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特別日編「ルーベル家と異文化交流2」

 着替えたロイとセレヌと居間で3人。挨拶をして編み物を教わるところだったと伝えた。

 そこにヴィトニルが再来訪。ロイと2人でお出迎えしてご挨拶。ヴィトニルは怒っても拗ねてもなさそう。

 むしろ「煌国は通り過ぎるばかりなので街並みとか面白かったです。お邪魔します」と目がニコニコしている。

 ロイが彼を居間へ案内。私はお茶係。お菓子はセレヌと同じで金平糖。お酒と肴も準備。来られないかもしれないと手紙に書いてあったけど一応朝準備しておいた。

 大根ときゅうりの漬物なので、来られなければ夕食と思って。

 全部居間の前へ運んでお茶だけ持ってきました風にする。

 華やぎ屋流、いると言われたらすぐ出す精神。


「失礼します」


 襖を開けたらセレヌが移動していた。私がいつも食事をしているところ。それでヴィトニルはいつものロイの位置。ロイはヴィトニルの向かい側に座っていた。


「一緒に食事をした際に飲んでいたのでほうじ茶にしました。お茶菓子は金平糖といって縁起のええ意味の砂糖菓子です。ヴィトニルさん、甘いものは苦手ではないですか?」


 ヴィトニルとロイにお茶を出して、ヴィトニルだけに手拭きと金平糖を乗せたお皿を出す。セレヌと同じでお皿も縁起物の鯛の形の小皿。

 この家には先祖代々使ってきた食器が色々ある。売ったり買い変えているらしいけど。


「厄除けの金平糖にめで鯛とはありがとうございます」

「厄除け? めでたい?」

「このとけとげで鬼や化物を退治。この形のこの魚を使ったものは祝福や喜びを表すってこと。このようにありがとうございます。ロイさんどうぞ」


 セレヌは感心顔。異国の人で旅人なのにヴィトニルって物知り。ヴィトニルは金平糖のお皿をロイへ差し出した。


「リルさん、お茶菓子にそういう意味があったのね。ありがとう」

「はい。ヴィトニルさん、そちらはヴィトニルさんへです。旦那様は甘い物が苦手で足りないからではありません。金平糖は沢山あるのでお好きなら沢山出します」

「ああ。そういうことで。それなら遠慮なく」

「へえ、化物退治。毒消しに似てるから何かいい意味かなあって思ったけどそっかあ」


 ヴィトニルは手拭きを使った後に金平糖を頭巾の下から中へ入れた。

 お面の方が楽そうと思ったら「やっぱり邪魔だな」と頭巾の下半分を外した。ボタンで口元だけ取れるみたい。

 顔は傷だらけらしいけどやはり顔の下半分に傷跡はない。それは良いことだ。

 目元と口周りだけで何となく整った容姿だと分かる。そこに傷だから隠したいのかもしれない。


「ヴィトニルさん。旦那様はお酒が好きなのでまた一緒に飲めると嬉しいと話していました。よかったら飲みませんか?」

「もしよろしければ。我が家で出せる程度のものですが気に入りのお酒を買ってあります。後で弟が知人に貰った秘蔵酒も持ってくると」

「ありがとうございます。昼間から酒か。たまにはいいか。弟がいるんですね。俺と同じだ」


 乗り気みたいなので用意しておいたお盆を出す。セレヌにはあらかじめ聞いてあって昼間のお酒は要らないと確認済み。


「末広の……」

「可愛い。蝶々だ。リルさんって器用なのね。料理人? 早くない? すえひろって何?」


 褒められて嬉しい。


「セレヌ。お前は会話を遮るなと何回注意されれば直す」

「気をつけているけど感激するとつい」

「末広は扇のこと。広がっているから相手の人生も広がりますようにという祈りや願いを込めて使ったりするんだ」


 ヴィトニルの説明にふむふむ、とセレヌが首を縦に振る。

 顔は全く違うけどこの姿は私の仲間だ。私は自分の国でこうで彼女は異文化だからだけど。


「仕事はこの家の嫁です。こういうちまちまが趣味です。朝作っておいていらっしゃらなかったら夕食です」

「妻は凝り性で。自分も食事は見た目からなのでありがたいし客を招けばいつも工夫してくれるので感謝しています。ヴィトニルさんは博識ですね。居間への入り方に上座のことなど煌国に長く滞在したことがあるのですか?」

