花見編6「ロイの友人達とご対面」
4月末の祝日。南3区と南2区の境あたりで花見をするのはロイと友人達の毎年恒例行事。
葉桜でも構わないから集まるのが大事らしい。
「ウィルさんはハチさんを飼っているウィルさんです。2月にお会いしました。財務省にお勤めだからお父さんが稼ぐようになったら相談に乗ってくれます。それで私と同じ甘い物好きです。なのでまた楽しくお喋り出来るはずです。エリーさんからベイリーさんと同じ柔道教室に通っていると教わりました」
「その通りです。ジミーさんは?」
「今日お会いする中で旦那様と1番長い付き合いの方です。なのに気がついたらアレクさんと仲良しで2人は囲碁仲間。新年のご挨拶に行った際にお兄さんのデートを影からコソコソ見張るようにご両親に頼まれたからお出掛け中でお会い出来ませんでした」
アレクの兄のデートをなぜ見張らないといけなかったのかは謎に包まれている。ロイと私は出来れば今日その謎を解きたい。今日聞くのを忘れたらもう忘れそう。
「おー。かなり覚えていますね。ジミーさんとアレクさんは囲碁戦争を繰り広げています。あとはその囲碁好きなアレクさんです」
「ベイリーさんの幼馴染なのでエリーさんとも顔見知りです。旦那様と同じ龍歌を好みます。なので宿屋ユルルの龍歌廊下の話をしたいです。趣味の絵も気になります。私達がお出掛けしたりしていたのもありますが絵を描くのが楽しくて予定が合わなかった方です」
ロイはにこやかに笑ってくれた。事前情報があると良いと思うのでとロイが軽く友人達の話をしてくれてエリーからも手紙で少し聞いてある。
「リルさんのお嫁さん仲間はまずはエイラさんです。幼馴染なので色々知っています。それからクララさんです。お餅しゃぶしゃぶや美味しい胡麻ダレを教えてくれた方ですね。それで同年代の子どもがいない遊べるうちに遊ぼうというお嫁さん達で集まりたいと提案してくれている方。えーっとそれで……アイラさん、サリさんが誘いたい方ですね」
「はい。合っています。サリさんとはコソコソ会わないといけなそうな気配です」
なぜですか? と聞かれたので簡単に事情を説明。ロイとサリの旦那はわりと仲良しらしい。
引っ込み思案同士なんとなく近くにいることが多くて「遊ぶ?」みたいに遊んだりしていたそうだ。
母親同士の仲が悪そうなのでコソコソ遊んでいてそのうち同い年の学校関係の友人と遊ぶようになったから若干疎遠。
でも町内会の仕事では同じことをしたりしているそうだ。知らなかった。
「やはり会話は大切ですね」
「ええそうですね。リルさんの文通相手はご家族の他にエリーさん、セレヌさん、ランさんにさらにあのルシーお嬢様。それでリルさんはクリスタさんの副仲人。ダルマシル家のお嬢さんの時もお願いされそうらしいですね」
「それは知らない話です」
「町内会で母と1番親しいのは多分ダルマシル家の奥さんのベラさんです」
「はい。それはなんとなく知っています」
話しながら歩き続けて目的地に到着。今日の席取りをしてくれたのはジミーとヨハネ。席取りは花見終了時に席取りをしなかった4人でジャンケンをして負けた人2人らしい。
昨年はロイがウィルと席取りをしたそうだ。隙間にロイが持ってきたゴザを追加した。
遅咲き桜がまだ咲いているけどかなり葉桜。他にも花見客達がいて楽しげだし桜の花びらも舞っている。
大貧乏時は参加出来なかったけどその前には参加していた長屋花見を思い出してワクワクする。
ネビーとルカにくっついていたら遊びの輪の中だしルカにひっついてルル達と一緒に歌って踊るのも好きだった。
まだジミー——多分——とヨハネしか居ない。今日はクリスタも参加という話があったけどクリスタは「恥ずかしい」と辞退。
クリスタの両親もヨハネの両親も「まだまだ交流がないのでまずはなるべく2人の時間」と許可しなかった。
半結納してお互い他の方と1年間縁結びをしませんと決まったヨハネとクリスタは家族同士を中心にして私達副仲人もたまに参加してお出掛けや文通をしていく。
その間に両家も結納するならこの条件や時期みたいな話をしていくそうだ。私とロイの破天荒結婚とは違うわりと良くある縁談話。
ジミーとヨハネとご挨拶をしてゴザの真ん中に持ってきたお重を置いてロイが背負い鞄で持ってきてくれた小椅子に腰掛ける。
「ベイリー君! リルさんが増えました!」
ん? と顔を上げたらベイリーとアレク——多分——とエリーが並んでこちらに向かって歩いてきていた。ベイリーが手にしているのは多分琴。
エリーとヨハネが演奏してくれるから皆で歌おうと言われていたのでクララに花見の定番桜吹雪を教えてもらった。
