ジン兄ちゃんとルカのお話8
お見合いの日、両親は田舎から出てきた。お見合い場所は安い飯処屋。参加者は両家の両親と本人同士の合計6人。
ルカは母親が借りたという大変かわゆい格好で俺はヘンリが特別な日だからと貸してくれた質の良い着物姿で両家顔合わせ。
俺はようやく「お見合いお申し込みの品」として手作りの簪をルカに贈ることが出来た。箱に入れて渡したので俺の居ないところで開くだろうからルカの反応を知ることは出来ない。どうか喜んでくれますように。
結納書類には俺がこれまで通り仕送りを続ける代わりに祝言後は婿養子となり実家の財産贈与権——そんな言葉も知らなかった——を放棄する代わりにレオとエルの財産贈与権を取得。
子ども達に対する財産分与の配分は毎年変えていっているけど俺と長男は同額にするそうだ。
「と言っても我が家は大貧乏で残すものは雀の涙です。長男がそこそこ立派になったので何かあったら娘達を託すつもりです」
「なのでそこにジンさんも加えたいという下心です。夫の奉公先の大旦那さんが可愛がっているので大事にしていればお目溢があるかもしれないので」
長男は妹達に縛られないように独立させる気だし俺を家族に迎えるのは負担を背負うことになるのにレオとエルはそう口にした。
俺の負担分は「ルカのために言わない」と言われている。娘が初恋を諦めて好いてもいない相手と玉の輿狙いは嫌だからだ。
「上の息子達が少々横柄で金も足りないし、ひくらしは任せられる店だと聞いていて手紙が来るたびに安堵していました。旦那さんが可愛がっているとは改めて安心です
「下街の方が良縁があるかもしれないとか、人付き合いが苦手そうなので人に揉まれた方が良いかなど色々考えまして現在の状況です。手紙の返事がいつもチグハグだし年に1度くらい帰って来られないか聞いても無視なので怒っているのかと」
……?
手紙の返事がいつもチグハグ?
「大旦那さんから年始の挨拶に来たことがないし1度も手紙が来たことがないから捨て奉公人かもしれないと聞いていましたがこうしてわざわざ息子さんのために足を運んで下さったようですし手紙は何か行き違いがあるようですね」
「捨て奉公人⁈ 年始の挨拶……それは考え無しでした。皆さんそのようなことをしているのですね」
両親ってこんな顔でこんなに小さかったっけ?
なんだかもう知らない人達みたいだ。見送りの時に抱きしめられたとか頭を撫でられたな、みたいな気持ちがあるから悪党ではないと感じるけど想像していたよりも関心が湧かない。
向こうはどうなのだろう。見合い話を無視しないでわざわざ遠くまで足を運んでくれたから何かしら俺に対する感情はあるのだろう。いつか親になったら分かるのだろうか。
「手紙について調べます。私達はこちらの結納契約? 祝言前に契約書とか慰謝料の話とかそういうことをするとは知りませんでした。この内容なら了承します」
お見合いとか結納って明るい感じを想像していたけど割と暗いというか深妙な空気。
食事会と意志確認は終了。俺の両親は店を出ると「何かあればご連絡します」みたいにそそくさと帰宅。
「あんた塩撒きな塩! 何かあれば連絡するって上の息子達に祝い事の時にジンにたかる気だあれは! もっと嫌味を言ってやれば良かった! 田舎山で年始の挨拶をしないなんてあり得ないだろう! 手紙の返事がチグハグも嘘つきの目だ。なんなのもう。絶対に返さない!」
今日初めて会ってまだろくに話してないエルが俺のために大激怒してくれて衝撃。しかももう「ジン」呼び。
塩撒きなって言いながらエルは懐から折ってある紙を出して中身を撒き始めた。用意してあったんだ。俺にはこの発想は無かった。
「大旦那さんが信頼している熟練職人って書いて釣ってみたけど本当に金関係の話ばかりだったな。ありゃあ帰りに大旦那さんにも挨拶をしないな。先にもしていないだろう。菓子折りくらい持ってくるかと思ったけどなぁ。買わなくてええ。違ったら今日買うってお前の考えは正解か。まぁ人は気が変わったりするから縁は残しておこう」
「予定通りうんと貧乏だからこれしか無理ってかなり細い繋がりにしときましょう。こっちがうんと困ったらそこそこの家があるみたいだから乗っ取りだ。竹を植えて炭焼きをジンに教わってあいつらの根性を叩き直し。畜生からジンは育たないからジンのどこかは両親譲りだろう。横柄な兄は本当な気がする」
プンプン怒っているエルを俺はぼんやりというかなぜ? と眺めている。彼女は俺のことを知らないのに。レオから話を聞いただけでこんなになるもの?
