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息子がお見合い結婚しました 2

 大陸中央、煌国。

 男は一家の大黒柱、というけれど女こそが家である。

 女が衣食住を整えてくれて快適な生活を提供してくれるから仕事に没頭して稼ぐ事が出来る。

 ご近所付き合い、仕事関係の付き合い、友人付き合い、それにより与えられる誉、優越感、居心地の良さなども内助の功があってこそ。

 よって息子の嫁も自分の嫁のような者を望む。しかし、俺の嫁は少々細かくてこだわりが強い。気も強い。自分の両親、特に母親と折り合いが悪くて板挟みだった。

 あっちを立てればこっちが立たず、こっちを立てればあっちが立たず。

 2年前、立て続けに両親が亡くなった時はそれはもう悲しくて寂しくて辛かったし、ルーベル家の主になった重圧に慄いたが、ほんの少しホッとした。これで板挟みは終了だ、と。


 なので、息子の嫁は妻が選べば良いと思っている。妻は3人の子を産んでくれて、残念なことに2人は病で失ってしまったが、1人はすくすく育ってくれた。

 両親と妻と4人で立派な自慢の息子に育てた。

 人見知りでどちらかというと無口だが、優しくて気が利くし、教養も申し分ないし、無事に卿家を継げる上級公務員になってくれた。

 あまり出世欲がないのがたまにきず。石橋を叩いて渡る性格なので、確実に試験に受かるまでは受験しません、である。

 年々手足が悪くなる母親の代わりに「母上には言えんですけど正直家事は好かんです」とか「男が家事なんて」と時折ぶつくさ言いながらも手伝う親孝行息子。

 妻が選ぶ嫁といっても、候補者の中から息子が気の合う娘を選ぶ。

 1度目の出世が終わった後、2〜3年以内に嫁がきて妻は楽になり、そのうち孫が産まれて騒がしくなる。

 退職後は趣味をより楽しみつつ孫教育。体が悪くなれば、親孝行息子なので、嫁や孫と共に甲斐甲斐しく世話をしてくれるだろう。

 良い人生を歩んできたが、今後も素晴らしい人生に違いない。


 それなのに、息子がとんでもない事を言いだした。


 長屋暮らしの男の次女を嫁に迎えたい、である。


 居間で息子と2人。息子が無表情で淡々となぜその娘が良いのかと、嫁の条件に合うと話し続ける。ぐうの音も出ない正論を振りかざしてくる。

 反対理由にしたい「結納、結婚に必要なお金をこの家が払うことになる」というのも「自分の貯金から全て支払います」である。

 学や教養のない娘に跡取り息子、娘の教育は出来ないと言えば「教育は父上と母上の協力と自分が担えば良いです。その分家のことをしっかり任せます。母上はどんどん家事が出来なくなると思いますが、頭は良いままです」と言い返される。


 予感がする。妻と息子の間に挟まれる。息子はリルを嫁に出来んなら「家を出る」と言い出しそうな勢い。それは老後の面倒は見ませんと同じ意味。

 話もせずに、親孝行息子の理性を破壊するとは魔性の女。そんな嫁恐ろしい。絶世の美女か?

 妻と母が作っていたピリピリした空気の再来なんて嫌だ。

 息子を諦めさせるなら、それなりの理由を提示して納得してもらわないとならない。調べたら特に無かった。絶世の美女でもない。

 朝から晩まで家事、育児をしている。長屋育ちなのに立ち振る舞いに品があって目立つ。

 身請けのような結婚。嫌なら出て行くだろうけど、貧乏だからとっとと嫁にいけという親なので、彼女に帰る家はない。

 つまり、我が家に基本的に服従せざるを得ない。1から100まで妻の言うことを聞く可能性大。代わりに息子が気を利かして甘やかすだろう。ふむ、悪くない?

