ジン兄ちゃんとルカのお話7
半年後。桜が舞う季節になってヘンリに「レオが折れたというか嫁にやりたくないけど嫁にいかせる日が来ないのは困るから誘うくらい許す」と言われた。その前にヘンリと共にレオに挨拶。
この半年間、俺は褒めることと優しくすることを意識してなるべくルカに付きまとっていたけどレオにたびたび睨まれて躊躇気味。
ルカが誰かに文通お申し込みをされたり誘われたりして俺と海へお出掛けしたみたいにコソッと出掛けていたら絶望。
ルカに「最近あの公園の銀杏並木がすごいらしいよ」とか「年末のお祭りって楽しそうだよね」に「年始のお祭りは騒がしそうだよね」からの「桃の節句祭りは愉快そうだね」と絶対に遠回しに誘われているのに返事が出来ず。うんとかわゆいから心苦しい。
たまに落ち込む姿も見かけるから「怒られたから?」と飴とかちび饅頭を渡している。
春の花祭りに間に合うかもしれない! という希望到来。長かった。
ヘンリ、俺が横に並んで座るという初めての経験をしていて向かい側にはレオが正座。いつもヘンリが座っている床の間側に俺でレオは俺達の向かい側。
「大変不本意ながら妻から聞いた限りだと昔々にジンが職場に来てしばらくしてから娘はずっと一筋らしいので出掛けることを許すどころかお見合いをして下さい」
……⁈
レオに頭を下げられて俺も慌てて頭を下げた。レオが軽く頭を上げたので俺も上げる。半分お辞儀で顔を見合わせるみたいな状態。
「1つ。住居は隣。2つ。家計と家事は共に。3つ。子どもは貯金してから。祝言したからと考えるのは禁止。自分の教訓です。こんなに子ども達に苦労をかけて悪いと思っているので子作り計画は……全く触るなと言いたいくらいだけど仕方ない話なのでとにかく計画的に。出来ない方法はヤルなしかないのでしかと心得るように。こうしたら出来ないは大嘘だ。それから我が家の家計や俺と妻の方針を知られているようなので長男が正官になるまでは君も同じように扱う」
ヤルなとかそういう話をされるとは思っていなかったしチラリと想像してしまって全身が熱くなった。
「お前はまた……。俺は給与を増やせないからな。努力はしているけど今のところ無理だ」
「俺は全員かわゆいけど世間一般としてかなりかわゆい3女が花街で稼いでくるとか、長男が出征して稼いでくるとか、ルカが私こそ花街に行くとか言ったら困ります。言い出した時に貯金があると金を出します。もう我慢出来ないと大騒ぎしたら貯金をもう少し家計費に使うとか言います。我慢出来るならこのまま我慢させます」
貧乏で悔しい思いをしても他人を僻んだり妬んだりしないであるものに感謝して前向きに生きていけるようにするのがレオと妻の教育目標らしい。
「次女が心配なのと貧乏くじなので我が家は貧乏だから16歳になったら全員嫁に出すと言っています。本当は次女だけですけどお前だけとは言えないのでルカもそうするかと考えて職人仲間に声を掛け始めていました。次女の嫁ぎ先は高望みする予定なのでルカが私はなんで、みたいにならないかそこが悩みでしたけど……。12歳から一途に想っていた初恋相手ならそういう考え方はしないでしょう。誠に遺憾ですが……。誰の嫁にもしたくない……」
レオのつぶらな瞳に涙が滲んでいった。
「次女も嫁に出したくないです。勉強させてやりたいしもっと遊ばせてやりたいです。少ししかない空き時間くらい遊べるようにと寺子屋へ通わせていないけど貧乏のせいもあるし複雑です。ルカに手に職を優先して俺の稼ぎが悪いから妻がかなり働かないといけなくて教育不良。下の3人が暴れ娘気味で次女に負担をかけています……」
「俺はまだまだちっとも稼げませんけど金は使わない性格ですし元々貧乏で慣れているので俺の稼ぎ分でルカさんと自分の面倒を見ます。浮いたお金で次女さんの助けなりなにかして下さい」
「娘の男なんて誰でも嫌で渋々嫌々だけど息子にするんだから実子と同じように扱う。子どもがまだで娘と気が合わなくなって離縁という時に俺はお前みたいな男を家から叩き出して知らんぷりは出来ない。したくない。そんな畜生にはなりたくない」
レオの嫌そうな顔をみてびっくりした後にヘンリをチラリと見たら「ほらな」みたいな表情。
「だからお前が実家に仕送りするのは嫌だ。妻もそう言っている。会ってないけど既に嫌いなので息子がそんな相手に仕送りなんて嫌。なので俺が払う。仕送りしとけば帰りたくないけど帰らざるを得ない時に帰れるだろう。無い袖は振らないから多額は出せない」
……お見合いして下さいと言われたけどルカと祝言するみたいな話になっている。俺は嬉しいけどルカは? ルカの気持ちは? まず誘って良いかという話だったよな?
そのルカは俺をずっと好きだったらしい。それは歓喜。
……つまり俺って今ルカを傷つけてるのか? これまでも?
