花見編4「リルさんはなにやら噂と違う」
本日は土曜日。夕方ルーベル家が新年のご挨拶に来てくれて我が家からは両親と俺、ルーベル家は両親とロイ夫婦が参加するので合計7名。
兄はお見合い中の女性と付き添い付きで出掛けて妹はまさかの「ロイさんのお嫁さんなんて見たくない」と拗ねて出掛けた。
俺の妹はベイリーを諦めてヨハネは高嶺の花だから避けて次はロイとジミーだったらしい。
そのジミーが最近職場で雑務をしてくれる女性に文通お申し込みをしたことは黙っているしかない。
あと蚊帳の外のアレクが気の毒な気がして妹に尋ねたら「ヨハネさんはその他が華やかだから許せるけど弱い方はちょっと」と上から目線。何様だ。
そのアレクもこの間会った時に「置いていかれたくないし結婚したらロイさんみたいに出世しそうだと両親が乗り気なのでそろそろ何か始めます」と言っていた。
幼馴染相手に失恋して不貞腐れていたのはもう乗り越えたっぽい。
新年会兼ロイの結婚祝いの簡単な夕食会。
母とテルルが事前にやり取りをしてご飯物と香物と甘味はルーベル家担当で我が家は汁物と煮物担当。
俺は明日日曜日の予定を空けたので我が家の夕食会後にルーベル家にお邪魔して宿泊する。
明日の正午過ぎにヨハネが結婚お申し込みをして終わったら仲人であるテルルに挨拶をしに来るので一緒に一言お祝いしたいからなのと誘われたからだ。
ヨハネとクリスタという女性は書面半結納になることは既に決定事項らしくて明日は結婚お申し込みという名前の両家顔合わせ。桃の節句の祝日に書類提出と食事会だそうだ。
今後2人は結婚お申し込みや珍しいけど結納お申し込み以外はお互い門前払いが礼儀。さらに気が合ったら結納に進むけど両家とも兄弟の様子見をしたいらしいからのんびり急がずらしい。まあ縁談なんて急に変わるからどうなるか不明。
明日はルーベル家でヨハネと彼の祖父と両親に「おめでとうございます」みたいな挨拶をしてその後にロイとヨハネと飲みに行く予定だ。
8月の2次会以来のロイとの再会にまだまだ謎に包まれているお嫁さんのリルと我が家の玄関前で対面。
愛犬ハチがワンワン吠えるのでルーベル家が来たと思って玄関の外へ出て、それで全員と簡単にご挨拶をした。
(確かにリス! ヨハネさんもベイリーさんも美人とかかわゆいとか何も言わないしあの若くて美人な母親ではなくて俺は覚えていない父親似って言うていたから期待してなかった。いやもはやリスの姿しか想像出来ていなかった。滅茶苦茶かわゆい! でも前髪? 似合っているけど子どもの髪型?)
テルルも前髪がある。リルと違って横分けで良く似合っているし若々しくなった気がする。
リルは男の俺からしたらどうなっているかサッパリ分からないかわゆい髪型をしているから余計にかわゆく見える。
そういえばベイリーとヨハネと俺は女性の好みが合わないと思い出した。というか俺が少し皆と違う。
俺は美人! よりも癒し系というか地味系の女性が好み。かといってアレクが好む垂れ目がちなほんわか系でもない。
それにジミーはなんだかんだベイリーやヨハネと女性の好みが似ている。いわゆる正統派美人だ。
俺は黒目がちで少し小生意気そうに見えるけど可愛らしい感じもある……つまりリル系。いやまさにリル。リスと聞いた時からそういう予感はあった。
あの女性はかなりかわゆいと思うと言うと大体「へえ」みたいな返事をされるから多数派ではないと思っていたけど身近に仲間がいた。
ロイはそういう話題の時は会話に参加しないで聞いているか誰かを冷やかし側だったなと思い出す。
(俺はロイさんと女性の好みが似ていたのか。結構長い付き合いだけど知らなかった)
リルは去年元服したから今年17歳だけど少し大人びて見える。凛としたリスとかすっとしたリスとはこれだろう。
「相変わらず人見知り犬ですみません。こらハチ。お客様だから安心しなさい」
吠えたあとに唸り始めていたハチの隣に腰を下ろしてよしよしと撫でる。ハチはそろそろ老犬だけど元気だ。
「ハチさんはまだまだ元気そうですね」
ロイがハチの前にしゃがむとハチは匂いを確認して少しずつ大人しくなった。ロイを思い出してきたのだろう。
「おお。思い出してくれましたか。よしよし」
ハチがぶんぶん尻尾を振り始めたのでロイはハチを沢山撫でてくれた。
「初めましてだと噛まれますか?」
リスが喋った。いやリルだった。声も凛としている。小さめの声でゆっくりめ。
ジッと見つめられて「これで料理上手で結婚経緯からして嫁憎しみたいな義母と仲良くなれる人柄ならロイさんよりも早く知り合いたかったな」とロイを羨むような感想を抱いた。
それでそういえばまだロイと彼女の出会いを知らないと思い出す。
今後ロイに女性を口説くコツを聞けるし女性の容姿の好みを改めて理解したので相手を探しやすくなったなとも感じた。
「臆病で人見知りですけど噛まないように躾けているので噛みません」
「私も触って良いですか?」
愛想良しと聞いていたけど少し微笑みくらいのすまし顔。これは好みではない表情だな。
俺は沢山笑う女性が好きだ。ロイとリルは似ているかもしれない。ロイも大笑いしたりするけど微笑みの方が多い。つまり似ている2人だな。雰囲気もなんだか似ている。
「ええもちろんです。どうぞ」
「ウィルさん。リルさんは犬を触ったことがないそうです。実家周りに猫はいたけど犬はいなかったと。リルさんはハチさんに会えるのを楽しみにしていました」
「はい」
すまし顔のリルはロイの隣に腰を下ろした。意外なことにハチは初対面のリルに尻尾をブンブン振り回して軽く飛びかかった。目を丸くして固まったリルの顔をハチが舐め回す。
「ハチ、驚かせるな。すみません」
「……」
興奮気味のハチを茫然としているリルから引き離した。ロイが手拭いを出してリルの頬をそっと拭く。
(ロイさんが見たことのない微笑みをしている。うわあ、あのロイさんが夫婦をしてる!)
