ジン兄ちゃんとルカのお話6
歓喜の海から帰宅して数日以内にノーマとバレットに報告をしたら「それ何も始まってなくね?」と突っ込まれた。
「えっ?」
「男はいなくて良かったな。兄貴だったとは」
「食事してアサリ堀りしてワカメを探して浜辺を散策は楽しかったと顔に書いてあるけど次の誘いは? お前のことだからしてないんじゃないか?」
「男慣れしてないから照れただけじゃね? 同じ職場のやつなら安心だから練習とか。お前だから出掛けたみたいな話とか匂わせとかあったか? また誘って欲しいみたいな話」
「こういうところに行ってみたいとか。公園で紅葉をみたいね、とか。特に紅葉」
「……無い。全然無い。あと俺も誘って無い」
紅葉は紅葉草子という物語があって2人も内容は知らないけど公園の川に「紅葉を一緒に浮かべよう」と伝えることは「好きです」と同じ意味らしい。理由は知らないそうだけどかなりの常識だという。知らなかった。
「っていうか誕生月みたいな話をしなかったか?」
「祝ったか? おめでとうって。それこそ例の簪だ」
「……かわゆ過ぎて浮かれてはしゃいで忘れてた!」
バカアホと罵られた。その通りである。
「まあ見たけどまぁまぁかわゆい。なんか帰りはブサイク気味になって帰宅してたけど」
俺は2人にルカの事情を説明した。
「まあそのブサイク気味でもなんかかわゆい感じは伝わってくる。ちんまり気味で色白でなんか構いたくなるっていうかさ。凛ってしてるから同い年くらいだと思ったらまだ15歳なのか」
「1年はお預けだな。元服前に手を出すのは父親の印象が悪い。兄貴もいるみたいだし。とりあえず紅葉を見ようと誘っとけ」
「お前の誕生月だから気があれば何かしてくれるかもしれないぞ。今までは俺達みたいに恋人がいるって思っていたけど誤解を解いたみたいだからな。良くやった。お前にしては頑張った」
「っていうかその親父に娘さんが気になるから誘って良いかとか挨拶をした方が良くないか?」
「お見合いさせて下さいとかな。横取りしなくて良い訳で心配症の父親ならその方が印象良さそう」
善は急げと俺は2人と部屋を出て3人でヘンリの家に向かった。もう夜20時台だけど「また明日」とか何か言われるだろうからとにかく突撃。
思い立ったら吉日という言葉を最近知ったからと単に気が早っているだけ。
奉公人は沢山いるのにヘンリは「3人でどうした」と気にかけてくれている俺だけではなくてノーマとバレットのことも覚えていて2人は「俺らのこと覚えてるんだ」とびっくり。特に転職済みのノーマ。
いつもの部屋に通されていつものように向かい合う。俺は数ヶ月に1度は呼ばれるからもう慣れているけどノーマとバレットはカチカチ。
挨拶をして急なことを詫びて相談したいことが出来たので来たと話した。
「こ、恋人がいると思って諦めようと思ったけど無理そうなので横取りしようと思って誘って確認したら恋人は居ませんでした! なのでまた誘いたいです!」
「お、おお。初めてこんなに大きな声を聞いた。誘い方が分からないとかか? 大の大人が3人も揃って。まあ若いには若いしな。遅いともう数年後からお見合いとか始めるからな」
「せ、先輩であるレ、レオさんの娘さんの同僚のルカさんで、横取りではないしレオさんは心配症らしいので常識というか印象良く誘いたいです!」
ヘンリは目を丸くして俺を見つめている。それから困り笑いをした。
「ルカさんか。それは少し困った相手だな」
「……えっ?」
俺とノーマとバレッタは顔を見合わせた。まさかあのいつも良く働いているルカが悪女?
