未来編「ルシー来訪」
彼女、ルシーと出会ったのは人生初の旅行時。縁とは不思議なものでそこから私と彼女は文通を続けて約4年間で3回会えた。
1回目はロイと紙婚式のお祝い旅行で東地区の春風亭へ行った時。
皇居行事の大河奉納演奏——正式名称は忘れた——と被ったのでルシーの休憩時間に東地区を一緒に観光。
わたあめなるもの——ふわふわの飴——を楽しんだり見たことのない街並みや大河を眺めて楽しかった。
ロイと共にルシーが参加する演奏を見てお祭りも楽しんでアデルにも再会出来た素敵な思い出だ。
2回目は中央5区で一緒に西風版のロメルとジュリーを観劇してパンケーキを食べた。
その日は平日で初めて1人で中央区へ行ったのでとてもドキドキした日。
ルシーも私兵をつけられたけど私兵は隠れているから1人で中央区へ来た気分でドキドキだと笑っていた。
3回目は衝撃的なことに祝言に招かれた。
ルシーは父親の期待通り皇居で働く官吏のお嫁さんになって祝言の挙式は中央2区のアングセル神社、宴席は中央2区の旦那様のお屋敷、それから中央3区のルシーの実家で行われて私とロイが招かれたのは中央2区のアングセル神社での挙式。
ロイと2人で中央2区に泊まってこの呉服屋で借りられるようにしましたと言われたお店で煌龍服にお着替えをして神社でルシーの参進の儀の見学をしてお祭りを堪能。
挙式は秋で参進の儀の際に紅葉を撒いてルシー達をお祝い。目が合って笑顔で手を振ってくれたルシーは可愛くも美しかった。
挙式に行く資金も衣装代も宿泊費も贈られてカゴまで用意されてお祝い金は要らない。人生で初めての友人に祝ってもらいたい。
挙式へのお誘いはそのようにだったので「私はルシーの初めての友人だったのか!」と知って驚いたのと嬉しくてホロリと泣いた。
私とロイの時と違って新郎新婦は神社の舞台で縁起を分け与えるという演奏と舞を披露。ルシーの旦那様が舞でルシーが琴だった。
その後新郎新婦は挙式招待状を持つ者達とご挨拶。私とロイは1番最後と言われて他の方達より長めにルシーとお喋り。
挙式招待状を持っている招待客は新郎新婦からお酒とつきたてのお餅を振る舞われる。お酒も滑らかなあんころ餅も大変美味しかった。
待つ間、お餅つきは誰でも参加して良いからロイと並んで「縁起良し!」と1人1突きもした。
お礼品と一緒に手紙をもらって私も手紙とお祝いの品を彼女に渡した。
お祝いの品はその年の初夏にセレヌがくれた「またたまたま手に入った星の実」のお裾分けとヴィトニルが「リルさんの親友が結婚するお祝い品。たまたま山で拾った綺麗な石で作ったからほぼ無料」とくれた虹色みたいに光る黒っぽい石の耳飾り。
ヴィトニルはロイから話を聞いて私の親友は「クララ、エイラ、エリー、ルシー」と思っていたらしくてそこに私とセレヌで3の倍数数字で縁起が良いからと小さな耳飾りを6つもくれた。
後でルシーにクリザベル石かメテオロ石みたいであまりにも高額です……みたいな手紙がきて愕然。
ロイと調べたけどクリザベル石もメテオロ石も何か分からなくて「お祝いのお手紙に書いたように旅をしている友人がたまたま山で拾いました」ともう一度同じ言葉を返事に認めた。
卿家の一般的なお祝い金しか払えませんと渡したお祝い金を「平均的な額はありがたくいただこうと思ったけどご存知無かったとしてもこのお祝い品なので……」みたいに返却されてしまった。
