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ジン兄ちゃんとルカのお話4

 握り飯屋で混ぜものご飯を買ってイサンの家で作ってもらった煮物などのおかずをもらって自分で漬物を切って食べる。あとは将棋と竹細工の練習。

 1人暮らしには狭いと思わないけど「狭えな」と言われる元物置部屋。職人見習いの俺でも1人暮らし出来る様にヘンリが頼んで借りれるようにしてくれた部屋だ。

 イサン家にお金を払っておかず作りや洗濯物をしてもらうのは職人に昇格するまでという約束になっている。

「そのくらいから結婚を考えろってことだろう」とは職場の親父達談。

 16歳からまもなく19歳で。賑やかだった住み込み奉公人としての生活が時折無性に懐かしくて帰りたくなる。

 俺はこの世に、この国で1人みたいな錯覚に陥るのは帰る家がないからだろう。たとえ「ここが家だ」と言ってくれる人や頼れる人達がいても家族の輪とは違う。

 情けなくもタオラを部屋に招いてメソメソ泣いた結果ここまで感傷的になってしまった。


「見た目が悪くなくて背も低くなくて子どもに親切なうんと優しいムキムキ男にビビって逃げてきたってそりゃあ逃げる。っていうかお前、惚れてる女とかいたんだな。好みとか色話はふざけてしていたけど俺達って将棋ばっかりでそういう話はしたことなかったな」

「ほ、ほ、惚れてる女の話は幼馴染? 幼馴染なのか? まあ少しだけ話していたけど早く誘えアホって言われていて俺はアホだから誘えなくて……」


 どこの誰か教えろ。調べて悪い女か見てやって問題なければ代わりに文通お申し込みくらいしてやる。代理はよくある。

 打ち明けている友人2名はそう言ってくれていたけど、調べるも何も父親も家族構成も仕事ぶりも知っている同僚だなんて言えない。

 同僚に対して文通お申し込みはおかしいし代理も情けないから断っていたけど頼むべきだった。

 あの恋人といつから付き合っているのか謎だけどルカは俺に気が合った時は確実にあった。多分。そうなはず。


細々(こまごま)助けてもらってるいし将棋も楽しいから失恋の慰めとして花街でも奢ってやる。高い女は無理だ。パーッと遊んで次だ次。次は誘え。それか横から奪え。良い女は奪い合いだからな」

