未来編「因果は巡る糸車3」
謎火消しティエンの謎は今夜の食事会で解けた。
ティエンは中等校、高等校に通いながら火消し見習いも続けた努力家。
管理職採用だけど普通の管理職よりも前に出て祖父や父のような火消しも目指す。
そのつもりが祖父と父に期待をかけられて見習い時間が自分の予定よりも増えて実務職採用を受けさせられた。それで運良く合格。
ロイ曰く実務職採用を突破した上で7割程度合格の中級公務員試験突破は稀な偉業。皆で褒めた。
月と星空を見上げながらかめ屋から我が家屋へ向かって帰宅中。私とロイが前でネビーとウィオラは後ろを歩いている。
「ネビーさん。お店を出てからずっと不機嫌なのはなぜですか?」
ロイが突っ込んでくれた。食事会はティエンとロイが主に話して私が少し参加してネビーとウィオラは少し感想や相槌。
私も気になっていたけど不機嫌ネビーは少し迫力があって怖いから無視していた。
チラッと振り返るとネビーは腕を組んでしかめっ面のままだった。
「不機嫌ではなくてあれこれ考え事です。特に引っ越しの事。2年後に本部近くに引っ越し」
火消しの南地区本部は地区兵官と違って2箇所ある。上地区本部と下地区本部。
南地区を1区から3区と幸せ区から6区で半分にしてその中心地にある。大災害時に司令拠点に出来るようにらしい。
南3区6番地の西寄りの私達の生活圏内だと上地区本部は遠い。
「私もそれは気になった」
「リルはどう言う意味で気になった?」
「この辺りからはどう考えても通えないよね。どのくらい遠い?」
「遠出の旅行時みたいに急いで歩いて海辺街のここから遠めのところやロイさんの職場よりも小一時間遠いところ」
「立ち乗り馬車はある?」
「ない。馬の質や数の問題と事故防止で基本的に東西方向には立ち乗り馬車はない」
特殊な足腰強めの大きめで賢い馬は沢山いない。そうなんだ。お世話になっている立ち乗り馬車の馬は立派な馬達なのか。見た目は少し違うと思っていた。
「事故防止とはいえ上地区本部は主要な役所なのになんで? この辺りから海には行けるのに」
「海は漁家特権の1つと中央区民の観光や行商関係が加わってる。火消しは防所や組小防所付近に住むし区民は行く必要のないところだ。お前は地区本部大屯所に用があるか? 近くにいたからって理由以外では一生行かないかと。本部大防所にはもっと用がないだろう」
「そうか。そうだね。近くの屯所や防所に行く」
「緊急時なら火消しも兵官も立ち乗り馬車を待たないで走る。区民が避難時も。必要性が低いから東西の立ち乗り馬車は幸せ区と5区の間の行交道の方に回されてる」
お祭り観光に行ったことがあるけどそこも遠かったな。馬が必要ない車があれば良いのに。何で動かすのかサッパリ思いつかないけど。
「そうなるとやっぱり上手くいったらルルもお引越しだよね。仲の良い家族親戚は近い方がお互い助かるけど中々助けに行けない。助けが必要かもしばらく分からない。あと寂しい」
「俺はそれは本人の気持ちと覚悟の問題だと思う。それにルルの性格ならどこに行っても馴染んで誰かが助けてくれると思う」
「距離や縁者の問題でなければネビーさんはどういう意味で気になったんですか?」
ロイの問いかけにネビーは「うーん」と小さく唸った。
「レイやロカならそこまで気にしないんですけどルルなんで。あいつは昔から容姿だけとは思えない程男に絡まれて嫌な目に遭っています。歳を重ねてからは定期的につきまといも出てきます」
ルルには自衛方法を両親とネビーがしっかり教えてきて本人もかなり気をつけている。
他の姉妹もだけどルルは特にネビーの友人知人や同僚達がルルを気にかけてくれている。同じく両親の友人知人にも見守られている。
昔は両親、今はネビーがあちこちに頼んであるからだ。ルルの容姿はわりと目立つので覚えてもらいやすい。
見回り兵官に挨拶をしながら歩くようになどルルにも工夫してもらって顔を覚えてもらうようにしている。
「そこまでとは知りませんでした。それはネビーさん視点ならではの心配です。自分は考えもしませんでした」
「旦那様、私もです」
「地元から離れて庇護がないところで安全に暮らせるのかなと。足は速いけど力は女性平均より少し上くらいで男からしたら非力。武術系は教えてみたけどからきし。俺は過保護なんでそこが心配です」
