つけどまあ自分が知らなければよかな話です」

「噂の秋に気持ちを打ち明ける……」

 

 ウィオラは素敵、みたいに照れ笑いしている。

 ……これ、ウィオラは懐柔されてない⁈

 箱入りお嬢様に平家娘の常識は通用しなそう。つまり半年より前にティエンと直接話す為にはルカやリルに助けを求めないとならない。


「順調なら正官になったら結納が妥当かと。付加手当があるでしょうけど準官は準官です。2年もあればさらに素行調査が出来ます。評価が上がってモテてふらふらしないかとか」

「それも常識的な気がします。しかしそれでは遠距離結納です」

「本気なら会いにくるんじゃないですか? 逆も。目移りするならその程度って事です。家同士のしがらみが無い分気持ちは大事かと」

「ええ、そうですね」

「俺はこのように常識的な提案をします」


 やっぱりウィオラは懐柔されている!

 ウィオラは常識的な範囲はともかく、と口にしてからネビーを脅したからネビーは正論武装するっぽい。母がどう考えているのか分からないし勝てるかな。


「お母さんはなんて言うてるの? 上地区本部近く暮らしは今は嫌。あと気がついたけど兄ちゃんの庇護で助かっているからそれも不安に思った」

「俺はぶつぶつうるさい親父の相手をした後に出張だったから知らねぇ。その懸念は俺もあってウィオラさんが犬を飼ったらどうかと。ルルは後からでよかだけど俺は今の長屋でも飼う。飼えるように住人達に頼む予定。ラルスさんが帰ったら番犬がいない」


 犬を飼う!

 賢いハチやアニみたいな犬は私を助けてくれそう。かわゆいから飼えるなら飼いたいのもある。ティエンは犬好きかな。これは要確認事項だ。


「えっ? 私ですか?」

「はい。出張中に考えていました。そもそもお前が誰も相手にしないから牽制し合っている奴らが動くぞ。どこの誰だとか、そいつよりも先にとか。お前はしのぶれどだからすぐそうなる。今日は俺がたまたまいたけど気をつけろよ。まっ、頑張れ」

「えー……。なにそれ」


 自分の欠点を改めて自覚したし、反省するし、家族は私の知らないうちに話し合いをしているみたい。

 警兵犬部隊というものがあるらしくて話をちょろちょろ聞いてきたとその話をされた。家に帰ると母はまだ帰宅していなかった。


「私は支度をして夕食の準備を始めます」

「ありがとうございます。俺は勉強しています」


 それなら私は三枚目の手紙を読もう。そう思った時にルカとジンが帰宅した。


「あー、ルカ姉ちゃん。後で相談があるんだけど」

「何。あれだ。返事が来たんでしょう。その照れ顔はそうだ。遊び終わってない火消しなんてやめておきな。痛い目見るよ。嫌ならかなり時間をかけて骨抜きにするんだね!」


 ルカにも知られてる!

 ペシン、とおでこを叩かれて「とりあえず最初の一歩は上手くいったようでおめでとう」と笑いかけられた。


「人によると思うけど俺の火消しの印象ってイオ達だからルカさんに同意。そもそも上地区本部の方に引っ越しっていうのが。なんか皆、それはルルちゃん次第で仕方ないって雰囲気があるけど断固反対。リルちゃんの時で大騒ぎだったから、口ではええって言う母さんの気落ちが凄そう。親父は当然として」


 よしよし、とジンに頭を撫でられて衝撃を受けた。妹バカのネビーは犬を飼えと言ったのにまさかジンが断固反対とは。おまけに口では良いという母が落ち込むという情報まで。


「ルル。ネビーは帰った? まだ?」

「帰ってきてる。私は出張ってことすら知らなかった」

「へえ。水曜に来たのになんで知らないの? 帰ってきたんだ」


 ルカはネビーの部屋へ向かっていって軽く声を掛けて部屋に入っていった。帰宅してジオより前に会いに行くなんて涼しい顔をしていたけどかなり心配していたのかな。


「そのうち帰るって雑に出掛けたからルカさんはわりと心配してた。ルルちゃん、ジオは? お母さんは不在みたいだね」


 ジンは母達の部屋を覗き込んだ。この部屋はこの時間は特に鍵をかけてない。

 話し声がしたからかロカとジオが部屋から出てきた。


「お父さんお帰りなさい!」

「おお、ただいまジオ!」

「ジン兄ちゃんお帰りなさい。ルルはまだいたの」

「ロカ。まだいたって何⁈ 今日は泊まるって言うたでしょう?」

「兄ちゃんが帰ってきたからルルは邪魔。ずっと練習してた万年桜の簡単なのを聴いてもらうんだ。疲れて帰ってくるからウィオラさんと連奏しようって練習したの」

「邪魔って私がお嫁さんになったら滅多に会えないんだからね。その時にビービー泣いても遅いから」

「高飛車袖振り魔人は中々決められないし近くに住むんでしょう? 何言ってるの」


 ……ロカって私が遠くに嫁ぐ可能性があると知ったらどういう反応をするんだろう。


「ロカ、私は遠くに行きそうな人と縁結びしたいと思ってる」

「……えっ? 遠くってどこ⁈」

「南2区の幸せ番地くらい」

「立ち乗り馬車がないから海辺街よりも遠いよ! そんなのお父さん達が許すわけないじゃん。ルルは弱々のモテモテで兄ちゃんがいないと危ないんだからダメに決まってる。お見合いしたの? その前なら断ればええね」