「い、いやいい。花街……行く。自分で払うけど行く。酒に付き合ってくれ」


 下手したらルカはあの男とねんごろの仲。あの雰囲気だと今夜もかもしれない。

 女は貞節が大切、だからこちらもそうしてあげるなんて聞いていたのにマリアは祝言後半年もしないで出産した。かなり衝撃的な話。

 元服前にそういうことをしてよいのか⁈ と思ったけど盗み聞きした感じだと「もう祝言だと思ったらお互い我慢出来なくて」らしい。俺はそれで女にも色感情があると知った。

 明日は仕事なのに酒処へ行くのは初。金は大切と思うから酒も博打も女もしなかったけど必要とする者の気持ちが今夜分かった。

 安い酒処で「お前はさすがに飲み過ぎ。もうやめておけ。いややめろ」と止められるまで飲酒。

 それで「3区花街とはいえ中店(ちゅうだな)のそれも格子遊女は高嶺の華過ぎるからやめろ」と止められたけどタオラの静止を振り切って彼と店前で別れてお店にお支払い。

 それで煌びやかな部屋の中で我に返った。目の前に少しルカに似ている彼女よりも更にかわゆい女が座っていて色っぽく微笑んでいる。

 でもルカの方がかわゆい気がする。俺は道端のたんぽぽみたいなあの素朴さとか溌剌とした笑顔が好きだ。好きか。恋の意味で初めてその単語を使った。


「好き? あら嬉しい」

「いえ貴女ではなくて……うおわっ!」


 正座していたけど後退り。細くてすべすべした指で唇をなぞられたのと艶かしい笑顔に衝撃というか衝動。


「あら残念。どなたに恋をされているのかしら。そんなに切なそうなお顔で。遊びながら相談に乗るのも私達のお仕事よ」

「ざ、残念⁈ ああ、仕事ですか。仕事ですね。はい」

初心(うぶ)ねぇ。可愛らしい。本当は一見さんもその身なりの方もお断りなんだけど丁度悍ましそうな方が舐めつくように私を狙っていたから助けてもらおうと誘ったの。だから安かったでしょう? 来てくれて嬉しい。お顔が良いし体も良さそう。ふふっ」


 上に乗られて柔らかいし良い香りなのとあれやこれやで放心気味。着物の合わせを広げられて胸をツーッとなぞられて衝撃というか衝動。


「た、た、高かったですけど安かったんですか⁈」

「ええ。私はもうすぐ花魁ですもの。少しは我儘を言えるの。まずは全身拭いてあげますね」


 足を撫でられた瞬間俺は彼女を「すみません!」と突き飛ばして逃亡。

 

(金の無駄をした! 抱いてみたいし触りたいし憂さ晴らしにぐちゃぐちゃにしたいけどルカじゃない!)


 絶望。ルカも夜はあんな感じ? 女ってそうなの? それなら女は怖い。昼間何も知らないような顔をして夜はあれとは二重人格。

 この帰りも俺は転んだ。情けなさしかない1日である。

 鐘の音なんて聞いていなくて何時に帰宅したのか分からないのに布団も敷かずに畳の上をゴロゴロしたり自分を慰めたりしながらルカは今頃恋人と楽しくやってると絶望。

 

(買った女からも逃げるって俺はアホだ! 無駄金過ぎるしこんなことしているならやはひ鬱憤晴らししてから帰って……それはなんか可哀想だな。悍ましそうなやつの相手もさせられてる訳だし……。女って弱々しいし基本皆かわゆいから乱暴なことはしたくない……)


 ゴロゴロうだうだしながら「1回くらい誘う」と決意してその理由探し。恋人がいるから簡単には出掛けてくれないだろう。


(遊女と雰囲気が違うルカなら簡単に好いた男から別の男に乗り換えとかしなそう……。職人にすらなってないし、なってもどうしようもならなそうな俺……。あいつは何だ? あの身なりだと貧乏だよな。なのに火消しに飲み会に呼ばれる? 金だ。せめて稼げば奪えるかもしれない。ルカは貧乏だって……兄がうんと励んで立派な地区兵官になったから金は関係ねえええええ!)


 考えているうちに寝たというか気がついたら「起きろ!」とイサンに抱き起こされた。


「何があった! 怪我しているし真っ青な顔で畳の上に突っ伏しているしどうしたんだ! お前は誰かと喧嘩なんてしねぇし暴れ組とかに難癖つけられたか⁈」


 元物置だけど小さな窓くらいないとな、とイサンが手配してくれて半年前からあるちんまり窓から注ぐのは夕焼けの明かり。俺は寝過ぎたということだ。つまり無断欠勤。


「……すみません。色々辛くなって飲み過ぎて転んで気がついたら帰ってきて寝ていたみたいです」

「家族が恋しくなったのか⁈ もうその年って言っても捨てられたような奴はたまにこうなっても仕方ねえ。大丈夫だジン。大旦那さんや俺達がお前に良い家族を探してやるからな!」


 ……。

 日頃の行いって大切。俺はこの誤解を解かなかった。今日は家で食ってけとイサンの家で夕食をとり一緒に彼等と風呂屋へ行きどういう女が良いのかなどを聞き出された。

 

(ルカだと気がついてお見合いとかになんねえかな……)


