花見編1「謎の人物リルさん」
感想で「ロイの友人視点の結婚に至るまでの経緯が気になる」といただいたので花見編の最初の方はチラッと名前だけ出ていたウィルに語ってもらうことにしました。
大陸中央、煌国。
この国の結婚は家と家の結びつき。特に皇族華族はそうだ。しかし公務員家系というだけの俺の家はそんなに関係ない。
必要なのは跡取り息子。それからその息子が公務員になること。息子の方が良いが娘が跡取り婿をもらうのでも良い。
子が産まれなければ親戚筋から養子を貰えば良い。実子でも養子でも教育が1番大切。
俺ウィルは次男でまずは兄の縁談の行方を様子見して我が家に必要そうな家柄の娘さんと縁結びを求められる。
気になる女学生に文通お申し込みをして許されたものの話が合わなくて自然消滅とか、幼馴染婚ならあの子みたいに思っていたのに嫁にいってしまったり。
なので「平均結婚年齢頃にあちこちから紹介されてその中で気の合った女性が俺の伴侶になってくれるか?」みたいに思っていた昨年春のこと。
友人達との花見の席で衝撃的な事が起こった。
親しい友人の中で1番大人しいというかわりと達観していて本人の意志よりも周りを尊重みたいな男ロイがいきなり土下座したからだ。
「家出してでも結婚したい女性がいるので助けて下さい」
仕切り屋というか仕切ってくれるベイリーが挨拶をした後にいきなりこれ。
話したこともないのに結婚したいとか、格下の格下の平家の次女が貧乏過ぎて嫁に出されてしまうからとにかく早くお申し込みするとか話に全くついていけず。
そういう訳で俺はロイが家出して親が折れるまで住む家探しに1回付き合った。
ロイはとにかく彼女リルが良いらしい。町屋と長屋の見学日、リルとは誰なのかとかどうリルが良いのかよりもどう結婚に持ち込むかと母親を折れさせる方法の相談ばかりされた。
相談というかほぼ決定事項の垂れ流し。
どう考えても自分は格上で素性は剣術道場の師匠と約10年兄弟門下生のリルの兄が証明してくれる。
これでリルの素性が判明。しかしまだ謎なのはリルとどこで出会ったのかだ。頭の中が別のことでいっぱいなのかその質問への返事がない。
結婚お申し込みで殴り込んで結婚資金は何もかも自分が持つと言えばまず断られない。あとはひたすら口説くだけ。
問題は「馬の骨嫁なんて認めない!」という勢いの1人息子は宝物——自覚あるんだ——の母親。
父親は「まあデオン先生の長年の弟子の妹さんなら家族を調べるくらいは」とそんなに反対していないらしい。
ロイ曰く「調べて難癖をつけてくるだろうからことごとく論破しないといけません」らしい。
中等校、高等校の討論会でわりと目立っていたロイが「論破」ってその親子喧嘩は怖そう。
彼の対母親への武器は「家出」である。親戚が少なくて体を悪くした母親は1人息子が家出独立は絶対に嫌がる。
他のお嫁さんはもらわないとか養子を取ると言われたら関与しないとゴネればまずこの時点で母は折れる。
しぶとくて折れなかったら本当に家出。跡取りの子どもが生まれたりさらに体のことが不安になれば絶対に掌返ししてくる。
脅迫は親不孝だけど本当に親不孝をして老後のことを放置するのではなくて最終的に親孝行するから問題無いそうだ。
問題ありありだと思う。
このような結婚をした際のお嫁さんの立場……。
高等校を卒業してからお互い慣れない社会人として励んでいたり、ロイは体を壊した母親の為に家事をしているのであまり会えなくて文通していたけどこうしてロイは気がついたら結婚お申し込み。
それどころか同じ手紙に結納したと書いてあって衝撃を受けた。
結婚お申し込みで殴り込んだ。その日に「結婚します」という返事をもらえたから横取りされる前に結納。
結婚お申し込みから結納まで1週間。意味不明で目が点である。
リルさんはかわゆい。自分が選んだ結納用の着物一式が似合い過ぎていた。リルさんは甘いものを好みそうだから甘味のおすすめのお店を教えて欲しい。
気に入ったのが白玉なのかあんみつなのかクリームなのか分からないからこの3種類が関係するお店を知りたいから教えて欲しい。
分からないって本人に聞かなかったのか?