 私はロカにもネビーに助けられて生活していると認識されているんだな。


「……引っ越すかもしれない人と文通する」

「えー。やめなよ。する必要ないじゃん。だって条件が合わないんだもん。無意味な事をする必要なんてないよ。ルルは選び放題なんだから好条件の人でええじゃん」


 ……反論はあるけどロカも反対ってこと。ここに火消しっていう情報を与えたらどうなるんだろう。

 目を離し気味だから色恋系からは遠ざけろと育った私達姉よりもロカはわりと普通に育ったし女学校でもあれこれ色恋の話をしてそう。


「あっ。暗くなってきてからルルが帰るって言うたら兄ちゃんかジン兄ちゃんが送りで疲れるからルルは帰れないね。仕方ないから一緒に寝てあげる。兄ちゃんにたまにはって頼んだら疲れてるから明日って言われた。あっ! ウィオラさん、もう夕飯の支度をしますか⁈」


 跳ね気味に数歩私からの離れたロカはこちらへ来る割烹着姿になったウィオラに近寄った。


「ええ、そろそろ始めます」

「お父さんが飲み会で明日とか明後日の方が喜ぶから帰ればええのに帰らないのでルルの分も増えました」

「今夜は8人分ですね」

「そうです。お祖母さんはすいとんがええって言うからお味噌汁から応用です。私がすいとんを作ります!」


 私はぼんやりしながらロカの勉強部屋に入った。ここは私とレイの部屋でもある。

 ティエンからの手紙の3枚目を読んでウィオラが教えてくれた無地の贈り旧煌紙の事が書いてあった。

 2枚買いました、とだけ書いてあるけどその意味は分かる。その後に私への質問がいくつか続いた。

 美しい雲龍紙を手に取って夕陽が差し込む窓の方へ掲げる。ウィオラがそうしてくれたように。

 きらきら、きらりと輝くこの雲龍紙には私の未来が詰まっているかもしれない。


(断られたら悲しくて、違うと分かったらうんと嬉しかったのに……。龍神王様は告げました。希望絶望は一体也。救援破壊は一心也。(きゅう)すれば(かい)し欲すれば喪失す。真の見返りは命へ還る……)


 私が歩く道にはお手本がいる。歩いていけるとはいえしょっ中は帰れなくなったリル。リルは価値観の違う家へ嫁いだ。

 南地区と東地区なのに縁結びをして間も無く祝言を迎えるネビーとウィオラ。

 帰る家は無いも同然で我が家にすっかり馴染んで私達から見ると幸せそうに見えるジン。


(私は知っている。リル姉ちゃんがお嫁にいった後の自分達や家族の事を知ってる……。気持ちや覚悟が大事な事も、他人が家族になれる事も知っている)


 ずっと近くの人と縁結びと思っていた。ルーベル家に恩返ししたい気持ちはあるけど単に家族親戚の皆が大好きで離れたくないから。


(家族親戚が大切な私と妄想の過去兄ちゃんは同じ? 背負うものが沢山だった兄ちゃんと何も背負っていない私は違う……。何も背負っていない兄ちゃんは痛み分けを選んでウィオラさんは幸せが2倍になるって言うた……)


 今の私とティエンは結納を決めた時のネビーとウィオラと同じ立場ではない。

 文通数通で破綻するかもしれない。けれども先がいきなりやってくるかもしれない事は私の家族親戚なら理解している。

 机に向かって返事、返事はしない、返事……と考えていたら母が部屋を訪れた。帰宅したみたい。


「返事が来たんだってね。良かったわねルル」


 さっそく誰が喋ったの⁈ ルカだな。


「お母さん。私はこの文通を始めてええのかな……。私は遠くへ行きたくないし家族親戚もそうな気がする」

「嫌ならやめればええし、したいならしなさい。会ってないし仕事振りとかの話もまだ知らないけど生粋火消し相手に弱腰で挑んだら負けるよ。骨抜きにして6番隊に残ってくれると言うくらいになったら?」

「兄ちゃんが東地区で暮らすって言うたように?」

「言うているように、の方だよ。あれは諦めてない。16年間、家族と過ごしたので16年はまず譲れますって笑ってくれているけどどうだろうね。私達次第だよ」


 ささっと喋って母撤収。ジンの言った通りだった!

