花見編5「リルさんが大体分かった気がする」
男の夢話は聞きたいが情報を持っている相手が女性でおまけに「なに聞いてるの?」みたいに睨みに近い氷のような眼差し。
かわゆいリスは怖いリスだった!
ロイが「リルさん食べますか?」とか「飲み物をどうぞ」みたいに機嫌を取ろうとしている。どうやらこいつは年下の新妻の尻に敷かれている図。まあ頼むからどうか祝言してくれみたいな勢いだったのでこうもなるか。
リルはベイリーやヨハネから聞いた話と全然違う!
「コホン。シエナさん。最近その奇跡や恵みをもたらしてくれるという優しいお姫様のご利益があるかもしれないから前髪が流行り始めているそうです。娘が噂を聞いて前髪は子どもと思っていたけど見た目が若くなった気がするので試してみて良かったです」
それで2人して前髪があるのか。そのような最新情報は知らない。リスは流行りに敏感のようだ。でも妹はなにも言っていないし前髪を作っていないな。俺としてはこうして大人の前髪を見てみると良いと思う。
「それで2人とも前髪を。気になっていました。若い方は情報通なのですね」
「本物さんがしてくれました」
ん?
本物さんってなんだ?
「ご利益があったら嬉しいですけどのっぺり顔が詐欺顔になったのでそれで既に嬉しいです」
冷めた目と怒ったような表情から一転、にこりと笑ったリルはかわゆいけど口にした言葉に引っかかった。
「本物さんですか?」
母が突っ込んでくれた。俺としては「のっぺり顔が詐欺顔」も気になる。
ベイリーやヨハネが言っていた「言葉選びが変わっていてなんだかおもしろい」というのはこれか?
それで噂の妙な間も登場。質問にどう答えるべきなのか母がまだ言葉を続けるか様子見している?
「はい」
また間。
「いつも真っ直ぐ自分で切っていました。偽物です」
うんうん、みたいに何かに納得しているけど何に納得しているんだ?
「娘は器用なので整師を利用したことがなかったそうで。前髪はさすがに自分では無理と思って整師の所へ行ったら感激したと。年始に見たお姫様の前髪の絵を描いてそれを持っていったらその通りというか私達が覚えている感じと良く似た前髪にしてくれました。私は年齢もあるから横分けをと勧められて」
「毛先が真っ直ぐではないのに整っているから整師でした」
ん?
整師ってそういうことなのか?
髪を切って容姿を整えてくれる職業の者を示すのは誰でも知ってそうだけどこの意見は初耳というか……なんだ?
リルの驚いたみたいな表情にこそ驚く。この会話の何に驚いたんだ?
俺の両親とガイが愉快そうに肩を揺らしている。その気持ちは分かる。
ロイがうんうん、みたいに頷いている事が気になる。テルルは微笑みでよく分からない。
なぜロイは納得。その通りみたいな様子なんだ?
……ロイってそういえば少し考えが変わっているというか時々言動が変。
変わってない人なんていないけど卿家跡取り息子! しっかり者! 強か! みたいな感じなのに時々ボケている。わざとかと思ったら本心でびっくりする。
その考えはどこからきた? とか急にその行動はなんだ? という時がある。まあロイは破天荒祝言したからな。
「母もリルさんも良く似合っています」
母もと言っておいてリルしか見ていない。またロイが骨抜き顔をした!
見ているこっちが恥ずかしいと思っていたらリルも照れ照れみたいなかわゆいはにかみ笑顔。
俺は甘いものはそれなりに好むけどこれは吐きそうな程甘くて毒!
口にしていた巻き寿司が急に落雁味みたい。
「母さんも娘もその通りだからこれでご利益もあったら最高です」
息子夫婦のこのような姿をテルルは見たくないのでは? と思ったらガイがロイみたいな様子でテルルに笑いかけた。テルルは微笑み。
そうだった。この2人はかなりのおしどり夫婦!
