花見編7「未来の嫁仲間2人」
ウィルが連れてきた女性のお名前はリア。同居結納をしたので今日からウィルの家、イムベル家で暮らすそうだ。
……同居結納ってなに?
「ご紹介に与りましたリア・スティリーです」
小さめの声でゆったりとした口調。うんと品の良いお辞儀されたので皆でお辞儀。
「ど、同居結納したって突然どういうことですか⁈」
「ウィルさん。そろそろ簡易お見合いを始めるからお願いしますってつい先月自分の母に言うたばかりですよね⁈ は、母が吟味中で迷うわって!」
「なにも聞いていないですよ!」
「いつからどうなってどうしました⁈ 結納もですけど同居結納って!」
「というか誰も聞いていないですよね⁈」
ベイリーがウィル達以外の全員を見渡した。それで全員うんうん、と頷く。私も思わず同じ行動。
「いやあの、まあ。その。先月頭に少し知り合って探しても見つからないと思っていたら灯台下暗しで職場で雑務仕事をされていました」
「ええっ⁈」
皆驚いているけどヨハネが1番驚いているように見える。
「気がついたら口頭で結納お申し込みしていました。ご家族が亡くなられて家も売られたので仕事と住む家を探すところだと言うたので頭を下げて仲人さんと両親とご本人と話し合って同居結納しました」
ウィルは照れ臭そうに笑ってリアは無表情で俯いてジッとしている。
「旦那様、同居結納ってなんですか?」
「思惑があって結納直後から一緒に暮らすことです。卿家ではまずないです。でもご家族が亡くなられて家も売った……それなら検討します。ええー……。2月末に会った時になにも聞いてないしその後の文通でもなにも」
家族とは誰だろう。家を売った。家族も家ももうないってこと?
それは胸が痛い話だ。私は生まれてからまだ1度も家族を亡くしていない。
「気がついたら口頭で結納お申し込みしたってロイさんの気がついたら父親に土下座と同じ勢いじゃないですか⁈ いやそれ以上ですよ!」
やはりヨハネが最も驚いている様子。
「ええ。そうなるものなのですね」
「先月⁈ 少し知り合ってってなんですか⁈ 先月頭ってその間にウィルさんと自分は2回会っていますけど!」
ヨハネはまたしても素っ頓狂な声を上げた。
「そんなこと言うたら自分なんて毎週会っていました!」
ベイリーもわりと大きな声を出した。
「ほら、3月なのに雪が降った日があるじゃないですか。雪好きのハチが散歩しまくって途中で逃げました。彼女が遊んでくれていました。ハチは人見知りなのになぜか懐いていて。職場で再会しました」
ウィルの発言にリアは小さく頷いた。それはなんだか天命みたいなお話。
「……ウィルさん。そういえばこの龍歌をどう思いますか? って自分に手紙で聞きましたね」
「ロイさん自分も聞かれました! 紫陽花の絵を添えて欲しいって……。なぜこの季節に紫陽花と思いつつ。あの歌は上司の栄転とかそういう感じではなかったですか? ロイさんどう思いますか?」
「ええ。いやでも良いことがありますようにとか成長や幸福を願いますみたいな感じでもあります! とっかかりには良い気がします!」
後でどのような龍歌なのか教えてもらおう。リアに話しかけてみるかロイに聞くか悩む。アレクが描いたという紫陽花の絵も気になる。
「龍歌に他のお言葉も添えて励ましてくださいました」
リアは小さく微笑むとさらに俯いた。笑ったけどほぼ無表情。まるでロイだ。
「旦那様みたいなので人見知りです」
「リルさん? ああ。自分はこのような感じなのですか」
「旦那様も私も人見知りです。リスです。違いましたリルです。旦那様はロイです。人見知り仲間が出来ました。ウィルさんありがとうございます」
リスはかわゆい生き物だから調子に乗ってしまったみたい。顔を上げたリアは目を大きくしてしばらくそのまま。瞬きしないのって目が痛くならない?