エリーは手紙に書いてあった通り前髪ありになっていて美人から少しかわゆい系になっていた。
やはり美人は前髪があろうがなかろうが美人。
前回と同じ服装にすると言っていたけどその通り。私も同じにするはずが「リルさんはリス模様で。見たいから」とエリーに言われて季節外れの葡萄栗鼠紋。
「ベイリー君! どれがリルさんか分からないわ! 着てって頼んだの。かわゆいわぁ」
エリーはあっという間に私の近くに来て腰を下ろして私の着物のリスを指でつついた。
「どのリスがリルさんかしら? こちら? こっち? いやこっちね!」
こっちね、の時にエリーは私の頬を指でツンツンした。
「エリーさん。いくらリルさんが怒らなくてニコニコしてくれていても失礼だしせめて他の方にご挨拶をしてからにしなさい。うるさくするなら帰宅させるぞ」
呆れ顔のベイリーの横でアレク——多分——が目を丸くして立ち尽くしている。
「アレク君、破天荒自由女は頭カチカチ奥さん達に嫌味を言われたりはみ出し者にされて腹が立つから猫被りでお腹の中でお笑いだにゃん! ちょこちょこ本性を見ているはずなのに知らなかった?」
立ち上がったエリーは右手を副猫神像みたいにした。
「ベイリーさん。えー……」
「虫取りをして相撲をさせたり釣りに木登りに掴み合いの喧嘩。覚えて無いですか?」
それはまるで小さい頃のネビーみたいだ。ルカと私もたまにそうやって一緒に遊んだな。掴み合いの喧嘩はしてないけど。
「あー……。昔はそうでしたけど……」
「変わっていませんでしたー! 柔道もまだ続けてます! 麗しのエリーさん。可憐な貴女と文を交わしてみたいです。ド派手な私を可憐なんて笑っちゃう。それよりも釣りや柔道自慢のベイリー君。女学校に入ってからもベイリー君と川釣りをしたり虫相撲とかしていたよ」
あはは、と笑うとエリーは今日も持っている傘を開いてお祭りで見たことのある舞みたいに動いてとても綺麗な立ち姿で停止した。
「お初にお目にかかります。俺の嫁なら一生釣りを楽しめるし将棋の戦いも続くぞ。そんな風に口説かれてベイリー君の婚約者になったエリーさんです。来年はお嫁さんの予定なので今後ともよろしくお願いします」
「ゲ、ゲホゲホッ! お、おい! そういう話をするな!」
「たまには惚気てみました!」
不機嫌顔になったベイリーはヨハネの隣に着席してその隣にアレク——多分——が座りエリーは私の隣に腰を下ろした。
「あはは。初めてベイリーさんの口説き文句を聞きました。エリーさん。もっと話してよかですよ。ベイリーさんはこういう系だと自分の話は全然しないので」
ロイは楽しそうに笑った。私もこれは面白くて楽しい。
「えー……。エリーさんってベイリーさん好みの女性を目指して淑女になりましたみたいな噂話でしたけど。えー……」
「アレク君。ベイリー君は淑女はつまらない系です。多分。私を選んでいるってことはそうです」
「ベイリーさんそうですか?」
「知らん」
ベイリーは不機嫌顔でそっぽを向いた。ロイと私はあれはベイリーの照れ顔という話をしたけど今日見てもそうな気がする。
「人当たりの良い親分肌のベイリー君にわんさか虫がつこうとするから蹴散らすのになんでも1番を目指したのよ。評判が良くて家族の評価が上がるしベイリー君のご家族からも高評価だからそのまま猫被り。仲の良い人は知ってるよ」
「アレクさん。自分の母もエリーさんのお母上もご存知です。浅い付き合いの方の前では大人しいですけど女学校内で派閥戦争とかしていましたよ。イジメが気に食わないと大立ち回り」
「孤軍奮闘からの逆襲ね。無視とか物隠しなんて陰湿。町内会もそのうちお掃除するつもり」
「釣りに柔道に将棋にその話ってベイリーさんみたいです」
ヨハネの発言にジミーがうんうん、と頷いた。女学校って無視されたり物を隠されたりするんだ。怖い。実家周りはそういう陰湿な事をした人の方が怒られる。
つまり大人しくて上手く言い返せなかったかつての私。悪口を言ってきた子の家の前に踏むと小さく破裂してびっくりする実を置いて母に叱られたしバチも当たったからやがてなにもしなくなった。
ルルを虐めた子の家の前にまたそれをしてまた怒られた。レイとロカの時もした。口で喧嘩しなさいと叱られまくった。振り返ると私はなかなか悪い子だったな。
「あとはウィルさんだけですね。ベイリーさんの婚約者のエリーさん初めましてジミーです。エリーさんはリスさんともうお知り合いだったのですね」
今私はリスさんと言われた。
「リス似だからリスのいるお着物とはロイさんからの話題提供かと思ったらエリーさんのご要望だったのですね。リスさんがリスに囲まれているとは楽しいです」
またリスさんと言われた。リスはかわゆい生き物なので得している?