「か」
か?
「かわゆいです」
ニコッと笑ってハチの頭を撫ではじめたリルの方がハチよりもかわゆいんですけど!
それでロイがへにゃっと笑って驚きなんですが!
二次会の時のデレデレ顔よりも骨抜き顔!
うわあああ、知らない男がいる!!
母が迎えに来たのでルーベル家一同を我が家の居間へ招いて新年のご挨拶とロイとリルに簡単なお祝いの言葉を告げた。
結婚祝いは二次会でお祝い金を渡してあるので今日は特になし。
これはロイとやり取り済みというかロイから「お返しお返しと始まるので気遣い無用です。こちらもお礼は渡しません。ウィルさんの祝言時に返します。10年経ってなにも無かったら残念金を渡します」みたいに根回しされた。ロイはたまにふざける。一言というか一文余計だ。
母もテルルから似たような事を手紙で言われたそうだ。
今日の食事の割り振りもそうだし昔からそういう細かい先回り気遣いがあるから「ルーベルさん家とのお付き合いは気兼ねなくて楽。良い友人を選んでくれたわ」と俺は両親に褒められる。
(父上にも母上にも言っていないけどこのリルさんって貧乏めの平家の次女さんだよな? 今のところそう見えないな)
町内会行事で見かけるご近所のお嬢さんやヨハネと行くお茶会に夫と来る若妻と比べると少し劣る所作な気はするけどそんなに気にならない。
母とテルルとリルが食事やお酒の準備をしてくれてその動きからも「少しぎこちない気もするけど商家のお嬢さんと言われたらそう思いそうだな」と感じた。
上座に父とガイが並んで座り、その次は俺とロイが同じく向かい合わせで着席してリルはロイの隣。
下座に1番動く母と母と会話をしたいテルルが横に並んだ。テルルが「私はお隣に失礼します」とスッと着席したのは多分そういうことだと思う。
食前酒はロイが持ってきてくれたエドゥアール旅行土産だというお酒。
それでルーベル家が持ってきてくれた食事に目を奪われた。
「あらあ。どちらのお店で購入されたのですか? やはり親しくしているかめ屋でしょうか。可愛らしいし綺麗です」
お重2段の1つはうさぎの形にゴマで目も作ってあるいなり寿司。細い梅の枝が添えられている。
もう1段はたけのこの形や市松模様になったきゅうりやナスの香物と切り口が花模様になった巻き寿司。
それからカゴから出してくれたのは飾り彫りされた竹筒で中身は黄色いもの。上に梅の花の形をした人参とみつつばと手毬みたいな小さいものが飾ってある。
柄に流線模様入りの小さな匙も一緒に添えてくれた。俺はこの食べ物が何なのかとても気になる。
母が「テルルさんは体を悪くされたから懇意にしているかめ屋に頼んでそれなりの物を持ってきてくれそう」とカニ団子と蛤のお吸い物とちくく煮を気合を入れて作っていたけどそれで正解だ。これは非常に華やかな夕食である。
「いえいえ。料亭のようにはいきません。自家製です。ここのところ手の調子が良いので嫁に手伝ってもらいながら作りました」
「まあ。それは良い知らせです。そうですか。ここまでまた作れるくらい手が動くとは朗報です」
「調子が良い日が続けばまた一緒にお茶会に行けるかもしれないと期待しています」
「それは是非。毎年恒例だった春の野点にまた行きましょう」
「こちらは茶碗蒸しでたまご料理です。まあ茶碗ではなくて竹筒を使ったので竹筒蒸しですね。器と匙は娘の実父が作ってくれました。娘が新しめの料理本で見つけた料理をさらに工夫してくれたもので自分達は気に入っています。お口に会えば幸いです」
ロイの父ガイは自慢げな笑顔を浮かべた。
へえ娘。
息子の友人は息子みたいに扱ってくれるガイのニコニコした笑顔は見慣れているけど今の笑顔は俺達に向けてくれる笑みと少し違う気がする。
父親同士と母親同士がお喋りしながら食べ始めたので俺もロイに話しかけた。
「ロイさん。改めておめでとうござます。ようやく噂のお嫁さんに会えて嬉しいです」
「ありがとうございます。予定が合わなかったり試験と旅行にのめり込んで紹介が遅れました。まあアレクさんとジミーさんなんて多分花見の日です。ウィルさん同様に予定が合わなくて。相変わらず出稽古に休みを食われていて」
チラッと見たらリルは微笑みで黙々と食事をしている。会話に参加する気はない? 愛想良しじゃなかったっけ?
