感想より小話編「ルーベルさん家のお嫁さん」
感想で「町内会のご婦人方の視点からルーベル家に貧民から嫁が来た!?あれ?テルルさんが認めるなんて何者!ハイカラ嫁?なんなのスゴいな感じをもっと詳しく知りたいです」といただいて書き出してみて、少し違ってしまったかもしれませんが天ぷら教室のベラさんとテルルのお話です。
【ダルマシル家のベラさん】
我が町内会で次に結婚するのはセブルス家の次男シリウスか失恋で仕事以外引きこもりがちなフォスター家の長男ディーンかと思っていたらルーベル家の一人息子ロイだった。
町内会で1番親しくしているテルルの息子が突如結婚した昨年夏はかなり衝撃的だった。
年が明けてもう2月。私の隣でルーベル家の奥さんテルルは今日も今日とて嫁にイライラしている。
「副仲人の伝統、姑のご機嫌取りってこれよね。こんな見え見えの手で騙されると思っているのかしら。まったく」
そう言いながらテルルはわりと笑顔。顔に嬉しいと書いてある。どう見ても騙されている。
私は棚からぼたもち。夫やツテに頼んで争奪戦に負けてしまった茶道展を一緒に行きませんか? とは幸運。
まあ長年嫁仲間として親しくしてきたテルルとまた遠出出来ることが嬉しいし楽しい。
彼女はいつ手足が痛むか分からないからと遠出を避けるようになったのでこうして彼女と遠出するのは久しぶりだ。
なんでも「西の国の魔除けをした水」か「お酒と塩風呂」か「嫁が部屋に盛った塩」が効いた疑惑らしくて発症してから1番体が軽いそうだ。
鬼や妖なんてそんなに信じていなかったけど嫁にすまし顔で「追い祓えてせいせいしました」と言われた上でこの体調だから信じそうらしい。
「あなたとそんなに親しくない奥さん達があの変わったお嫁さんは商家の娘さんらしいと噂しているわよ」
「変わった? 確かに変わっているわ」
「あのお嫁さんは話しかけないしあなたの機嫌をうかがってかなりの人達が遠巻き。祓屋で会った嫁達もなんだかよく分からないって。私も未だに会話の間がよく分からないわ。あれは最初にセヴァス家の嫁とエイラちゃんとくっついていなかったら苦労してたわね」
息子が結婚する話をろくにしないで回覧板でひそっと報告。ロイの結婚話について尋ねられるとテルルは「色々です。不束者の嫁が来ますがよろしくお願いします」と寒々しい笑顔。
ロイ——若衆経由で「竹細工職人の娘で兄は地区兵官。その兄と10年以上兄弟門下生で仲人は師匠のデオン先生」という噂が町内会中に広がった。
それでどうやらロイはテルルを無視して縁談を始めたので結婚を許してもテルルは不機嫌。恋愛結婚にかなり近いみたいだ。
ロイのお嫁さんにはまずは近寄らない。触らぬ神に祟りなしのごとく怒らせると面倒なテルルを刺激するなかれ。みたいな感じだったけど最近は風向きが違う。
「実家周りで浮いていたそうよ。まぁ騒がしい家族が先回りして喋って本人は本人で喋るのは疲れるとか言い返すのは面倒だとそうもなるわ。人見知りだし無自覚頑固。私と同じで自分流を妥協出来ない。こだわりはなさそうだけど細かく丁寧にとか自分の速さでするとか割と譲らないのよね」
そう口にするとテルルは頬に手を当てて首を斜めに傾けた。
「商家の娘ねぇ。放っておこう」
「松茸をポンッとお裾分け。トランプや花言葉。今日の振る舞い時に現れたら話しかけてみようかしらって言っていた人達は結構いたけどお嫁さん居なかったわね」
「息子の友人と婚約者の付き添い人になったから家で昼食よ。夏には町内会関係が始まるけど1対数人で怪しいのに大丈夫なのかしら。ダメよあのぼんやり嫁は。どうしたものかしら」
愛息子が狂った! と怒り狂っていたテルルの面影はもうかなりない。
私は娘しかいないので息子がどのくらい可愛いものなのか理解出来ないけれどたった1人だけ元気に育って期待通りに跡取り認定を取得してくれた息子はそりゃあ可愛いだろう。