「ジンの親なんだからやめないか」
「すまない、みたいな目はしていたよ。それに奉公先を選んで土下座で横入り。家が遠いから大金持ちになっても貧乏でのフリでもしとくか。まぁ向こうが祝金を寄越せって言ったらこっちは残り5人いるから倍返ししてもらうけど分かってなさそうだよね。世渡り下手か? 大丈夫なのか? 両親だけこっちに呼ぶ?」
「ジンへの今後の態度で決めれば良いだろう。お前は気が早いっていうか決めつけるっていうか」
納得いかない親だとブツブツ言うレオとエルの後ろで変な照れ顔のルカと無言で並びながら俺達は彼等の長屋へ到着。俺はついてきて良かったのか?
俺とルカは今日から約半年後の婚約者で俺が見習い職人から職人に昇格する10月1日に2人の職人祝いと祝言祝いをまとめて実施予定。
ルカには何も告げてないけどそこから1年間は子作り禁止。貯金したらとか職人として1年経ったらとかルカに話すのは俺の仕事というか両親共に「娘に親が色事の話に口を出ししたと思われたくない」らしいので納得というか了承。
ルカはかわゆいので我慢出来るか分からないけど子ども計画を失敗して「6人ともかわゆいし楽しいけど稼ぎに見合ってなくて申し訳ない」というレオとエルに俺を捨て奉公人にした両親という反面教師がいるので理性を持ちたい。
初めて来たルカの実家は2間でかまどの無い8人暮らしには狭い部屋だった。4人4人でかつかつに眠れそう。つまり最低限足りている。
それで俺はレオの家族に紹介された。別の部屋で1人暮らしのルカの祖母は「今日はしんどい」らしくて不在。針子らしい。ルカの縫い物上手の理由がここで判明。
祖母は夫の残したお金少しと自分の仕事代で暮らして足りない分はレオ持ちだけど特に今は出してないそうだ。
家事は一緒だけど食事は別々にとっている。嫁姑問題でエルと犬猿の仲らしい。嫁が憎けりゃ孫憎しがあるらしく孫を可愛がったり孫に腹を立てたり忙しい人だとか。
「ジンさんは12歳からひくらしで一通りの基礎を覚えた上で職人仕事が向いているからと16歳元服後からは俺とルカの同僚だ。大旦那さんも同僚達も俺も人柄が良いのでどうか我が家を一緒に支えて俺の跡取りになってくれと頭を下げに下げてルカのお婿さんになってもらうことになった。なので全員仲良くして大事にするように」
職人仕事はそんなに向いていないし土下座したのは俺で支えるどころか負担を増やす男なのにレオは俺のことをそう紹介した。
「ルカに同じ竹細工職人と縁結びするように話をしていて最初のお見合いで気が合いそうで助かった。お父さんの言う通り全員ジンさんと仲良くして大事にするように。逆は叩き出すからね。祝言後からジンさんとルカは隣の部屋で暮らすけど家事は一緒。家族が増えるだけと思ってちょうだい」
ルカの恋とか俺の気持ちは話さなくて良いのか?
変な照れ顔からかわゆい普通の照れ顔になったルカについ見惚れる。見惚れてないで説明した方が良いというかこれを隠す意味ってあるの……リルか。
俺はネビーの隣に正座する凛としたリスみたいなリルを見つめた。2年後にリルには少々高望みの縁談相手を探して衣食住をより良くして出来れば学や教養を与えたい。
格差婚となると別の我慢が増えるだろうし「あまり気が合わないから」となどと断り難い。姉夫婦は恋仲みたいなところから結婚だと「自分はなんで」と思うかもしれない。
打算みたいに結婚したけど歩み寄って仲良し夫婦になった姉夫婦という手本が欲しい?
