未来編「因果は巡る糸車13」
視点:ルルです
机の上に体に途切れ途切れの縦模様がある生き物の竹細工が飾ってある。口に紐を咥えていて紐の先には朱色の梅の形の細工。私はそれをツンツンつついてみた。水曜日はなかった。
ここはネビーの部屋。家主は不在で婚約者のウィオラが琴の基礎練習をしていて背中にずっと音がぶつかっている。今日は土曜日でもう夕方。
本日、ウィオラは出勤日にしたようで海辺街へ行って帰りにルーベル家に寄ってレイスとユリアにテルルから頼まれた事を少し教えて帰宅。
彼女に会いに朝から実家に来た私とすれ違いだ。
話があると頼んだら稽古をするけど会話しても乱れないか練習するので喋って欲しいと言われた。
それでお互い背を向けて私は読書をしながらたまに雑談。その予定が1頁も進んでいない。
「ウィオラさん。この生き物はなんですか?」
「ジンさんにイノシシの子と教わりました」
「イノシシ。ジン兄ちゃんが知っている……山の生き物ですか? 山には何度も行っているけど見たことがないです」
「ジンさんのご実家でも珍しい山の副神様と言っていました」
「それで今月の飾りはこれですか。梅はなんですか?」
「今月はまだ決まらなくて先月も遅かったのでそちらは2月飾りです。梅は梅園です」
ネビーとウィオラは2月にどこかの山へ行ってイノシシの子を見てどこかで梅園も見たということ。
これは二人の毎月の思い出飾り。父に作ってもらった二つで一組の飾りを結納中はそれぞれの部屋に飾って祝言後に合流。以後毎月にその月の飾りを机の上に飾るらしい。
「今さら疑問に思いましたけどそもそもこれはどちらの発案ですか? ウィオラさんか。兄ちゃんが思いつくはずがないです」
一年後に祝言が一番の目標だけど小さい目標を、とネビーに提案されて毎月何をするか話していたら冬のルーベル家はうさぎ屋敷だと言われたそうだ。
確かにリルは冬になると北極星雪うさぎ祭りを開催している。
ルーベル家の床の間に父が作ったうさぎ飾りが2匹登場すると聞いたウィオラが飾り物の事を思いついたそうだ。
「来月でもう一年です。早いですね。ウィオラさん的にはどうでした?」
「一日千秋みたいな日もありましたし逆もありました。過ぎてみれば短いです」
「袖振り魔人に罰当たりのようで私はまさにその一日千秋です。この頃に千歳や往きも過ぎぬると……。はあ……。海観光は雨で中止……。釣書的には少し気が合うと思ったけど……」
先週の日曜日は雨が降ってロイとリルとレイスとユリアとティエンと私で海観光という話は消滅。
約束の時間にロイが彼をかめ屋に迎えに行ってその日は1日ルーベル家という話だったけど、どんどん恥ずかしくなってその日の私は実家へ逃亡。海観光でも同じように逃げた気がする。
「明日で1週間返事なしです。兄ちゃんとウィオラさんはその1週間で結納しました」
2週間も早い。来週の土曜の夕方は殴り込んできた華族の三男とお見合い。
格上相手で煌護省勤めなのでガイの顔を立てるために1回はお見合いをしてお喋りをして「気が合わない」と断るというか断られるようにする。疲れそう。
でもその三男はきっと今の私みたいな気持ちだろう。
自分が気にした相手は自分に気にしてくれる仕組みがあれば良いのに。そうしたら皆幸せで傷つかない。
「1週間は短いけど長いです。それに私達は交流していく為の結納でしたから」
「交流していく為ってその前に相愛です。兄ちゃんなんてロイさんと同じく祝言してから口説くとまで言い出して。全く。あれは乙女心を無視していて恥ずかしかったです。プライルドさんが呆れていました」
「お父様はなんでも気に入りません。裏では俺の息子と大はしゃぎですのに。あの時、ルルさんがネビーさんを叱りつけてくれましたね」
「正直、ウィオラさんはそれでもええ様子でしたよね。今もありがとうと言いませんでした」
「その、ええ、まあ。照れ屋過ぎて何も出来ないなら結納でも祝言でも同じと言われてその通りかなと。その後提案されて1年間思い出作りの話になりました」
結納時に三ヶ月ごとに祝言出来るか確認すると言っていたけど、結納後少しして話し合った結果机飾りを作る、一年後の出会った土曜に祝言しますとしっかり確定。
すぐ祝言したかった理由をラルスに聞いた母がネビーをガミガミ叱った。ラルスと父は27年間我慢したならこうもなると割と好意的というかお酒を飲んで大笑い。
照れ屋過ぎる本人に許された瞬間、すぐに一線を越えたいから先に祝言しておきたいってバカ。バカ過ぎる。言葉は選んでいたけど中身は同じ。大バカ。よくあそこで袖にされなかった。
ん?
