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ジン兄ちゃんとルカのお話

ルーベル家のガイとテルルのネビーに注目が終わってそろそろ知ることになる調査書「婿ジンは真面目な竹細工職人。炭売りの3男」の詳細。

ネビーとルカの感じた我が家の家計は変の答えで数話続きます。

 俺は炭焼き炭売りで生計を立てる家の三男として生まれて家は山の中。周りに他に民家はなくてたまに近くの村へ買い物に行くくらい。

 木を切って木を植えて木を燃やして水を汲んでたまに買い物に行ってたまに村で同い年の子達と遊ぶ生活。

 上の兄貴2人は寺子屋? とかに行っていて勉強をしているから真ん中の兄貴からたまに読み書きを教わる。

 でも俺は2人が学ぶ時間を作るのが仕事らしく親に言われた通りの生活でひらがな少しと足し算引き算がほんの少し出来るくらい。

 そんなある日、両親というか親父にこう言われた。


「男三人が全員嫁取りして炭売りだけで暮らしていくのは厳しい。なのでジン、お前には奉公へ行ってもらう」


 奉公? 分からないけど言われたから「はい」だ。俺は弟だから何でも言うことを聞くべき立場。特に1番上の兄貴からそう言われて逆らうと面倒くさいことになるのでなんでも「はい」である。

 この日の夜、俺は珍しく親父と母の間に挟まれて寝た。珍しくというか記憶がないから初めて。

 両親の寝室と俺達兄弟の寝室に分かれているから今までこんなことはなかった。

 翌朝、親父と一緒に家を出た。母はなぜか困り笑いをしていてこれまた珍しいことに俺を抱きしめて大荷物を渡した。


「いってきます」

「ジン……いってらっしゃい」

「はい」

「元気でね」

「元気だよ」


 俺は首を捻りながら親父と手を繋いで村へ行った。そこで「ジンは奉公へ出すことにしました」と親父の友人達に言われて頭を下げろと言われたからそうした。

 たまに一緒に遊んだ友人達に「元気でな!」と手を振られてイマイチなんだか分からないが「俺は元気だ!」と手を振り返す。

 