 俺は他力本願過ぎる。


 だから失恋したと反省して失恋したのに相変わらず。また誘えない。なのにルカを目で追ってしまう。

「こうなったらどうにか奪うしかない!」と俺はルカの恋人に対抗することととにかくどうにか1回くらい誘うと決意。

 同僚だからかなりの時間彼女と会える。心配症のレオが同僚に頼んで誰かに家まで送られるルカがそんなに恋人といちゃここらする隙や暇はないのでは? と無理矢理前向きな考え方を捻り出したのも奮起した理由。

 あの日の夜どうだったか想像したらまた絶望するので脳みそに「隣にいたのは俺」と妄想の材料に使用。

 失恋から3ヶ月、俺はついにルカを誘った。


「あのさ、ルカさん。その……幼馴染の母親に日頃のお礼をしたくて何か買いたいんだけど俺母親とかいないというか会ってないから分からなくて。あと小物屋は男同士で入りづらくて時間がある時に付き合ってくれないか?」


 仕事中にルカが1人になった時に突撃。かなり練習してきたので問題なし。多分。


「小物屋? 別にお見合い相手と行けばいいじゃん。何言ってるの?」

「えっ? お見合い相手? 誰それ」

「誰ってそのどこかの小物屋のかわゆい人。小物屋と縁結びするのに小物屋に行けないって何?」


 誰? 何?


「お見合いしないの?」

「しない。いやするけどしない。相手による」


 君としたい。そう言いたいけど唇がカラカラに乾いてくっついている。


「お父さん達とか大旦那さんに聞いてみたら?」

「聞くけどそれは別で小物屋に……」


 土下座したら行ってくれるなら土下座するのに。俺は軽く頭を下げた。


「海ならええよ」

「えっ?」

「海にも買えるものは何かあるでしょう?」

「行く。俺の休みを変更してもらうから1日手伝って下さい!」

「そんなに大事な幼馴染とお母さんなんだね」

「そうなんだ!」


 最近本で読んだ「人生薔薇色」って多分このこと。ヘンリに軽く「お見合い話ってなんですか?」と聞いてから友人緊急招集。

 米屋で奉公人中のノーマと同じ「ひくらし」店員の竹林担当として働き続けているバレットに声を掛けたら仕事後なのに2人とも部屋に来てくれた。

 イサンの妻が作ってくれたおかずでは足りないので相談代として何か夕食になるものと思ったら2人して「奢ってやる」と言って惣菜屋であれこれ買ってくれた。

 夕方閉店前は安くなるから戦争だなんて知らず、もみくちゃにされるノーマとバレットを茫然と眺めた。またしても世間知らず発覚。

 職場の先輩の妻が一緒におかずを作ってくれていた俺は恵まれていると思ったら2人に「お前はそんだけ可愛がられていてなんでそれに気がついてねぇんだよ! このアホが!」と大笑いされた。

 住み込み奉公をしていたけど実家が近くて休みのたびに帰宅していた2人と俺は確かに違うけど「うんと働き者のええやつだからな」と言ってもらえた。嬉しい話。

 3人で夕食をとりながら作戦会議。2着しかないならお出掛け用の着物を買え。予算があるなら買えと言われて古着屋を教えられた。

 自分でザクザク切っていたけど世の中には髪を綺麗に切ってくれる仕事があったらしく、その整師(ととのえし)に1度くらい行って技を盗めとも言われた。


「なんでお前はそんなに無頓着なんだ! ええ顔してるのにな」

「多分お前に誘われたい女は結構いるぞ。顔で割と釣れる。後は中身勝負だけどその中身は良い。欠点はうんとあるし相性もあるけどさ」

「良い女は誘ってこねぇぞ。誘ってくるのはうんと本気で相当勇気を出すやつ。俺の姉がそうだ。あとは金目当てとか家目当てとかそういうもの。女はそういうなんとか混在らしい」