ロイはそれで「高いものを贈るのは禁止令」をヴィトニルに再発動。拾い物だから高くない! と言うヴィトニルと手紙で喧嘩中。
といってもこちらからの手紙は彼等の生活環境的に中々受け取ってもらえないので彼からロイに喧嘩手紙が送られてくるの方だ。
昨年出産祝いでレイスとユリアに贈られた鉛虹色の頭が2つある蛇の小さな首飾りも「高い石なのか?」とロイと怯えた。
レージングとセレヌに確認して「東地区のピアラリアのような宝飾魚の鱗だから高くない」と言われてホッとした話。
双頭蛇はヴィトニルが生まれた西の大蛇の国の蛇神様。龍神王様の親戚疑惑があるのと祖国の御守りだからこの意匠だとヴィトニルに言われた。
蛇の目の青と緑は着色したガラス。だから卿家への出産祝いとしては常識の範囲か安いくらい。そうするようにヴィトニルに強く言って3人からの贈り物ということでありがたく受け取った。
まもなく2歳になるレイスとユリアにはまだ首飾りは早いので神棚に飾って毎日拝んでいる。
それで本日は土曜日。ルシーが初めましてルーベル家。お互い違う世界を知れて楽しいので文通は沢山してきているけど会うのはこれで4回目。
「本当にいらっしゃるのよね? 皇居の女官吏様が我が家へなんて大丈夫かしら」
「双子が無事に生まれた鎮守社とお母さんが出産副神疑惑でご家族親戚が行きなさいですから来ます。私が軽い気持ちでお母さんの話をしたら大事です。初孫圧がとてつもないそうです」
私は義母と2人で居間の中をうろうろ中。今週はいつもよりも張り切って掃除をしたし今日は晴れだからルシーは来るはず。
「リル、あんたのせいで私は大緊張よ。ダメよ。全然食事が喉を通らないわ」
「お母さんもう食べ終わりそうだけど」
母は下座で私が作った辛くないマーバフ丼をわりと品良く食べてあと最後の一口というところだ。
「あはは。結局私は図太いからね! 偉い人のお嫁さんになるとうんと大変なんだねぇ」
「そうみたい。なんとかの儀式みたいなのが沢山あるって」
「それなのに私やそこの鎮守社かぁ。まあ義母が親しくしていた家の娘さんが出産死なんてしたら本人も家族も恐ろしくなるわね」
「カゴ、カゴでいらっしゃるのよね? お母上とお供の方々と」
「はい。お屋敷の女性の守衛の方とお母さんとお付きの方3名で6名なので縁起数字だそうです。家に上がるのはルシーさんと——……」
カラコロカラ、カラコロカラと玄関の鐘の音。
ひゃぁ! 来た!
ごめんくださいの後に長い名前を告げられて「正妻ル」の時に玄関を開けた。
ルシーが私と似たような小紋姿で母親と見知らぬ女性に手を取られて立っていた。
「お久しぶりですリルさん。挙式以来にお会い出来て嬉しいです」
「遠路遥々ようこそいらっしゃ……ルシーさん⁈」
かわゆい笑顔が歪んで「痛っ……」とルシーがお腹を押さえてしゃがんでしまった。なに⁈
「ルシー!」
「奥様! どうなさいました⁈」
えー……。えー⁈ えー!!!
ルシーは来週というかそろそろ臨月……腹痛はとにもかくにも怖そう!
初孫圧でお屋敷は息がつまりそうになったから先週実家へ移り歩くと良いと産婆に言われたのと我が家へ来る話が出たので中央3区から出産副神様にご挨拶をしつつ少しずつカゴや歩きで南3区へ移動してきたはず。
「お医者様! お医者様を呼びます!」
ひゃあ大変だ!