「ジン、お前は12歳になったんだ」

「うん。昨日聞いた。歳なんてあったんだね」

「この国では12歳から働ける」

「俺は毎日働いてたけど? くにってなに?」

「国は……村が山程集まると国だ。木が沢山集まると林でさらに増えると森だろう?」

「俺、木と森しか知らない」

「そうか。悪かったな」

「なにが?」

「いや」


 あまり覚えていないけど似たような会話を繰り返しながら街へ出た。それは俺にとって衝撃的な世界だった。人が沢山歩いていて建物も沢山。


「父さん、これが国?」

「住んでいたところも国の一部だ。賑やかだろう? 最初は大変だろうけどきっと楽しく暮らせる日が来る。俺は結構探し回った」

「なにを?」

「奉公先だ」


 ここで俺は日用品店「ひくらし」というお店に住み込むそうだ。家に住まわせてもらいながら働くと教えられた。


「ふーん。分かった。なにするの?」

「あっさりだな。ここまで来るのに野宿しただろう? 滅多に帰って来られないというか……あまり帰ってこないで欲しい。金とかな……困るから」


 親父は母と同じ困り顔。


「金ないと腹減りで辛いしな」

「家に居るより食える。食事風景を見させてもらったから。もう兄貴達に横取りされることはないぞ」

「父さんや母さんがくれてたけ……あの人なに⁈ かっこうよしだ!」


 背筋をピンと飛ばしてちゃんばらみたいに腰に棒。それもかっこうよしの棒を挿していて頭にはかっこうよしな鉢巻。俺が知っている鉢巻とは鉛色の板がついていて違う。

 隣に少し似た格好で棒なし、頭のものもなくて代わりにかっこうよしな手拭い? みたいなものを巻いている俺くらいの男の子が一緒に歩いている。手拭い? 結び目がない。


「あれは兵官だ。皆を守って助けてくれる。困ったら声を掛けろ」

「へいかん。ふーん。かっこうよしだなぁ。あの男の子もへいかん?」

「さあ。兵官の息子が兵官になるから見習いとかだろう。炭売りの息子は炭売りか奉公人になってそこの仕事しか出来ない」

「そうなんだ」


 それはつまらない話。俺はあのかっこうよしになれないとは悲しい。まあ仕方ない。

 そんな風にして親父と俺は「ひくらし」を経営? する家へ到着。あまりに大きな家でびっくり。

 ロブソンという商人? が建てた家でここに元服という16歳になるまで住めるそうだ。

 サボらないで真面目に働けば追い出されない。16歳になったら給与? 働いてもらえる金で暮らせる家を探してくれて働き続けられるけど嫌になったらいつでも出て行って良いそうだ。

 このお店以外にも世の中にはうんと沢山のお店があるから好きなところで働けるらしい。

 親父に「世間は厳しいから辛くてもここで真面目に働け。お前よりは多くを知っていて探したからな。ジン、お前は優しいし素直な頑張り屋だから立派にならなくて良い。この店に尽くして元気で暮らしてくれ」と言われて頭をぐしゃぐしゃに撫でられた。


 そうして俺は日用品店「ひくらし」の奉公人ジンという身分証明書? を手に入れた。これがあると俺はこの国、煌国(こうこく)にいる存在だと認められるらしい。

 俺は12歳になるまで生きていたのにこの国にはいないような存在だったそうだ。親父の取引先の大きな家で「○歳ジルの子ども」とだけ記録され続けていたという。よく分からない。

 勉強したら理由が分かるらしいけどそれを知ったらどうなるのかと聞いたら「さあ?」と言われたので興味なし。

 こうして俺は「ひくらし」で働き始めた。掃除洗濯料理水汲みや風呂焚き薪割りに竹林で竹を切ったり運んだり、俺が住んでいた山より小さそうな山で木を切って運んだり木を育てたり植えたりだ。


 竹は植えなくてもにょきにょき生えてくると知った。俺の暮らしていた山、俺が出歩く範囲の山には竹は無かったから知らなかった。

 読み書き数学とそろばんその他も教わってお腹いっぱい! に全くならないけど腹減りだと気にならないくらいの食事が1日3回。

 俺はどうやら基礎というものがないから勉強はうんと大変だけどしてみたら面白い。大したことない仕事や生活なのに「もう嫌だ」と年の近い奴らはちょこちょこ居なくなった。

 残った奴ら兄貴達よりも兄弟みたいで仕事の合間に遊んだり、喧嘩して世話係りにゲンコツ食らって説教されたりした。

 休みが無いとかおかしい! と出ていったやつもいるけど家事しかしない日は休みだと思う。家事をしないと生活出来ない。変なの。

 俺はそのうちお店の店員仕事も覚えるようになった。接客と数学の練習で「ズルい」と喧嘩になって友達が減ったので悲しい。やれと言われたからやるだけなのに「ズルい」と言われても困る。

 あと俺は竹林が好きだったから少しつまらない。たけのこが竹に変わっていくのは面白いし、特に暑い夏の竹林は涼しくて青々とした竹が真っ直ぐ伸びているのはかっこうよす——格好ええらしいから最近呼び方を変え始めた——なので見ていて飽きなかったのに。まあ仕方ない。