「同じくなんだかんだダラダラ柔道を続けているからついついそちらを優先してしまって。あと兄がちょこちょこ縁談を進めているのでそれ関係も」
「手紙以外でベイリーさんから近況を聞いています」
ロイが少しですがと持ってきてくれたエドゥアール土産の純米大吟醸牡丹光が美味い。それで竹筒蒸しが美味すぎる!!
「ウィルさん?」
「この竹筒蒸しはあまりにも美味しいです。この味はカニな気がします」
「妻が父やベイリーさんと海釣りに行ってヒシカニがやたら採れて干した殻というか残っている身からまた出汁がとれると聞いてそれで作ってくれたそうです」
あのロイが「妻」なんて言ってる!!
作ったリルを褒めようと思って彼女を見たらテルルに「このお吸い物はすこぶる美味しいです。後で作り方を教わりたいです」と話しかけていた。テルルの隣にいる母に直接聞かないのか?
これが食事を始めてから彼女が初めて口にした台詞。やはり声は小さめなので大人しいという話はその通りっぽい。
俺と目が合ったリルは困り笑いみたいになって軽く会釈してきた。
リス……じゃなかったリルは人見知りなのか?
愛想良しさは慣れたら出てくる?
「ベイリーさんもヨハネさんも料理上手なお嫁さんと言うていました。お嫁さんの雰囲気で海釣りへ行かれたのは意外です」
「先日も行きましたし秋は鮭といくらが欲しいと川釣りです。本当に釣って来てくれて美味しかったです」
「ああ。ベイリーさんにいくら自慢をされました。それで少しお裾分けしてくれました。あれは上品で美味しかったです。ありがとうございます」
「何種類か作ってくれたのでどの味か分かりませんけどお口にあったなら良かったです」
ガイも父に似たような話をしている。嫁が同じ趣味だから嬉しくて「娘」なのだろうか。
やはりいつもの笑顔とは違う笑みに見える。柔らかいというかとても優しげ。父が妹に向ける視線に似ている。
「何種類って凄いですね。このお酒も美味しいですけどエドゥアール温泉街はやはり楽しかったですか? ベイリーさんに聞いたらかなり贅沢をしたそうで。棚からぼた餅的な。あとイカ。美味いイカを持って帰って来て飼っているとか」
「イカは今日か明日見せます。疲れることもありましたけど運が重なって御三家の人気露天風呂に入れたんです。ウィルさん聞いて下さい。大変残念なお知らせです。噂の山桜姫はやはり絶世の美女でしたけど勇ましく赤鹿を乗り回して暴れ気味でした……」
えっ……。
ロイはガッカリと肩を落として苦笑いを浮かべた。その後さらに落ち込んだように俯いた。
「そうなんですよジェスさん。さすが皇族も足を運ぶ人気の温泉街。息子はあの山桜姫に遭遇したと。お転婆で勇ましかったとか……」
ガイは父に向かって苦笑いを浮かべた後にロイと似たような様子になった。この話は確かに悲報。
「それは……」
ふと見たらテルルはガイ、リルはロイを冷ややかな目で見つめていた。顔は似ていないのに似ている。母娘?
怖い。
「それでウィルさん。リルさんはなんとその残念ではあるけど美女は美女の山桜姫と年始に来煌した青薔薇のお姫様と一緒に露天風呂に入ったと」
この話は続けない方が良いのでは。いやしかし気になるけど。
「ベイリーさんがかなり近くで見たと大自慢している麗しのお姫様とお嫁さんが一緒にお風呂ですか⁈」
「そうなんだウィル君。娘はお2人と並んで湯船に浸かったんだ」
少しくらい体つきというかせめて何か聞きたいとリルを見たら先程よりもさらに冷めた目。
これはかわゆくなくて怖い。テルルも同じような目とお顔。
やはりこの2人は母娘か? というぐらい似た表情を浮かべている。
この話題はマズイと思ってガイとロイを見たら2人とも「しまった」みたいな反応をした。こちらも顔立ちは似ていないのにそっくりな表情。さすが親子。