「人見知りはそんなにしませんが緊張などでお顔がこうあまり動きません。直したくても直らなくて」
「確かにリルさんの言う通りロイさんみたいですね。見た目はリルさんにどことなく似ています。でも似てないです。ロイさんがウィルさんは自分と好みが似ていそうだと話したばかりだったので納得です。リアさんとリルさんで名前も似ています。こうして見るとリルさんはやはりリスです。リアさんは少し違います。犬リス?」
エリーがゴザの上から移動して下駄を履いてリアの周りを一周。
「君が噂のハチ君ね! 私はエリーよ。エリーかエリーさんと呼んで下さい!」
唸られたのにエリーはハチを抱き上げてた。
「未来のお嫁さん仲間かもしれないのでよろしくだワン!」
暴れるハチを「あらまあ。あらら」と抱き続けるエリーの隣でベイリーが呆れ顔を浮かべた。
「エリーさんと比べたら同居結納だろうが破天荒祝言だろうが何も気になりません。おいエリーさん。ハチは人見知りだ。嫌がっているからやめなさい」
「人見知りなら慣れれば仲良しよ。ほら高い高い!」
私は犬と触れ合ってきていないから分からないけど犬って高い高いするものなの?
ハチはずっと吠え続けている。
「エリーさん。家族と親しそうな様子を見て懐くのでなにもしない方がええです」
「はい! 飼い主の助言は聞かないと。そうか。前はこれで仲良くなったけど難しいですね」
エリーがハチを下ろすとハチは唸りながら後退りしてリアの真横にピタッとくっついた。
「ハチさん怖くないですよ」
リアがサワサワとハチの背中を撫でた。ウィルも一緒に撫で始めた。
ほぼ無表情から優しげな微笑み。ロイが急に笑った時と同じで急にうんと優しい笑顔を浮かべたのでなんだかとても嬉しくなる。
のっぺり凡々顔の私と似ているといえば似ている。黒目がちなのが似ている気がする。一重は同じだけど私よりはハッキリした顔に見えるのでのっぺり上顔だと思う。犬リスと言われたらそうな気がしてきた。
多分その犬成分が私とリアのかわゆさの違い。私はロイがかわゆいと言ってくれれば満足なのでもうこのまま顔で良い。
ロイはエリーを美人でしたね、と言ったけど「お姿だけ見ると近寄り難いというか苦手」とも言っていた。
ふと見たらウィルはリアに向かって照れらぶゆ顔。リアはハチを撫でながらさらに笑顔になったからだろう。笑顔もだけどゆったりした品の良い仕草がかわゆい。少しルシーみたいな動きだ。
ん? と思ってロイを見たらへらっと笑っていた。耳も少し赤いしウィルと似た照れらぶゆ顔に見える。
「リアさんは旦那様好みなのですね」
「……ええっ⁈ なんですか急に」
「お顔がらぶゆです」
「頬が膨れていますよ。どんぐりを食べました? お餅ですかね。餅肌だから餅か」
ツンツンとロイに頬を指でつつかれた。
「ちょっとエリーさん! いきなり腕組みってなんですか! 人前というか友人の前でやめて下さい!」
「噂のウィル君とリアさんがハチさんを2人で撫で撫で。ロイさんとリルさんもいちゃいちゃなので真似しようかと」
ハッと気がついてロイの手をペシリッと叩いた。そのロイも私から少し離れた。ウィルとリアがお互いそっぽを向いて俯く。
「なんですかこれは! 恋ボケ花見なんて聞いてないですよ!」
「まあまあジミーさん」
「まあまあってヨハネさんもこの間書面半結納したでしょう! なにも知らなくていきなり結婚お申し込みと書面半結納しましたって手紙だったから肝がギュッとなりました! 一体どこの誰なんですか⁈」
ジミーはヨハネの縁談話を知らなかったのか。
「いや、断られたら格好悪いのでつい言えず」
「自分もベイリーさんから又聞きです。まあヨハネさんのことだからそうだろうとベイリーさんが。ジミーさん。ロイさんとこの町内会のお嬢さんだそうです」
「アレクさんも後から……ヨハネさんは職場だけではなくてまさか住むところまでロイさん狙いですか⁈ どれだけ好きなんですか⁈ ロイさんが結婚してしまったから男色家をやめたってことですか⁈」
男色家ってなに?
久しぶりに知らない単語登場。温厚で品の良いヨハネが「男をそういう目で見たことない! バカやろう!」とジミーの頭をバシンッと叩いてびっくり。あのヨハネが「バカやろう」と叫んで叩いた!
