花見編8「お喋り」
嫁仲間候補と楽しく編み物の次はヨハネを先生にして今勉強中の薄茶の平点前を披露。
お菓子はヨハネが特別に注文したどんぐりと白百合の練り切りと彼が作った手製の桜の形をした練り切り。
お茶は桜の葉を混ぜてあるという桜抹茶。道具もお菓子も全てヨハネが用意してくれた。
声が小さいから歌よりも琴の方が、というリアがエリーの代わりに琴で桜吹雪を披露してくれた。クララみたいに上手。
エリーは1番最初のお客になってくれてその後は元気いっぱいに歌い始め、男性達もお酒を飲みながら喋りつつ合間に歌。
この国では演奏や歌や踊りが副を招くというのでこのような集まりでは皆で楽しむ。副を招くからそうするのか、楽しいから演奏したり歌ったり踊るのとどちらなのだろう。私はいつも後者だ。
そうして私は1番最後にお客になりヨハネにお茶を点ててもらうことになった。
「リスさんがどんぐりを食べようとしています。リスさん。お行儀と言わずに両手で持って欲しいです」
私の隣にはいつの間にかジミーが座っている。頼まれて少々戸惑う。
「私も見たいです。リルさんこちらを向いて下さい」
ウィルとなにやら話していたエリーにも頼まれてしまった。笑顔で手を振られて困惑。
「酔っ払い2人め、やめなさい。リスさん。しなくて良いですからね。ったく」
ベイリーが私に向かって首を横に振った。実家周りでもリルちゃんにどんぐり! はよくあった。小さい頃だけの話ではなくて大きくなったら子どもに「どうぞ」と渡されたりもしていた。
ルル達に姉ちゃんはどんぐり係とかネビーにどんぐりをかけられたりもしている。
面白かったり嫌だったり色々で今日は嬉しいと戸惑い半々。嫌ではない。
同じことをされても同じ相手からでも喜びや嫌悪と感じ方がコロコロ変わるのはなぜだろう。
「ベイリーさんもリスさんと言うていますよ」
ヨハネの指摘にベイリーは「あっ」と口にしてから私に「ついすみません」と会釈をしてくれた。
「私だけの特別なお菓子でリスはかわゆい生き物なのでリスさんは褒めみたいで得です」
「おいロイさん。褒めてないんですか? 自分は全く好みではないですけどロイさんとしては大変好みなのでしょうからいくら軟弱とか遠回しとか言うても2人の……痛い」
ジミーの隣に座っているロイが無表情気味でジミーの背中をバシンッと叩いた。
「全く好みではないとはリルさんにかなり失礼です」
「いやあ、ほらええではないですか。人妻ってなんだか良いけど横取りしませんよ的な。あはは。この冷めた視線は久しぶりです。背筋がヒヤッてするから夏に見たい。なので冬は逃げていました」
「えっ? そうなのですか?」
「まさか。すぐ騙される。ちょこちょこぼんやり男ですよね」
「そんなことありません」
「ジミーさん。旦那様はぼ者です」
「ぼ者? ぼんやり者ってことですね。拗ねてる拗ねてる。あはは。久々に見たけど愉快です」
おちょくられるロイは珍しい気がする。ベイリーからロイへと少し感じが違う。
私には難しいことでこのロイの様子は楽しいからジミーに対して心の中で「もう少しして良いですよ」と呟く。
「私はぼんやりです。頑張って直し中です。旦那様はぼ者くらいです」
「おお。今後使います。ぼんや者とぼん者もいるってことですよね。自分はぼん者くらいな気がします」
「ぼんや者は忘れていました。少しは直っているはずなのでそろそろ私のことになります。もっと直します」
「時と場合によりますけど女性がぼんやりというかとぼけているのは和んだり癒されますよ。頑張ると息切れすることもあります。ロイさん、褒めてないようですけどきちんとお嫁さんのお心を掴めているのですか? 特技の龍歌をお嫁さんにどうぞ。褒めないと新婚なのに家出されるか横取り誘拐されますよ!」
今度はジミーがロイの背中をバシバシ叩いた。私はこの隙にどんぐりの形をした練り切りを菓子切りで食べることにした。
それから期待に胸を膨らませる。ジミーは良いことを言った。
「どんぐりころり。ころりころりとどんぐりこ」
ロイの鼻歌以外を聴いたのは初めてな気がする。どうぞ、とヨハネにお茶碗を出されたのでにじって取りに行って戻った。
「照れ屋か! なんのための龍歌ですか! でも歌うんですね。珍しい。まあ結構飲んでいますしね」
「こんな大勢の前で辱められたら中途半端なものが出来ます。歌う方がマシ。また本人にだけ贈ります」
「また? へえ、リルさん。以前どのような龍歌を贈られました?」
まったり桜抹茶を飲んでいたのでジミーに返事を出来ない。
「光苔の光に見ゆる我がかづら さ百合の花の笑まはしきかも。アレクさんとロイさん、どちらの代作ですか?」
私の代わりにエリーが答えてくれた。内容はロイから私への龍歌ではないけど。
誰か解説して欲しい。後でロイに聞こう。きっとその時に私への龍歌を贈ってくれるだろう。
贈られた龍歌を書いた筆記帳を作ってそこに贈られた花を押し花にして花言葉も添えているのでそこにまた増えるとは幸せな話。
「ちょ、ちょっとエリーさん! そういう話はするなと!」
「自分が少しいじりました」
「アレク君な気がしました。願望です。職場で一緒に雑務をする方がこのような龍歌を作れる方にお会いしてみたいと言っていたので。ご興味あればベイリー君と彼のお母上に声を掛けて下さい」