「お父さんたけのこ掘れた!」

「おおルカはすごいな。ルカが煮たらうんと美味いからな」

「うん!」


 竹林には親父より若いくらいの男性とちんまりした女の子達がいる日もある。

 俺が来る竹林は「ひくらし」やその他のお店の共同の土地で関係者しか入れない。

 たけのこの時期になると「このくらいなら掘ってよい」と言われて食事用にたけのこ堀りをする。

 俺が運んだり切った竹を細工してお店で売る商品にする職人達や家族も来るそうだからその人達なのだろう。住み込み奉公人は男の子しかいないから。

 昔一緒に遊んでいた女の子ともう少し大きくなった女の子って別の生き物。

 俺みたいなわりとボロボロ着物でも肌はつやつやして見えるし柔らかそうだし髪も黒くてサラサラ風に揺れる。

 街中なんてぼんやり見つめ続けてしまう女の子や女の人が沢山いる。

 友人曰くそれは「色感情」というそうだ。

 俺はうんと田舎者だったと知って言葉遣いを直されたり大変だし、これまで知らない人達と沢山接することはなかったから接客で人と話すのって苦手。

 住み込み兄弟に喋らないと「お嫁さん」をもらえないから頑張れと言われる。金がないと苦労するから俺は「お嫁さん」はもらえないと思う。


 こうして俺は元服16歳を迎えた。迎えたというか大旦那ヘンリ・ロブソンに夜20時頃に家に呼ばれてそう言われた。

 へえ、そうだったのかと思ったら問いかけられたのでそのことを口にした。


「ジンは暦や日付を理解していなかったのか。それは済まなかった」

「いえ。この店で多くを学ばせていただきました。俺に問題が無ければ引き続きお願いしたいです」

「その話だ」


 ヘンリは顔をしかめた。俺はどうやら追い出されるらしい。接客が下手だったからだろう。

 荷運びその他に戻してくれれば役に立つと思うけど決めるのは店だから俺はなにも言えない。


「他にもたまにいるが奉公中に家族からお前宛に手紙が来たことはないと世話役達から聞いている。お前は練習も兼ねて送ってみろと言われて何度か送っているな?」

「はい。捨て奉公人って言うんですよね」

「……そういうところだ。なにも期待していないというか感情が乏しいというか自己主張が全くない。こんなに心配な子は久しぶりだ」


 俺は首を傾げた。


「期待もなにも不満がないだけです。正直実家より楽しい生活です。悔しいこととか嫌なことがあっても同じような奴らがいて気楽というかなんというか。あのまま山にいたら世界がこんなに広いなんて知りませんでした」

「それだ。この店の住み込み奉公はそれなりに人気があると自負している。3日3晩家の前で土下座されて息子は家で育てられないと言うから他の贔屓(ひいき)を押しのけて預かった。だからあの父親や会ったことのない母親に愛情が無かったとは思わない。だがな、年に1回も会いに来ずに菓子折りや挨拶もしない親はかなり珍しい。今日こそ来ると思っていたのに来てない」


 つまり俺の両親は礼儀知らずということだ。帰って来て良いと言うまで帰ってくるなと言われて手紙が一度も来ないから12歳から今日まで俺は一度も家族に会ってない。

 俺にも原因があるのだろうけど両親の態度が無礼だから追い出されるのか。人は親を選んで生まれてこれないから仕方ない。

 

「それは大変すみ……」

「下げるな!」


 頭を下げようとしたら軽く怒鳴られた。驚いて停止。ヘンリとはそんなに話したことはない。

 たまに会えば住み込み奉公人達を褒めてお菓子をくれたりする優しい人だ。


「己を捨てたような両親の為に頭を下げるな。その頭は今後は大事な者や自分の為に下げろ。俺はお前の為なら誰かに頭を下げても良いと思っている。真面目で素直な働き者で優しい。そういう奴が損をするのがこの世の常だ。だからお前は俺の下で働いてもっと人として成長しなさい」


 俺はまた首を傾げた。


「つまり、俺は追い出されないと言うことですか?」

「その通りだ。追い出すのと逆だ。いいか、ジン。お前はもう帰る家がないような男だ。だから今日からこの店がお前の家。これまでもそうだったけどもっとそうする。そう思え。困ったり悩んだら俺のところへ来い。忙しくても時間を作る。どうしても無理なら家族や頼りにしている従業員にお前を助けさせる」


 追い出されると思って話を聞いていたので真逆の事を言われて混乱。なぜ?