浪人せずにというのがまた高評価。まだまだ慣れない仕事の合間に体の悪い自分のために家事をしたり病院へ付き添ってくれる。そういう息子は目に入れても痛くないのは当然だと思う。
むしろ思う。よく結婚を許したと。それからあの大人しくてなんでも親の言うことを聞いているようなロイが「絶対に結婚するから許さないなら家出する」と言い出したことは未だに衝撃的。
テルルは同じ町内会で結婚したら姑関係が面倒だから他の町内会のお嬢さんとか、いっそ息子の友人ツテで華族のお嬢さんを招いて少し野心なんて言っていたのに青天の霹靂。
息子の嫁の悪評は家の悪評だからとテルルはこの経緯を町内会で話していない。
愚痴その他を聞かされて「広めないで欲しい」と頼まれた私はきちんと黙っている。これまで彼女にはうんと助けられてきた。
私の知る限りテルルが町内会の人達に嫁について説明する文言はこれ。
『息子の10年来の兄弟門下生の妹です。父親は竹細工職人で兄は地区兵官。仲人は息子の恩師のデオン先生です』
嫁入りに際してテルルがかなり指示を出して花嫁修行させたのもあり長屋育ちの貧乏大家族の次女なんて誰も思わないだろう。
本人が普通に事実を喋るのでそのうち町内会中に広まりそうな気がするのに意外に広がっていない。
それどころかテルルの説明から推測して「商家のお嬢さんらしい」とか「急だったのはテルルさんのお体が意外に悪くてロイ君の親孝行みたいよ」という誤解も発生。
町内会なんて狭い世界なのに噂って不思議。
デオン剣術道場はこの辺りでは有名な大剣術道場で稽古が厳しくてこの町内会ではロイしか通っていない。何人か入門して皆「手習なのに厳しい」と辞めた。
ルーベルさん家のロイ君はあのテルルさんが望む卿家のお嬢さんではなくて親孝行というか家事重視で選んだみたい。祓屋のお風呂場や水回りにしれっと他のところもピカピカらしいわよ。
親の心子知らずだけど子の心親知らずね。
最近はそれが変化して「どうやらガイさんの野心の為に選んだお嫁さんらしくて家柄が違うからわざわざ花嫁修行をして価値観を埋めたりあのテルルさんが娘と言うくらい可愛がっているらしいわよ。おまけにハイカラさんらしいわ」という噂。
ロイがこの娘を嫁にしたい! と大騒ぎしてテルルを脅してテルルの反抗「花嫁修行」をリルがしれっと乗り越えるどころかテルルの幼馴染と取り合いになって許してしまったみたいになったので悔しいけど許して祝言。
本人達に聞かないとそのような真実には辿りつかないだろう。
「セヴァス家のお嫁さんとエイラちゃんに任せておけば良いんじゃない? そう思って2人に副仲人を頼んだのでしょう?」
「まあね。そもそもあの年代は気楽そう」
それは私も同意。八方美人で人当たりの良くて前にも出てくれるクララとエイラは私達の年代にもいて欲しかったなと思う。
エイラは地元育ちで人間関係を把握しているしクララもどういう訳かたまに地元民より人間関係の情報通。
それを悪用しないで良い方向に使って家族の評判上げをしてくれるからセヴァス家の奥さんは鼻高々。なのにたまにイビりを見かける。
家出されたら大損なのにと首を捻りたくなる。息子のいない私には一生分からない息子の嫁は誰でも気に食わないの図。まあ私も義母と色々あった。
「リルさんは祓屋であの気難し嫁のオーロラさんを手懐けたそうよ」
「何その話。そういえば付き合いがないのに本人だけ新年の挨拶に来て菓子折りをいただいたわ。いつもお世話になっていますなんて。娘関係かと思って娘に聞いたら祓屋で一緒になることがありますって。それだけ」
娘。いつの間にかテルルは嫁のことを時々そう呼ぶようになった。
自覚しているのかしていないのか分からないのであえて指摘してはいない。