 

 妻は「馬の骨など許さん!」と怒り狂ったけれど、息子の脅迫に折れた。親しくしている旅館かめ屋で嫁入り修行させる。

 この家に嫁いでくるまでルーベル家のしきたり——自分で言うのもあれだが大した卿家ではない——を叩き込む。

 幼馴染みのセイラの目と、自分が与えた課題を乗り越えられないなら結納しない。そう息巻いた。

 しかし息子は毎日、毎日、毎日、毎日、毎日のように「花嫁修行中に気が変わったり、かめ屋勤務の誰かに横取りされます。絶対に結納が先です」と耳にタコが出来るまで、四六時中言い続けた。

 反対されれば燃えるもの。息子は駆け落ち婚をすると判断。

 試しに妻に「あの熱量。下手すると家を出て行くぞ」と言ったら同じ意見なようで妻は折れた。結納が先で花嫁修行は後。

 息子は「リルさんなら問題ないです」と話したこともないのに自信たっぷり。


 1人息子に老後の世話をしてもらえないなど、親孝行されないなど大恥である。


 そうして息子はいそいそと買い物に行き、結納用の着物一式、嫁入り道具と貢ぎに貢ぎ、結納の日には見たこともない惚けた顔と嬉しそうな顔を見せた。

 着飾ればリルはそこそこ平均的に可愛らしかった。息子の熱視線を無視して料理に熱い眼差し。そしてかわゆい笑顔。

 浮かれる息子と、息子にはあまり興味なさそうな娘。

 料亭に似合わない、明らかに教養が無いと分かる両親と違い、リルは俺や妻や息子の様子を見ながら見様見真似で綺麗に食事をしていく。

 息子の目は正しいかもしれない。そう言う予感がした。

 ただ愛息子の色ボケ姿のせいで、妻の機嫌がすごぶる悪くなった。おかげで家の居心地が一気に悪い。あの嫁は俺の疫病神になりそう。


 ☆★


 リルは妻の予想に反して花嫁修行で太鼓判を押された。かめ屋の主人に聞けば「妻と次男が嫁に欲しいと言い出している。奥さんが気に入らんのなら譲ってくれないか? 結納品は返却する。いっそ支払う」である。

 汚れ仕事も力仕事も遅寝早起きにも、何にも文句を言わない。飄々としている。何でも教えるだけ覚えるし丁寧。

 板前の次男ギルバートと気が合うし、料理の飲み込みは早いし、何より感性が良い。跡継ぎの長男夫婦も感心している。

 鍛えがい、教えがいのある娘。次男と共に厨房を任せられるようになりそう。だから欲しいと言われた。


 妻が「結納済みなのにセイラが欲しい欲しいとやかましい。かめ屋の主人に貴方から結納済みの特に問題の無い娘を譲るなんてせん。そう言うて下さい」と言い出した。苛立った様子で。

 嫌々、渋々だが認めるということだろう。


 妻と息子の板挟みが始まる。気が重くてならない。


 ☆★


 息子が結婚してもうすぐ2週間が終わる。平和だ。実に平和。

 妻は色ボケ息子の手前、リルにそれなりに優しくするしかない。

 嫌がらせなのか「あなたを信頼するわ」という猫被りで、初日から嫁に家事を丸投げしたのに、大して文句を言うところがないようだ。自分の目から見てもそう思う。

 妻が元気だった頃のように埃が減り、母親の家事を手伝っていた息子のぶつくさが無くなり、妻は体を休められている。

 特に料理。妻と似た味付けに風雅な盛り付け。妻が食費を減らしたのに、やりくり上手なのか品数は減ってない。

 嫁が作った弁当を職場で「奥さんの手が良くなりました?」と、かつてのように褒められた。

 かめ屋での太鼓判はこういうことか、と感心している。


 無表情が多かった息子が毎日ニコニコ笑う。息子が母親の機嫌を取るので、妻の機嫌が良くなる。その妻が「少しくらいは」と嫁に優しくする。すると息子は「母上は自分のかわゆい嫁を大事にしてくれる」と母親孝行をして……以下同文。

