リルの内助の功1
クララにお礼を言ってから帰宅。義母に髪型を驚かれて「のっぺり顔こそ詐欺が必要でした。でも美女もかわゆい気がします。美女は何でも似合います。クララさんがお義母さんを連れてもう整師のお店へ出掛けました」と報告。
体が痛くならなくなるかもしれないので義母にも勧めたら「セヴァス家の奥さんが行ったなら行こうかしら」と前向きだったのでお見送り。
布団も洗濯物もよし。昨日義父が家中を掃除をしたというかさせられたので軽く見回りをして階段の端と襖の溝に少々埃や髪の毛の塊を発見。
ロイとネビーが家の中で少し暴れたらしいのでそのせいかも。軽く再掃除良し。多分義母はもう発見していて義父は怒られるな。
昨夜廊下が逆に拭き跡で汚れていると言われてへしょげていた。
机の下に布を挟んで引きずって義父母の寝室へ移動。家の中にある火鉢の中から平鍋保温に丁度良いものを選択して板の上に設置して座布団も準備。囲炉裏が欲しいと思う今日この頃。
後付けして使わない時は茶道の炉みたいに閉じられないのかな。火事と子どもの火傷が怖いから作らなかったみたいな話は聞いた。
夕食は義母と相談してあったので食器などは「これを使いなさい」みたいに用意してあった。感謝。
ふわふわトーストは義母とフォスター家の奥さんとクリスタと食べる予定で1晩つけておくとよいらしいのでもう作っておく。
砂糖水をかけるよりも砂糖を混ぜてしまうと良いと教わったのでそうする。皆甘いもの好き。
茶碗蒸しは毛むじゃらカニ出汁で出汁は昼間とった。中身はまたもや値切ったちびしいたけと人参と義母が庭で育てているミツツ葉に贅沢なことに蛤。死にかけにみえたから。イーゼル海老はまだ元気。あとはそんなに難しくない。プリン用の材料は用意してあったので買ってきた牛乳を升で測る。
そんな風にどんどん夕食準備をしてほぼ終了。あとは茶碗蒸しとプリンを蒸して、グラタンをかまどに突っ込む準備。柄があるから平鍋って便利。すまし汁は小鍋と火鉢で保温中だし義母が沢山揃えた器具に感謝。
最初に帰宅したのは義父で「誰?」みたいな顔をされた。それで褒められたので嬉しい。ただ「大人びていたけど子どもっぽくなったな」と言われた。
ほぼ同時に義母が帰宅。義母は横分けでそれが似合っている。義母も若々しくなったように見えると思ったら義父が「おお、ええな。縁起良しでも似合わないと残念だが似合う。元々若々しいけど若返った」みたいに褒めたので義母はご機嫌。
でも「まあ罰は続きますよ」と言われて義父はまたへしゃげた。義父のお世辞失敗。
そして本命ロイの帰宅。今夜のお客様はロイの後輩で研修生のマリクとエルデ。エルデは1月に入職したばかりで今年17歳になるので私と同い年。
「……?」
帰宅したロイはなぜか一度外へ出た。それでまた玄関に入ってきた。立ち上がって見据える。
「旦那様、ここは旦那様の家です」
「リルさんの声ですね」
「お客様がいらっしゃるので早速縁起良しの髪型にしてみました。お客様に縁起がうつるかもと思ったので」
「……。まあ色々あるのでまた後で」
義母も来てマリクとエルデとベイリーを居間へ案内。今夜は残業なしになっていて帰宅時間が分かっていたので少し遅めを意識して茶碗蒸しやグラタンはもう準備中。その2種類以外をどんどん配膳。お客様は義母任せ。
皆から手土産をいただいたのでふと思ってベイリーへ渡せるように味噌ソースを作ってちょうど良い箱にいれた。
ロイの両端にマリクとエルデでマリクの隣は義母でエルデの隣は私。義母と義父の間にベイリーだと事前に打ち合わせ済み。
ご飯を入れたおひつも義母に頼んで私は茶碗蒸しとプリン係。火傷しないように気をつけてお線香の長さを確認して問題ないはずなので出した。
プリンは冷めたら氷水で冷やす予定。とりあえずプリンの器をお水の入った大きめの器の中へ移動。あとで氷水に変える。