まずは家の中で寝かせる⁈
「その前に横になりましょう!」
「お医者様ってどうしたのリ……」
ルシー、玄関、ルシー、玄関と見たら母が立っていた。後ろには義母が目を見開いて固まっている。
「私が運ぶからリルは布団! ルルに医者って言いな! テルルさんはユリアとレイスを頼みます!」
「はい!」
「は、はい!」
あたあたしながら義父母の寝室に布団を敷いて離れへ向かった。
「ルル! ルル! お客様の具合が悪いからお医者様を呼びに行って欲しい!」
離れの部屋に入ろうとして転んだ。
「姉ちゃん大丈夫⁈」
ユリアとレイスにも心配されてしまった。
「だ、大丈夫。お、お医者様。お医者様を……」
「リルさんどうしたの⁉︎」
「テルルさん、姉ちゃんが転んで部屋に入ってきました」
「け、怪我はないの⁈」
「……なさそうです。ぶつけて少し痛いだけです」
「ルルさん。お客様が、例の女官吏様が腹痛なのよ!! お医者様を呼んできて欲しいわ。あと一応産婆も。エルさんがいるから産婆は要らないけどさすがにルシーさんだと法的なことが怖いから。しぶられても連れてきて」
「は、はい!」
「レイスとユリアは私が見るのでリルさんは町内会長さんのところへ行ってもしかしたら出産かもと伝えてちょうだい」
「は、はい!」
ひゃあ大変だ!
お腹が痛い風邪⁈
臨月前に出産⁈
いやあと数日ならもう臨月⁈
偉い人をみる産婆さんがええと言ったから出産ではなくて病気の方⁈ 実はもう臨月だった⁈
正確な臨月は分かりにくいって母が言っていたような……ひゃあ!
町内会長の家に行こうと玄関を飛び出したら仕事から帰宅した義父と遭遇。
ルルが「ガイさんお帰りなさい!」と叫んで全力疾走で去っていった。
「真っ青な顔をしてどうしたリルさん。ルルさんはどこへ」
「お義父さん! 病気か出産です! 町内会長さんです!」
「えっ? 町内会長の娘さんが出産? いや無理だろう。孫娘さんの方か」
「違います! 行ってきます!」
ひゃあ!
急げ。町内会長のところへ行って鎮守社の準備と思ったら今度はロイを発見。
「ロイさん大変です! 病気か出産です! 町内会長さんです!」
「リルさん真っ青なお顔ですけど病気か出産ってどういうことですか⁈ 町内会長さん?」
「ルシーさんが腹痛です!」
「えー⁈ ああ! 町内会長さんに鎮守社の鍵……リルさんはエイラさん達に声を掛けてお手伝いを頼んで下さい! 町内会長さんのところには自分が行きます」
「はい!」
ひゃあ大変だ!
近い方からと思ってセヴァス家に突撃。
「助けて下さいクララさん!」
「お顔が真っ青ですけど何があったのですか⁈」
「お客様が腹痛で病気か出産です!」
しどろもどろ状況を説明。
「お義母さん! ルーベルさん家のお客様が出産かもしれないから手伝ってきます! リルさん、社をザッと掃除などは私が声を掛け回って先に始めておくのでお客様のご家族に連絡を入れると良い気がします」
「あっ、はい! はい!」
「とりあえずエイラさんに声を掛けてきます! いや近いからアイラさんでした!」
ルシーの家族に連絡ってどうやって⁈
ひゃあ! 賢さが欲しい!
……飛脚! つまり郵便屋さん! ルシーの実家の住所は分かる!
走っていたら制服で馬に乗るネビーを発見。
「リルどうした⁈」
「兄ちゃん出張から帰ったの⁈」
「真っ青だけどどうした。なんかそのまま海の方まで見回りをして泊まりで働いてこいって言われてさ。通り道だから出張土産を渡してから行こうかと。なんか最近の俺はこき使われ度が増してる気がするんだよな」
「お客様が病気か出産なの!」
またしてもしどろもどろ状況説明。
「おい、アウルム銀行副頭取の娘さんじゃねぇか! 仕事で行ってお屋敷を知っているから実家は任せとけ! 本店は確か中央3区だからそっちも俺がどうにかしとく! 皇居も警兵経由とかあるからなんかしとく!」
ひゃあ頼もしい!