「痛い」
「当たり前だ! 俺とロイさんに謝れ! 土下座しろ!」
「もっと言えヨハネさん」
ロイは腕を組んで少し目を細めてニヤリと笑っている。これは見たことない顔な気がする。何顔?
「ヨハネさんが女性につれなすぎてつい。祖父が決めますのですみません。今は仕事優先なので。自分から見てイマイチな方から特上美人まで皆さん素敵とはぐらかし。というかロイさんも。ロイさんの方がまだ料理がどうとか母に合わせて欲しいとかあれこれ。違うよな? と思いつつ」
なんだかジミーってネビーやニックというか実家周りの男性みたい。ロイは料理好きが良かった。
私のお弁当を見て遠目で作っているのも見たことがあるらしいのでその通り。義母に合うかは無視されたな。義母こそ私に合わせてくれている気がする。
「嫁入り婿入り話なんでまだまだ先です! もし婿入りならこの中の誰かの町内会ならと思っていましたけどロイさんに限定していません!」
「俺も狙われていたんですか⁈ そう言えば襲われそうになったことがある!」
ヨハネがジミーを襲う……襲う?
ふざけて殴ろうのしたの?
「おいジミーさん。かなりわざとだろう。リルさんが信じたような顔をしたから謝れ」
「いやあ、ヨハネさんって反応が面白いからつい。ロイさんは冷めた目に子どもを見る眼差しでつまらんつまらん。リスさん。冗談です」
ジミーはヨハネと愉快なお友達みたい。そのロイは少し拗ね顔に見てる。気のせい?
「旦那様、男色家はなんですか?」
「ええっ。えー。えー、あー、はい」
「リルさん。男性が男性に惚れることもあるのですよ。女性が女性にも。男女両方良いという方もいます。下手な異性よりも素敵な方はいますから」
エリーが説明してくれた。
「勉強になりました。ありがとうございます。確かに嫌な男性より美人で優しく女性と結婚が良いです」
「結婚は生活ですからね。色がなければ恋もなし。恋はなくても色はあり。うっかり子どもが出来ない分良い方は結構います」
「エ、エリーさん! 真昼間からなにを口にしているんですか!」
……⁈
私は久しぶりに衝撃的な話を聞いた気がする。しかしふと思い出す。
「そういえば物陰で見つめあっている男性2人とか見たことがあります」
あれはそういう事だったのか。また賢くなれた気がする。場の空気的に当たり前の話みたいだけど知らなかった。
「私は女学生時代にわりと文通お申し込みされました。色恋は千差万別です。ハチさんはこちらに来てくれるのを待つしかないので編み物を教えて下さい。リアさんも習いますか? 編み物はご存知ですか?」
エリーがリアを手招きしたので彼女はゆっくりこちらに近寄ってきた。やはり歩き方が私とは違う。
「編み物は西の方のハイカラな物です。品物を見たことしかないです」
「リルさんが知り合った旅医者さんが編み物に使う毛糸や道具を売ってくれて編み方も教わったそうです。男性達は喋らせて飲ませておけば良いので私達は私達で遊びましょう。琴と将棋も持ってきました」
「旦那様のご友人が誰か興味があるかもしれないと思って私とは別に2人分の道具を持ってきました。毛糸も3玉あります」
「触ってみたいです。お誘いありがとうございます」
「あっ。猫さんはヨハネ君。半結納ほやほやでお菓子大好きお琴名手。お喋り隊長ジミー君。絵がお上手なアレク君。照れ屋過ぎる私の婚約者のベイリー君。ベイリー君に栗の甘露煮を食べられた恨みのある剣術一筋ロイ君。本日集まった方は以上です。初めましてばかりなので詳しくは知りません」
さあさあ行こうとエリーに呼ばれてゴザの上。ロイ達はなにやらワイワイしている。
3人で輪になって座るとハチは私とリアの間に伏せた。リアがそのハチの背中を撫でながらまたかわゆい笑顔を浮かべた。私も撫で撫で。今日もふかふかな毛だ。
「ベイリー君。お酒と食事をちょうだい」
「はいはい」
私とエリーはお酌係だと思って来たけど違うみたい。
「あんまり揶揄われたくないからリルさんと遊んでいてくれって言われているのでこれでお願いします」
そうなんだ。
