未来編「因果は巡る糸車6」
化物兄貴がいるから保留だけど、のらくらしないと縁が切れる。釣書の続きを確認。
(姉ルカは竹細工職人。夫も竹細工職人。息子が1人。年齢さえ書いてない。ネビーさんが少し詳しめだったのは凄いぞ、役立つぞって意味だな)
ネビーが28歳。次がこのルカ。その次がリルでルルは3女。
(リルさんを28歳くらいと想定していたけど彼女はそれよりも若いのか)
「ロイさん」
「はい」
「自分はずっと旅行時のロイさんは25歳くらいでリルさんは若かったので20歳くらいだと思っていました。見た目の記憶と卿家の平均結婚年齢です」
「教えた事も尋ねられた事もなかったですね。自分は今年29歳です。あの日のリルさんは今のティエン君と同い年です」
若い。想像したよりも若かった。あの日の2人は22歳と17歳の若夫婦。
「結婚と出世祝いの旅行でしたよね?」
「ええ。年末に試験に受かったご褒美です」
リルが元服した年に結婚。幼馴染婚だから待っていた、みたいに結婚したってことか。
俺の年にはリルはもう妻として働いているって凄い。平家だとちょこちょこいるけど卿家のお嫁さんになる為にきっと色々勉強していただろう。凄い。
「子どもの頃の記憶でしたし今の印象でも間違えていました。年齢推測って難しいですね。ネビーさんも若く見えるけどリルさんが妹なので30数歳だと思っていました」
「年齢は中々分からないものですよね。リルさんを30歳と言ったら若々しく見えますねと言われて終わりでしょう」
「……ちなみにウィオラさんとルルさんは同い年くらいだと思ったけど違いますか?」
「彼女はリルさんと同い年くらいです」
同い年くらい、だから違うのだろうけどリルの前後なら23歳から25歳くらいってこと。
ネビーの事を結婚遅いなと思ったけど彼女も遅めの方。相手を選んでいたり仕事をしてきたのかもしれない。若い女にいった、ではなかった。
ロイとリルもそうだけど4、5歳違いはわりと良くある年齢差。ロイとリルの歳の差の推測は正解だったし。
「また不正解です」
「まだリルさんのところと言うのが面白いです」
「ティエン君が思っていたリルさんの年齢がネビーさんに近くて間にルカさんがいるからリルさんはいくつだ? ってなったんですね。それで自分の年齢も気になっていたと」
「はい。そうです。ロイさんはおいくつなのかな、そのうち聞こうと思っていたので今でもよかかなと」
微笑みかけられた。鏡を見て練習したらこのどっしり感のある笑みは出来るのか?
続き続き。
(リルさんの説明は一言、卿家ルーベル家長男の妻)
昨日も今日も紹介されていないからロイは一人っ子疑惑。ロイは卿家ルーベル家の跡取り息子。
卿家跡取り息子と竹細工職人が父親の平家次女の縁結びは普通だととてつもない違和感。卿家は卿家と縁結びが基本で横入りは難しい。
(まあ俺はロイさんとネビーさんが幼馴染と昨日知ったからリルさんと幼馴染婚なのも分かった。ガイさんが煌護省だからネビーさんは出世するからよかとかリルさんをずっと知っているからよかみたいに思ったんだろうな。ネビーさんを養子にしたくらいだし)
ネビーは今年28歳。7年前は21歳だから正官だっただろう。化物ダイみたいに既に目立っていたはず。
「ロイさん」
「はい。なんでしょうか。ティエン君は少しの文で沢山想像するみたいですね。思慮深いって事です」
「癖です。状況判断が遅いと怒られます。よかな結果の時もあります。ネビーさんとは武術系の手習で知り合ったんですか?」
「おお。当たりです。今も通っている剣術道場で知り合いました。兄弟門下生です」
「強くなりたいと言ったので兵官育成もしているところに放り投げてみました。両親も妻も大反対するから言わなかったけど地区兵官補佐官から早めに退職した自分の後釜はありかなと」
卿家にはいざという時の兵役義務があるから鍛えるし業務上で訓練があるけど王都戦場時の駒は兵官達。卿家はその上官っていうけど上官も兵官達だろうから卿家の男性は一般区民よりは鍛える、という感じ。