栗も貰ってしまった!
アウルム銀行は新婚旅行後にロイが貯金先を変えた銀行だ。副頭取ってなに?
それよりルシー!
帰宅してなにをしてきたか母に話した。母に「なんか怪しい。陣痛な気がする」と言われてまたしてもひゃあっとなった。
「本当はもう臨月に入っていたんじゃないか?」
「社の準備は嫁友達が始めてくれててお湯? お湯やお水に布! 私が使った出産布団! お義母さんに聞いてくる!」
「まだまだだろうからあんたかめ屋に行ってレイを呼んできな! レイにこの家のことや台所仕事をさせる! 手伝ってくれるご近所さんの家で働くとか人手があった方がええだろう! ルカにこの間出産を手伝わせたからあんたも学びな! あの産婆は頼りないからあんたがこの町内会を背負いな! 私は先に死ぬんだから次が必要だよ!」
「は、はい! ユリアの為にも勉強したかったから励む!」
ひゃあかめ屋!
走ればわりと近い!
走っていたらルルと遭遇した。
「お医者様は忙しくて居なくて薬師さんを捕まえてきた! あと責任押し付け係の産婆さん!」
「せ、責任押し付け係ってなんですか⁉︎」
「あっ、すみませんつい。口が悪くて。姉ちゃんどこに行くの? 飛脚に依頼? 一応アウルム銀行支店に短い手紙を大至急って頼んだよ。お財布を忘れたから着払いで」
ルルはいつも気が利く!
「えっ? ルルはアウルム銀行とルシーさんが関係あるって知ってるの? 私はさっき知った。兄ちゃんがたまたま馬で来たから連絡係を引き受けてくれた」
ネビーが知っていたのも謎。
「えええええ⁈ いや、わざと教えてなかったのかな。私は前にチラッと兄ちゃんに聞いた。馬で来たからって兄ちゃんってわりと間が良いよね。連絡もしとくって言うておけば良かったね。走りながら思いついて。早く帰ろう」
「お母さんが陣痛な気がするって言うていて私に勉強させるからレイを人手に増やしたいって。呼びに行くところ」
「それなら私の方が足が速いから行ってくる。ああ。そうだ。姉ちゃんが出産の勉強をするなら食料品とか布あたりをザッと買ってくるからお財布ちょうだい」
「はい! ありがとう!」
ひゃあ、薬師さんと産婆さんを任された!
私が参加した町内会の出産は事前準備済みでいざ出産が始まった時は着替えて鈴祓いや振る舞いのおむすび作りや家事代行とかだった。
帰宅したら母に「陣痛だね!」と言われた。それで薬師さんは帰宅。母にルルやネビーの事を報告。
産婆さんが「エルさんがいて私がいる意味はあるのでしょうか?」と口にして母に「分からないけどテルルさんが呼ぶって言うたのでいなさい!」と背中を軽く叩かれた。
母とこの産婆さんは私の出産後から顔見知りで町内会の出産時にたびたび会っている。
「いやもう貴女こそ産婆資格を取ったらどうですか? エルさんって平家産婆なんでしょう?」
産婆資格と平家産婆はなにが違うのだろう。私は自分の妊娠時まで産婆を知らなかった。
「私は家守り妻だよ! 頼まれて日雇い仕事をするけど基本は家事と子守と雑用」
「えー。だっていつもこの町内会の出産時に居ますよね? 一応来いって言われて来たら出産後です」
「そりゃあ娘の暮らす町内会ですから呼ばれて頼まれれば手伝いに来ますよ! ああ。娘のリルに産婆仕事を教えて下さい。リル。ぼんやりしてないでテルルさんに次の事を聞いてあの社の準備とか教わって来なさい! ルルが帰ったらあれこれ教えるから」
「はい!」
ひゃあ、社準備!