後でレオとエルに聞いてみよう。ルカにも聞かないと。人付き合いの基本は尋ねることというのは流石にもう学び済み。
レオとエルは勝手だし事前説明するべきだと思う。見習うところもあるけどなんか苦労しそう。俺が先に気がつく気の利いた男なら良いのだけど俺はぼんやり気味。
リルが誰かと恋仲になって「この人がええ」だったら相手や家を見て考えるとは言っていた。
末っ子ロカは話を聞く気がないというか飽きているので竹細工製の人形に夢中。まだ4歳らしいのでまあそうなる。
3女ルルと4女レイは正座嫌い、何の話か分からないしつまらないみたいなぶすくれ顔。
ルカの恋人と間違えた長男は立派な男みたいにピシッとしていて隣のリルも似た感じ。
年齢があるとしても上3人と下3人で聞いていた通り雰囲気が違う。10歳から家事の中心になったリルが今年9歳になる今のルルみたいだったとは思えない。
共働きの両親。とにかく自分の事を優先させた長男。職人として励ませることに重点を置いた長女。下の娘達の教育に中々手が届かない中リルは「叱り下手。気が弱いのか言い返せないのと面倒だと自分がする性格」と聞いている。
この6人兄妹は全員違って、それぞれがそれぞれに影響を与えたり知らないうちに互いの足を引っ張っている。
ルカから聞いた話だと仲良し賑やか6兄妹。大人しいリルも「一緒に歌うし踊るよ」とか「リルは蛇投げが得意」らしい。そもそも蛇投げってなんだ? 聞きそびれている。ルカは俺の想像よりお喋りでついていけない時がある。かわゆいけど。
レオとエルに頼まれた俺の役目はネビーと共に力仕事関係。
彼は妹達が大好きで世話焼きだから時間が空けば教育に回ってくれるだろうし彼に「手が空いてるなら面倒を見て」と言うそうだ。
ルカはしっかり者だけど甘やかしが足りなかった気がするので俺はルカの甘やかし担当。これは気楽というかそうしたい。
この話をした時のレオはうんと不機嫌顔だった。エルは「長女ってだいたい甘え下手なのよね。お願い」と満面の笑顔だったのに。
それからリルが大変なので末っ子ロカのお世話。子育ての練習になるし微妙なお年頃のルルとレイとの関係を築くのは2人がピーチクパーチク屁理屈娘なので俺の今の性格だと気が重いと告げられている。
あとはネビーと共に5人娘の用心棒。特にルルとレイ。確かに2人とも美少女。ルルなんてこれはボサボサ頭とか工夫して隠したい訳だと納得する美少女の中でもさらに美少女という感じ。
今日はお祝いだからか妹達は皆それなりに整えられているのでルルの輝きが凄い。
見窄らしくするのは可哀想だけどもっと悲劇は困るし1人だけという訳にはいかないので一蓮托生なのはなんか納得。
日頃から貞節や防犯などを娘達に話しているけど両親共に不安らしい。
ルカは猛反抗したのと「この娘は理解して自分で自分の身を守れる」と判断したそうだけどあっさり俺とお出掛けしたからダメだと思う。俺は何もする気がなかったけどよく考えたら遠い海へ「友人と行く」とほいほいついて行ったのは良くない。例え俺が同僚で信頼していると言えど「恋人がいる」と思っていたなら警戒するべきだ。かわゆいルカに説教はしたくないなぁ……。
レオは職場で心配症と言われているけどエルと共に少ない時間で子ども達の様子や性格などを把握してどうにかこうにか良くして幸せにしたいと思っているのはもうヒシヒシと伝わっている。
俺の育った環境だと親が心配症で良いと思うというか羨ましい限りだ。
逆は「うるさい」とかなのかな。もう疲れたみたいなルルとレイの反応的に。あることが当たり前だとそれがいかに入手困難かは分からないもの。
ヘンリがレオやエルの欠点の推測を俺に話したし俺を家族に加えたのは娘の初恋だからと言ってもお人好し。
彼等、彼女達がうんと守りたいと思える人達になるというのはもう確信に近い。胸がとても温かい。
「ジンさんには全員のことを簡単に説明してある。今日で数度目のお見合いで来月結納と決まった。結納までの1ヶ月はこの家族で本当に良いか考えてもらうための期間なのでちょこちょこ夕食に招く」
ここも嘘をつくのか。リルに手本?