なのに厳しい剣術道場に通って今も続けている。だから俺の知っている卿家の学友となんだか違うのか。
「へえ。そうでしたか。単に厳しくしたかったのかと。なのに火消し補佐官は大反対でしたね」
「いや母さんがな。それに俺の後釜にもなれない。お前は兵官はあまりって言うただろう」
「はいはい。まあ現実を知った今なら兵官補佐官の方が気になります」
「はいは一度。レイスとユリアが真似をする。ったく」
「はい」
このような場で軽く説教はうっとおしいだろうにロイは無表情気味というか涼しい顔をしている。俺ならうるさいもぶすくれる。見習おう。
「卿家の友人が出来ても憧れのロイさんとなんだか違うなと思ったのはこれです。皆ゆるくそこそこ鍛えて本当に手習という感じです。真剣に厳しいところに通っているのが凛々さとか格好良さに繋がっているのかと」
「ロイ贔屓なのはリルさんに聞いたけどティエンさんはベイリー君も好きそうだな」
「むしろベイリーさんがティエン君を好みそうです」
「ロイの同僚です。俺が誘うから海釣りで会うと思う。一体その釣書のどこからロイとネビー君は武術系の手習で知り合ったと思ったんだ?」
ティエン君からティエンさんに戻ったけど今度は口調が崩れた。
「出世街道に乗っている平家地区兵官は学校には通ってないかと。きっと特別寺子屋や専門高等校です。卿家の跡取り息子とは普通出会いません。兵役義務があるから武術系手習をするのでそれかなと」
「おお。合っているな。ただどこを読んでその疑問だ?」
「リルさんです。平家次女が卿家の跡取り息子と縁結び。普通は疑問ですけどロイさんとネビーさんは幼馴染だからリルさんもです」
「昨日話した幼馴染という情報があるとそう考えるのが自然な流れですね」
「はい。元服待ちでついに結婚のようなので幼馴染結婚だなとか、リルさんはずっとその為に勉強などをしていたんだなと考えていました。それでロイさんとネビーさんはどこで出会うのかな? と思いました」
恋仲からの結婚みたいだからリルは平家だけど教養や礼儀作法をこのルーベル家から学んで嫁入りだろう。
卿家のお嬢さんは華族のお嬢様みたいだと人気というか俺もそう思う。家柄のわりに厳しい教養……昨日のユリアがそうだな。まだ幼いのにもう指を揃えなさいって言われていた。
つまり卿家が預かるルルもお嬢様風。溌剌っぽいけど品の良い火消し音頭だった。
「長々と読んでいるなと思ったらまだリルさんの所だったのか。一文なのに。それにしてもネビー君といいロイといい男の事しか聞かないな。君は女性に興味がないのか?」
「いえあります。卿家は華族のお嬢様風だか……」
……。
⁈
余計な事を口走った!
「思慮深くてもたまに口を滑らすのか。お嫁さんはお嬢さんが希望らしいな」
「ええっ⁈ いやあの高望みです! いや単に目の保養です! 学友の姉妹さん達と挨拶をしていると地元の幼馴染よりもなんだかよかだなと。自分には無理です!」
「君の学歴や肩書きにこれからの業務内容なら平家お嬢さんから下流華族のお嬢様までそこそこ選べるかと。生粋火消しの素行が控えめなら」
……下流華族まで?
えっ?
「ティエン君。目玉が落ちそうになっています」
「えええええ、いやだって、聞きましたロイさん。俺に下流華族ってちび皇女様ですよ⁈」
「どこかで聞いた台詞だな」
「父上、ネビーさんです」
「懐かしいな。そうだ。言うてたな」
「あとリルさん達も言います。北5区の下街でも同じような表現なんですね。小さい皇女様とかちび皇女様」
学友も笑っていたな。半元服以上は下街育ちで火消し仲間もいたから俺の根っこは下街男。記憶の中の憧れのロイに近づいていかなかった理由の1つ。
「ティエンさんはちび皇女様を選びたいですか? ツテコネがあればお見合いに繋がりますよ」
「ツテコネなんてありませ……」
ハウルがいるのか。中央区のちび皇女様と南地区の俺がお見合いは無理。いやでも銀行財閥だから支店関係者の娘さんとか?