 慣れない味の食事を取らずに済んだし、体が楽だから「まあええです」と無くなっていた夜に応じてもらえるようになった。

 嫁は疫病神ではなく福の神かもしれない。


 ちんまりしているから座敷わらしか? と思ったのは海釣りに行く格好を見た時。吹き出しそうになった。

 ボロい着物で上から下まで完全防備とやる気満々。


「リルさん、その格好で行くのかい?」

「はい」

「そもそも釣りが趣味というのが驚きだったけど、暑くないのかい?」

「気をつけないと日焼けで肌が火傷みたいになります」


 趣味が同じと言って義父の機嫌を取ろう。自分は夫にも義母にも好かれていそうだから、疲れたら甘味処で食事や甘味をねだってみようとか、そういう感じはゼロ。

 私は海で釣りをしたい! という気合いの入った格好。趣味が同じ嫁とは肩入れしたくなる。しかし自分の人生において、妻の機嫌や幸福こそ最も優先するべきことだ。


 今のところ、嫁のリルとの接点はあまりない。朝見送られるのと挨拶くらい。

 妻が「リルさんが海釣りに行きたい言うてたから誘ってみたらどうです」と言うので、色々探るにも良いし、単に釣りが趣味の娘とは面白いし、世辞や取り入りなら隙を与えてあげようと思って誘った。

 ニコッとかわゆい顔で「行きたいです」とは、とても気分が良かった。

 翌日、妻の嫌がらせで大量の弁当や差し入れを作らされるのに、何の躊躇いもなかった。驚きである。

 立ち乗り馬車に乗りながら、話をしてみるとやはり釣り好きらしい。しかし知識はないようだ。


「可能ならタラを釣りたいです」

「タラ?」

「はい。お昼にお義母さんが好きな西風料理、旦那様が連れてってくれたお店で食べたアクアパッツァを作ります」

「アクアパッツァ……西風の魚の酒蒸しか。あれならまあ好きや。夕食で出してくれてもええ」

「それならその時はご飯にします」


 妻は西風料理を好むが、味が濃いのか慣れ親しんだ妻の味が好きなのか、俺は西風料理は得意ではない。パンも食べた気がしなくて苦手。

 それを知っていて「お昼に作る」や「ご飯にします」なのか? それなら気の利く嫁だ。


「しかしリルさん、タラは深いところにおる。釣れんよ。漁師が網で獲る」


 手製っぽい布を縫いつけた傘からかろうじて見える顔が明らかにしょぼくれた。


「そうなんですか? 知らなかったです」


 嫁は小さい声で「タラ……。アクアパッツァ……」と呟いた。落胆という様子。タラを釣りたいのはアクアパッツァのためか? 魚屋で買わないのか?


「前に食べたアクアパッツァは鯛の切り身やった。鯛はもしかしたら釣れるかもしれん」

「そうなんですか?」


 嫁の顔が明るくなる。釣った魚で料理をしたいのか?

 妻は「釣りなんて待つ間が退屈。日焼けする。朝眠い」と結婚してから3回しか付き合ってくれなかったけれど、持ち帰った魚介類を料理するのは好んでくれていた。

 この嫁は妻と似ているかもしれない。おまけに釣りも好きとは良いぞ。


「アジ、イワシ、キス、イカあたりは釣れるだろうけどクロダイが出たら嬉しいなあ」


 嫁はパアアアアと目を輝かせた。


「クロダイは鯛ですか?」


 俺と同じ大物狙いか?


「仲間です。大物を釣りたいな」


 その為に朝早く家を出た。


「私はワカメを拾ってアサリを掘ってイソカニも集めたいです」

「そうかそうか。ロイは稀に付き合ってくれるが剣道ばかり。母さんも釣りを好まないから嬉しいな」

「はい」

「そういえばリルさん、生活で困っていることはないか? ロイや母さんと上手くやっていけそうか?」

「もたもたせんように気をつけていますけど大丈夫か不安です。でもお義母さんが優しく何でも親切に教えてくれるのでやっていけそうです。旦那様も毎日とても優しいです」


 リルは「行きたいです」と言った時のようにニコッと笑った。本心、と言うように。


(愛嬌たっぷりやな。猫被り、計算なら恐ろしい嫁だ。そうじゃなきゃ、かわゆい素直な娘。後者ならええけどどうだろう)