「犬を飼って躾けましょう。私は前からルルさんに関してはそう思っていました。長屋もルーベル家のある町内会も犬猫禁止なので無理でしたけど」
昔は実家の長屋で犬猫を飼って良かったけど猫オババで迷惑した件があって人数の匹数制限。そこから飼育禁止になった。
「おお、ウィオラさん。それはよかな提案です。ウィオラさんにとってのアニですね」
アニはウィオラの実家のかわゆくて賢い飼い犬。両家顔合わせの時に会ってレイスとユリアはとても楽しそうだった。
「ネビーさんに以前警兵と働く犬がいる話を聞きました。そういう犬なら非常時に噛みついても事件にならないとかありますか?」
「おお。ガイさんに確認します」
「自分も法律関係を調べてみます」
「そもそもウィオラさんは新居で犬を飼いたいって話をしていましたね」
「ええ。ルルさんの事や子どもの事と思いまして。家はまだ建てる前ですので飼う時期が近くなったら今のことを尋ねようと思っていました」
ネビーとウィオラは来月祝言だけどまだしばらく長屋暮らし。
お隣さん同士から2人で2部屋に変更になって結納中の見張りを務めるウィオラの祖父——今夜のように全然見張ってない——が東地区の家に帰る。
家族会議を重ねて下見もした結果、実家近くの土地に家を建てると決定。
現在、水害対策などを含めた家族の要望をまとめながら大工と設計相談中。
「子ども?」
「ジ、ジオ君達のことです」
「達?」
「レイス君とユリアちゃんです」
「ふーん」
「おや、おやめ下さい。そのお顔で見ないで下さい」
「ルルによかな事を考えてくれていたんだなっていう感心顔です。ああ、ウィオラさん。ゴミです」
「ありがとうござい……」
見ない方が良いのについ見てしまった。おバカで子どものネビーがウィオラの肩に手を置いて人差し指を伸ばしていてそこにウィオラの頬がくっついていた。
痒い。照れるウィオラで遊ぶネビーはちょこちょこ見る。照れさせて遊んでいるの方だ。
私とロイの存在を忘れて2人の世界は痒いからやめて欲しい。
「後はルルがよかだと思う間、縁がありますようにって祈っておく事と自分や友人知人の目であいつを確認。それだけです。まあ誰でも嫌だから関与しません。ウィオラさん、よかな提案をありがとうございます」
もう一回チラリと見たらネビーはすまし顔で腕を組んで歩いている。
ウィオラと目が合って慌てたように目を泳がして俯いてしまった。それから拗ね顔でネビーをひと睨み。ネビーが愉快そうに笑い出す。つられたようにウィオラが笑って2人でかゆい感じの微笑み合い。
喧嘩したところを見た事がなくて似たような事はちょこちょこ見ている。
早くこの2人と解散したくなってきた。もうすぐだ。
「さ、三人寄れば文殊の知恵ですからこのように皆さんで話し合うと発見があって良いですね」
「家のこともテルルさんやリル達の意見やご近所さん達に家を拝見させてもらえてありがたいです。そうでした。ロイさん、月末の最後の土曜の午後休みが調整出来たのでヨハネさんに伝えて欲しいです」
「ヨハネさんの実家をお2人とルカさんと大工さんで見学っていう話ですね。伝えておきます」
ネビーが懐から手紙を出してロイに渡した。一部屋暮らしの貧乏腹減り一家が家を建ててお引越しという日が近づいているとは感慨深い。
ガイの祖父の父親達もこうやって悩んで今のルーベル家を建ててくれたのだろう。
帰り道が一緒なのはここまでなのでネビー達とお別れ。人混みに紛れる時に2人の距離が近づいて察する。
約1年経過しても慣れないというか痒い。ネビーの良くも悪くも家族にはしない態度とか彼女への特別扱いや知らなかった眼差しや笑顔などなど戸惑う。でも嬉しい。
「来月祝言ですからネビーさんは浮かれてますね」
「はい。痒かったです。やめて欲しいです」
私もロイに手を取られた。歩きながら夜空を見上げる。
「本人達は無自覚ですよあれは。食事中もいちゃいちゃしていましたね。ティエン君、戸惑って恥ずかしそうでした」
「はい。私も気がつきました」
食べているだけとか2人で少し談笑なのに時々痒かった。
「常識的な事しかしていないから何も言えません。食事中は適切な距離で話していただけですから。先程も子どもの遊び程度です。新婚頃の私達もああだった気がします」