リルさんにあれこれ買うから南3区の呉服屋や小物屋も知りたい。
多分玉の輿だから結婚してくれるというか両親に言われたからみたいな様子なのでここから口説き落とすので色々口説き方を教えて欲しい。
俺の知る限り栗の甘露煮喧嘩以外はわりと冷静沈着で美人に文通お申し込みをされてもしれっとしていたのにそういうロイは行方不明になったっぽい。
ロイの母親は一旦折れたけど「かめ屋で自分の指示も含めた花嫁修行をしてもらって女将がダメだと言ったら即婚約破棄」らしい。
ロイは自分の職場が提出先なのを良いことに結納書類をすり替えて「3ヶ月間の花嫁修行で落第点をつけられたら最大3年間花嫁修行でその間は結納期間」にしたそうだ。
結納破棄条件は犯罪、本人の意志のみ。両親の意志は削除。
花嫁修行は特別奉公扱いで有給だからこれで貧乏だから嫁に出すという必要はない。
母親が根回ししてかめ屋にしぶられたら自分の給与で手伝い人を雇ってリルの実家に送り込んで手習その他をしてもらうつもり。
3年間口説いて無理なら諦めるしかない。その時の自分は適齢期でリルも19歳なので問題ない。
本気というか執念が凄いというかむしろなんか怖い。
「面倒なので親の言うことは基本的に聞く。うんと気に食わないことだけのらくら上手く避ける」というロイがどうしてこうなった。
それで相変わらずリルとの出会いは不明。頭の中が他のことでいっぱいなのか以下略。
ロイは昔から気に食わない相手や状況に対して姑息というか外堀から埋めて包囲していたけどまさか結納書類のすり替えまでするとは。
学年主席だけど武術系が苦手で自信があまりないから嫌がらせや嫌味を言われるヨハネをしれっと助けるのはいつもロイだった。
相手がヨハネを転ばせば相手を見て使える情報をすぐ頭から取り出して「今週の廊下掃除当番が怠けているから廊下に汚れがあったり滑るようです。掃除当番は彼です」と教師に告げ口。
しかもわざわざ蹴散らしたい相手を好んでいなそうな教師を選ぶという。
俺は彼は今週の廊下掃除当番だっけ? あの先生はそうなの? と隣で驚いていた。
俺達友人のことでもそうだけど、ベイリーが正々堂々と「強い方と試合をしたいのでお願いします!」と対戦してぶっ飛ばしてロイが別方向から追撃みたいなのは結構あった。
勉学関係になれば首席のヨハネが正面からぶっ飛ばしてロイは相手が良く勉学している場所をどうやってか閉鎖。
卿家の息子なので不正をしていないのは知っている。仲間なら心強いけど敵に回すと面倒で時折怖いのがロイだったけど面倒くさがりなところもあるのでまさか両親に噛み付くとは思わなかった。
母は細かくて面倒で祖母と母の嫁姑問題も嫌だったからお嫁さん選びは母中心。多少選ばせてくれるだろうからそれで良い。
文通お申し込みをされても「母が渋るから面倒なので断る」だし「1人息子は確実に結婚出来るというかさせられるから適齢期まで我慢しておく」みたいに言っていたロイが消滅するなんて恋とは摩訶不思議。
男だから色狂いは分かるけど恋狂いって文学上の話みたいに思っていたら違った。
次の手紙には「リルさんが優秀過ぎて花嫁修行先の旅館の次男に横取りされるところでした」とか「母が折れたというか反対出来ないから大手を振って8月に祝言します」と記されていた。
既成事実にしようと8月に祝言すると言いふらして花嫁修行がイマイチなら「若いので結納期間を延期しました」とのらくらするつもりだったらしい。
リルさんは働き者。リルさんは努力家。リルさんは素直。リルさんは丁寧。リルさんは料理上手。リルさんはかわゆい。
聞きたい情報よりもリルの話が多かった。それでまたしてもロイがこのリルとどこで出会ったのか、どうしてここまで入れ上げたのか不明。質問したのに返事なし。おそらく頭の中が他の以下略。
狂ってる。俺はそう思った。ロイは噂の恋狂いになって狂いに狂った。
結婚お申し込みから結納まで1週間で祝言まで3ヶ月という破天荒さ。
ロイから見たリルは完璧女性みたいだけど欠点がない人間なんていない。
彼女の欠点は何だ?
ロイは目を覚ました時に彼女をどうするんだ?
俺はオロオロしてしまう方だったけどロイはベイリーと同じく友人の為なら断固戦う男なのでリルを大事だと思う間はきっと大切にするだろう。
嫌がっていた嫁姑問題としっかり向き合う気なのは手紙に書いてあった。
しかし目が覚めた時は大丈夫なのだろうか。
家と家の結びつきや打算があるからそこから譲り合ったり話し合えたりするのが結婚なのにロイとリルだとそれは無いように思える。
そもそも「働き者で努力家で素直で丁寧で料理上手でかわゆい」は探せば他にもいそう。
ロイとの手紙のやり取りではリルという人物像が全く把握出来ない。
リルは噂の魔性の女?