ベイリーが皆に持ってきたものを広げるように言ってウィルが私達に料理が乗ったお皿と梅酒の瓶と瓢箪水筒と升を持ってきてくれた。
「リアさんはお酒は飲まれますか? 梅酒もあります。水以外にほうじ茶もあります」
ウィルの問いかけにリアは無表情で小さく頷いた。
「ほうじ茶に致します」
「それではどうぞ」
ウィルが持ってきてくれた酒瓶の中身はほうじ茶らしい。彼は升にほうじ茶を注いで彼女の前に置いてロイの隣へ戻っていった。
「先に食べながら雑談でもしますか」
「はい」
「はい」
エリーとリアといただきますとありがとうございますのご挨拶。私は薄い梅酒の水割りでエリーはそのまま。
「こちらの巻き寿司はリルさんですよね? リアさん。リルさんはとても料理上手です。私はこの豪快おむすびを作ってきました。他は他の家のお母上や買ったもののはずです」
「美しい花の形の巻き寿司です。お店のものかと思いました。卿家の方はおにぎりをおむすびと呼ぶのですね。いえ、同級生は握り飯と呼んでいました」
リアはすべすべそうな手で巻き寿司を手に取って上に掲げて微笑んで「綺麗」と言ってくれた。やはり上品でルシーっぽさがある。ルシーはさらに雅だったけど義母の品の良さとは違う。
「卿家の方……リアさんはウィルさんと家柄が違うのですね。まあ仕草や話し方でそう感じますけど」
リアは自分の取り皿の上に巻き寿司を置いて小さく頷いた。
「私で終わりの没落華族です。正確には私が権利を捨てたら終わりで捨てる予定です。おむすびから海老の尻尾みたいなものが出ているのですが気のせいですか? 緊張しています」
華族は皇族の血を引く家なのでリアは小さい小さい皇女様。ルシーの仲間だからルシーぽさがあるのか。
「こちらは天むすです」
「リルさんの言う通り天ぷらおむすびで天むすです。リルさんに教えてもらって気に入ったので作ってきました。海老。イカ。あさりです。お好きなのをどうぞ。私もリルさんもどれも好みます」
「天むす。初耳です。私もどれも好みますので最後で構いません」
「それならじゃんけんですね。リルさんもどうぞと言いそうなので。最初はグー!」
「じゃんけんほい!」
「じゃんけんです」
私はチョキ、リアはパーを出した。あいこ。
「最初はグー?」
「最初はグーなのですね」
「平家と華族が同じで卿家だけ違うってなんですか⁈ 地域格差ですか⁈」
「旦那様も今のじゃんけんほいでした」
「ベイリー君達に聞いてきます! グーはあさり。実はあさりを食べたかったです。チョキは海老のハサミ。パーはイカです!」
そうなのか。それなら私は海老を食べるぞ。イカより海老が好み。
「私は海老らぶゆです」
「私はイカを好んでいます。らぶゆ……ロメルとジュリーですね。友人が観たそうで冊子を見ました」
私達はロメルとジュリーの話で盛り上がり始めた。そこにエリーが戻ってきて「最初はグーはどうやら私達の町内会でした。女学校でもそうだったけどよく考えたら同じ町内会の幼馴染とつるんでいたし前に他の町内会の子に何? と言われました」と告げられた。
それで「話題はなんでした?」と問いかけられたのでロメルとジュリーの話だと回答。
「観たくてお父さんにゴネにゴネて招待券が手に入るかもしれないと言われたのでリアさん一緒に観に行きますか? 友人だと私は? みたいに連れ争奪戦が始まりそうなのでヨハネさんのお見合い相手を誘おうと思っていました。でもウィル君と結納したならお嫁さん仲間に近いのはリアさんです。興味ありますか?」
「嬉しいですが初対面の私で良いのでしょうか。いえ、良いからお誘いしてくれたのですね」
「もちろんです。それにしてもリルさん。この巻き寿司の味付けはやたら美味しいのですがなんですか?」
「海苔の内側に胡麻油とお塩とお味噌です。東地区では日常らしいです。知人に教わりました」
ひらりひらひらと花びらが私の升の中の薄い梅酒の上に乗った。花を全然見ていないけどお花見はやはり楽しい。少し上を見て周りを見渡すと桜の桃色と葉桜で桜餅を思い出してお腹がぐぅと鳴った。