「馬車がついたら朝飯にしようか」

「お弁当を作ってきました」

「そうなのか?」


 4時出発なのに朝食を用意してくれたのか。手に持つ風呂敷に何が入っているか気になっていたが、弁当だったのか。


「はい。3人分です。お昼の分も作りました」

「そうかそうか。ありがとう。外食したい時もあるので事前に言うてくれ」

「はい。すみません」


 顔に失敗したと描いてある。

 海辺の食事処で外食したかったが、嫁の弁当は妻の若い頃を思い出すので好ましい。

 試しに「気を遣ってくれたんだろう? ありがとう」と言ったら嬉しそうに「気をつけます」とかわゆく笑った。義父も優しい、という様子でこそばゆい。


 海へ到着。息子の友人、釣り仲間のベイリーと合流。嫁が岩場へ行けると思わないが、あまり妥協したくない。以前ベイリーと目星をつけていた低い崖の上で釣り開始。

 嫁はひょいひょいついてきた。どこぞのお嬢さまを嫁にしたら、こんなの無理だっただろう。


 イワシとキスが釣れると、嫁は「お義父さんもベイリーさんもすごいです」と目を輝かせた。

 聞けばいつもあまり釣れなかったらしい。2時間かけて歩いて昼過ぎから釣り。あまり釣れずに海藻や貝やカニ探し。それもあまり上手くいかず。

 時間や場所ではないか? と知っている知識を説明すると「感心」「尊敬」「もっと知りたい」という眼差し。またしてもこそばゆい。

 嫁は餌のミミズまで用意していた。


「リルさんがミミズまで用意してるとは驚きです」

「ベイリー君、私も驚いた」

「昨日の夕方に公園で集めておきました」


 格好といい、やはり釣り好きか?


「女性で釣りが趣味とは珍しいですよ」

「お義父さん。趣味とは何という意味です?」

「ん? 趣味は……楽しくて好むものです」

「楽しくて好むものですか。ありがとうございます」


 学はないけど学ぶ意思はあり。妻からもよく勉強していると聞いている。


「何か引っかかりました」


 嫁がよたよた、よろよろし始める。まさか、大物か?


「おお、大きそうだ。どれ、助けよう」

「お願いします」


 一緒に竿を持ち上げながら後ろに下がる。やはり大物疑惑! 釣り上げるぞ!

 ベイリーの助けを借りて、3人で釣ったのは念願のクロダイ。しかも大きい。久しぶりに魚拓の出番だ!


 嫁が隣で小躍りして歌った。こんなのどう見ても素だ。すまし顔で黙っていると年齢以上に大人びて見えるけど、今は無邪気な子どもみたい。

 楽しい。楽しいぞ!


 大漁、大漁。嫁はやはり料理もしたかったようで台所で目を輝かして張り切っている。

 そこに妻と息子が帰宅。妻は宝物の息子と2人でお出掛けが嬉しかったのか、体調が良いのか「嫁憎し!」ではなく、一緒に好きな料理を始めた。

 俺が昔から好きな生き生きとした姿。そして料亭のような夕食。アクアパッツァは店で食べたものより薄味で好み。

 息子の友人と趣味の将棋を指しながら息子と酒盛り。

 妻の機嫌が良くて、嫁も「お義父さんが何でも教えてくれて沢山釣れてワカメもアサリもイソカニも集まりました。また海釣りに行きたいです」とニコニコしている。

 さらに嫁は「鮭の釣り方のコツはありますか?」と口にした。川釣りも趣味なのか。鮭はどんな料理に化けるやら。


 良い。すごぶる良い。ええ嫁がきた。息子よ、良く見つけてきた。

 嫁が母親譲りで孫を沢山産んでくれたらより賑やかで明るい家になる。

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[良い点] 登場人物みんな根が優しいひとでかわゆい [一言] かわいいお話を安心してまったり読んでましたが、 ここまで「将来は子沢山か」を繰り返されて、フラグ?と不安になってきました。ハピエンがいいな…
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