「ジンはレオの家族事情は何か知っているか? 同じ職場だから何か聞いたことがあるだろう」
「長男さんを地区兵官にするために稼いでいると皆言っています。それで成しました。立派だと。でも子が6人だからまだ貧乏でルカさんはレオさんの感じだと貧乏の度合いが変だからどこにお金が飛んでいっているんだろう? と疑問に思っていました!」
「お、おお。おう。本当に今夜は元気というか気迫が凄いな。まぁその通りなんだがここだけの話……2人は帰ってもらおうか。大事な話だからな。話して良いことだけ相談しなさい」
「はい!」
「帰ります! 張り切って働きます! 覚えていてくれてありがとうございます!」
「俺もそう思いました! 嬉しいので紹介してくれた米屋で悪さしないでこのまま真面目に働きます!」
それでノーマとバレッタは帰宅。ヘンリと2人きり。
「お前は口が固いと信じて話す。まあもう話しても害は無さそうなのもあるから教える。一応内密にな。レオの長男は教育費がかなり浮いた、という話になっているけど実際は違う」
「そうなのですか。優秀だから学費免除? とかいうものだと聞きました」
「半額免除だ。それでも優秀だけどな。かなり大勢の人に評価されて是非地区兵官になって欲しいと望まれてそれを成した。そこまで導いてなんとか稼いだレオも立派。金の無心に来たことは1度もない。お前になら貸してもええと言ったけど拒否してる。それで長男のしわ寄せが娘達、特にルカさんと次女のリルさんにいったから2人は早くそこそこ良い家に嫁に出して楽をさせてやりたいと言っている」
早くそこそこ良い家に嫁に出したいって早くっていつ。祝言は男女共に16歳から可能。そこそこ良い家……俺は当てはまらない。
「ルカさんの相手は出来れば自分と同じ竹細工職人で自分の技術を学んでくれそうな相手が良いそうだ。長男が下手くそだから諦めた代わりにルカさんと結婚相手に期待したいということみたいだ。特注品依頼の指名がちらほらくるから看板職人にならないかと思う時があるし職人はやはり代々の知恵とか技術を伝えたいんだろう。たとえしがない店の職人だとしても」
「……」
俺は職人としてかなり劣等生。言われた物をコツコツ作ってお店に貢献出来るし今後その貢献度が増すことを期待していると言ってもらえているけどそれだけ。
「長男が下手くそっていうか職人達に聞くとレオが教え下手らしい。悔しい話だ。教え上手なら彼の速さのコツとか工夫とかで周りも向上するんだけどな。職人長が困っているというか俺と同じで悔しいと。ルカさんは教えるのは下手ではないけど0歳から竹や木に触らされていてもそこまでなのでレオ自身が職人として少々特別ということかな。引き抜きされないで済んでいるのは彼が義理堅いからだ」
レオ指名の特注品の顧客を増やして補助職人も増やして代わりに彼が求める金を与えたいけど「経営下手でな」とヘンリは苦笑い。
自由出勤可能な職人は多くなくてレオはその1人だから特別感はあったけどやはり特別な職人の1人なのだと改めて実感。
「金はないです。職人としても劣等生です。金を使う性格ではないので自分の分は殆どいりません。彼女の家族が1日食べられないなら俺は3日間水だけ飲みます! 絶対にうんと大事にするというかそれしか出来ないけどそれだけは約束するので誘いたいです! 助けて下さい!」
土下座するしか出来ないのでそうする。そうしたい。あの絶望、という気持ちをまた味わうなら出来ることは全てしたい。
「うーん。時間が経てば他の女に目移りして今みたいになるだろう。俺が心配なのはレオの方だ。お前をルカさんの相手にというと多分婿。お前が捨て奉公人なのを知っているからな。隣に住まわせて給与を入れろと言って勝手に貯金しそう。それで子どもが産まれるまでとかお前1人の給与で娘と暮らせると判断するまではレオとエルさんが家計費を出す。あの2人はそういう人達だ」
「……そうなのですか?」
「やり過ぎな気もするけど貧乏で苦労しておけば後が楽。6人もいて末っ子が4歳だから突然両親が死んだら上の3人、特に長男が苦労するからかなり貯金に励んでいる。奥さんの稼ぎは不明でも学費免除の話は知っているし給与は俺が払っている。だから大丈夫か? お人好しだから借金か? と聞き取りしたことがある」
こんなに子どもを作ったのは自分達で幸せになれるように育てる責任は自分達にある。
上3人がそれぞれ所帯を持つ時に残りの3人のことで心配や苦労をかけさせたくないらしい。
親の期待以上に励んでくれた長男は「俺が大黒柱」と言っているし、ルカは「私が人気職人になったらお金持ちで皆皇女様だしね」と言いながら働いて家事もなるべく頑張ってくれている。
共働きと長男長女の教育を優先したから次女は寺子屋すら通わせてやれずに家事育児。10歳からほぼ大黒柱妻みたいに家守り中。
3人とも妹達なんて知らない、みたいな子どもに育たなかったからこそ何かあった時が心配。頼れるような親戚はいないそうだ。
