花見編8「また来年」
エリーと本将棋をしようと話をしていてエリーに折り畳める将棋盤と駒を持ってきてもらったけどリアも居るので3人で金将を投げた点数が低かった人が1番点数が高かった人に質問をするという事になった。
そんな遊びもあるんだと思ったらリアも知らなくてエリーが「今考えました」とお酒を飲みながら笑った。
3人の食べ物の好みや趣味などを話しているうちにやがて恋話がちらほら混じるようになった。
というよりもエリーが勝って私とリアに質問するようになったが正しい。それで私が負けてばかり。同じように駒を投げているのになぜだろう。
「まあ。またエリーさんの勝ちですね」
「それでまたリルさんの負けです。リルさん。私はほろ酔いになったのもあってリルさんと踊りたいです。質問ではなくてお願いにします。噂の西風の踊り。ダンスでしたっけ?」
「あれは楽しいです。ええですよ」
周りの花見客達も踊ったり歌ったりしているし女性同士だから恥ずかしくない。
「最初にリアさんとリルさんでお手本を見せてほしいです。私が演奏をして歌います」
「舞踊は授業くらいでしかしたことがないです。西風の踊りは難しいですか?」
「いえ。難しくない庶民に出来るダンスを教わりました。それで楽しむのが1番だと」
「気になるのでお願いします」
煌国の踊りは家族で行くお祭りで勝手に踊るものしか知らないのに女学校に通えるような女性達の嗜みを飛ばして異国の踊りを覚えたとは不思議な話。
リアと共にゴザの外に出て向かい合って立った。セレヌの教えを思い出す。
「女性の挨拶はこうです」
「はい」
鏡で見た私の動作と違って上品。セレヌもそうだったな。
「本当は型があるけど遊びなら好きにでええそうです。手をこうします」
「はい」
エリーが演奏を始めて「桜、桜、舞い散る桜」と歌い始めた。自分が主導するのは難しいけど頑張ってみる。
「あら、あらあら。ハチさんも踊りたいのですね」
「まあ、ハチさん」
私達の周りをハチが回りながら尻尾をぶんぶん揺らす。
「離れるので回ってみて下さい。楽しいです」
「はい」
ヴィトニルがしてくれたことをリアにしてみた。背が低いので背伸びをして腕を伸ばす。
「ふふっ。演奏も歌もお上手ですしハチさんがこのように。楽しいですね」
「はい」
「はなびらひらりと舞い落ちる」
「桜、桜」
私とリアもエリーの歌に合わせて小さく歌った。これは楽しいな。
「本当は男女が踊るそうなので自分とお願いしま……痛い。痛い!」
ん? と見たらジミーが両側にいるロイとウィルに肩を押さえられていた。
「そろそろ私と交代して下さい! ヨハネ君のお琴を聴いてみたいので頼みました!」
「調べの難易度を下げましたけど張り切って万年桜を練習してきたので挑戦させて下さい」
万年桜は桜吹雪の曲のもとになった文学作品。尋ねたらその中にさらに万年桜という曲があるとリアが教えてくれた。
ヨハネから仲人と副仲人達へお礼だと陽舞伎の招待券をもらったので来月観に行くので楽しみにしている。
万年桜がどういう話なのかはまだ知らない。観劇時が初めましてが良いと思っている。
「す、す、す、すみません! お嬢さん方。よければ見学したいのとその後野点に参加はどうですか?」
リアがハチとゴザの上に座ってエリーと私が向かい合った時に若い男性に声を掛けられた。3人組で全員エリーを見ている。
「こちらは文通お申し込みならぬ野点お申し込みです」
「一目惚れだそうです」
「彼は小等校の教師です」
ん? と思っていたけど気配がしたので振り返ったら不機嫌顔のベイリーが仁王立ちしていた。怖い。
「申し訳ございませんがこちらの女性は家族親族ではなくて自分の婚約者なので。あとお申し込みなら近くにいる家族親族と思われる男性にするのが常識かと」
「あー」
「はい」
「失礼します」
3人組は悲しいとか怖いとか「噂の文なし直接お申し込みのナンパって難しいな」とか言いながら遠ざかっていった。
「ナンパだそうです。セレヌさんに聞いたら西の方では直接お申し込み、特に昼間にお茶や甘味をご馳走するのは日常茶飯だそうです。むしろ美人にそうするのは礼儀だと。国によります」
「リルさんはハイカラ関係だと本当に物知りですね。ったく。あれがロイさんが言うていた入って来なくてもええっていう噂のナンパっていう文化か」
「ちっちっちっ。ベイリー君。文通お申し込みとそう変わらないわよ。昔から今みたいなこともあるし。良い女性は奪い合い。高嶺の花の宿命なのよ。人妻好みもいるそうなのでヤキモチ妬きさんは大変ね。あはは」
