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17話

 水曜日午前中。なんだか怠くて頭もお腹も痛い、と思ったら月のものがやってきていた。つまり……。

 私は厠から出ると居間へ向かった。いなかったので寝室へ。義母は机に向かって何やら筆記帳に書き物をしている。


「お義母さん。失礼します」

「どうしたの?」


 義母が振り返ったので、1度立って近くまで移動して正座する。最近、座って襖を開けることに慣れてきた。


「今月は嫁の勤めを果たせませんでした」


 3つ指ついて頭を下げる。


「急に何ですか。約1ヶ月の反省? 月を跨いでからならまだ分かりますけど」

「子が出来ませんでした」

「ああ、そういうこと。いきなり果たしたら困ります。まだロクに家も守れんのに」


 思いがけない返答にビックリして頭を上げた。ロイがほぼ毎日励むので、最重要案件だと思っていた。


「そうなんですか?」

「そうですよ。まあ授かりものですからいきなりでもええですけどね。跡取りも次男も娘も何でも欲しいわね。予定より若い嫁がきたから待てる時間も長いし、期待しています」

「はい」


 予定より若い嫁なのか。他の嫁がくる予定があったの?

 そういえば義母は「勝手に選んできた」と言っていた。

 義母はロイの嫁を選びたかったか選んでいたということ?

 ますます深まるロイの嫁選び基準。 


「家の誰にもいちいち報告せんで良いです。私に祓い屋へ行く言うたら分かりますから次からは報告しなくてよろしい。今日は足が痛むから、町内会長さんとこには自分で行きなさい。買い物ついでで良いです。祓い屋の使い方は教わったのよね? よその奥さんに迷惑をかけんようにするんですよ」

「はい。お義母さん。また足湯しますか?」

「昼食後にお願いするわ」

「はい」


 私は一礼して退室した。掃除の続き。慣れてきたいつも通りの生活をして、夜に明日の朝食とお弁当の下準備をしていたら台所に義母が来た。


「リルさん」

「はい」


 振り返って手拭いで手を拭く。


「あなたいつまで居るの。鐘の音が聞こえんかった?」

「先程20時の鐘の音を聞きました」

「なら早うしなさい」

「行く時間が決まっていました?」


 大変だ。荷造りはしてあるけど、もたもたしていて明日の仕事の準備が中途半端。

 祓い屋で新米嫁は最後にお風呂。21時前に家を出れば良いくらいのつもりだった。21時の戸締りに間に合うように。


「決まっていません。遅くに外に出るなという話を忘れました?」

「祓い屋の時は別かと思いました。すみません」

「リルさん。たまには手抜きをするか頼み事の1つくらいすることですね。青い顔で生真面目に働かれても迷惑です。頑丈だと聞いてますけど我が家の子を産む大事な体なのを忘れんように」

「はい。あり……」


 ありがとうございますと言う前に、義母はピシャリと襖を閉めてしまった。

 義母はやはり嫁に甘々。手抜きして良くて頼み事もして良いのか。

 居間に顔を出してみると、義母は夕方からしている縫い物の続きをしていた。近寄って正座する。


「お義母さん」

「何です?」

「もたもたしてしまったので……」

「明日の朝食は今の台所の様子を見て私の好きにしますから、さっさと行ってゆっくりしなさい。その顔なら明日は朝食までに戻れば良いですからね。まだまだ現役ですから早く帰ってこんでええです」