こちらは甘くて吐くからやめてくれではなくてこのような結婚が出来たら良いなと思った。笑い皺に人柄が滲んでいるのもある。こうしてみるとロイは大半はテルル似だけどガイ似でもあるな。
俺もそうなのだろうか。両親の悪いところばかり受け継いでいる気もするけど尊敬するところを少しは継いでいると良いな。
「変だったらお姫様の験担ぎに挑戦したで済むのでしてみて良かったです」
「帰宅した時に帰る家を間違えたのかと思って驚きました」
そこまで変わるとは思えないので俺としてはロイがそう驚いたことに驚きだ。
「新発見でのっぺり凡々顔にこそ前髪が必要でした。でもお義母さんがより上品になったみたいに美人は当然のように似合います」
そう告げるとリルは母を見据えてにっこりと笑った。サラッと自分の義母にお世辞を言って俺の母親にも「美人」とお世辞。
母は「あら美人だなんて。お口がお上手ですね」と口にして満面の笑み。
「目が大きくてまつ毛が長くて憧れます」
「そう? 昔からまつ毛は褒められます」
「お嬢様がなにかでくるっとまつ毛を上げていました。私には上げる長さのまつ毛がないです。短まつ毛です」
これがヨハネやベイリーが言っていた愛想の良さだろう。人見知りが終わった? 微笑みだけどもう困り笑いではない。短まつ毛ってなんだ? 短いを使わないのか?
自分をのっぺり凡々顔……俺は好みの顔だけどそうだな。確かにその通りと言いたくなる。
堂々としていて単に事実を述べましたみたいな飄々さだから余計に「そうだな」と思ってしまった。
前髪が必要でしたと詐欺顔だから以前より良くなった自覚があるんだな。
「験担ぎなら私もしてみようかしら」
「南3区になりますけどその整師店を教えます。娘が絵を置いてきましたし前髪担当みたいな流行りを取り入れるのが早い若い方がいたんですよ」
「はい。本物前髪作り師さんです」
またしても笑いそう。
前髪が流行り始めているのはリルの兄経由の情報という話から話が変化。ガイがそのリルの兄自慢を始めた。リルの兄自慢というか俺の新しい息子自慢。
「ロイさんに弟が出来るんですか」
「まあ実際は兄みたいなものです。自分も彼も寝耳に水。父がこのような事を考えていたなんて知らなかったです。この調子で父は最近ずっとこの自慢話です。さっそく自分に役立つ出張を手配。彼は父の我儘を聞くから出世が遅れる予定です」
「1つ歳下なのにロイさんに兄みたいと言わせるなんて大変ご立派な方なんでしょうね。卿家に横入りに合法的脱税かあ。彼はロイさんに頭が上がらないでしょう。このような偶然があるのですね」
「いえ旦那様が兄です。兄は立派ですが自慢屋……は強かったから自慢屋ではないかもしれません」
リルの台詞を聞いていたガイが新息子の強さ自慢を始めた。ロイ自慢は聞いたことがないのに養子——予定——自慢はするのか。
これはロイが可哀想な気がする。だけど「一閃突き」は気になる。
そう思っていたらガイが俺の父に「これで安心して1人息子を残して先に死ねます。心配なさそうでも心配でした。ご存知のように遅くに出来た子で親戚も少ないので。この人柄で長年知人だったので安堵です。お互いの欠点を補完しそうなのがまた良いです」みたいな話をした。
養子縁組はロイの為なのか。心配なさそうだからロイを心配のない息子だと思っているのだろう。これだと可哀想と真逆だ。
そのロイはなにも聞いていませんみたいな表情というかリルを眺めてニコニコしている。
「いえでも自慢屋です。自慢するなと怒られても事実は自慢ではないと屁理屈を言います。反省しません。でも反省する時はします。忘れっぽくて喋り過ぎるところもあってあ……なんでもありません。会ってガッカリされたら兄が可哀想なのでそこらに居る方だと思って下さい。ぼ者です」
リルは今日1番長い台詞を口にすると疲れ顔で小さなため息を吐いた。お茶を飲んでふぅとほっこり顔。……このくらいで喋り疲れたのか?
ぼ者ってなんだ?