「そういう自分はなにも知らない方に俺宛の釣書を渡されて受け取り拒否すれば良いのに俺の目の前で破り捨てたよな?」
「住所や名前は分かるようにね。虫は退治しないとだけど浮気も破断もベイリー君の自由よ」
釣書を破ったんだ。ニコニコ笑顔のエリーは不機嫌顔のベイリーと踊る格好になった。私はお邪魔むし! と思って離れる。
「ちょ!」
「虫が来るから踊ってみましょう。リルさんがこれは西風の礼儀やおもてなしだって」
「まあいいか」
これはなんだか照れる。
ヨハネが弾き始めた曲は初めて聞く曲で素敵で音が沢山。背の高い2人が踊り始めたから目立つし眺めていたいけどヨハネの手の動きも気になる。
「ロイさん行け。礼儀やおもてなしならお嫁さんに恥をかかせるな!」
「ちょっとジミーさん。いいえ分かりました。エスコートは男性の嗜みだそうです。西の国だと。この国も女性子どもは特に大事にと言いますから同じです。つまりウィルさんも巻き添え」
「えっ? 自分ですか⁈」
「婚約者に恥をかかせてはいけません。あはは」
ロイは微笑みながら私のところへやってきて「リルさんに虫がつくと困るので」と私に西風の挨拶をしてくれた。素敵だけど恥ずかしい。ロイも照れ笑いしている。
周りを見渡したけど春花踊りで盛り上がっている席やまだ夏ではないのに夏の火消し音頭を踊っている席もあるから注目されてなさそう。
「えーっと。あー。万年桜の精でしょうか。どうかダンスして下さい」
手を取られてお辞儀された。ヴィトニルは鮮やかだったけどロイはぎこちない。素敵さが違うけどロイらぶゆなので十分。
「はい」
「ロイさんなんですかそれは!」
「いやジミーさん。リルさんのあの照れ方を見る限り覚えた方が良い西風のご挨拶です」
「また恋ボケ花見になった。ウィルさん、はよう行け! つっき日が流れて幾夜も越えて!」
おらあ、行けとジミーはアレクを促して歌い始めた。ピシッとした背筋みたいにロイ達との共通点もあるけどジミーは長屋周りのいわゆる下街男性みたい。
「ジミーさん。気がつきました。礼儀やおもてなしなら女性達に踊ってもらえば良いのでは?」
「アレクさん。あの鬼顔熊に食い殺されます。狐男はどうですかね? どう思いますか犬顔男。ったく。早う行きなさい」
「今日から同居結納なのにお体に触れるなんてまだまだ早いです」
「まだ? へえ。ほう。いつから触るんですか? 計画を立てたんですか? ウィルさんは犬っぽいからっ痛!」
「誰だこんなに飲ませたやつ!」
私だ。アレクは私を叱りはしないみたい。ジミーの頬をつねっている。
「ひはい」
「痛くしてるんです」
「離して下さい。ウィルさんが婚約者を蔑ろにするから後押ししようとしただけです。それでムッツリなウィルさんなら念入りな年間計画……ひはい」
「ヨハネさんこいつを止めて下さい!」
ジミーがウィルとアレクに背中をバシバシ殴られ始めた。素敵だった演奏をやめてしまったヨハネがジミーの前であぐらをかいてお説教を開始。
それに合わせて私達もエリー達も踊るのをやめてゴザに戻った。ベイリーもロイもヨハネ達の方へ移動してヨハネ先生だ、と笑っている。
「よし出来ました。エリーさん、リアさん、リルさん。もしよければお相手の方にここに龍歌を要求すると良いかと。わりと自信作です」
3人で集まって座ったところにアレクが来て色紙を3枚並べてくれた。安くはなさそうな赤と黒の墨で描かれた桜の木や枝の絵。綺麗。
「絵師さんではないのに凄いです。本物さんです」
「アレク君の噂の素敵絵! ベイリー君からアレク君に頼んでもらって楽しみにしていました。ありがとうございます」
「美しいです。あの、私は飛び入りですのでこちらの色紙は他の方にでしたよね?」
「いえいえ。季節の古典龍歌や龍詩を書いて床の間に飾るのもええかと」
「どれも欲しいです。これは取り合いです。じゃんけんしましょう」
エリーの発言で彼女と私とリアはまたじゃんけん。
「最初はグー」
「じゃんけんほい」
「じゃんけんです」
「合わせるのを忘れました。またグー、チョキ、パーて分かれましたね」
「じゃんけんですをしたいです。小さい皇女様の真似をしたいからです」
「小さな皇女様だなんて、もう血は無いにも等しい家です」
「いやせっかくなので皇女様風にしましょう! よし、じゃんけん!」
です、で全員手を出して私の勝ち!