「私達には話しかけてこないのに町内会に上手く馴染む為に必要そうな相手の懐には入っていくのね、なんて聞いたけど。あなたの指示かしらとか」
「それも放っておこう。邪推とか嫌味とかいちいち疲れるもの」
テルルは呆れ顔を浮かべた。テルルの性格は口では放置と言うのにさり気なく話の出所を調べて別の話で面子か何かを潰しにかかる。
あと「ルーベルさん家のお嫁さんは親しくした方が良い気配」みたいな掌返し達を「娘」からさり気なく遠ざけそう。
気に食わなくてもとりあえず様子見して自分の目で好き嫌いを判断するテルルは反対の者を毛嫌いしている。特に「嫌いなら近寄らなければよいのに」という相手。テルルはかなり勝ち気。
娘と一悶着あった家が噂話に参加していたからこの話をテルルにした私も私でタチが悪い。
「リルさんは夏の七夕星祭りから町内会に参加でしょう? その間は何かさせるの?」
「させないというか夫と息子が娘嫁自慢をしたくてお客を増やしているからそっち優先。町内会の方は変な噂や会話で疲れるから遠巻きにしてセヴァス家のお喋り嫁と若嫁長みたいなエイラさんに丸投げ。夏の七夕星祭りまでには娘の性格が少しは広がるでしょう」
「もともとのらくら隠れ奥さんだしねあなた。どこの家ともわりとそつなく付き合って前には出ない」
「細かくて嫌味がキツい怒らせると面倒な奥さん、だからね。姑の嫌がらせから逃げ隠れしたりどうにか馴染もうとした結果は外堀から囲うしたたか奥さん扱い。何でもいいわ。自分が過ごしやすければ」
こういう自己分析や全方向とのらくら付き合える所を尊敬しているし根っこに「お人好し」があるから今の立場を得ているのにそこは気がついていなそうなのは長年の謎。
彼女がする嫌がらせは悪意系ではなくて正攻法で叩き潰すだけどそれも無自覚そうだといつも思う。
人見知りでお喋り下手そうなリルに天ぷら教室をさせて、わざと雑に教えたのに見事にやり返されたのは未だに笑えるけど。
私に根回しして嫌がらせのはずがセヴァス家からの評価を上げただけ。
天然お世辞娘にテルルがなんとも言えない顔や嬉しそうな表情を浮かべるのを私は何度も見てきた。
1ヶ月後、セヴァス家の嫁発信で町内会で前髪作りが流行るようになった。
話を辿ると出どころはルーベル家である。ちょろちょろ「またお嫁さん。本当に情報通なのねぇ。なんだかあちこちにツテだらけらしいわよ」みたいな話が登場。
そのうち新しい噂がまた発生。ルーベルさん家のあのお嫁さんはガイさんの野心の為に迎えられたお嫁さん。なんでも跡取りの予備にお嫁さんのお兄さんを養子にしたって。ロイ君は母親だけではなくて父親孝行にもなる相手を探したみたい。
若くして地区本部入りが教育目標の兄弟門下生を特別養子にして卿家跡取り認定を取得してもらうんですって。ガイさんが夫に大自慢しているわ。
特別養子? と思ってテルルに聞いたら「知っての通り息子の惚けと猛反対が先で偶然よ。息子を説得するのにとりあえず家族を調べるかと調べた夫はミイラ取りがミイラ。反対しないどころか私を説得してきた理由だったと年始に判明。時々かなり腹の立つ夫」と愚痴られた。
「へえ。偶然跡取りの予備候補を確保って凄いわね」
「最初は跡取りの予備候補でなくて単に1人息子に支柱と思っただけみたい。まああの人柄とデオン先生の愛弟子だし夫が山のように私に読ませた調査書を見たらそれは納得。蓋を開けたら特別養子縁組出来ただけ」
「憎い嫁の兄が実子扱いになるのも納得なんだ」
「嫁は誰でも気に食わないけどまぁリルさんはそれなりに気に入ったから。家族自体がそうだけどリルさんと根っこが同じで天然お世辞男でお人好し。兵官、火消し、大工、商家に漁家とかなり顔が広いからロイに役立つ人材がわんさか。人見知り気味で親戚も少ない1人息子だから心配だったけどこれで安心して先に死ねるわ」