『いつもマリアさんを見てたもんね。残念でしたー。口説かないから他に取られちゃって。マリアさんは良いなって言っていたのに』
『ジンさんはいつこのかわゆいルカさんを海に誘ってくれるの? 海に散歩に行くにしては寒くなってきたけど』
『良い女は誘ってこねぇぞ。誘ってくるのはうんと本気で相当勇気を出すやつ』
……。
……。
「極端だと思うけどよそ様の教育や家計に口をあまり挟むつもりはない。俺の知っている限りだとレオは頑固者だしな。ジンはようやく人らしくなって来たから惚れた女といられるとか、レオやエルさんみたいな人が実子扱いするとか、あのネビー君がいると安心感がある。新しい心配な子もいるから俺もジンを手放したい。他の者達と同じくらいまで格下げしたいってことだ」
「約束もしないで出掛けさせる気はないので両親を呼んでお見合いして結納。平家はわざわざしなくても良いけど出来るので養子縁組で俺の息子にして不器用で才能なしそうだけど跡取り息子にする。1年後の春の桜が綺麗な頃に祝言。妻と祝言した頃なのでそうしたい。もしくはとっとと秋の紅葉が綺麗な頃。さっき言った通り子作りは1年禁止なので早く祝言でもええ」
子作り1年禁止。さっき言ったって言われてない。なんか新しい条件が増えた。
他も寝耳に水というかお誘いさせて下さいが結婚話に発展している。
「家計と教育計画を子ども達に教えるのは禁止。長男の特別寺子屋代が倍額掛かったこと、学費半額免除だった話だ。あと半見習い時に金が掛かったことも。知ったら自慢の息子が末っ子が嫁に行くまで家から離れないで養うとか出征すると言い出す。娘達を花街知識から遠ざけること。その他も俺と妻に協力して下さい」
「ネビー君はそんなに金が掛かったのか。道理で大貧乏みたいになる訳だ」
「息子の進路を預けてきた方に高等校経由だとより立派になれると言われて学費を出せるか聞かれたので出しますと返事をした。トンビがタカを産んだみたいでここまで支援されることはそうないから学費を出せないなら無利子で貸しますとまで言われた」
「お前とエルさんと親しくしてあのネビー君のためなら俺だってそう言う。むしろ言ったのに……」
ヘンリは深いため息を吐いて額に掌を当てた。あのネビー君とはどういう男なのだろう。俺は彼の子どもへの対応を見て「敵わねえ」と逃亡したしなんか凄そう。
「死ぬと思うまでは金は借りん。なんとかここまで来てあとは目標の貯金と上3人の自立。下は育て直すというか上とは分けて考えている」
気がついたら俺は泣きそう。というか泣いてるなこれは。頬が冷たい。
自分の親と比較してしまったのかもしれない。レオ一家がどの程度の貧乏生活で耐えているか分からないけどもしかしたら俺の実家より貧乏かも。
兄貴2人に学費を掛けて仕事は俺に結構させて兄貴2人を家に残して俺は要らないというように奉公に出してそれっきり。
下手したら仕送り代が安いとか言われているかもというか言われてるな。
「そこに娘の為にジンを加えて少し逆戻りか。ジンも好ましいと思っているからだな。ジンとルカさんの新居代、ジンの分の衣食住費にジンの為に貯金と仕送りを全部背負うつもりだろう? やり過ぎだと思うけど俺の家のことではないからな」
「代わりにジンには内職も食材採りや食材売りも仕事に支障のない範囲での家事も何もかもしてもらう。かわゆい娘達の見張りもだ。逆に姉妹どんぶりとか考えて手を出したら切腹だ切腹。友人知人で取り囲んで切腹させるからな!」
人生で一番恐ろしい怒声だったかもしれない。怖い。いつも穏やかで優しいのに。
「そんなことはしませんけど仕送りはしなくて構いません。祝言後も実家に帰りませんし今後は仕送りしません。金の無心に来たら追い払います。レオさんに家を追い出されてもなんとか生きていきます。他は了承します」
「お互い気が変わるかもしれないから家族との縁は結んでおけ。嫁や孫の顔を見たら気が変わったとかあるかもしれない。そういう話もある。仕送り代をお前のために貯金して……ないだろうな。多分そういう親だ。金の無心に来たらどう見ても無いのは明白なので無いと言う。我が家が貯金しているなんて誰も思っていない」
「お見合いするので来て欲しいにも返事は無いかもしれません」
「金がある家か見に来るだろうからどういう家とか書かずにその一言だけ書いてみろ。あと我が家が貧乏なのは大家と大喧嘩して1部屋買ったからだ。強欲オババなので交渉は結構苦労した。俺と妻に何かあったらとりあえずそこに居れば雨風は凌げる」
「へえ。家賃収入があるのか」
レオは首を横に振った。なぜ?