ほくほく気分で桜の枝が3つ輪っかみたいに描かれている色紙を選んだ。次のじゃんけんはエリーの勝ち。彼女は桜の木の絵を選んだ。
「まあ。1番気になっていた絵です」
「私達は好みがバラバラみたいですね」
「喧嘩にならなくてええですね」
3人でアレクにお礼を告げた時にひゅうっとかなり冷たい風が吹いた。
冷えてきたから、とベイリーが声を掛けたのでこれで花見は終わり。
私とエリーとリアはリアの生活の様子を見てエリーの家か我が家で遊ぼうと約束。それで皆でお片付け。
川が近いので私とリアとエリーは洗い物担当。
ジミーに「見張りで行け」と言われたウィルがハチとついてきてくれた。でもハチがウィルの着物を噛んで川に入ろうとするので彼は裾を上げて川に入った。ハチはとても嬉しそう。我が家のある町内会が犬猫禁止なのが悲しくなってきた。
「ちょっとハチ。濡れるから跳ね回るな」
いつの間にかリアは手を止めてウィルを無表情でジッと見つめている。
「リアさんは笑うのが苦手みたいですけどハチ君がいると笑っているからハチ君といると良い気がします」
目を丸くしたリアがエリーを見た。
「問題なければ来年の梅や雪の頃に祝言らしいですね。ゆっくりが良ければ次の年。婚約者同士励みましょう。逆かしら。励んでもらうのかしら。あはは」
「応援しています。お別れは胸が千切れます」
「自信ないです。私といると男性は冷えていくそうなので……。愛嬌が1番大切なのにどこかに消えてしまって……」
ウィルがこちらを向いて照れ臭そうに手を振った。私にでもエリーにでもなくてリアにだと思う。そのウィルにリアはそろそろと手を振り返した。彼女は無表情に近いけど微笑んでいる。
ハチが吠えながらこちらに駆けてきてリアは微笑みからもう少し笑顔になった。
「そのようにありますけどね愛嬌。昔に何かあったようですが見る目なしに傷つけられて凹んでいると損しますよ。腐れ縁悪縁は切れるものです。他の方と上手くいく人だったというだけです。私の友人で結納したらなんだか態度が変わったとかお互い猫被りだったとかで2回も白紙にした子がいます」
「そのような話もあるのですね」
「私の実家は平家でしかも長屋暮らしなので恋人が変わっていたのは時々見ます。母の友人にはなんと結婚を5回もした方がいます」
「まあ5回も。ご結婚をですか」
「人生は色々ですね。来年私達はどうなっていますかね。楽しみです」
「来年……」
「私は2人のお祝いをします」
洗い物を全て終わらせるとエリーはリアに「リルさんに祝ってもらいましょうね。私達はきっと長い付き合いになりますよ」と握手を求めてリアはそれに応えた。
洗い物を終えて戻る時の荷物持ちをウィルがしてくれた。遊んでいてすみませんと謝られたけどハチがかわゆいので楽しかったのでそのお礼をした。
こうして私達はそれぞれが手分けして持ってきた荷物を持って来年の席取り係も決めて解散。
私は一応エリーの付き添い役だけどエリーが「ばいばいリルさん」と口にしたから良いのかな。
ベイリーもしかめっ面だけど何も言わなかった。ロイと2人で家に向かう。その時に一応確認したらもう間も無くエリーの姉夫婦が迎えに来るから良いとベイリーに言われたそうだ。
荷物を家に置いたらまた集まってロイ達は飲み会の予定。
「紹介したいけど1人だと大変かなと思っていたのでエリーさんとリアさんに感謝です。リルさんが楽しそうで良かったです。リスリス言われるしヨハネさんまでどんぐりの練り切りなんて用意してきたので怒ると思ったけど違いました」
「同じ人でもなぜかどんぐり攻撃で嫌な時と楽しい時があります」
「どんぐり攻撃……されてきているんですね。ジミーさんは失礼過ぎる。昔からこう。全く好みではないなんてまるでリルさんの見た目は良くないみたいで。好みが違うしあのお喋りさは良い時もあるからなぁ。途中リアさんにウィルさんを褒めまくっていたのは感心でした」
「見ていました。私のこともぼんやりは良いですよとか頑張ると疲れますよと優しかったです。あと私は旦那様の目にかわゆくうつっていたらそれで良いです」
「……」
ロイは耳元でコソッと「リスではなくてリルもかわゆい生き物ですよ」と囁いてくれた。
ひゅーっと強い風が吹いて桜の花びらが飛んできて自然と歌いたくなる。嬉しい。
「旦那様。また来年のお花見が楽しみです」
「そうですね。なんだかんだ春夏秋冬はあっという間ですね。1月2月は新年月で忙しい。3月は今後は親戚会。4月は花見。5月はリルさんの誕生日祝い。なにをするか考えましょうね」
「そのお気持ちで既に嬉しいです」
もう間も無くロイと出会って1年になる。私の世界は変わり過ぎたから私も変わった。でも変わっていないところもある。
家を出たらもう家族はあまり家族ではないのかと思っていたら私が嫁いだのとその他もろもろ家計の変化で時間に少し余裕が出来たから前より家族との時間が増えた。
知らなかった家族の話で嬉しかったり悲しかったりホロリとしたりもする。
いつも一緒にいたルル、レイ、ロカは逆で家族のうちその3人との時間はうんと減った。
でも毎日だと「うるさい」とか「疲れる」だった暴れ娘もたまにだと楽しくてかわゆいが勝る。
セレヌ達にこの王都はとても平和だと教えられたしどうやら色々争いの気配。
なのでどうか私達に、この王都に今日みたいな穏やかで楽しい来年が来ますように。それが広がりますように。
空を見上げたら桜の花びらが舞う雲の少ない青空。風がまたひゅーっと強く吹いたので風の神様かもしれないと思ってお祈りをした。