エリーの発言にアレクは照れ笑い。彼は先程からずっと何かを描いているからずっと気になっている。ジミーがロイを揶揄い続けているのも気になる。耳が4つ欲しい。
「アレクさん。母だけに頼むよりもエリーさん関係の方が顔が広いと思ってアレクさんが縁談相手を探し始めると相談しました」
「それはありがとうございます」
「ああ。そうでした。母がアレクさんの仲人をしたいと」
「自分のところもです」
「うちも」
ベイリー、ロイ、ウィル、ヨハネと次々に口にして皆懐から文を出した。全部簡単な釣書らしい。
私は義母からこういう時の考え方や探し方を教えてもらったけどかなり難しい。なにせ相手を探すためにはまずアレクの性格や家族などをよく知っていないといけない。
次にそれに合うと思う相手を考えて探さないとならない。
アレクは皆にお礼を告げて釣書を受け取って全て鞄にしまった。
「皆さん自分は?」
「ジミーさんは文通お申し込みをしたと聞いたので」
「ええ」
「そうそう」
「必要ないと思って」
ヨハネの発言にロイ、ウィル、ベイリー、アレクが全員首を縦に振った。
「返事が来たから良しと思ったら隣の部署の色男にすぐ横取りされました!」
「競争心を煽って2人の仲を近づけたんですね。よくある話です。ご愁傷様です」
「ジミーさんは昔から常に文通お申し込みをする度胸も出会いもあるし好みがはっきりしているから紹介はなんとなく」
「その台詞を母が言うていました。商家のお嬢さんが合いそうだけどツテがないとかも」
「それはうちの母も言うていました」
ジミーに幸あれ、とそっとお酌。グッと飲むと盃を差し出されるというお酌を要求された。グッと飲んだのでまたお酌。
ジミーさんはどうのみたいな話が始まった。お酌。お酌。お酌。お酌。お酌。
会釈してくれてニコッと笑ってくれるのは気分が良い。ロイの毎回「ありがとうございます」はもっと好きだけど。
「両親に三男だし急がないから好きになさいと放置されて友人達からも友人達の母親からもこれってアレクさんとの扱いの差!!!」
「いやだってジミーさんの好みがうるさいから」
「一生一緒に暮らすんですから煩くもなります。この容姿だし家も卿家の中では大したことがないしおまけに三男で家から出て行けみたいな感じなので高望みはしません。独立だと建てられる家は小さいです。高望みしたら子孫に借金残し。両親からの援助も乏しめになるから不人気物件です」
ジミーはどんどん飲むみたいなのでまたお酌をした。今度は会釈ではなくて「ありがとうございます」と言われた。
気になるところもあるけど誰だってそうだ。お喋りは楽しいし笑顔は素敵で礼儀正しさもあるしロイ達と同じ卿家の男性なのに不人気物件ってとんでもない世界。
「まあジミーさんのところは珍しいですよね。3人男で3人とも卿家跡取り認定取得。ご両親は鼻高々でしょう。ツテがないから行動力のあるジミーさんに華族やそれなりの商家や豪家の女性と自力で繋がって婿にいって欲しいと思ってそうです」
「自分の新しい弟と同じで上手く使うと合法的脱税を出来るから人気物件のはずなんですけどね」
「ロイさん。文通お申し込みだとそんなこと書かないからじゃないですか? というかその考えを忘れていました。婿入りでも本人の卿家跡取り認定は消えないから華族卿家。家に迎えて家業関係をジミーさんとお嫁さんに上手くくっつけたら合法的な脱税です脱税。まあ家選びが難しいですよね」
「ロイさん。ヨハネさん。それは分かっていますけどその家業に何かあると実家に国に売られて叩き潰されます。点数稼ぎで困ったら調べやすい身内の粗探しは基本です。家業と繋がっていなければお嫁さんの家を切り捨ててお嫁さんと逃亡か最悪自分だけ逃げますけど」
ロイとヨハネとジミーは腕を組んで難しい顔になった。私は少しだけ話についていけなくなっている。覚えたことを書いてみて義母にジミーの縁談がなぜ難しいのか教わろう。
私とロイは顔を合わせてすぐ結納して結婚も早かった。私はロイとしかお見合いしていないけどこうやってあれこれ考えながら縁談探しをするんだな。
「だから母もジミーさんのお相手探しは難しいと」
「うちの母がジミーさんのご両親から30歳くらいまで何もなかったら頼みますと言われたと」
「多分我が家もそうです」
「ジミーさんの場合は選択肢が広いから動き辛いです。本人がこの方と決めたら野心は諦めてその女性のご家族を調べて終わりでしょうけど」
「つまりジミーさんが文通お申し込みを成功させないからでは?」
「その前は簡易お見合い数回で終了でしたね。卿家のお嬢さんでもいるかもしれません。ジミーさんみたいな異端児というかなんというか。個性だ。卿家っぽくない個性的さ」
「エリーさんみたいな方が合いそうですけど心当たりないです」
「ベイリーさんは譲らんでしょうしね」
いつの間にかエリーがリアに声を掛けていて私のことを手招きしてくれたから移動。ロイ達はジミー慰め会を開始した。
異端児か。私もそれだ。実家周りのあのペラペラお喋りや強く言われるのが苦手。でも私の悪かったところを知って改善しようと考えることが出来たり対処法を使ってみたら最近は実家周りに行っても前よりも苦痛ではなくなった。
実家は貧乏から脱出していくみたいなのでそのうちまた長屋花見会に参加するだろう。その時は私も参加したい。ロイも誘ってみる。昔とはまた違った楽しさを発見するかもしれない。