「強欲オババなので交渉が結構苦労したと話した通りで存命中の家賃収入は大家に払えと。代わりにかなり安く値切った。喧嘩だ喧嘩。俺と妻が死んだ後は子ども達が1人残さず所有権を放棄しない限りは家賃無しで修繕費も大家持ち。長屋が水害で破壊されたら同じ条件で同程度の部屋をどこかに用意。知恵がある人に相談して契約書をきちんと作って役所に出した」
「ネビー君を地区兵官にしたりレオとエルさんってこう色々賢いよな。お前の真似をして息子を兵官にしようとしたけど戦場兵官を勧められたとか聞くけどレオは控えに火消しを準備していたからな。火消し半見習いなんて金だけでは買えないしそういうところは頭が上がらないというか見習いたい」
「ツテとか人脈は妻です妻。2人で相談して手分けして情報集めをしたりしますけど何かと縁結びは妻のおかげです。火消し半見習いも妻が逆子を元気に取り上げたお礼です。息子が妻の良いところをかなり受け継ぎました。俺に似た自慢の息子と言いたいのに似てるのは顔立ちくらいで残念です」
俺はその長男に並べられて大丈夫な気がしない。
「なのに俺に似てというか俺より酷く忘れっぽいし興味が無いと集中しないのも俺似で自慢屋は妻の悪いところだし学費のことなど調べたら分かりそうなのに気が付かないかなり心配な息子です」
「ぼんやりな息子にぼんやり気味のジンとは不安だな」
「代わりにルカがかなりしっかりしているけど天邪鬼なところが妻に似て心配です。素直過ぎる次女の自尊心が上手く育ってないのも俺似で頑固で自己流を貫くところも不安。しかもなぜか年々口数が減っている。上3人がしっかりしているのと俺と妻の目が離れているから下の娘達は甘ったれ。長所はそれぞれ沢山あるけど全員不安だ」
「心配し過ぎだ。まあ気持ちは分かる。俺も子ども達はいくつになっても心配で世話を焼きたくなる。まだ存命だからと親父に甘えているしな。ジン、こういう両親が出来るから俺はもうそんなにお前を呼び出さない。お前が来るのはええ。手がいっぱいで無理なら無理と帰すから悩んだ時は来るだけ来い」
こうして俺はルカとお見合いすると決定。むしろ結納も決定の勢いでヘンリとレオが結納契約書などを作成したので一緒に勉強。
結納契約書なんて知らなかったし祝言するのに役所に書類を出すことも知らず。
寺子屋しか行ってないで奉公人だとこうやって親や奉公先から学ぶか先に結婚した友人達から知ることになるのでこれは世間知らずではないそうだ。
ただ知らずに終わる者も騙し騙されなど色々あるという。
小等校、中等校、高等校などに当たり前のように通える子ども達なら学校で学んだ上で家や親戚や町内会や友人達からも学べるそうだ。
俺は通える範囲にあるお金さえ払えば入学出来るような高等校にはいつでも通えるらしい。
特別寺子屋で進路に合わせた個別指導を受けて優秀だと推薦されて審査に通ると指定高等校の学費支援が発生。そんな仕組みもあるとか。
この国は不平等で不親切でそういう得な話を下々にしないけどネビーを「ちゃんばら凄い」みたいに目をつけた兵官がいるとか、寺子屋の先生が「この子はかなり賢い」と発見したら進んで支援していく国でもあるという。
かなり優秀で国に役立つ者ならうんと支援するけど凡人なら「あっちの仕事が良い」みたいに好き勝手して楽して儲かる仕事へ流れたりしないように監視や管理。それがこの国。
俺は両親に家を出されたおかげとルカに惚れた結果少々賢くなることが出来た。
縛られた不自由な枠からどう脱出してどう自由になるか考えたり、己を信じて成り上がりを目指したり、今あるものに感謝して満足するとか何も考えずに生きていくなど道は様々。
こういう話を聞いて「それならコツコツお金を貯めてそんなに合っていない竹細工職人より上の道」という人生もあるから考えなさいとヘンリとレオに言われたけど俺は首を横に振った。
予感がする。ルカと上手くいかなくて別れることになってしまってもレオと妻のエルから学んだことや親の期待以上に立派になった長男から学べることがうんと沢山あって俺はきっと大きく成長出来る。
大恩あるヘンリが事業拡大するための柱の1人になりたいからツテが多いというエルの何かしらを盗めば良いし、レオからはなんだかんだ家族全員を養っているその腕を盗む。
『彼女の家族が1日食べられないなら俺は3日間水だけ飲みます!』
俺のその言葉をヘンリから聞かされたレオから俺への返事はこれ。
『家族全員で2日腹減りになろうと言え。息子と娘も下の子達に譲る良い子に育ってくれているけど譲らないで半分にしろって言うんだけどなんだか伝わらねえ』
大陸中央煌国。大陸とか中央とかどういう意味なのかいまいち分からないけどまぁいいかとはもう言わない。学べる空き時間があれは調べてみる。この国の結婚は家と家との結びつきらしい。
俺の家はもう日用品店「ひくらし」なのでレオの家とはもう結びついている。だけどその絆が強化されると良いと思う。
ルカと上手くいかなくて別れることになってしまってもなんて悲しいのでどうそれを回避するかを俺はこれまで以上に誰かに頼っていきたい。そうすれば多くを学んできっと頼られる奴になれるだろう。