お見合いしてもその人と決める訳ではないですよとかそういうこと?
先に教えて欲しかったからそう言おう。ルカは照れ照れしていてかわゆいけどこの嘘のことはどう思ってるんだ?
「ではネビーから自己紹介しなさい。ルル、レイ、リルを見習いなさい!」
エルの雷に「おおおおお」となった。俺の人生で女性のここまでの怒鳴り声は二度目。塩を撒きなと同じ勢い。ルルとレイはますます不貞腐れ顔だけどピシッとはなった。
「ジンさん。初めまして長男のネビーです。地区兵官で現在6番地を担当する6番隊に所属しています。今後の大黒柱みたいなものなので一緒に両親家族を助けてもらえたらと思います。不束者の妹ですが悪いところは直させますので見捨てないで下さい。頑張り屋で世話焼きで優しい真面目な妹です。よろしくお願い致します」
「お噂はかねがね。ご家族の自慢のご立派な長男さんだと聞いています。こちらこそよろしくお願いします」
見事なお辞儀で感心だがやはり「大黒柱みたい」とか「両親を助けて」である。レオやエルに促される前にリルが会釈をしてくれた。
「ジンさん、リルです。家族、特に姉ちゃんをよろしくお願いします」
ネビーはハキハキしていたけどリルは声が小さい。それで微笑み。微笑みは別としてなんか仕事中のレオみたい。顔もかなりレオに似ている。
こうして並んでいると1人だけ容姿の雰囲気が違う。隣のルルが美少女過ぎて少し可哀想。レイも中々なので同じく。ロカはまだ幼くて分からない。
俺は好みというかルカと似たところがあるから普通にかわゆいと思うけど「妹は別嬪なのに」と言われてそう。
ルカは8歳から職場へ来ているからリルと比較されるのは基本的にルル、レイ、ロカだ。ロカは幼く過ぎるからあまり関係無い。
リルは自尊心が低い、みたいに言われていたけどそういう妹達との関係と家庭環境が原因かな。リルのことをなるべく褒めよう。
ルルは「ルルです! ジン兄ちゃんお願いします」でレイは「レイです! ジン兄ちゃんの洗濯とかします!」と元気な挨拶に満面の笑顔。
(いきなり兄ちゃん……)
これは嬉しいかも。
「ロカは小さいから私が代わりに言います。ロカです! うんとかわゆい末っ子です!」
ルルが立ってロカを抱っこして彼女の手を掴んで俺に向かって手を振らせた。ルルは面倒見が良いとはこのことだろう。
「リルねちゃだっこ!」
「ロカはリル姉ちゃんがすごく好きだけど皆好きだよ。ほらロカ。兄ちゃんが増えたって!」
ルルがロカをリルのところへ移動させた。リルがロカを抱っこしたけど「ねえちゃあそたい。ちいとい」を無視。
兄ちゃんが増えたってまだ増えていない。
「ルル、まだ兄ちゃんじゃない。秋になったらだ。結納とか祝言って知らないか? レイは?」
「分かんない」
「知らない」
「だから疲れた」
「つまんないよね。早く新しい兄ちゃんと遊びたい。兄ちゃんが2人だとぐるぐるするのとか沢山出来るでしょう?」
「レイは2人でちゃんばらして欲しい! ジン兄ちゃんはなんか強そう! 強い兄ちゃんが2人は格好ええよ!」
ルルとレイは立ち上がってぴょんぴょん跳ね始めた。
「兄ちゃんが教えてやるから覚えろ。覚えたらジン兄ちゃんに2人と遊んでくれって頼む。座りなさい。今は正座してピシッとしてニコニコだ。すみません。勉強させてやれていなくて。おいリル。少しはロカに何か言え」
「言うたよ。後でって」
「お前は声が小さいからもう少し励め」
確かに放置するとネビーは世話焼きをするみたいだ。リルと逆でしっかり自尊心が育ったあまり心配のない長男らしいけど欠点も色々聞かされている。
レオとエルをみたら小さく頷かれた。これがもうすぐ俺に出来る新しい家族。
きっと知らない世界が沢山待っているに違いない。