「いや大きな国は通り過ぎることが多いのでこの国もそんなに。読書が趣味で速読なのとあとは見様見真似です」


 ロイが用意したお酒は「歓迎」でそのまんま。ヴィトニルは量を飲みそうなので升にしてある。ヴィトニル、ロイの順にお酌。

 ヴィトニルは注ぎ終わりの時に会釈をしてくれた。義父やロイと同じ。升を持ってお酌を待たれるのもそう。これが全部見様見真似や読書で学んだってなんだか凄い。


「想像よりも立派なお屋敷にこのようなおもてなしで正直驚きです」

「この家はきょかなんだって。ヴィトニルなら知ってる?」

「きょか? 卿家か。へえ卿家。そうか。俺としたことが失念していた。凖華族なら納得」

「凖華族ですか?」


 ロイが知らないことは私も基本知らない。ヴィトニルは腕を組んで少し俯いて唸った。

 しばらくしてヴィトニルは腕組みをやめて顔も上げた。


「セレヌは時間が沢山あるので置いて帰るとして、俺は色々忙しいので手紙に書いた通り侮辱を撤回してもらいにきました」


 ロイもヴィトニルも2人共ピシって背筋を伸ばしているから見た目は変わらないけど部屋の空気がピリッてした気がする。


「その件ですが、アホな軟弱地蔵の意味が分かりません。異国の方ですので知っている話と違うかもしれないと教科書を用意してあります」


 そうなの?

 ロイは失礼しますと告げて2階へ行ってしばらくして戻ってきた。

 その間ヴィトニルはへらっと笑って「料理上手な奥様とはロイさんは果報者ですね。しかも前髪を作られてますますお美しい。春桜のように可憐ですね」と褒めてくれた。

 これは嬉しいし照れる。ロイも気に入ってくれたみたいなので私は前髪詐欺を続けていきたい。

 セレヌに「趣味って毎日? おもてなしの時?」と聞かれて「毎日何かしらちまちましています」とか色々お喋り。ヴィトニルは黙って微笑んでいる。

 だけどロイが戻ってきたらまたピリッとした雰囲気になった。

 

「レージングさんの手紙を拝見しましたし先程の博識ぶりなら読めないということはないかと。幼少時のものなので落書きは無視して下さい」


 ロイは黒い表紙の本を開いて机の上に置いてヴィトニルへ差し出した。子どもの頃のロイって落書きしていたんだ。また新たな一面。


「失礼します」


 黒い表紙のロイの教科書をヴィトニルは少し見つめて(ページ)をめくり、あっという間にすぐ閉じた。


「知っている話との違いはたぬきと犬猫くらいです。後は最後。オチがないところ」


 もう読んだの?


「速読とはなんともまあ速いですね」


 感心顔のロイと私も同じ表情だろう。うんうんと頷く。


「ロイさんはこの地蔵をどう思っているんですか? レージングが侮辱ではないからそんなに気になるなら直接聞いて来いと言うのできました」

「話ではなくてお地蔵様ですか?」

「ええ」

「神様、副神様のような存在でも万能ではないという教えでしょう」

「他には? この地蔵ですよ?」

「親切な者には龍神王様や副神様がこのように悩んで何かを与えようと助けようとしてくれるという教えでしょう。教育とは洗脳。お地蔵様は身近な存在ですから祖父母両親と手を合わせてこの話をするのは大切なことです」


 ヴィトニルは軽く首を横に振った。


「その意見は気になるとして地蔵そのものについてです。物語上のこの地蔵をどう思いますか?」

「むしろアホな軟弱地蔵の意味が分からないので説明して欲しいです。過剰なお礼は相手を困らせるからアホなのかと思いましたけど軟弱は分かりません」

「過剰? それは俺にもかかっていると言うことですよね」

「はい」


 ロイはズバりと言った。レージングからの手紙にそう書いてあったからだ。

 はっきり言っても伝わらないことがあるから何でもはっきり伝えるようにと。


「大金持ちの小型金貨1枚と我が家のような庶民の小型金貨1枚の価値は全く違います」

「ええ。それならなおさらお金が多くて困ることはないかと」

「あぶく銭で遊び呆けて金銭感覚が狂ったら困ります」

「そういう方には見えません」

「ご近所同士似たような家計なのであの家は急に羽振りが良くなったと勘繰られてご近所にはいませんけどタカられるのは困ります。その結果賄賂や横領などとケチをつけられて調査されて時間を取られるのも迷惑です。金が多い家だと誤解されて空き巣に狙われやすくなるのも嫌です」