「いや、少し思い当たりましたけど生粋火消しはドン引きされます! 商家のお嬢さんみたいなお嬢さんだけど下街男もよく分かるとかでないとドン引きです!」
「ティエンさんには華族にツテがあるんですね」
「いやあの、はい。例の旅行時にリルさんをご存知ですか? と尋ねてきた皇女様もどきの弟です。7年間ずっと文通しています。2回会いました」
「ハウル・アウルムさんですか?」
ガイがハウルの名前を出してびっくり。
「はい! えっ?」
「彼に今度手紙でルーベル家に世話になったと書いてみて下さい。多分何か言われますよ」
「繋がって……ああ、リルさんですか」
「そうか。アウルムさんに頼めるのか。娘は劣勢だな」
「いやですから生粋火消しのバカさに引かれます!」
ロイとガイが顔を見合わせてから俺を見据えた。
「ティエン君はどんな感じで生粋火消しバカなんですか?」
ルルは勿体ないけど兄が怖いから保留。そう思ったけど俺の方こそ却下されるかも。
「ええっ? いや火消しとだと火消し言動になるのと遊び喧嘩やそれなりの酒や歌って踊ってバカ騒ぎに参加などをします。兵官のお世話になるくらいはしませんけど。それが当たり前というか嫌いではないです」
「つまり好きってことだな」
「……はい」
隠しても良いけど化物兄ネビーが6番隊で調べるからバレる。先に言ってしまって門前払いの方が気楽。
「ティエン君ってお嫁さんはお嬢さんだけど商家のお嬢さん狙いなんですか? 下街男も分かるから、みたいにさっき言いましたよね」
俺は口を滑らせ過ぎだ。年上相手だし色々とうわついている時にずっと冷静沈着は無理。
憧れのロイとの再会、美人でかわよかな女性と文通疑惑、旅行気分、化物兄貴が怖い、今の文通お申し込みの話にしてはよく分からない状況。これで冷静でいられる訳がない。
「狙いというか、紹介してもらえるならその方が気が合うかなと。俺は選べる立場ではないです。俺なんかでもよかだと選んでくれた女は性格悪でなければ大事に……」
……化物兄貴が怖いからと尻尾を巻いて逃げるとルルは落ち込むのか?
俺なんかで落ち込むのは可哀想。俺は今のところ本人が嫌な訳ではないし。文通拒否くらいなら落ち込まないか?
俺ならしばらく凹む。まあ恋愛事は傷つき傷つけられ、だからな。俺も袖振りされてばかりだし。
「ティエンさん。娘は下街娘です。それで卿家が育てているとお忘れなく。俺の娘でロイの義理の妹だからな」
「父上と同じで義理は要らないです」
ガイとロイに軽く睨まれている気がする。いや睨まれている。
義理は要らないってルルを本当の妹みたいに可愛がっているって事だろう。幼馴染の歳の離れた妹なら幼い頃から知ってそう。赤ちゃんの頃からかもしれない。
ガイが娘と口にしているのと一緒で俺に伝えるためにわざとかも。
「コホン。やめなさい2人して。元服したばかりの方を我が家という自分達の領域で大人2人がかりで。娘や妹に興味がないから腹が立つって、今読んで考えていたところは本人の事ではないですよ。さらに娘や妹の足を引っ張る気ですか」
テルルがいたのを忘れていた。俺に助け舟を出してくれるとは親切?
さらに足を引っ張る?
俺が化物兄貴の存在でためらったって伝わっている?
「いやあ、つい。ついな! ルルさんは昔からええ子だからつい」
「そんなの彼は知りません。ゆっくり考えて読んで気になるところを質問したいようですから邪魔しなさるな」
「は、はい」
睨まれたガイの背筋が少し丸まった。上下関係はテルルが上っぽい。亡くなった祖母みたいだな。卿家のお嫁さんでも結局こうなるのか。
化物ジジイも家の中ではカカァ天下でかたなし。俺はあれは嫌だ。でも父と母もそうだから俺もそうなる気がする。あの大人しそうなリルは下街女だったけど彼女もカカァ天下?