……ロイは?
ロイもバカネビーと同じなの?
そもそもなぜ一週間で結納で三ヶ月で結婚だったの?
これは新たなグルグル思考が開始されそうな予感。
ウィオラの基礎練習が終了したようなので彼女の方へ体の向きを変えた。彼女もこちらを向いてくれた。それでふと別の疑問が湧く。
「そういえばウィオラさんはなぜ兄ちゃんの部屋で稽古をしているんですか? ラルスさんの稽古の音はしませんでした」
「おじい様はルーベル家に残られてガイさんと将棋をしています」
祖母の様子を見に行って戻ってきたらネビーの部屋から琴の音色。それで声を掛けた。
現在、この部屋の合鍵を持っているのはウィオラだけ。掃除などを頼まれているから出入りするのは分かるけどなぜ琴を運び込んでここで稽古。
「つまり自分達の部屋は空いてるって事ですね。でもここ。この部屋」
「なんとなくです」
「なんとなくですか?」
「ええ。なんとなくです。少し歌の練習をしたいのでルルさんにお返事が来るように桜吹雪でも」
元気がなさそうなのにのらくら逃げられている。それなら、と手元を見たいので琴を弾くウィオラの正面へ移動。
「桜の吹雪は春たより」
相変わらず心地良い声。
「桜、桜、はなびらひらりと舞い落ちる」
まもなく桜が咲き誇る時期。今年は寒いから遅そう。4月の半ば過ぎなので難しいけどネビーとウィオラの祝言の頃に満開だと良い。
仕事で少し会って話して翌日からお隣さん。縁があるって多分こういう事。
私とティエンは海観光が雨で潰れたから逆な気がしてならない。昼過ぎに実家に帰れば良いのに恥ずかしいと逃げたのは私か。
「見渡す全て、桜、さく——……」
ウィオラが手を止めて顔を上げるとスパンッと扉が開く音がした。反応が早かったからウィオラには鍵を開ける音が聞こえたみたい。
「ウィオラさん。ただいま帰りました。音の方向が変だと思ったら俺の部屋でってなんでですか? あい……」
部屋に駆け込んできたネビーと目が合う。
「おうルル。居たのか。今日は帰れ。それか隣に去れ」
「顔を見るなり帰れって何⁈ あい、の次はなんですかー? バカ兄ちゃん!」
「うるせえ。お前はこれでも読んでろ。火曜に屯所に届いてたって。居なくて悪い」
そう告げるとネビーは荷物を入り口近くの畳の上に置いて懐から文を出して私に近寄ってきた。文を差し出されたので受け取る。宛名はネビー・ルーベル殿になっている。
「兄ちゃん宛だけど。なに?」
「裏を見ろ」
「お帰りなさいませ。なにを飲みたいですか?」
「ありがとうございます。水でよかです」
手紙をひっくり返したら6防ハ組ユ班ティエンと書いてあった。
ティエン!!!