「なんでもありませんとは気になります。あとぼ者とはなんですか?」
「私はぼんやりです。お義父さんはぼん者くらいです。旦那様や兄はぼ者です」
いやリルはぼんやりではなくて変の方だ。当たり前みたいな顔をして喋るからそうな気がしてくるけとこの発想はなんだ。
この理屈でぼんや者はいないのか?
ロイが愉快そうに笑っている。まあ俺も楽しい。びっくり箱みたいだな。好みなのに女性としては見られなくなってきたけど。妹に欲しい。
「会えば分かりますけどリルさんの言う通り彼はペラペラお喋りです。人見知りの自分やリルさんと真逆。ど忘れも驚異的で長年自分よりも稽古をしているのに突然防具の着方を忘れるんです」
やはりリスは人見知りのようだ。
「防具の着方を忘れる? 慣れていますよね?」
「疲れや考え事や悩み事で突然ど忘れが起きると。変な兄が出来ました」
「旦那様が兄です」
「戸籍上ではそうなります。リルさんの実の兄は戸籍上弟というよく分からない関係になりました」
「はい。4つ歳上の弟という変なことになるみたいです」
変はリスだ。面白い変。いや彼女の兄も絶対に変だろう。会ってみたくなる。ロイに会わせてもらおう。
かなりの料理上手で少し変だから面白くて容姿は自分の好み。人見知り同士なら理解し合える。
やはりロイが羨ましいな。披露宴まで喋らないで結婚したというのに不思議。
……リルは?
リルはなぜロイと喋らなかったんだ?
人見知りにしても結婚相手なのになぜだ?
聞けそうな時に聞こう。
「ロイさん、お兄さんとリルさんは似ていますか? リルさんもそのようなド忘れをしますか?」
「リルさんのド忘れは見たことがないです。リルさんはペラペラお喋りとはわりと逆です。お顔立ちが似ていたり気遣い屋とか名付け屋さんなところは似ています」
先程喋り疲れたみたいに見えたのは勘違いではなさそう。今もリスは頷きながらお茶を飲んでいる。
「名付け屋さんですか?」
本物前髪作り師もそれな気がする。
「カドルナルガ牛は山歩き牛です。異国の牛の人形が白黒だったのでそれは白黒牛。あとフルフィウス牛は川歩き牛。自分ももうそっちでええかなと」
「ああ。そのままですね」
「エドゥアール温泉街から持って帰ってきたプクイカは殺人イカ。肉食系のイカなんです」
「殺人イカは兄ちゃんです」
リスは兄のことを兄ちゃんと呼ぶのか。初めて元平家さを感じた。
「リルさんは川イカでしたね。あと回転イカも言うていませんでした?」
「はい」
「川のイカで殺人……肉食で回転するイカ。気になります。これは名付け屋さんですね」
それにしても2人はかなり仲良しというか親しげに見える。
ロイは横取りされたくないからとにかく祝言みたいな感じだった。デートから始めると言っていたからそうだ。
どうにかこうにか口説き落とした結果がきっと今の光景。今夜どう口説き落としたのか聞こう。きっと縁談の役に立つ。
「愉快なイカなのでウィルさんにも見てもらいたいです。春に増えるらしいので増やしまくって売りさばいてまた贅沢旅行をしようと画策しています」
ロイは商売人になるのか?
そういう男だっけ。何年も付き合いがあっても知らない一面は沢山あるんだなと思った。
話題はそこから逸れてリルの父親や勤め先のお店は宝の持ち腐れだから中流層に顧客拡大の協力をするという話をされた。
商家狙いもあるけどギリギリ商家未満の裕福平家を目指すという手もあるから財務省勤務者として相談に乗って欲しいと頼まれた。
やり取りは勉強のためにも俺とロイに頼みたいとなんとガイに頭を下げられた。ロイにも「お願いします」と会釈された。
急に俺とロイの繋がりが強化された!!
リス……じゃなかった。面白リスで定着しそう。
リルは俺の副神か⁈
これで俺の両親はリルは平家の娘だと知ったが彼女が作ってきてくれた練り切りの寒牡丹が見事過ぎてそのような話は吹き飛んだ。
以上ウィル君がお送りしました。
ようやく次から花見で多分花見の方が短いです。