いや余計な事を考えてないで早く読んで「保留」と言おう。
妹レイはかめ屋の料理人。妹ロカは区立女学校学生と続いた。
(……レイ。かめ屋の料理人。会った。似てると思ったら本当に姉妹⁈)
「ロイさん質問があります」
「はい。なんでしょうか」
「妹のレイさんは朝食も運びますか? 今朝会った料理人さんはレイと名乗りました」
「かめ屋の料理人レイは1人なのでレイさんです。自分とリルさんの知人だと知っているからそうしたのかと」
「似た他人は3人いるなんて言うけどこんなに身近にいるんだなと思ったら妹さんでしたか」
「ルルさんとレイさんは兄妹の中で1番似ています」
竹細工職人の平家の娘が老舗旅館の料理人になれたのはルーベル家のツテってこと。
かめ屋とルーベル家が繋がっている理由は知らないけど繋がっている事は知っている。それを知らない他の人がこの釣書を見ても分からなそう。
平家レオの6人の子ども達は平家の子らしくない道を歩いている。いや、長女ルカと末っ子ロカは普通……もしや末っ子だけ区立女学校?
化物兄貴が稼ぐようになって妹にはお嬢さん教育とか?
子ども6人で息子は地区兵官。商家がどのくらいの稼ぎからか知らないけど平家の家計で賄えたのか?
ルーベル家に借りた?
出世街道を進んでいるから優秀。この国だと優秀な人材発掘された平家は税金を使ってもらえる。俺と同じく学費支援みたいにネビーに何か支援か。あと戦場兵官経由……それだと出世が早い?
ダメだ。ネビーについて考えると地区兵官になる方法は色々あってドツボにハマるから本人やロイに聞いた方が早い。
続き続き。
俺はようやくルルのところに辿り着いた。ルルは卿家ルーベル家の住み込み手伝い人。業務内容は家事育児の補助。週2日煌護省南地区本庁でガイ・ルーベルを上司として雑務仕事をしている。手習は茶道、花道、琴。
(雑務仕事。そんな制度があるんだ。女性の役所勤めって女官吏と総所女役人だけだと思ってた)
女官吏は皇女様や皇居や上流華族の世界。俺は一生出会う事のないお姫様やお嬢様達。
総所女役人は夫が総省勤めだと入職になるので試験すらない。こちらも中央上区の話なので俺には無関係の世界。
「雑務仕事なんて制度があるんですね」
「審査制で職員の娘、ギリギリ近い親戚の娘のみです」
「仕事は何をするんですか?」
「気になるなら娘に尋ねて下さい。釣書交換は話題提供の為なので」
「えっ? あっ、はい」
保留のはずがこれでは文通します、という意味になってしまう。いや、しまったの方だ。失敗。
頻度の少ない口説かないような内容の文通にしてその間にネビー探り。ルルをポイっと投げ捨てるのは勿体ないから作戦はそれだな。
ルルの趣味は読書、文学系の調べ物、次は釣り、将棋、甘味堪能とほどほどのお酒。
(調べ物って書いてよかなのか。この趣味って俺の為の趣味か? こんなことある?)
俺の為の趣味って俺はバカか。
(娘の特技はって、また娘。ここまでで直接聞くことがなかったとしてもガイさんはルルさんが大事っていうのはここでハッキリと分かる)
娘とわざわざ書くくらい気にかけている親戚の娘。目の前にいるのもルルの父親ではなくてガイ。楽しそうに実家に帰ったから家族とも仲良く暮らしてる?
姉ルカとリルは嫁にいった。ネビーは婚約中。
地区本部所属時に引っ越しただろうし1人暮らしだろう。お金があるだろうから手伝い人を雇うとかして。
ルーベル家と家族ぐるみで付き合える距離でロイとネビーが同じ剣術道場にもなる場所に住んでいる。ルルが「行ってきます」と言って……雨は大丈夫か?
雷雨だと思ったけど雨は降ってこないし雷の音も消えた。
ルルの特技は家事全般。子どもの相手や人付き合いで機転がきく。本人曰く洗濯時の危険蛇発見と蛇投げが得意。
(これで終わりだけど最後の一文は何だ? 南地区の洗濯場所には危険蛇が出るのか?)