「ネビーさん宛なのですね」
「6防近辺居住になるならルーベル家はここよりも遠いです。それで屯所が近い。なので屯所の俺宛でもよかですと伝えたそうです。郵便代の節約になりますし。彼はハ組になったんでハ組事務所から屯所へ行く人に渡してもらう的な」
「まあ。知りませんでした。すみませんルルさん。それならネビーさんは出張中だとお話しすれば良かったです」
ウィオラが立ち上がって私に頭を下げた。それからネビーの羽織を預かって遠ざかり、代わりにネビーが私の近くに着席。
「兄ちゃん出張だったの?」
「まあ」
「知らなかった。いつから? 手紙が届いた日からして火曜か水曜からか。私は水曜にここに来たんだよ。木曜はお教室だからウィオラさんと稽古をした。ルーベル家でもした。なのに何も聞いてなかった」
出張中だったなんてルーベル家の者達は誰も知らなかった。ロイに今週は日勤と伝えていたようなのでまたド忘れしていたのかな。出張の時にたまにそう言っている。
ネビーは私に返事をしないでウィオラの方に顔を向けて彼女の帯を見つめている。
「兄ちゃん?」
やはり返事なし。ウィオラがお盆を持って戻ってきて私達に湯呑みを差し出してくれた。
「お待たせ致しました。ルルさんもどうぞ」
ネビーに帰れと言われた私にも用意してくれたのか。
「ネビーさん、こちらは昆布茶です。お水とどちらがよろしいですか? 私はどちらも飲みたい気分です」
手拭きを受け取ったネビーは昆布茶の入った湯呑みを手にした。
「それなら半分ずつで」
「ええ」
微笑み合った二人を見て察する。私は邪魔者の雰囲気。いや最初からそうだ。ネビーに出て行けと言われた。
でも部屋から出て行きたくない。というよりも私はウィオラに用事がある。
「ウィオラさん。返事が来ました。怖いです。悪い事が書いてあるかもしれません」
日曜日にその場で一言「文通するので返事をします」と告げてくれなかったと後で知って凹んだ。
おかしな言動をした私はティエンにとって不審者疑惑なので仕方ない。
「悪い事? 喜ぶと思ったのに怯え顔ってなんだ」
「返事なしはなしって約束なんだよ! ガイさんがそう言ったって。兄ちゃんは出ていって。ウィオラさんと見る。いや兄ちゃんは疲れてるだろうから私とウィオラさんが出て行く。付き合って下さい。怖いです!」
「それなら母ちゃんに土産を渡してくる。ルル、お前は今日泊まりか?」
「うん。明日も休みだから泊まる。だから送らなくてええよ」
立とうとしたネビーの着物の袖を少し引っ張ったウィオラが立ち上がった。
「ネビーさん。おじい様とお父様は今夜ガイさんとお店で飲み会だそうです。琴を置いておいても良いでしょうか。なにか聴きたいかなと。お母様にお土産を渡してきますね」
「ありがとうございます。お願いします」
「ルルさん。私の部屋へ行きましょうか」
ウィオラが去っていく。私も立とうとしたら袖を引っ張りられてネビーに耳打ちされた。
「ルル。ルカが帰ってくるだろう?」
「話してない。お母さんにも言うてない。バカな言動だったからバカとか作戦下手って言われるから言うてない。悪いけど1人で読めない」
「悪いって言う相手は俺じゃねえ。俺はよか。別に悪くない。火曜の朝に急な命令がきて木曜には帰宅予定って伝言したのに今帰宅だから心配させたと思う」
緊急出張だったの⁈
「知らなかった。予定出張じゃなかったの? 危ない事? 怪我してなさそうだね。怪我してないね。実は隠してる? 疲れた?」
これか!
ウィオラが寂しそうな素振りを見せた理由。実家が恋しいとかそういう事だと思っていた。それで話をどう切り出そうか、聞かない方が良いのか、話してくれるか様子見していた。
木曜に急いで帰ったのはこれ!
疲れて帰ってくるかもしれないから何か。もう帰っているかもしれないから早く帰ろう。そんなところだろう。
先程までわざわざこの部屋で稽古をしていたのもそうだ。
帰宅を待っていたのに私が頼んだからネビーを置いて部屋から出て行った!
「言えなかったけどもう言える。盗賊団強襲作戦に地区番隊から南西農村区への応援派遣。先輩と後輩と行った。火曜の深夜に警兵達が特定したアジトに殴り込みと一斉検挙作戦。俺達はその時の農村地区警備の穴埋め」
出張のことすら「帰った」みたいに後から言う。言わない事もある。なのに滅多に喋らない仕事の内容を口にするなんて珍しい。
「なんで帰りが遅くなったの?」
「想定よりも暴れたり逃げられた。立てこもり少し、逆恨みで警屯所襲撃とかあったらしいからそのうち新聞に載りそうな話。俺はわりとのびのび担当になった村の警護」
