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未来編「ルルの恋2」

 ユリアとレイスと思いっきり鬼ごっこをして、土遊びをしつつ植物の名前を教え、その植物で遊び、ユリアは土団子をいかに固くするかに燃えて、レイスは白詰草の花冠作りに夢中。逆な気がするけどこれが本人達の性格だ。

 ルーベル家の教育方針は「働かざる者食うべからず」の如く「励まない者遊ぶべからず」である。

「くだけてええ」と言われない限りピシッとする代わりに許可が出たらのびのび自由。危ないことだけ禁止。飴とムチ。

 大人と川釣りはええけど川遊びは禁止などがそうだ。

 長屋の息子や娘も川に流されるから幼少時は基本禁止されている。まあ遊んでいたけど。

 それに蛇を棒でポイポイ投げたりしていたから川遊び禁止なんて無意味だと思う。

 お陰で私は子どもが何をしたら危険か、どう目を離したら危ないかほぼ分かる。


 大満足、という様子のレイスとユリアと手を繋いでルーベル家へ向かう。

 うんと汚してええと着せられた私やネビーやジンのお古のボロ着物はドロドロ。レイスとユリアが昨夜の雨で出来た水溜りに夢中になりバシャバシャ遊んだからだ。

 この長屋風派手な汚し遊びは験担ぎ。うちは6人兄妹全員死なずに元気いっぱいだ。


「りゅうが現れ〜」

「岩をくだき〜」


 ユリアとレイスが歌うから私も鼻歌混じり。


「すみません奥様。この辺りにあるルーベル家のお屋敷をご存知でしょうか?」


 少し大きいハキハキした声。声の方向、右側から男性が歩いてきた。

 古ぼけた旅装束姿で顔は笠でよく見えない。かなり日焼けしている。小柄というか私と同じくらい背が低いけど体はガッチリして見える。

 私は一応右手を握るレイスを左手側のユリアの方へ移動させた。

 2人は私の影に隠れて俯いた。知らない人と喋らないように、一緒にいる大人に任せるように躾けられているし少々人見知りだ。


「ルーベル家でしたら私の姉が嫁いだ家でこれから甥と姪と帰宅します。お客様でしょうか?」


 ヤバいと思ったら大声を出してレイスとユリアを抱えて全速力。良い人そうに見えて悪人なんてよくある話。でもお客様なら大警戒をしたら失礼。

 彼は笠を外した。坊主に近い短いツンツンした黒髪。鼻が丸い。キリッとした眉なのに垂れ目で優しげな顔立ち。彼は私を真っ直ぐ見据えて普通に笑った。

 初対面の若い男の8割は私にデレッとする。そのうち5割くらいはチラッとしっかり着物で隠れている胸元を確認する。腰回りの時もある。

 顔が良ければ体はどうだ? って。それ系の男はムカつくから嫌い。大嫌い。

 お見合い時もそうなるから私は見合い破壊魔人と化している。理想が高いという私の問題だけではない。

 素直に照れ笑いか下心を上手く隠す人は素敵。彼は私に見惚れない2割か下心を隠す素敵な人か私の容姿に興味なしか男色家。

 彼は私達に一定以上近寄ってこない。自分が旅人で不審がられると考えられる賢さと気遣いか出来る人疑惑。それかそういう演技。


「はい。ティエンと申しまして若旦那さんと奥様に恩があるのでご挨拶とお礼をしにきました。そちらのお子さんはレイス君とユリアさんでしょうか」

「ええ。そうです」 


 ティエン……誰だっけ。聞いた事のある名前な気がする。


「元気に大きく育っていると手紙に書いてあったけどこの格好を見る限り元気いっぱいですね。自分は北区から引っ越してきました火消しのティエンと申します。初めましてレイス君、ユリアさん。火消しを知っているかな?」


 ティエンは適度な距離を保ったままレイスとユリアの目線に合わせるようにしゃがんだ。

 大きな口で白い歯を見せた屈託のない笑い方。でも喋り方は品が良かった。火消しらしいけど火消しっぽくない。

 北地区でリルの知り合い……秋にいつも大粒栗をルーベル家に贈ってくれるリルの文通相手だ。文通相手は火消しの妻で確か息子がいたはず。

 年始にチラッと息子が見習いから正式に火消しになったという話を耳にしたからそうだ。つまり不審者の可能性はほぼゼロ。油断大敵だけど少し安堵。


「はい知っています。初めましてティエンさん。レイス・ルーベルです」

「初めまして。ユリア・ルーベルです。私も知っています。家族がお世話になってます」


 2人とも若干人見知りなのでおどおどしながら、一生懸命というように少しつっかえながら小さな声を出した。恥ずかしいからだろう。とてもぎこちない笑顔だ。

 でも今年の秋で5歳なので満点どころか20点くらい加算してあげたい。

 私だったら「ねえねえ誰? お腹減ったし帰ろうよ! 早く家でおもてなしでしょう? お客様にお菓子出す? 私にも食べさせて!」とか「火消し? 火消しなの! ねえ肩車出来る? 踊れるよね? 踊ってよ!」とかだな。


