リルの内助の功2
お腹が落ち着いたかなという頃にお茶とプリンを出してロイには手土産でいただいたみかん。
遅くなってしまって良いのか不明だけど夜21時かなり過ぎに解散。ロイが2人を途中までお見送り。義父、義母、私は順番にお風呂を済ませてある。
ベイリーは義父に「将棋をしよう」と誘われて将棋が終わらないからと泊まり。
「そんな気がして上着の替えと肌着を持ってきました」だったのでお風呂へ案内。
義母は「祝言したら中々泊まれませんから勉強するだけでも良いのでいつでもどうぞ。夕食で気合の手伝いを出来るかもしれないので」とベイリーに笑いかけていた。とても嬉しそうな顔で。かわゆい息子の友人もかわゆいの図。
ベイリーに渡せなくなったのでマリクに味噌マヨネーズ、エルデにはかなり気に入って見えた梅甘水のお土産を勧めてみた。
ロイが「マリクさんは反応が分かりやすいです」で「エルデさんは嫌でも受け取りそう」と言って言動からお土産を渡すか考えることになったけど最終的に「頼みます」だった。
2人に箱と瓢箪水筒はロイに返して下さいと頼んだ。
「お土産だなんてすみません。味噌漬けみたいにして焼けば良いとまで。ハイカラ料理な上に美味しかったので大変嬉しいです!」
「魚と具材を紙に包んで深鍋で蒸し焼きでも良さそうだと料理長さんが言うていました。お伝え下さい」
「ありがとうございます」
「自分もありがとうございます」
「母が毎年梅の時期に梅砂糖漬けを漬けているので気に入ったら旦那様に言うて下さい。作り方を書き付けします」
「お手間をおかけしますが出来れば少し今夜の料理も教えていただきたいです。自分は台所にたまに立ちます」
そういう会話を聞いた気がしたので梅甘水作り方の話をしたけど成功。
ロイが事前にエルデに「嬉しいから良いと言うと思うので妻に聞いてみて下さい。そうしたら後輩のためにありがとうとか言えるのでこちらも助かります」と根回ししたのも知っている。
ロイは私が片付け中に私が盗み聞き出来る時にさり気なく話していた。
「はい。旦那様にお手紙を渡します」
これでロイとエルデは職場でお話し出来るはず。マリクはネビーみたいな割とペラペラお喋り系に見えたので今夜のことやエドゥアール話があればロイは困らなそう。そうして2人をお見送り。
ベイリーはそこそこ飲んで寝坊が心配。居間で寝て起こされたいそうだ。義母に「なのでそうして」と言われて浴衣とお布団の準備。前にもあったから後は放置で良いらしい。
平日なので勝手に敷いて勝手に畳んで晴れていたら干してくれるし、早起き出来たら敷き布団掛けの洗濯もしてくれるそうだ。さすがベイリー。なので彼が寒くないように火鉢だけ確認。
少し片付けをして寝る前の確認。特に問題ないので寝室へ。
ランからの手紙は長くて読むのに時間かかりそうなので気になるけど明日。ルシーのお手紙をまだ読み途中なのでそちらが先。
読み書きはまだまだ修行が必要だけど練習相手がエイラ、クララ、セレヌ、ルシー、ラン、エリー、実家と増えた。読み書きを始めたのは昨年の春だから実にびっくりな話。
嫌いな科目の勉強が進んでいないけど最近義母は私の勉強の進み具合を確認しない。
それよりかめ屋への協力が優先みたい。土曜日や今夜みたいに聞くことで学ぶ日もあるから様子見なのかな?