義母のところへ行って離れの出入り口でまた転びかけて「落ち着きなさい」と怒られた。
「お義母さん。陣痛です。ロイさん会長でクララさんを助けます」
「だから落ち着きなさい! 帰宅したロイに会ってロイが町内会長さんのところへ行ってくれたのね。クララさんに準備の助けを求めたと。彼女は機転が利くから他の家にも声を掛けてくれると言うたでしょうね」
「はい。ルルレレ買い物です」
「ルルさんはレイさんに応援を頼みに行ってくれて買い物もしてくれるのね。レイさんは家事などを助けてくださるのね。ルルさんは前に買い出しを頼みましたから覚えているのでしょう」
「馬ちゃんは連絡係です。銀行とお屋敷になにかです」
「馬ちゃん? 連絡まで頭になかったわ。ありがとう。でも連絡係は分かるけど馬ちゃんってなに?」
「馬に乗った兄ちゃんでした」
「もう、あなたは。しっかりしなさい!」
おでこを叩かれた。これは私が悪い。私は予定外に弱い。だからいつも事前にあれこれ準備をしている。
「お父さんが鬼祓い焚き火をする手配をしてくれています。ロイが戻ったら合流交代させて。出産時に使った物が蔵にあるからどんどん出してちょうだい。無事に生まれてもすぐ帰れないだろうからそれ関係もよ」
「はい! ルルとレイが来たらお母さんが出産勉強をさせてくれるから町内会やユリアの為に励みます!」
「それならルルさんが戻ったら子守を交代して指示係になります」
「はい!」
ひゃあ! 蔵から荷物!
落ち着けと怒られたので深呼吸。落ち着け私。
蔵から荷物をどんどん出しながらふと「食べないと体力が足りなくなる!」と思い出して台所へ移動。
残っていたご飯を塩おむすびにして母のところへ持っていった。
「気が利くねリル! 多分こういう流れになるとか呼吸や力み方のコツとか話してた! 奥様、とりあえず食べて寝なさい。まだまだそうだから体力をつけとかないと」
「ええっ? 寝るんですか?」
ルシーの母が目を丸くした。ルシーは陣痛の波が去ったのか横になってぼんやり気味。旅疲れもありそう。
「寝れるなら寝た方がええですよ! 娘は息子を産んだ後に寝てから娘を産みましたよ! 食べられるなら食べた方が良いです」
「は、はい……」
ルシーにおむすびを食べてもらって「あっ!」とぼんやりに気がついて神棚に手を合わせた。
「龍神王様の親戚らしい西の国の蛇神様ので御守りです。まだ社に行かないけどこれがきっと鬼や妖退治してくれます」
「ありがとうございます……んんっ。痛い……」
ひゃあまた陣痛!
ルシーの首にレイスかユリアかどちらのものか分からないけどヴィトニルに贈られた首飾りをかけた。
荷物、荷物。ロイが来たので焚き火のことを頼んでまた荷運び。
エイラがサリやアイラと一緒に来てくれたので荷運び、荷運び。
ルルとレイが来てくれてからは筆記帳と鉛筆を用意して母や産婆にあれこれ教った。
そうしてルシーの母と私の母と私はお着替えをして社内。後の流れは出産対応以外は大体もう知っている。私はとにかく勉強と予習。産婆が「エルさんは本当に色々知ってますね」と感心していた。
生まれそうになったら鈴祓いを始めてもらうように頼むけどそれまでは一緒に鬼と妖見張り。
ルシーの旦那様が居ないのでロイが鬼や妖を切り役を代理。皆でお泊まり。
「ルシーさん。秘密でしたけど教えます。お義母さんは奇跡の青薔薇のお姫様に触ったことがあるのでご利益幸運の左手です。握手したから大丈夫です」
「青薔薇のって……レティア姫様? 夏にいらしてソアレ様とお会いした際に私のお腹を見て冠に触らせて下さった優しいお方です」
「お会いしたのですか⁈」
「ええ」
皇居って凄い。
「それなら大丈夫です! お義母さんはあれから病気の進みが遅くなったというか進んでなさそうで元気です! 握り飯を食べて下さい!」
食べられないと言われたけど母と一緒に食べさせた。腹が減っては戦は出来ぬ。
明け方、ルシーの旦那様が社に登場。妻が心配で南1区の宿で合流しようと思って仕事の調整をしてお屋敷を出ていてその連絡がルシーの実家にいっていたからルシーの実家から宿に連絡がいって到着という流れらしい。
もう生まれそうという時だった。
「お尻が出てきた!」
ルシーの母と旦那様が母にすがりついてしまった。これは邪魔になりそうなので引き離す!