「そのように深く考えられる方ならそうならないような知恵を絞れると思います」

「考えたくないです。面倒で疲れます。お礼分と思えるだけを受け取って残りを返した方が気楽です」


 ヴィトニルは腕を組んで唸った。


「そう言われたら俺が考えなしでした。ただそのお礼分だけは受け取ったというのは違います」

「稲荷寿司6個には6銅貨程度で十分です。妻の手間暇を考慮したのと異国文化に興味があって色々な料理を食べたかったのでごちそうになりました。楽しくて食費が浮いて本来食べられなかった品数を食べられて逆に得しかしていません」


 ロイの発言に私はうんうんと頷いた。


「本当にそう思うんですか?」

「そもそも目の前で人が転んだり倒れたら声を掛けます。当たり前です。前提としてスリ対策はしていましたし真っ昼間に警兵が多いところで木刀持ちに倒れた振りで強盗はしないかと」


 私はそこまで考えていなかった。ロイと2人で義父にお説教されてロイはこの回答をしたけど私は考えなしでぼんやりだったから怒られて反省した。


「色々はっきり言うようにレージングに言われました?」

「はい」

「パッと見、平家の裕福層だと思いました。初めての旅行のために用意したような真新しい衣服や持ち物。木刀を帯刀しているし雰囲気からすると商家ではなくて手習兵官系の豪家の可能性もあり。3泊で南地区から岩山の温泉街へ旅行。そうなると恐らく一生に一度でしょう」


 ロイは何も言わない。私はすごい、と驚き。ロイといいヴィトニルといい、相手をそうやって観察するものなのか。


「突然現れた不審者にその一生に一度の旅行の時間を与えて、熱心に話を聞いてくれて、旅行のために手間暇かけた凝った朝食まで分けてくれたという真心は神や皇帝や国王、どこぞの王子でも決して手に入れられないものです」

「ヴィトニルさん、妻の手料理はいつもあのように凝っています」

「はい。趣味です。義父母の昼食もあの稲荷寿司とあと持っていかなかった巻き寿司です。それに時間はわざわざ割いてません。そろそろ朝食にしようと話していました」

「妻の言う通りでついでです」

「はい。ついでです。あんなにお腹の虫が鳴ったら無視できません。代わりに憧れの握り飯屋でおむすびを買って食べられました」

「リルさん。あんかけ大饅頭も食べましたね」

「片栗料理本に片栗粉も買えました」

「小型金貨は贅沢旅行に変化です。寄付をしたのを見ていた方が大変親切で」

「高級旅館の大浴場に入ってしまいました。しかもお姫様がいました」


 ロイと私はあの後どういう旅行になったのか軽く話した。ヴィトニルは目を丸くして停止。

 セレヌがくすくす笑ったので彼女を見てヴィトニルは目を細めた。


「だから言ったじゃない。ヴィトニルはかなり落ち込んでいた時だし元々親切を大袈裟に考えるでしょう? 不審者かどうかは考えていたしついでだって」

「俺は久しぶりにうんと嬉しかったんだ。しかもお礼を預けた会話が聞こえてやる事が終わって確認にいったらその通り。何でお礼を渡した……あれは俺が無礼だった。急いでいたし」

「普通は受け取る。謙虚過ぎるから直接しっかり渡す。探すって言うから一緒に行ったの。心配で」


 ロイとヴィトニルとレージングは兄弟なのに違い過ぎて謎と話していたけど「心配」か。確かに心配。


「ヴィトニルさんは大金持ちでも酔っ払ったからといってお金をばら撒くのはやめた方がええと思います」

「詐欺とかタカられたりするので気をつけて下さい。それから返却合戦は疲れて面倒なので小型金貨5枚は全てヴィトニルさん達との交際費や贈り物代にすることにしました。妻はセレヌさんと親しくしたいそうで自分もヴィトニルさんやレージングさんと話すと楽しいので細々とでも縁が続くとよかです」