少し眠いけど今夜はロイを待つ。ずっと離れ離れでついに許された日と思った土曜日はネビーに邪魔されて、昨日の夜も来て「リルの朝を邪魔をしないかもう一回確認する」と訳の分からないことを言って乗り込んできた。
昔から図々しいのがネビー。だからなのか人気者。時に嫌われるけどネビーは去る相手を追いかけないのでそこで縁は切れる。でも去った向こうが戻ってくるという謎なことが発生する。
ネビーは見た目は父似なのに中身はかなり母似。義母と両親のことや家計について熱心に話をしていたのは感心。
途中までと言っていたのでロイの帰宅はそんなに遅くなくて、お風呂も「今夜は疲れさせたので自分で支度しますから」と言われていていつの間にか終了。
前髪を褒められる気がしてワクワクしていたのでロイが寝室に入ったらすかさず布団の上に正座。ロイは私の前にあぐらをかいた。
「まずはリルさん、沢山ありがとうございました。これで職場で話し易くなります。特にエルデさん。わりと怯えられているというかなんというか。お土産を用意していたとは驚きました」
「お義母さんです。様子をみて何が良いか考えて相談しなさいと言われてああなりました。渡して良いかの判断はロイさんにさせなさいと」
「さすが母上。昔からそうです。リルさんはそれを学んでくれて心強いです。卿家は粗探しをされたくないのであまり手伝い人とか使用人……意味は同じなのになぜ名称が違うんですかね。まあ、あまり雇いません。必要な時だけです。優先は親戚に頼んでお金を払って来てもらう。リルさんの妹さん達に頼む何かがあったときに何も払わずにこき使うことはないので覚えておいて下さい」
そうなんだ。ばあちゃんの手伝いをしなさい、みたいなのとは違うのか。覚えておく。……違う。
「覚えて実家にも言います」
覚えておくで終わらなかった私はきちんとぼんやり改善中だな。
「お願いします。自分達からも言いますし今後はネビーさんとジンさんとやり取りが増えます。リルさんにも色々お話ししていきます」
「はい」
「それでリルさん」
「はい」
ロイが照れ臭そうな表情になった。ワクワク。一言かわゆいって言ってくれる予感。
「元々も今もどちらもよかです。西の国のお姫様風ならワンピースを着てみたらどうですか?」
「……」
「あー、嫌ですか? 寒いとか。着るのは嫌ではないですもんね」
「いえ、お願いがあります。土曜日に言いました」
「……ああ」
「着替えてきます!!!」
ついにタイミング登場。西の国のお姫様風の髪型とワンピースなら西の国風のご挨拶だ。
そそくさと着替えて寒くないように薄めのどてらを畳んで持っていって布団の近くに置いた。
再びロイの前で正座。ロイがするべきことは片膝をつくこと。既にドキドキと胸の真ん中がうるさくなってきて素敵。
「リルさん」
「はい」
「これは照れて難しいです」
「それなら今夜は離れで寝ます」
「えええええ」
うーん、あー、いやぁと告げるとロイはしばらく無言。左手を取られてキスの真似。左薬指の指輪のところにしてくれて何だか嬉しい。大満足。定期的に要求しよう。
その後はようやくロイとぬくぬくな夜。旅行後からだからかなり長かった。今週のロイはちゃっかり残業回避をするみたいなので朗報。
「前髪で少し別人みたいなのでそこにワンピースだとさらにです」
「……浮気の気分で楽しいですか?」
「ぶほっ。なぜそういう発想になったんですか⁈」
「別人みたいだと言うたので」
拗ね。
「リルさんがリルさんの範囲でです。リルはやきもちやきだからなぁ」
念願の「かわゆい」獲得。久しぶりに一緒に眠れるからロイは機嫌が良さそう。私もなのでつまり同じらぶゆな気持ちだと伝わってくるから幸せ。
「そういえばニックってどなたですか?」
「……?」
突然その名前が出てきて衝撃的。何?
「リル……。目が泳いでる」
一瞬でロイの機嫌が悪くなった。
「無意味にやきもちを妬きそうなので言いたくないだけでしたが、なのでビクビクしましたけど既にそうみたいなので話します」
「ええ」
「同じ長屋の同年代の人です。兄ちゃんの友達です。他にもいます。たまに喋った人達です」
「リルは楽しそうに話を聞いていた、らしいですね」
「……」
ネビー?