「離れて下さい!」
まずはルシーの母!
「せめて、せめて妻はどうにか助けて下さい!」
「うるさいね! 両方助けろって言いな! 泣きたいのは母親なんだからサッサと体を支えな! 旦那が支えないで誰がするんだい!」
ひゃあ!
私も投げようとしてしまったけど母が皇居の偉い人の頭を思いっきり叩いて「邪魔!」と突き飛ばした。
「エルさん! そ、そんな引っ張って良いのですか⁈」
「何回か成功したしばあちゃんやお母さんから教わったから死ぬよりよいだろう! リル、あんた瞬きしないで見ときな!」
「は、はい!」
ひゃあ!
引っ張って右にも左にもねじって……腕が出た! ひゃあ! 頭も出た! なんだかあっという間!
手を動かして次の時に備えて真似。赤ちゃんは泣かなくて少し青白い。
「小さいけどやっぱりもう臨月だったんだね! 泣きな!」
ひゃあ、泣いた! 生きてる!
男の子!
ルシーの母が放心気味なので産湯と思ったけど勉強中なので産婆に任せて私は母と産後処理。予習してあるから割と落ち着いていられる。
★☆
義父母が「この交際関係はあまり知られない方が良いのでは」ということでルシーはロイの剣術道場の兄門下生の奥様ということにした。しばらく我が家は非日常。
2週間後、衝撃的なことに皇女ソアレ様の手配で南西農村区に小型飛行船がルシー家族を迎えに来た。偶然にも外交のついでか何かに出来るかららしい。
6番隊の警護付きでルシー達は南西農村区から皇居のお屋敷へ帰宅。
後日、警護担当の1人になったネビーとルシーの旦那様に雇われた運び人が我が家を含む町内会へお礼金とお礼の品とルシー夫婦からのお手紙を持ってきてくれた。
若干早産だった逆子が母子共に無事。ルシーの旦那様とルシーの母がルーベル家にあやかった名前にすると言い出してさらに「ロイ」と名付けると言いだした。娘が生まれたらエルだそうだ。
ロイが慌てて「あやかるべきなのは妻の母エルさんの方です。エルさんの夫はレオさんです」と口にしてルシーの息子の名前はなんとレオ。
私の親友が出産する! と聞いた父が職人仲間達とカゴを作ってくれたのでルシーの息子レオはそのカゴの中で寝ながら町内会を去った。
お互い子育てがあるのとどうやらルシーの仕事が前よりもさらに忙しくなったので以後私はルシーと文通のみの仲。
出会って10年目の出会った季節の冬には必ず会おうと約束している。
☆★
この件はリル達の知らないところでネビーの縁談の役に立つ。
さらに約32年後。やはりリル達の知らないところで皇帝関白の1人にレオという名前の官吏が加わる。
さらに少し後。関白レオが幼少時から大事に使っていた彼と同じ名前の職人が作った半元服時祝いの茶杓と棗が公の場で使われて病没寸前の職人レオの名前が皇居で少し知られる事になる。
とある家にはこのような言葉が代々伝えられている。
『命や生活はどこまでも繋がっていて始まりも終わりも存在しないのよ』
この話の始まりはいつなのか——……。
紫電一閃乙女の方にルシー話が少し出て感想をいただいたのでこの話が生まれました。感想ありがとうございます。
他の感想や誤字脱字修正にもいつも感謝しています!