「それは恥ずかしいです。でも覚えがあります」
あの頃、特に結婚2年目の熱烈ならぶゆはもう無くなっている。代わりに安心感やお互いへの信頼感は増した気がする。
「親しい友人はとっくに通り過ぎた道なので久々。最後はジミーさんか。いつになるやら」
「この間兄ちゃんに裏切り者って言うていましたね」
「また言っていましたね。バカだから同時並行は無理。中官になったら考える。ロカさんが元服したら考えるって言うて縁談無視や袖振りだったネビーさんと単に縁がまとまらないジミーさんは仲間ではないのに裏切り者って」
「次こそ、ですかね」
雑談しながら帰ってきたけどロイは玄関の前で足を止めて家を見上げた。
「ルルさんが居るのが当たり前になってきたのに居なくなってしまうかもしれないんですね」
「ええ。縁があるとお引越し疑惑ですから」
「レイスとユリアが生まれた時に沢山お世話になって、その後から4人の妹の中でもルルさんはどんどん我が家の特別な存在になりました」
ルルをルーベル家で預かってもっとお嬢さん教育をする。縁談の世話をすると言ったのは義父母だ。
レイやロカの縁談は頼まれれば探すし親戚としてある程度口出しするけどルルの事ははっきりと「我が家がルルさんに相応しい方を選びます」である。
ルルは義母となんだか気が合った。義父は2回目の同居後から「俺の娘!」になっていった。
それが去年から。その半年前からポロポロ言っていた義父は去年の1月からルルを職場の雑務仕事にねじ込んで見合い相手は俺も探すし確認すると言い出した。
役所で雑務仕事は本来娘にのみ適応される制度。しかも審査制。職員のお嫁さん候補だからだ。今のロイの立場ではまだ娘を自分の部署で雑務仕事に就かせるのは無理。
義父はどうやったのか条件が合わないルルを自分の部署の雑務仕事に就かせてくれた。
「文通から始めてのんびりならルルはまだまだ我が家に居ます」
「いや、父が許さない気がするんですよね。レオさんも娘は全員地元から離したくないですよ。自分もです。ルルさんも嫌がるか。家族親戚から離れたくないから嫁入りは基本嫌ですし」
もう家に入る、というようにロイは玄関に向かって歩き出した。
私はあの様子のルルだと「引っ越す人ならええや。文通しない」とは言わないと思う。
父親2人に兄2人。いやジンもなにか言いそうだから兄3人。でもネビーはルルが地元を離れても構わない感じだった。むしろロイの方が嫌そう。
ロイがここまでルルを気に入ってくれていたとは知らなかった。
あらかじめ反対理由が少ない用意された縁談以外ってやはり大変だな。
私がルーベル家の距離に嫁いだだけで大騒ぎだったらしい。ネビーが東地区でも暮らすと言ったら家族親戚は裏で大騒ぎだったので「私の時もこれ?」と思った。
ロイとジンとルカとロカの動揺は強かった。私もわりとそちら側。意外だったのは義母もブツブツ不満やため息だったこと。
こちらも意外なことに身動き出来るからとレイとルルはそんなに騒がないという。
私としては一番意外だったのは両親で「東地区でええ」とケロッとしていた。
尋ねたら相手の家はネビーに背負えるような格の家ではないし長女夫婦がいるけど背負う家族が3つになりそうで心配、の方だった。
世話焼きお節介だし頼まれやすい性格だからどこに行っても自然と真ん中にいるので息子の居場所が増えるほど荷物が増えるから不安。案の定半分ずつ荷物を持つと決断した、と。
昔は放置されて育っていると思っていたけど会話する時間が増えたら両親は真逆だと知った。その延長線上の話。
6人それぞれを限られた時間内でよく観察分析してくれていたし今もそう。
喋らなくなっていって、勝手に海にまでぷらぷら歩いていた私はそりゃあガミガミ怒られる。
新婚の頃に逐一どこに行くかなんて知りたくないし聞きたくないけど行動が自分の想像の範囲外だから出掛け先を言いなさいとか、日常会話をもう少ししなさいと義母にも怒られた。
親になったから分かる。レイスやユリアが私みたいだったら心配で褒めよりも叱る方が先行する。共働きで子どもが多くて時間が足りなければ尚更。
帰宅して玄関の戸締りをして居間から話し声がしたのでロイが声を掛けて襖を開けたら光苔灯の薄明かりの中に義父と義母がいた。