リルをそれなりに気に入ったと口にしたテルルは憑き物が落ちたような優しい笑顔だった。
「そんなに安心な方なのね」
「でも妹と同じで変わり者でぼんやり。ロイが上手く使うでしょう。ロイよりも余程剣術道場の門下生と親しいみたいで華族とも繋がっていそうだからベラさんの娘さん達の縁談に役立つかも」
「それは良いことを聞いたわ。それでこの話はそんなにしないんでしょう」
「華族と繋がるのもありかなと思っていたのにロイが平家商売系にいったからこの次男で野心もありかなって。本人も成り上がってお嫁さんはお嬢さんが憧れらしいから。だからあまり自慢して回らないで欲しいのよね。本当に困った夫」
「縁って不思議ね。それにしてもこれでますますリルさんは謎人物ね」
テルルは呆れ顔の後に珍しく大きめの声でコロコロ笑った。
「人見知りを直させたいし疲れるから私は体が悪いってことで私こそ周りを遠巻きにするわ。フォスター家の仲人や娘の実家関係で忙しいし」
こうして隠れ奥さんはさらに隠れ奥さん化。リルは元々隠れ気味の嫁で茶道教室に通い始めたのと副仲人、客人のおもてなしなどでやはり隠れ嫁。
最近私はこう話しかけられる。
「テルルさんと親しいベラさんならルーベルさん家のお嫁さんについてご存知? 親しくした方が得らしいけどきっかけがなくて。テルルさんもお嫁さんも見かけないのよ」
親しくした方が良いって何? と思うけど「人見知りらしいから見かけたら話しかけると良いらしいわよ」という返事をしている。
テルルさんと仲が良いからルーベルさん家とくっつけてみたいな空気だけど丸無視。
町内会や人間関係は打算や使えるか使えないかや気に食わない気が合うというような世界でもあるので仕方ないけどかつて自分達がテルルにしたことを忘れているのかと頭が痛くなる。私にしたこともだけど。
ちなみに私は先日テルルに呼ばれて嫁のリルの西風料理祭りを堪能。
相変わらず会話の間がよく分からないし言葉選びも少々変。あと人が多いと無口の傾向。
しかしやはり人柄の良さはしっかり伝わってくる。
私の次女はリルに教わったキャラメルを女学校の友人達と我が家で作って実に楽しげだった。
しかもリルが「楽しんで下さい」とトランプを貸してくれたので余計に。
『ルーベルさん家の奥さんはお嫁さんを毛嫌いしているわね。どうやらガイ君が駄々をこねて結婚したからみたいよ』
うんと昔のその噂話後に母に「あなたぐらい仲良くしてあげたら? 気が合うならだけど」と言われた結果が今。
それで先に私と彼女が話すきっかけを作ったのはテルルの方。
祓屋で具合が悪過ぎて新米嫁の仕事を忘れてしまったのに後から見に行ったら風呂掃除どころか水回りの仕事まで終了していた。
私がしたことになっていて誰の気遣いなのか探すのに3日かかりテルルに辿り着いたら彼女は一言こう口にした。
『他人の事でも陰口や嫌味を聞くのは苦手なので』
やられたらやり返すテルルが先に攻撃するのはあまり見た事がない。
珍しく嫁にそれをしたけど話を聞いた限りことごとく返り討ちでもうしてなそう。
最近ルーベル家はまたハイカラ家みたいになっている。
「毛糸という西の国のものを仕入れたり編み物なんてどこのツテなのかしら。ルーベルさん家はロイ君が結婚してから様子が大きく変わったわね。お嫁さんは結局何者なのかしら」
貧乏平家の次女で人見知りや人付き合いの下手さを結婚を機に家族の庇護やお節介無しでどうにかしないといけなくて励んだ結果本来の長所、人柄の良さやお人好しさが功を奏して謎の運も加わって自らツテを増やしているお嫁さん。
言葉選びや会話の間が変わっているのがまた面白い。
私は最近リルを「テルルさんの娘さん」とたまに呼ぶ。
大陸中央、煌国。
結婚は家と家の結びつきというけれど根本はやはり人と人との結びつき。それで家と家を結びつけるのは結婚だけではない。