「あの。南地区の洗濯場所には危険蛇がでるんですか?」
「それも本人の事でしかもルルさんの実家周りの事なので興味があれば文通の話題にどうぞ」
「ええっ? ああ、はい」
ガイにそう告げられて笑顔を向けられてロイにも笑いかけられた。テルルは顔を背けて体を震わせている。どう見ても笑ってる。
(ルルはいつから住み込み手伝い人なんだ? 新婚旅行は7年前だからそのくらいから? 下街女だけどお嬢さんみたいに手習をしている。ロカは女学生。ルルさんも女学校を卒業した? いやそれなら書くよな)
短いのにあれこれ疑問が湧いてくる釣書だ。文通よりもいっそ会って問いかけたい。質問してみたい事が沢山ある。おまけに気が合う予感。
なにせ趣味が似ているし下街女。なのに俺好みのお嬢さんとして育てられている。しかもお嬢さんどころか卿家風だからお嬢様風ってこと。
商家のお嬢さんなら俺でももしかしたらという高望みの強化版。
こんなことあるのか?
ルルに興味が湧きまくりだけど爆弾もある。化物兄貴に煌護省のガイと親しくなりたいロイ。味方になると強いけど逆は破滅や喪失系。
7年前にロイが教えてくれて解説してくれた説法がふと脳裏によぎった。改めて学校で習って他の部分もあるけどそこだけ。
希望絶望は一体也。救援破壊は一心也。
(でもその前はこうだ。裏切りには反目。信頼すれば背中を預ける。卿家だから悪どい方法や不正で俺を蹴落とすのは無理。化物兄貴も卿家の養子だから同じく。これはもう考えても無駄。人生は計算出来ない)
たかが文通だけど予感がする。手紙を交わして話したら俺は一気に惹かれる。転げ落ちるようにそうなりそう。
こんな事を考えたことない。
(既に遅い?)
蛇投げが得意ってなんだ。絶対に楽しい。あの品の良い火消し音頭みたいに品良く蛇を投げるのを見たら俺は絶対にかわよかと思うだろう。
学友はドン引きしそうだけど俺だとそうだ。どちらが遠くに投げられるか勝負しようと遊びに誘う。蛙投げの調子で。
これ。ルルというかガイも男をふるいにかけているよな。所詮は平家娘。美人で教養も与えたけど根っこはこれだとわざわざ提示しているんだから。
化物兄貴の事は知識がないと読み解けないけど俺みたいに分かる人には分かる。
リルが卿家の嫁なのは普通は変なので何か深い絆があるなとか、かめ屋を老舗旅館だと知っていたらそのツテコネも手に入るとサラッと提示してあるのもそう。
兄妹6人で終わらせないでサラッと散りばめられているけど相手が気がつかなければそのままになる。ガイは仕事が出来そうだな。
(今回の手紙は単にお願いしますみたいなもので俺がお申し込みを受けると返事をしたら初めての手紙。だから転がり落ちる前にジジイに相談……。違う……)
手紙は挨拶から始まりとルックのお礼が続いた。
美しい文字。女学校に通っていようが通っていまいが俺としてはこれだともうお嬢さん。
(……えっ⁈ 北5区7番地にしのぶもぢずりはありますか?)
カンッ!
時を告げる鐘の音がしてビクッと背筋が伸びた。
カンカンカンと鐘の音が響き渡る。
最後の文は龍歌百取りを覚えていなかったらなんの話だ? となる。
丸暗記はしていないけど「龍嶺の」とか「しのぶれど」と言ったら百取りみたいにこの「しのぶもぢずり」も恋系の百取りなのは中流層以上なら常識くらいの勢い。
旧都のどこかで行われていた忍草を使って模様のある石の上にかぶせた布に擦りつけて染める技法の乱れ模様の摺り衣のこと。
龍歌は覚えていないけど「しのぶ」と「乱れ」が意味に含まれていたはず。これを覚えておけば有名龍歌を覚えていなくても日常会話やこのように手紙で使えるし相手の意図の推測も可能。
「北5区7番地に」は「俺に」に置き換えられる。龍歌は大袈裟で龍歌にせずに「しのぶもぢずり」しか使っていないから逆に過小表現ということ。
だから貴方は私に少しくらい気持ちが乱れました? みたいな意味。
カンカンカンと鐘の音がするけど俺の内側から鳴っている気がする。気のせいか?
はい、どうぞ! と迫られるのは苦手。奥ゆかしい気がするし昨日のあの慌てぶりもそうだし、それこそしのぶもぢずりみたいに赤く染まっていた顔が思い浮かんだ。
カンカン——……カンッ!