「うわあ。卿家のお子さんは小さいのにしっかりしていてよかですね」


 よか。北地区から来たというのは嘘ではない。北区の喋り言葉だ。ロイが初対面の人などに突っ込まれて話題にならないかと使い始めてそのまま馴染んだ。そのロイからネビーにあっさりうつって使っているから私の口からもたまに飛び出す。

 ティエンの目が糸みたいに細くなった。本心というような優しさに溢れた笑顔に見える。


「レイスはよかです! お父さんがそう言います!」

「ユリアもよかです!」

「ロイさん自慢の双子ちゃんにようやく会えて嬉しいです。そちらのお嬢さんはリルさんの妹さんですね。この格好ですので皆さんを怯えさせました。すみません」


 ティエンはしゃがむのをやめてピシッと背筋を伸ばしてロイのような会釈をした。

 ……火消し?

 父やネビーの幼馴染に火消しがいるから知り合いがいるけど彼等はこうではない。


「ティエンさん初めましてリルの妹のルルです。いつも美味しい栗を贈っていただいているそうでありがとうございます。北地区からご旅行でルーベル家にご挨拶をしに来てくれたのですか?」

「いえ。父に憧れてずっと火消し見習いをしていて1月から正式採用になりました。海を見たくて、釣りもしたくて、海を見たらきっと帰れなくなると思って南地区で働きたいと希望を出したら空きがあったので転属です」


 へえ。かめ屋の旦那みたいなロマン男性疑惑。

 つまり彼もルーベル家大黒柱ガイが働く煌護省に属するってことだ。

 私は週2回煌護省で掃除や書類運びや偉い人にお茶を淹れたり簡単な書類の確認をするお手伝い雑務をしている。つまり同僚といえば同僚かも。


「この地区を守護して下さる火消しが増えるとはありがたいです。ルーベル家の家族全員がおもてなしするでしょう。私もします。どうぞ」

「期待をありがとうございます。1人前になって頼られる火消しになりたいです。本日はこのような格好ですので玄関先で失礼します」


 ……火消しの息子だよね。火消しは兵官以上に家系職感が強い。

 兵官は家系兵官が駆逐されがちだけど火消しは業務内容や人間関係なのか外入の方が駆逐されて補佐官系に押し出されるというか逃げていく。

 このような話し方をする家系火消しに出会ったことはない。良家系火消しに出会ったことはないけど家系火消しとは多分異なる。兵官がそうだから火消しも似ているはず。


「ひとまずどうぞ」

「はい。ありがとうございます」


 私達は4人で歩き出した。家族の知人で火消しでこの雰囲気に話し方。それに優しげな瞳だから何も問題ない。

 ティエンはほんの少し離れた位置、レイス側に並んだ。わずかに後ろだ。またこのような気遣い。


「玄関先でご挨拶をしてお暇しますがロイさんにお会いしたいのでお仕事からご帰宅前ならしばし玄関先で待たせて下さい」


 この話し方、この人は本当に家系火消し?