前髪詐欺効果かもしれない。着席したジミーは荷物を置いて深々と頭を下げてくれたのでお辞儀を返した。
「ジミーさん。リルさんはなぜか嬉しそうなので良いですけどリルさんです。リスさんではありません」
「ああ、ついすみません。リスリスと聞いていて今日もリスだらけのお着物で頭の中がリスに占拠されました」
リスリスと聞いていたって誰に?
「リルさんはリスさんは嬉しいのですか?」
「リスはかわゆい生き物なので得した気分です」
「そうですか。えーっとジミーさんには紹介しましたのでアレクさん。ようやくご紹介出来ます。妻のリルです。リスの着物はエリーさんのご要望ですが自分も気に入っています。趣味は料理です。色々と料理をする為に釣りも行きます。父の機嫌を取って欲しいと思って教えた将棋を勉強中でベイリーさんに勝ちました。最近は母と編み物も始めました」
「おいロイさん。自分に勝ったって駒落ちですよ駒落ち。それにロイさんが散々邪魔したからです。やり返そうと思って将棋盤と駒を持ってきたのでリルさんと再戦します」
「ベイリー君、リルさんと対局は私。あと2人で編み物をするから今度にして」
「そうだったな。自分も紹介します。ジミーさん以外には先程本人がご挨拶しました。幼馴染で婚約者のエリーさんです。趣味はほぼ自分と同じです。今日はリルさんが付き添い人なら良いと彼女のお母上とお姉さんが同席を許してくれました」
「本当は姉も付き添い人ですがお前は厄介者だからさっさとベイリー君の嫁にしてもらいなさいとお姉さんはデートに消えました。母も知っています。あはは」
ジミーがアレクを見つめてその後ベイリーを見据えた。
「話と違うというかそんなにお話をほとんど聞いたことが無かったので想像の女性と全く違いました」
「ジミーさん。幼馴染の自分も今日そう思ったので」
「自分はロイさんからお出掛けした時の話を聞いたので想像通りです」
ヨハネはいつも楽しげだけど楽しそうに笑った。
「挙式で小柄な方で意外と思いましたけどあのロイさんの好みがこちらのリルさんなのも意外というか。いつもエリーさんのような女性に会釈をしていましたよね?」
……そうなの?
昔話はどうにもならないけどイラッ。
「目が合った町内会のお嬢さんだと思いますけど。振り返ると目で追っていたのはリルさんみたいな方です」
「ああっ! ロイさんが1度だけ自分から文通お申し込みをして良い返事をもらえてお母上に却下された方が確かそうです!」
「んー。ああ。中等校3年の秋でしたっけ。全員度胸試しと練習しようみたいな話の時。誰も思いつかないからウィルさんと女学校の前に行って目についた方にしようって言って同じ方になって押し合い。多分自分とウィルさんは好みが似てると思うんですね。あんまり記憶がないけどリルさん系な気がします」
私は妬きもち焼きなのでこの話はあまり聞きたくない。でも私系が好みは嬉しい話な気もする。
「中等校3年の秋……ベイリー君が私に珍しく枝文をくれた時だ!」
ベイリーがゴホゴホむせた。
「2人の仲ってそんな前からの話なんですか⁈」
アレクがわりと大きな声を出した。
「ちっちっち。アレク君。ベイリー君は白百合の君がまだちゃん付けをされていた頃、日焼け焦げ焦げ時代、男の子が女の子を虐めたいような歳にはもう私をお嫁さんにすると言ってくれていたよ」
つまり……いつ?
かわゆいルルは今のロカくらいの時には男の子に「ブス」とか「おらおら蛙だぞ」みたいに絡まれてネビーが男の子達を叱りつけていたからそのくらい?
10数年のらぶゆ!!
「エ、エリーさん! 余計な話をしないで下さい!!」
「はーい。後は本人に聞いて下さい」
エリーは私の顔を覗き込んでニコリと笑ってくれた。もしかして嫉妬に気づいて気遣ってくれた?