(うおっ! 室内なのに風が吹いた気がした。目がしょぼしょぼする。あー……)
なぜ今日は雨なのか。俺の日頃の行いか?
それなら昨日の行いで晴れにしてくれよ。
晴れていたら人生初の憧れの海をこのルルと見られたし彼女と喋れたのに雨である。
こういう考えで頭がいっぱいになった時点で保留なんて無理だなこれは。
化物兄貴が怖い、は吹き飛んでしまった。
(これに気の利いた過剰でも過小でもない最初に相応しい返事……。平家下街女だけど知的なお嬢さん風……。難題だ……)
「ティエンさん。新しい生活はこれからなので返事はいつでも構いません」
「は、はい。はい! はい! はい!」
危ない。我を忘れそうだった。いや忘れていた。
「大小問わず縁談は全て卿家の娘扱いしています。ルルさんのご両親から信頼されて任されています。なので文通以上を希望したら私か二人の息子のうちどちらか宛にお出掛けお申し込みをお願い致します」
縁談は全てって……そうだよな。美人だし煌護省で雑務仕事や兄関係で男性の目に晒されまくりで縁談後ろ盾はこのガイ。無縁談な訳がない。
「はい。はい! 勝手に近づきません!」
「お出掛けの検討は両家でします」
「はい」
「ティエンさんは両家に縁がある方なので縁談関係なしに会うかもしれないので簡単な釣書交換にしてみました」
「両家に? ルルさんの実家とは特に。ああ、リルさんです。いえレオさんの作品を贈っていただいています。お礼をしたいと思っています」
「ええ。そのように繋がっています。近づきません、ではなくて会う事もあると思うので常識的に挨拶や雑談はしますの方かと」
「ええっ。あっ、はい。そうです。指摘されたらそうです。勝手に連れ出しませんの方です。お嬢さんはそういうものです」
好意的過ぎないか?
「縁無しでも困らない娘ですので返事有り拒否でも構いません。途中でそうなっても。返事無し拒否は無しでお願いします」
「はい。そのような無礼なことはしません」
「こういう事は縁なので非常識な事以外は特にです。それはそれ、これはこれ。娘のリルは来年ランさんを手伝うと張り切っていますし自分は海釣り仲間を増やしたいです」
「将棋もですよね。将棋は自分もですけど。昨日お酒は好みって言って……山桜桃を盗まれたんだった。雨が降らなそうなら街散策がてら酒屋に行きましょう」
「ゆすらはお酒でしたか。なんだろうと思っていました」
ルルはロイから酒を奪っていったのか。ほどほどのお酒ってほどほどなのか?
返事は郵送や郵便受けよりも、とガイに説明されていたらカラコロカラ、カラコロカラと聴き慣れない鐘の音がして「ごめん下さい!」という声がした。しばらくしたらリルが居間へ現れた。
「お義父さん。結婚お申し込みです」
このタイミングでそういう相手が来るのか⁈
「……おお。殴り込みか。殴り込みは久しぶりだ。どちら様だ?」
「お義父さんの職場の方で私は知らない方です。華族ザルグ家だそうです」
華族が殴り込み本縁談⁈
今日の雨といい俺はルルと縁なしってことか?
「華族? 華族は初だな。それで苗字で分からない。職場でルルさんを見てってことか。直接会うから招いてくれ」
「はい」
俺はロイと一緒に離れへ移動。荷物を置かせてもらって今夜はここに泊まって下さいと言われた場所。
「レイスとユリアが火消しさんと遊びたいと騒いでいたので相手をしてもらいたいです」
「はい」
「勉強させたいので百取りで遊ぶのと将棋の駒を使います」
「はい」
「ルルさんに縁談話はよくあります。殴り込みも初めてではありません」
「はい」
「逆はないです」
「えっ? あっ、は、はい。はい!」
咳き込みそうになった。
「ああ。昨日初めて見ました」
「ゲホゲホ!」
ロイは肩を揺らして笑っている。この笑顔の意味はなんだ。後押し? 華族は? 俺より華族のちび皇子様じゃなくて⁈
レイスとユリアを連れてきますと告げるとロイは部屋から出て行った。