 なんだかんだ母は私に遠くに行って欲しくないって事。ネビーは反対側と思ったけどこうなると逆っぽい。

 一人しかいない息子の嫁候補——破談しなそう——にイライラしないのかなと思っていたけどイライラして嫌われたらそれこそ息子を取られるの方かも。

 そうだ、母が本気の愚痴を言うのは父くらい。弱いところを見せられないのはルカと同じというかルカが似た。あとロカもそうな気がする。


(兄ちゃんにまた苦労をかけさせるのは嫌だな……。私だ。私がしっかり決めて私が家族と向き合って話せばいい。それで同じように悩んで話し合ってくれる人ならきっと上手くいく)


 結婚は家と家の結びつき。我が家も私もルーベル家もそれを知っている。頭でっかちの私は感情任せに変な事を言ってもこうして冷静になる。浮かれもすぐにこうなった。私はそういう性格。

 6人兄妹で次女と間があいた三女の私は甘ったれ。代わりにお手本がいて自分が失敗する前に失敗談も学べる得な位置。


「ルルさん」

「はい。どうぞ」


 ウィオラの声がしたので促したら扉が開いた。少しだけ入って扉を閉めたけど畳には上がらないみたい。


「忘れるところでした。良い返事が来た時に、とロイさんから伝言がありました。照れもあって言いにくいので私とリルさんに伝言を託しました。ルルさんが実家にいた時なら私が担当です」

「ロイさんからですか?」

「ええ。リルさんに聞いたらルルさんはやはり頭でぐるぐる考えるようなので自分も反対したいけど周りが反対ばかりなので文通くらいは気楽にと。思慮深いルルさんは返事まで間があいたのもあり、返事が来た時に周りが嫌そうな反応だと我に返りそうだと」

「はい。ロイさんは私にそんなに思い入れがないです」

「それならリルさんと話した方が良いですよ。土曜の夜にネビーさんよりも嫌そうだったのはロイさんです。ネビーさんは私との事があるので嫌でも納得派ですから」

「えっ⁈ ロイさんがですか⁈」

「伝言はこちらです。レオさんに同意して見張るし反対するけどルルさん側の気持ちも分かります。それでまだ知らぬ人をはじめて、と。ネビーさんは土日に仕方ない、仕方ないとブツブツ言っていたのでネビーさんは別に嫌ではない訳ではないですよ」


(まだ知らぬ人をはじめて……。恋ふるかな思ふ心よ道しるべせよだ)


 私は龍歌百取りは丸暗記している。レイとロカと共有物だけどロイが贈ってくれた龍歌百取りは私の宝物だから。

 初恋は諦めたけどロイに賢いと褒められるのも一緒に遊ぶのも好きだった。

 家族も褒めてくれたしリルも自分も勉強になるからと遊んでくれたしネビーも未来のお嬢さん嫁の為に覚えるから俺と遊べと遊んでくれたので私はそのまま龍歌好き。

 まだ何も知らない人のことを初めて好きになりました。あの方を想う私の心よどうか道しるべになって——……。


「あの」

「私には最終手段、農林水省があります。やり返されるので慎重にですし見返りが必要です。何度もは使えません。なので誰にでもは無理です。ネビーさんに頭を下げられたくないので覚えておいて下さいね」

「それって」

「無理かもしれませんし今はまだまだ必要のない話です。しかし諦めたら終わりです。いつかの為に考える材料です」


 ウィオラは笑顔で部屋から出て行って扉を閉めた。

 上地区本部へ転属をさせたくないとゴネるなら時と場合によっては協力します。今のはそういう意味。もう少し考えたら他にも含みがあるはず。

 

(そうか。予想外の相手と文通するしないだけで大騒ぎだから皆一緒に考えて悩んでくれる。ロイさんがこんなに気にかけてくれると思わなかったし、ジン兄ちゃんが断固拒否でルカ姉ちゃんはあれでお母さんがそんなにあっさりではなくて……憎まれ口のロカも……。これを機会に私は家族皆と話さないと)


 この恋の終わりは分からないけれど、どうやら家族親戚との絆は還ってきそう。

 たった1週間で考え過ぎて脇道に逸れたら新発見があったし目から鱗もあった。


(っていうか皆して生粋火消しは生粋火消しはってそんななの⁈ 近寄るなって遠ざけられてきて火消しと会う時はお父さんか兄ちゃんかジン兄ちゃんがいるから私は色々知らない!)


 私は頭でっかちの見合い破壊魔人。勘が会って喋る程のめり込みそうと告げている。

 なのですぐに返事はやめて、お出掛けもすぐにではなくて、まずは調査からだなと大きく伸びをしてゆっくりと息を吸った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ルル・ティエン出会編ありがとうございました [一言] まだまだ始まったばかりの2人ですが。少なくともネビーとウィオラの結婚式の時点では、会えそうで嬉しくて仕方がない、という状態になっている…
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