「はい。セレヌさんは泊まっていってくれるそうですがヴィトニルさんが忙しくて残念です」

「我が家は今後縁がある限り、火災であなた方に救われた方の代わりにお礼をします。それが礼儀です。そうすると楽しそうだからです。特に妻が」


 ん? とヴィトニルは首を捻った。


「火災ってあの火事の事ですか? 誰か縁者がいたのですか?」

「いえ。いません」

「はい。いません。皆さん大感謝していました。そうでした。あの後皆さん無事だそうです。ありがとうございます」

「噂の旅医者の方に護衛なら助けた方のその後が気になったかと思います。問題なさそうでした。ありがとうございます」

「それはよかった。ねっ、ヴィトニル。人を集めて任せたから大丈夫と思ったけど問題なさそうだって」


 私とロイはヴィトニルとセレヌに深々と頭を下げた。


「よく俺達だと分かりましたね。知り合いもいないのになぜロイさんやリルさんがお礼をするんですか?」


 何でって当たり前だからだけど異国では違うのかな。

 

「異国の方とは考え方違うのだと思います。ヴィトニルさんは博識みたいですけどご存知ないのかこの国には過ぎたるは猶及ばざるが如しという言葉があります。不十分なのも困るが過剰なものには弊害があり悪い縁が回ってきてバチが当たったり苦労するかもしれません」

「そうです。稲荷寿司が赤鹿車に高級旅館のお風呂になりましたけど揺り戻しなのか疲れる接待も発生しました」


 私は旅行後に「風が吹けば桶屋が儲かる」という言葉を覚えた。

 風が吹くと土ぼこりがたって目に入り目が痛くなる人が増えるので桶屋は儲かるらしい。そんな風に小さなことも違う大きな何かに続いていくらしい。

 それで今日セレヌに似たようなことを教わった。私のような平凡な人でも実はとても大きな世界へ続いていると。

 

「それから困った時の人頼み。日頃から持ちつ持たれつが大事です。あの日、楽しい旅行を中断して手を差し出すことはしませんでしたので代わりに有り難く人助けのために金貨を使いました。彼らが出来ないあなた方へのお礼は自分達が代わりにします」

「困った時に助けてもらえなくなります。自分が出来る範囲で優しくです。出来ないことや無理な時はしません。悪さをした人にはバチが当たります。火事場泥棒は逮捕されて土砂崩れで大怪我です」

「そうなんですか? 火事場泥棒なんていたんですか。見かけていたらあのひったくり犯みたいに逮捕ですね」

「はい。ひったくりも皆で捕まえました。旦那様も協力しました。金持ちから奪って何が悪いってバチ当たりだからきちんとバチが当たりました」


 ヴィトニルは急に腹を抱えて笑い出した。


「お祖父様も叔父上も喜ぶだろう。あはははは。そりゃあこの国の王都は治安がいい。あっ、口が滑った。まあいいか。俺達は旅のついでにそういう信仰というか精神を広めたい家族です。宗教ではなくて助け合うと良いことがあるみたいな話。ちなみにロイさんって、笠売り男をどう思いますか? 彼をどう助けようではなくて彼のことです」


 口が滑った? お祖父様も叔父上も喜ぶ?

 旅をしながらそんなこともしているのか。医者達だから助けて「他の人を助けて下さい」と言うのだろうというか。そういう話を堺宿場で聞いた。すこぶる立派。


「彼のことですか? 笠売り男はお地蔵様頼みだけではなくてそんなに心配なら勇気を出して家々を回っていたら後から笠の形でお地蔵様に祈ってくれたのが彼だと知ってもらえたかと。余所者は中々輪に入れませんが普段から大変なお付き合いをするのは大切なことです」


 ふーん、そういう考え方もあるのか。勉強になる。だから小等校で議論というものをするのか。

 教育は洗脳というのも気になるから私はロイと議論をしよう。


「リルさんもそう思いますか?」

「私は笠売り男がサッパリ分かりません。笠売り男にはもう何もないです。怪我もしていますし頼る人もいません。笠売り男は幸せにならないといけないし、お地蔵様は絶対に笠売り男を助けたかったので、お地蔵様と一緒に考えます」


 ヴィトニルは大きく頷きパチンッと指を鳴らした。

 何?

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