 服装は私と同じ平家っぽい。草鞋なんてボロボロ。北地区からひたすら歩いてきたのだろう。

 私が「いえ。家の中へぜひ」と返事をする前にティエンは少し屈んでレイスとユリアに話しかけた。


「レイス君とユリアさんは今年5つだったよね。泥遊びは楽しかったかな? ユリアちゃんはよかな冠を持ってるねえ。自分のかな? 大きいからお母さんにかな?」

「今は4歳です! うんと楽しかった!」

「はい。お兄さんが作ってくれておばあ様にあげるの」


 人見知り気味のレイスとユリアが既に懐いた気がする。2人の口調が半端にくだけているのがその証拠。家族や親しい人の前でする元気な返事だ。


「おお、2人ともよかよか! その元気な声なら火消し来てー! 助けてー! と呼べるねえ。普段は大人しいのはよかで立派だけど大変な時や困った時は大声を出すんだよ」


 さすが火消しの息子。きっと彼の父親は立派だ。多くの火消しが地元民に愛される所以はこれ。どの家柄でも親戚に1人は火消しが欲しいなんて言う。

 ただ殉職や怪我で退職の可能性があるから良家だと補佐官系火消しが人気。いわゆる火消しとしての人気はない地味火消しで縁の下の力持ち。それも大事なお仕事だ。


「火消しさん! 火消しさんってこうやって、こう! お祭りでえいやぁっておどりますよね?」


 レイスが持って帰ってきた木の棒を纏旗(まといはた)に見立てて空に向かってツンツン伸ばしながらぴょんぴょん踊るように跳ねた。

 凄い。レイスの人見知りをあっという間に吹き飛ばした。さすが火消し。区民の英雄。男の子は火消しに1度は憧れると言うけどまさにこれ。


「おう! よかな踊りだ! 南地区は分からんけど親父はこうやって踊っていたぞ。すっいじんさ〜まの加護を受け! おーっ! えいやあ! 全て消す!」


 うん。確かに火消しだ。ティエンが瓢箪(ひょうたん)水筒を使って歌って踊り出した。レイスが私の手を離して真似を開始。

 ユリアも私の手を離して両手で握りしめていた白詰草の冠を下、上、下、上と動かし始めた。ユリアの人見知りも消えたみたい。


「すっいじんさぁまのかごを受け! えいゃあ!」

「全て消す!」

「7番隊のお通りだ! すぐ呼べ、手伝え、まっかせとけ! あはは! よか踊りだ! よかよか!」


 がはは、と大きな大きな口を開けて大笑い。さっきまで卿家の息子までとはいかなくても平家のそこらの男とは全く違うと感じる品の良さだったのに。

 

「すいじんさ〜まのかごを受け!」

「すっいじんさ〜まのかごを受け!」


 レイスとユリアはすこぶる楽しそう。


「だ、誰かあ! ル、ルルさん! ルルさん助けて下さい! 人手を!」


 ん?

 あれはトイング家の奥さん。

 テルルと仲良しのお喋りおばば。すっ転びそうになりながらこちらに向かって叫んだ。


「何事ですか! 男手は要りますか!」


 ティエンは素早かった。手を大きく振ってトイング家の奥さんに近寄っていく。


「だ、だい、台所の棚が倒れました!」


 それだけならこんなに慌てない。と、なると……。


「誰か下敷きですか! 任せてばってん!」


 状況判断が早い。腰に巻いている荷物入れから発煙筒を踏みつけて緊急連絡。それですぐ走り出した。速い。ティエンはトイング家へ飛び込んで行った。


「レイス、ユリア、おばさん手伝ってくるから家の中に行きな。走らなくていいからね」


 周りを確認。不審者なし。レイスとユリアから手を離して走った。

 私はトイング家へ突入。入ったことがあるから台所の場所を知っている。私はそこらの女よりも力に自信がある。小さい頃から薪運びに家族の洗濯物運びに……。


「凄い」


 ティエンは重たそうな棚を3分の1くらい持ち上げていた。中腰でとても辛そう。

 その下で「痛いよお! うえええええ」と大泣きしながら倒れているのはトイング家の最年少孫のルック君8歳。先月半元服したばかり。これは辛い。


「今助けるからね!」

「危ないけん! お待ちを!」


 ティエンは叫んで私に向かってニコッと笑った。仕事中の火消しの指示は絶対。両親にそう叩き込まれている。歯痒いけど素直に足を止めた。


「悪いね坊ちゃん! ちょいと蹴るよ!」


 ティエンは片足をルックの帯に突っ込み、私の方へ「んんんーっ! おらあ!」と滑らせた。

 割れた食器で危ないけど棚の下にいつまでもいたらティエンが力尽きた時にまた潰されるからだろう。


「その子を安全なところへよろしく!」

「はい! ルック君もう大丈夫だからね!」

「一度外へ!」


 私はルックを抱えて外へ出た。 

 その前に少し見えた。片足を使ったから棚がグッと下がったけどそれをティエンがグググッと持ち上げたのを。

 私が外へ出ると物がぶつかる大きな音がしてティエンが飛び出してきた。テルルはトイング家の前でユリアとレイスと手を繋いでいた。私の心配とルックの心配だろう。


「いやあ、全部持ち上げて華麗に救出ではなくてすみません。不安になりましたよね。もっと鍛えます。棚が床にまた叩きつけられてさらに壊れたかも」


 ティエンは私からルックをそっと奪って地面に寝かした。十分凄いのに謙虚! 


「よお頑張ったなあ。しっかりした応急処置はこれから勉強だから誰か来るまで待っててな」


 それでも軽くルックの体に触れて怪我の様子を確認している。


「うえええええ。痛いよおおおおお。ありがとおおおお。うええええええ……」

「痛くて辛いなあ。誰か来るまで兄ちゃん達と頑張ろうなあ」


 すこぶる優しい笑顔。

 カンカンカン、カンカンカン、カンカンカンと地域住民に緊急事態を告げる鐘が鳴り響いた。発煙筒の煙を見たからだろう。

 人がぞろぞろ家から出てくる。こうなるとトイング家を皆で掃除したり医者を呼びに行ったり色々出来る。


「ルルさん?」


 トイング家の奥さんが私の顔を覗き込んだ。多分。ぼやぼやして見えない。

 カンカンカン、ドキドキドキ、カンカンカン、ドキドキドキ、カンカンカン——……なんで私からも鐘の音?

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― 新着の感想 ―
[良い点] あのティエン君がこんなに立派ないい男になって! なんだかジーンとしてしまいました。 そしてルルが双子の面倒を見るシーンすごい!初対面の人への対応や、緊急時に周りをしっかり確認してから、双子…
[一言] ルルさんにドストライクの運命がやってきた! 縁はここにも繋がってくるんですねぇ。
[一言] 続きがたのしみすぎるーーー。ドキドキしながら待ってます
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