珍しく仕事のことを詳しく話すなと思ったら新聞記事か瓦版が出回るからか。
「前の緊急出張の時も言わなかったよね」
「そりゃあ作戦関係だとあまり言えねぇから。そうなると心配するだろう。お前やロカは特に。親父達には忘れていた、そのうち帰るって言うた。出張って事くらい伝わると思っていたらそれすら知らないとは。まあ俺は不規則仕事だからな」
「ウィオラさんは木曜帰宅予定って知っていたんだね」
「話せる事はしっかり話す約束だから。親父達とは定期でも緊急でも同じだから出掛る前と帰宅した時に顔を出すって約束」
「私は⁈ そんな約束話をした事ないよ⁈」
「最初の出張で大泣きしたし、その後もぐずったし、帰ってくるとさっきみたいにやかましいし、今は毎日顔を合わせないからお前と約束してもな。無意味だろう」
元服しても私はずっとネビーの中では子どもなのだろう。衝撃的だけどその通り。
「ウィオラさんにええって言うてくる」
「いや別に。予定よりも作戦が長びいたけど区民警護役で安全気味。だから疲れもあまり。それからルルを優先してくれてありがとうって伝えてくれ。これはお前に。来月祝言で義理の姉妹。仲が悪いと嫌だけど今のところ逆で嬉しい」
心配なかった、とウィオラに伝えたかったのになにも知らない私が邪魔したってことだ。
「ごめん。ありがとう」
おでこをペシンッと軽く叩かれて手で追い払われた。
「母ちゃんにまだ顔を見せていないけどいっか。ウィオラさんが言うてくれるから来るか放置だ。俺は勉強してる。追試に落ちたくねえ」
「うん」
部屋から出たら母とウィオラと遭遇。
「ルル、ウィオラさんに相談って聞いた。ジオをロカに任せたから夕方戦争に行ってくる。今夜はお酒禁止。なんの相談か知らないけど疲れて帰ってきた兄や日に日にへしょげ顔になっていたウィオラさんの邪魔は許さないからね。とっとと相談してとっとと終わらせな」
「いえお母様。邪魔……まあ」
母はペシンッと私のおでこを叩くとそそくさと出掛けた。ウィオラは言いかけだったし私が何か言う時間はなかった。相変わらずせっかちで話を聞かない。
「ルルさん。おでこが赤いです。大丈夫ですか?」
「馬鹿力で痛いですけど慣れています」
結構強めに叩かれた。ウィオラが気を遣っても彼女のネビーへの心配は母に見抜かれたって事。水曜の妄想ネビーとジュリー話を披露した時といい母は偉大なり。
この想像は真実か分からないからウィオラには秘密。あと普通に下街男的な遊び話も内緒。
喧嘩ばかりしているから喧嘩の種は撒くべきではない。喧嘩というか調味料みたいな痴話喧嘩だけど。
拗ねて不機嫌みたいなのがしばらくすると痒い感じに様変わり。
ウィオラと一緒に彼女の部屋に入るとネビーからの伝言を伝えた。それからお詫びと感謝も伝える。
「来月祝言でついに義理の姉妹ですから頼られて嬉しいです。遠回しでしたね。ルルさんにならああ言えば後で2人の時間はありますと伝わるかと」
ネビーと同じような発言。促されて1番奥の主にウィオラの領域になっている小間に着席した。
「兄ちゃんに後で、という意味だと思いました」
「後でも何も後で良さそうでしたから伝える理由がないです。それで実際そうでしたね」
微笑まれて戸惑う。なぜあの会話の流れでそうなる。
「ウィオラさん。あい、の続きはなんだと思いますか?」
「相変わらず、なんとかかんとかと少しお仕事の愚痴でしょう。相変わらずの先は流石に想像出来ません」
心配させただろうから急いで帰ってきて部屋に飛び込んだ。それで多分「会いたかった」だろう。
自分よりも妹優先だから別にと引き下がったけどあれは譲りたくない拗ね顔だった。ウィオラが私を優先したから仕方ないみたいな雰囲気。
下手するとそんなに心配されてなかったとか自分程は早く会いたい気持ちが無かったと拗ねそう。あれは拗ねていた。前向きネビーはなぜかウィオラ関係は後ろ向き。
なのにこれ。十人十色で思考や視点は人それぞれだから会話は大事ということを私は私とはかなり違うリルを通して学んだけど去年からはウィオラとネビーからも学び中。
この2人はこのままだとまた痴話喧嘩しそう。
「違うと思います。聞くとええです。続きはなんですか? と必ず聞いてください」
「ええ。分かりました。勉強をするそうなので終わった後か夕食時にでも確認します」
「いいえ。私はなるべく話を早く終わらせるので終わったら部屋に乗り込んで尋ねて下さい。必ずです。兄ちゃんの邪魔をするように」
「まあ。なぜでしょうか」
「私が言う通りにしたら分かります」
「はい」
なんでこんな事も分からないの!