親が不在で結婚したいのに出来ないとか辛い思いをさせるよりも苦労させるなら親がいるうちというのがレオと彼の妻エルの共通の考えだそうだ。
なので次女には長男の人脈を使ってでもかなり良い嫁ぎ先を用意したい。2年後の16歳元服直後かしばらくしたらくらいにはお嫁に出して楽をさせて幸せにしてやりたい。
長男は現在地区兵官の試験採用期間で21歳になる年の1月新年に正式な地区兵官である正官になれる予定。
長男からはその正官になってから家計費を取って使う。その頃から家族の犠牲にならないように独立を促す。
ルカからの家計費徴収も同時頃にする。職人昇格から数年間親が貯金しておいてあとは渡せば嫁でも婿でも構わないが自立させても安心感がある。
なのであともう少しふんばると余裕が出てくるというところらしい。ルカも「少しマシになってきた気はする」と言っていたな。
「下手するとレオとエルさんはお前の代わりに実家に仕送りするぞ。こんなに真面目で働き者で優しい息子を捨て奉公人にするなんて鬼畜だ鬼畜。見捨てたら俺はどこかに引き抜かれるからなと俺に言ったことがある。まあ、他の職人も何人かそう言いにきたけどな。金の切れ目が縁の切れ目みたいな奉公人は出て行くけど残って大家族を支えてくれる彼等は俺の宝だ」
「……分かりました。諦めます。このお店の大事な職人や惚れた女の足を引っ張りたくないです。大旦那さんの言う通り時間が経てば他の女に目移りします。気がついたと同時に失恋した初恋と同じですぐ終わりです」
縁がないとはこういうことを言うのだろう。何も知らないで勝手にルカを誘って恋仲になって浮かれて祝言したら彼女の家族を不幸にするところだった。胸が痛いけど相談に来て良かった。
「諦めろとは言っていない。むしろ先に相談に来てくれて良かった。職人に昇格するのが2人同時だから2人でなんとかやって行きます。子どもは家計と貯金が確実になってからにします。そういう風に頼み方がある。俺が間に入る」
「……ええんですか⁈」
「そもそも現段階は誘いたいだろう? もう恋仲とか付き合いが長いのではなくて。こういう両親だから上3人は多分親から離れない。下の妹さん達がもう安心と思うまで親を支えるだろう。心配させないから言わない、忙しいから言わない、あとエルさんは愛情を伝え下手。レオは忙しい。お前はルカさんの心の支えになれるかもしれないぞ」
「はい! そうなれるならそうなりたいです!」
「後の問題は父親共通の悩みだ。レオは長男も含めて子煩悩だから娘なんてもっと可愛くて仕方ないだろう。同僚に頼んで送迎してもらったり朝は母親や長男に近くまで送らせたり。娘の相手は誰でも気に食わないとか、嫁に出したいけどこいつかとかまあ。まずお前がこうして誠実に相談に来たって話してみる」
「ありがとうございます! 大恩しかなくて全然返せていませんけどご迷惑をおかけしますがそれでもお願いしたいです! 死ぬまでにどうにか恩を返せるようになります!」
もう1回土下座。今の俺に出来ることは「真面目で働き者で優しい」という自分ではイマイチ分からない好評価を壊さないように働くこと。
信頼や信用は一瞬で壊れることがあるらしい。
きっと無断欠勤が許されたから次も平気みたいな気持ちが湧いたら禁止しないといけないということだ。
体を壊さないで長く長く働いてコツコツ貢献度を増やして他の店には行かない。それから土下座。
「ジン、虚というか無関心みたいな冷めた目で来たのにようやく人らしくなってきて嬉しいぞ。俺は店が潰れたら俺に恩がある人達にほんの少しずつ寄付してもらって食い繋いで何か仕事を見つけるつもりだ。塵も積もれば山になる。だからこの店から中々離れないでくれるような奉公人は店が潰れても食ってけるようにしてやりたいと思っている」
「どうにかして潰させません! 大旦那さんが経営下手なら経営をどこかで勉強してきます! アホなので分からないけどまずはもっと商売に関心を持つようにします!」
「そうかそうか。下街区民になんとか好まれてそのひくらしだけど中流層向けにも何か販売していきたいなど考えてはいる。レオや他の熟練職人がいるから夢を抱いているので頼む。職人に昇格したらまた接客に少し入ってもらう。顔が良いから使いたいし経営を学ぶつもりがあるなら息子とかに教えさせる」
「はい!」
顔が良いから接客させられていたのか。知らなかった。俺は自分の容姿を「魚みたいな変な顔」と思っているけど他人からの評価は少々違うようだ。俺がニブイのは感情だけではないらしい。そうしてヘンリの家から自分の部屋へ帰宅。
(誘っても良いかも知れないのか……。またうんと楽しいかも知れないのか……。かわゆかったな……)
早寝早起きよく働く! と思うのに中々眠れないし煩悩も始まって眠れないと困って走りに行ってみて無駄なので職場で寝ることにした。
翌朝最初に出勤したニニャンに「ジン! 火事で家を失ったとかかい⁈ 私達がいるから心配するな! ご近所のイサンや家族は無事かい!」と変な誤解を与えてしまった。申し訳ない。