ネビーしかいない。何か余計な話をした。明日怒ろう。いや怒ると変な話になりそうだから黙っていよう。
「誰のお喋りも楽しい内容なら楽しかったです。喋らないから聞く側です」
「へえ」
ほんのり初恋と口にしたらすこぶる不機嫌になって拗ねて明日のロイの仕事が不安。私もほんのりよりうんと初恋の方を初恋にしたいので黙っておく。
嘘は苦手だし良くないと思うけど必要な嘘もある!
「ロイさんもやきもち妬きですね」
「まあ。うんと心が狭いので」
「……嘆きつつひとり寝る夜でしたけど今夜は嬉しいです」
ロイは目を丸くして少ししてからくしゃりと笑った。ロイは龍歌に弱そうなので私は古典龍歌集をエイラに借りて勉強中。この歌は最近の状況だと使える気がしていた。
夜来てくれないから寂しいみたいな龍歌だ。
「残業しません」
「いつもお仕事ありがとうございます」
「ニックさんは振られてなめくじみたいだと。仕事へ行きたくないと部屋に閉じこもっているそうです」
「そうですか。お弁当の恋人に袖にされたのですね」
もう顔も声もあまり覚えていないニックにロイとの仲を邪魔されたくない。これは嘘ではないから気楽。
「ふーん」
「だから私には関係ない人です。見かけておめでとうの方です。旦那様もそういう話があるのではないですか?」
「さあ?」
悪戯っぽい笑顔にムカッ!
私は昔よりイライラするということを覚えた。良くない話。主にロイに関するやきもちだけど。
「リル」
「……」
「リル」
「……」
「リルリル言うなと怒られました。ネビーさんは妹おバカです。でも言いますリル」
ロイは私の膨れた頬をつんつんして楽しそう。
「ロイさんは兄ちゃんが弟になるのは嬉しいですか?」
こんなに沢山2人きりは全然なかったのでようやく聞けた。
「ビビっていたのにケロッと説教。一晩中脈絡もなくペラペラ喋ったかと思えば家族の大事な話をして根回しというか気遣い。訳が分かりません。やかましい」
「ロイさん?」
嫌そうな顔をした後にロイは少し微笑んだ。
「気後れしてないで話しかけていたらもっと早くリルさんと会えていた気がします。そうしたらリルさんはまだご家族と暮らしていて自分とは付き添い付きでお出掛けとかだったかも」
「それならそれでらぶゆで……ロメルとジュリーみたいな気持ちになったかもしれないです」
「そうですか?」
「はい。なのでこれで良かったです」
「これでジンさんとそのうち会えそうです」
「ジン兄ちゃん?」
「リルさんになにか作って贈りたくて。綺麗な物と思うので少し削るだけとか編むのを少しだけとか。職人技は難しそうなので」
ロイはそんなことを考えてくれていたのか。うんと嬉しい。やはり毎日一緒に寝たい。でないと話が中々出来ない。
「花カゴか竹筒みたいな花を飾れるものがええです。簡単なもので構いません。勉強がきっと捗ります」
今使っているのはロイが「どうぞ」と家のどこかから持ってきた花瓶。
「おねだりされるとは思っていなかったです。他には?」
耳元で囁かれたので小さく首を横に振った。
「今夜はリルさんからのお願いが多くて嬉しいです」
「お願いごとは嬉しいですか?」
「リルさんはどうですか?」
「時と場合によります。あと内容」
「同じだろうけど今のところ嫌だったことはないです。今夜は大変でしたけど」
そこからは喋るどころではなくなってしまった。ロイももちろん話さない。たまに「リル」と囁かれるだけ。
私の気持ちはどんどん深くなって淵どころか煌国の海、さらにはどこまでも広いという本物の海にまでなるかもしれない。なりますように。