「長年働いてくれている奉公人達がお前の父親や母親。住み込み奉公人達はお前の弟達。職人見習いには女の子もいるから彼女達はお前の妹。大家族だ。お前が犯罪をしない限りと我が家が潰れない限りはずっとそうだ。嫌なら出て行って良いがなるべくいて欲しい。働き続けて俺達や店を助けて一緒に守って欲しい」


 ヘンリに頭を下げられてさらに動揺。


「お、俺がこれからも働かせて下さいって頭を下げるところです。頭を上げて下さい。なぜですか? 俺は接客が下手で迷惑をかけています。切り出しや荷運びは得意だったと思います」


 ヘンリは頭を上げて大きく頷いた。


「その通りで人見知りというか人馴れしていない。住み込み兄弟との関係を見ている限りいけると思ったけど表情といい感情の揺れ幅といい……。まあそこらへんもまた変わるだろう。人は何度も何度も変わるからな。店にしっかり残したいから一通りの基礎を教えた。それで明日からは職人見習いになってもらう」


 仕事のこと、給与のこと、家のことなど次々説明されて「腹の立つ親だからお前のこれまでの取り分から実家へ送る給与をかなり減らしていた」と告げられてさらには「子どもが金を持っていてもろくでもないことになるから代わりに貯金しておいた」と帳簿と貯金箱——結構大きい——を渡された。

 元服とは成人らしい。本来なら家族や友人達に祝われる。住み込み奉公人なら家に一度帰って宴会をして今後の事を話し合ったりする。

 だけど俺にはそういうことは何もなく人生で最も祝うべき日の1つを何もせずに過ごした。そう言われた。そうなのか。知らなかった。

 知らなかったという顔をしているから今後もっと世の中のことや人や自分に興味を持てとお説教。特に自分のこと。

 俺の人生は俺のものだから俺が考えて動かないとならない。だから主張をしなさいと言われた。指摘されてみればその通り……なのか? よく分からない。


 翌日、俺はヘンリ・ロブソン大旦那と共に職人達の作業場の1つへ案内されて同僚達に紹介された。

 ヘンリは昨夜話したようなことを皆に話して俺の長所と欠点はこうだと思うとか、よろしく頼むと頭を下げてくれた。俺当然頭を下げた。自分のことだから下げる。昨日そう言われたからそうする。


「それなら週末に元服祝いをしてやろうじゃないか!」

「大旦那さんが頭を下げるなんて久しぶりだ!」

「俺は知っていたからうずうずしていた。俺の近所の長屋の1人暮らし部屋に住むんだこいつ。今日の帰りに嫁や息子達に紹介してやるから(うち)に来いジン」


 俺の生活の世話役はイサン。職人見習いとしての師匠は職人全員だけど特にスヴァとメッドと告げられた。

 同僚の名前を覚えるだけでも時間が掛かる。どんどん話しかけて仕事も人生も学べとヘンリに告げられた。彼等が今日から俺の親父達。


「俺はレオ。娘のルカだ。女職人は珍しい上に若いのはこのルカとマリアちゃんだ。そのうち自宅への送りを頼むかもしれないからよろしく。あとはババアだから送りなんていらねぇ」


 ババアと言われるような年配女性達がブーブー文句を言った。母親くらいの人もいる。彼女達が今日から俺の母親達。


「ルカです。よろしくお願いします」

「私がマリアです。お願いします」


 2人とも見覚えがあった。今年もたけのこ堀りをしていた子達だ。ルカの方は妹達がいたから特に覚えている。

 ババアと言うなと年配女性達が笑いながらレオを非難中。


 16歳になった秋。こうして俺には新しい賑やかな大家族が出来た。

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