「……(かんざし)作りとか誘い方とか出掛け先を仕入れるために足を運んでいた小物屋の娘さんが勇気を出す派らしくて大旦那さんのところにお見合い話が来ていた。大旦那さん、次の休み前に俺を呼んで話を聞こうと思っていたって。相愛だと思ったら違うのかって。店のためにもなるからええと思ったけど俺の様子だと縁がないから断るって」


 そうだったらしい。俺の知らないところで俺には小物屋の娘の恋人がいて気を遣ったヘンリと相手の家が少し話を進めてお見合いしよう、となっていたらしい。

 俺は無頓着というか「なぜ頭の中はルカでいっぱいなのにそんなことに」と衝撃を受けているのになぜそんな事に。


「俺らも勘違いするからもう言え。どこの誰だ。なあ?」

「見かけておお、頑張ってるんだなって思っていたのにあれは袖にしたい相手かよ。ニコニコしていたけど嘘か。いや普通の愛想だったってことだな。ある意味怖え。自分に惚れてる女に他の女のことを聞き続けていたって。ニブイ。ニブス過ぎるし何か誤解を与えるような気を持たせるようなことも無自覚に言ってたんだろうな」

「前にも言われたけど俺はあらゆる感情がニブイみたいだ。ニコニコは多分その、想い人と出掛けられたら嬉しいとか喜んでくれるかもとかそういうニヤつきかと」


 肩を殴られて背中も叩かれた。それから「本当にアホだ」という笑顔。


「その、まあ、あの前に俺を気にかけたかも? みたいな話をした女で、その、同僚のかわゆい働き者で優しい……」

「うえええええ⁈ 海に誘ってって言われて無視したんじゃねえのかよ! お前まだ海に行ってねぇよな。もう少ししたら行くもう少ししたら行くって……。誘えないからかよ……」

「あれいつの話だ? 春だったよな? 花見をした気がする」

「18になる年の春……。俺はもうすぐ19らしいからから……」


 らしいってなんだよと呆れられた。あと長いと言われた。

 去年くらいからコソコソ恋人を作ったようだと思っていて「祝言するとしたら何をしたら良い?」みたいな相談をされるのを待っていたそうだ。

 報告がないのはムカつくけど照れ話だしまぁな、と放置していたらコレだったので「お前だからみたいに考えなくて悪かった」と謝られた。謝られる理由は何もないけどな。

 3ヶ月前の情けない話をして「どうにか横取りしたい」と2人に頭を下げた。頭は大事な人や自分のために下げるものなら今夜の俺は頭を下げる。畳に頭を擦り付けた。

 ヘンリにも今夜「空き時間とか1日の労働時間を増やすとか休みなしで働いて稼ぎたい」と土下座した。ルカの名前は伏せたけど「横取りしたい女がいて俺には金しかない」みたいな話をした。相手の男の話をした上でだ。

 だけど「他の店なら良いというかもしれないが俺はしっかり仕込んだり育てた奴に長く元気に働いてもらった方が得だと思っているから却下。貢ぎ物で(なび)く女はすぐ失う。身の丈に合った口説きで励むか諦めろ」となどとお説教されて終了。


「特別扱いして落ち込んでるとか隙があればすかさず接して褒めて優しくしろ。他の女は完全無視だ。俺達でさえ誤解をして本人にも誤解されているから徹底しろ」

「男がいるなんて知らないフリで誘い続けてとにかく褒めて優しくしとけ。一度惚れられた……お前に振られて泣いて他の男に取られたんじゃね?」

「誘わねえからだ! お前が悪い! こういうのを因果応報って言うんだぞ! レオの娘のルカさんだな。恋人を見つけて調べ上げて欠点を探ってやる。お前にはそういうことは無理だからとにかく口説け」

「分かった。ありがとうございます」


 なおこの後2人もそろそろお見合い予定らしい。お見合いという名の出会い探しだそうだ。

 去年振られたとか先週振られたと聞かされて3人ともいつも違う話ばかりだなと笑い合った。

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