「だから婚約破棄にならないようにと泣いてくれた話は嬉しかったですよ」
私の耳元でエリーはそう囁いた。
「妬きもち焼きなので話題を変えてくれて嬉しいです」
「それは単なる誤解です。妬きもち焼きか。私は怨念系だけどベイリー君も嫉妬深くて怖いの」
怨念?
久しぶりに初めましての単語。後で辞書を引こう。あっけらかんとして見えるベイリーは嫉妬深いのか。
「ベイリーさんがまさかそんなだったとは。それも気になるけど未だに聞けてなかったかなり気になっている話を聞きたいです。ロイさんはいつリルさんと知り合ったのですか? リルさんと結婚したい。リルさんと結納した。リルさんがついにお嫁さんに来てくれる。リルさん話は山程聞いていますけど肝心の最初を知りません」
……!!
ジミーの発言でいきなりとてつもない恥ずかしい状況になった!
わりと早口めで喋るジミーはベイリーと同じくどことなくネビー系な気がする。
「ジミーさん自分もです」
「そういえば自分も」
「えっ? ベイリーさんもですか?」
「さすがにヨハネさんはご存知ですか?」
「いや。そういえば違う話ばかりで聞きそびれています」
「違う話っていうか殆どロイさんのリルさん自慢ですよね」
「その前はどう結婚するか話。相談って言いながらもう計画は練ってあるという」
「剣術道場の行事とか大会の見学とかそういうのですよね? 2人が披露宴まで喋らなかったことも謎ですので聞きたいです。ロイさんの熱の上げようだと一目惚れして押し切ったみたいな感じですよね」
皆の視線がロイに集まる。私でなくて安堵。エリーは知っている話。
「えー……。あー。遡ると6年近く前にリルさんがお兄さんに作ったそこそこ雅なお弁当が気になってなんとなく見たりリルさん話を盗み聞きしていまして……」
ネビーが成人門下生になってまたロイと一緒になった頃の出稽古先って言っていた。
「……6年⁈ そんな前ですか⁈ 何も聞いたことありません!」
えー……と言いながらジミーが友人達を見渡した。
「自覚していなかったから話しませんよ」
「いやロイさん。言われてみればなんか聞いたことがあります。やたら強い門下生が出稽古時に食べている季節物で飾られたお弁当を贅沢なことにありがたく思っていないって」
「ああっ! 家柄ですかね。本人の感性ですかねってそういう話をしたことがあります!」
「結構あります! あの貝殻を部屋に飾るけどなとか。その門下生は変みたいな話だったけどお弁当の作り手の方を気にしていたんですか⁈」
そうなんだ。それは知らなかった話。私は同じ学校の同じ教室とかこうやって集まる友人ではなかったので知ることが出来なかった話。
「まぁそれでそのうちその門下生の家が出稽古先の行き帰り道にあると分かって、俺の妹みたいな話からリルさんを見つけました。3年くらい前です。スッとしたリスのリルさんが品良く沢山働いているなぁとか妹さん達の面倒を見ているなぁみたいに探さなくても見つかるというか」
「あああっ! 母が頼まれてロイさんに話した文通お申し込みや簡易お見合いを断った理由って本当はリルさんですか! 練習にどうぞって食い下がったけど無視して」
ロイにかつてそういうお申し込みがあったんだ。
「自覚していなかったからなぜ気乗りしないのか分かりませんでしたけど今なら分かります」
「出稽古は絶対に休みたくないってまさかそれですか!」
「いやそれは別です。休みたくないです。まあそれ——……ウィルさんが女性と一緒です!」
ロイが顔を向けた方向に私も視線を移動。先月会ったウィルの隣にハチがいてその隣に白い着物に灰色の大柄の麻の葉模様の小紋を着た女性がいる。麻の葉模様に点々と朱色があるのが上品というか大人っぽい。
それでなんだかどことなくルカに似ている。垂れ目がちにして黒目を増やして少し背を高くしたルカ。背丈も体格も違うのに黙っている時や真面目に本を読んでいる時のロイみたいな雰囲気。
左こめかみから頬にかけて火傷の跡みたいになっているのは可哀想。きっと熱かっただろう。
ウィルは微笑んで彼女を見ていて彼女はハチを見下ろしている。
今日のハチはお洒落ハチのようで首輪のところに桃色のツツジを飾っていてかわゆい。
「どなたですか?」
「ジミーさん。自分はウィルさんが女性を連れてくるなんて話は聞いていません」
「ヨハネさんが知らないのに自分が知っている訳がありません」
「ベイリーさんならご存知ですよね? 週1回会っているので」
「ロイさん。それが知りません」
ウィルとハチと謎の女性到着。自然と全員起立していた。