それで木曜のあの寂しそうな様子や慌てて帰ったところはどこへ消えたの⁈
だから誤解されるのに自覚なしって変なの。
2人の邪魔への恩返しはこれでいい。ウィオラの予想が当たりだったりして。それだと無意味だな。用事が終わったら2人の様子見をしよう。
「ルルさん。長話で良いですからね。良いお返事なら作戦が必要です。私が役に立つかはともかく。お願いしますにお願いしますの返事後の最初のお手紙の内容は悩みそうです。友人は悩んで何日も経っていました」
「……口頭でお願いしますと言うてしまったしガイさんが簡単な釣書交換にしたから既にほんの少し文を添えてしまいました!」
「あら。ではそれに対するお返事が何か緊張ですね。それは怖いです」
「吉か凶か確認します」
挨拶。ルックのお礼。ティエン褒めは恥ずかしいから火消し褒め。それも軽く。最後に北5区7番地にしのぶもぢずりはありますか? と添えてみた。それで後悔。
しのぶもぢずりは旧都ミチナクで作られていたという乱れ模様の摺り衣のこと。
ミチナク——または未知国——のしのぶもぢずり誰ゆゑに乱れそめにしわれならなくに。百取りの中でも有名な龍歌なので知ってそうと思って使ってみた。つい。
知らなくても調べてくれたら良い。調べるのに時間が掛かるかもしれないから返事が遅くても仕方ないのに私は毎日毎日まだかなと首を長くしていた。
手紙を開けようとしたけど無理。怖い。
「ウィオラさん」
「はい」
「開けません。余計な事をしました。北5区7番地にしのぶもぢずりはありますか? と書きました」
「地元に想い人がいますか? ですか。それは返事をしやすいですね。それで地元に残してきた婚約者や恋人は居ないと確認出来ます。後からどなたかが来ると知ったら……正攻法で横取りでしょうか?」
ウィオラは首を傾げた。横取りってネビーを横取りされても許すの?
「ウィオラさんは横取りされてもええんですか?」
「全くもって良くないです。戦います」
とてつもない不機嫌顔!
いつも誰にでもなんでも譲る感じなのに闘争心、競争心があるの!
「でも横取りを勧めるんですね」
「誰でもずっと亡くなるまで奪い合いです。ああ。貴方は私に対して心の乱れは? という意味にもとれます。逃げられるけど前向きな事も返せます。お上手ですね」
しかめっ面はどこへやら。ウィオラはにこやかに笑った。ネビーに会話の流れと共に見せてあげたかったかも。また浮かれそう。
明るく元気で前向きだけど苦労してきてそれを飲み込んで隠している人だから沢山浮かれて欲しい。
「……地元に想い人がいる。その発想はなかったです」
「嬉しい誤算ですね。お相手も気楽かと」
「気楽……。気楽ですか。開けます。開けます!」
早くネビーにウィオラを返さないと。ウィオラにネビーを返すでもある。
「はい。ゆっくりどうぞ」
恐る恐る手紙を開いた。宛名ネビーの次の紙は手紙ではなくて宛名ルル。ルルさんへ、と書いてあった。釣書もそうだったけどロイの文字に似ている。
縁起数字の三つの桜の絵。なんだか光って見えて綺麗。
春だから桜。縁起数字だから三つはとても単純で素朴というかつまらないのにキラキラして見える。雅な事は雅だから良いのではなくて相手によるってこと?
私は手紙を書くだけで勇気が沢山必要だったので絵を添えるとなるとそれ以上かもしれない。
私はこれまでの袖振り魔人振り、己の行いを大反省するべきだ。でも縁談は戦争だしな。色恋は傷つけて傷つけられるもの。
「ウィオラさん。ちんまりした桜の絵です。かわゆいです。かわいゆいです!」
「凶はなさそうですね」
笑いかけられて首を縦に振った。少し泣きそう。誰かを好きだと想っても失恋した事しかない。しかも何も始まる前に。いつも縁なし。
同じ失恋ならせめて何か始まってから失恋してみたい。それはそれで苦しいらしいけど人生は経験でこの間ウィオラが苦難も辛さも私なら幸せに続くと言ってくれた。
勇気を出して中身を確認。挨拶、ロイとネビーのおかげで新生活が上手くいきそうだという話とお礼……。
(しのぶもぢずりは未知になってしまった草や石がないと作れない幻の衣ですので北5区7番地にも存在しません……。その通りだけどこれはそのままの意味ではないから……)
これで終わり。
文通するしない、という返事もそれを遠回しに伝える文もないけれど私の問いかけにこれなので分かる。
北5区7番地に「も」存在しませんなので分かる……。
彼には恋人や婚約者は居ないけど心の乱れもないと両方否定してきた……。