 言葉を遮られ、手でシッシッと追い払われた。こっちを見ないでしかめっ面。でも優しい。この表情は足が痛むのだろう。


「何から何までありがとうございます。行ってきます。お義父さん、行ってまいります」


 体の向きを変えて、寝っ転がって本を読む義父にもご挨拶。


「行く? ああ、そうかそうか。しばらくなかったから忘れてた」


 そう言うと義父は立ち上がった。


「ロイは風呂だから自分が送ろう」

「1人で……」

「リルさん。ルーベル家の男は嫁を祓い屋に送らん。嫁が鬼やら何やらに襲われてもええ思うてる。そんなのは恥ですからね。勉強しておいたんと違うんですか」


 義母はペシッと畳を叩いた。慌てて頭を下げようとしたら、またペシッと音がした。


「もたもたせんで、早う行きなさい」

「はい。すみません」

「リルさん、自分は外で準備して待ってる」

「はい。すみません」


 急げ、急げと2階に行って浴衣などを包んである風呂敷を持って戻る。

 勉強したつもりだけど不足してて失敗した。送ってもらうなら確かに何もかも遅い。

 義父やロイがお風呂に入る前に頼むべきだった。せっかくお風呂に入ったのに夜風で冷えてしまう。

 嫁の送迎はきっと旦那様。ロイが帰宅した時に「今夜からしばらく祓い屋へ行きます」と声を掛けておくべきだった。出掛ける時で良いと思っていた。

 玄関扉を開けようとした時に「リルさん!」と大きな声を出したロイに呼ばれた。


「はい、旦那様」

「出て行くって何でです? 先日自分のせいで母上に折檻されたからです? それとも今日の昼間に何かありました? 自分が何かしました?」


 ロイは下駄も履かずに玄関に降りてきて、私の両肩を掴んだ。顔色が悪くて悲しそうな表情。


「いえ。旦那様、祓い屋へ行きます。すみません。早く伝えることを知らなくて」

「はら……。あー……」


 私の肩から手を離すとロイは俯いて、上を向いて、拗ね顔になった。


「母上め。紛らわしい言い方を」

「紛らわしい言い方ですか? ああ、旦那様すみません。お義父さんを待たせていますので失礼します」


 家出すると思われたみたい。義母がそう仕向けたということは、また何か教育なのだろう。ロイはまた母を怒らせたっぽい。

 特に何も変わったことはないように見えたけど、知らないところで何かあったのだろう。

 ロイは私が家出するのは嫌。それはとても嬉しいことだ。嬉しいのさらに上は何と言うのだろう?

 会釈をして外へ出ると、義父は提灯を手にしていた。薄い青色で鬼灯の形。柊の絵が描かれている。

 青鬼灯は魔除け。柊も? これも勉強不足だ。だから知らない。義父が口にした準備とはこれだったのか。


「お待たせしました」

「父上。自分が行きます」


 ロイも家から出てきた。


「そうか。湯上がりだから、ほっかむりしてけ。よお見たら玄関に塩が盛ってあった。ご無沙汰で忘れていたわ。ロイ、お前は母さんに怒られるな」


 あはは、と笑いながら義父は提灯をロイに渡した。それから腰の帯に下げている手拭いをロイの頭に乗せ、結び、家に入って行った。

 玄関に盛り塩は魔除けだけではなくて、家族への合図でもあるのか。


「リルさん、行きましょうか」

「はい」


 2人で並んで歩き出す。


「湯上がりなのにすみません」

「自分こそ盛り塩に気が付かずすみません。気が付かないからそのまま夕食の後片付けやら何やら手伝わず。確かに母上に怒られるというか……」

「もう怒られましたね」


 ロイの拗ね顔が面白くて、つい笑ってしまった。


「いえ。帰ったら説教です。リルさんにまた格好悪いところを見られんで済むのは良いですけど」


 拗ね顔をやめて、ロイは微笑んだ。


「旦那様の格好悪いところなんて見たことないです」


 しばらく歩いて、返事がないなと思ってロイを見上げた。久々の無表情。いや無表情とは違う……何顔?

 腕を組んで歩くではなく、腕を下ろして拳を握っている。怒ってる? そういう顔ではない。


「旦那様?」

「そうですか」

「はい」


 その後は無言。ロイと喋りながら歩くのは好き。でも喋らないで歩くのも好き。もたもた歩くなと急かされない。並んで歩いて周りを見ていると何だかワクワクする。

 義父やベイリーやヨハネでも楽しいだろうけど、少し何かが違う気がする。何、と具体的に言えないけど多分きっとそれが恋の好き。義父やベイリーやヨハネと手を繋ぎたいとか、頬を撫でで欲しいとも思わないのもロイとの違いだと思う。


 突然、ぐるぐるめまいがして気持ち悪くなった。月のものが来ると、初日や2日目は時々こうなる。

 腹痛や腰痛や頭痛はあまりひどくなくて耐えられるけど、この急な不調は少し辛い。

 健康な嫁でいたいので我慢。少しで治るから我慢。


「リルさん?」

「はい」

「どうしました?」

「はい」


 真っ直ぐ歩けてるはず。でも歩くの遅いかも。


「具合が悪いです?」

「いえ」


 心配かけたくない。健康な嫁と思ってもらいたい。


「急に歩くのが遅くなってふらふらして、具合悪いでしょう。母上もよく寝込んでました」


 ロイが私の前にしゃがんだ。


「乗って下さい」


 迷ったけど、義母の「我が家の子を産む大事な体」と言われたことを思い出す。


「ありがとうございます」


 もたもたするとロイの帰宅が遅くなる。ロイは明日も仕事。それに風邪も引いてしまうかもしれない。

 ドキドキするけど、おぶってもらった。おぶってもらうなんていつ以来だろう。

 ロイはひょいっと立ち上がり、スタスタ歩き出した。早い。重くないかな?

 視界は高いし、背中は広いし、乗る前よりドキドキした。

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― 新着の感想 ―
[一言] これは・・・主人公は嫁と思わせて、実は姑ではないですか?かわいすぎるんですけど!? まだまだ現役そうだし、どんだけ美しい姑なんでしょうか。 そういった見方もできるくらいの、ストーリーで驚いて…
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