気をつけながら茶碗蒸しを運んでエルデから反時計回りにお膳の上に置いて自分は1番最後。
「茶碗蒸し! 希望通りにありがとうございます。あと聞きました。縁起良しのハイカラな髪型だと。お似合いです」
ベイリーのお膳に茶碗蒸しを置いた時に大感謝された。
「今度エリーさんにも教えます。プクイカはあまり死ななかったので初めましてのお客様用になりました」
「エリーさんから手紙を預かってきています。後でお渡ししますね。プクイカは春まで生きて増えて欲しいです。増えたら我が家でも飼いたいです」
「我が家が稼ぐためのものなので育て方は秘密です。死ぬまで飼って死んだら食べて下さい」
「えっ? リルさんも断るんですね」
「はい」
「そうですベイリーさん。新婚旅行をして自分で調べて連れ帰って来てください。養殖するんですから商売の横取りは許しません」
それでベイリーがプクイカの話を後輩達に始めた。そこにロイが参加。それで私も「よければ後で見て下さい」と会話に参加。
今夜はおもてなしをして喋れれば良いのとエルデが卿家2代目なので義父達から彼に色々助言を出来たら良いと言われている。
マリクにはエドゥアール温泉街旅行の話をするそうだ。
「ルーベル先輩の奥様はとても料理上手だとうかがっていましたが料亭へきた気分です。こんなに色々とありがとうございます。お綺麗な上に料理上手とは先輩が羨ましいです」
マリクにお世辞を言われた。ネビーに言われたけど後輩ならお世辞を言ってくれるだろうから褒められたら何でも「ありがとう」らしい。
「ありがとうございます。料理は母と2人でです」
「そうですか。ルーベル先輩のお顔立ちはどちらかというとお母上似ですね。奥様と共にこのようなおもてなしをありがとうございます。自分の母よりもお綺麗でやはり羨ましいです」
マリクはお喋り出来る人みたい。エルデはビビりネビーみたいになっていてマリクの後に続いて「ありがとうございます」とか「羨ましいです」と言ってくれているけど笑顔がこわばっていて怯え気味。
お酒も運んだけど、エルデは飲まないので配らない。
「エルデさんは梅甘水は好みますか?」
「梅甘水とはなんでしょうか。そのままの名前でしたら梅は好みです。酢は苦手なのに変わっていると言われます」
「皆変わり者で個性です。今夜私はお酒を飲みませんので一緒に飲みましょう」
もう準備してあるので「どうぞ」とお猪口を渡した。そこへ砕いてある氷を少し入れて徳利から梅甘水を入れた。
義母が昨年なんとか作った梅砂糖漬けは共同氷蔵の我が家の場所に保存されている。たまにその水割り飲むけどとても好き。
今年は私がいるから量を増やすのと紫蘇入りも作りたいそうなのでワクワクしている。
「リルさん。それにしても豪華だな。ここに鍋か何かが来るのだろう?」
「はい。かめ屋協力の元なので食費はほとんど掛かっていません」
最後に煌西風ミーティアグラタン。ミーティアの要素ある? ないので省略。
「煌西風グラタン、我が家の新作料理です。鮭、たまねぎ、じゃがいも、舞茸にほうれん草を入れました。熱々のうちだとチーズが伸びます」
しゃもじでザックリ6等分してしゃもじを置いておく。
「マリクさん、エルデさん。来て下さってありがとうございます。おかげで今夜の我が家の夕食は2倍、いや3倍豪華です。我が家は食べてる間はあまり喋らなくなります。いただきます」
「ありがとうございます。いただきます」
義父に問いかけたら真っ先にグラタンを希望したのでその流れでエルデにも聞いて「ありがとうございます」という返事。遠慮だな。でもチーズびよんは楽しいので食べさせてしまえ。
「リルさんの言う通り伸びたな」
「チーズは焼く前は匂いが変です。何から出来ているのかとお店で聞いたけど秘密だと言われました」
「美味いな。これはもしや味噌か? 色が味噌だ」
「はい。チーズは黄色くて西の国はたまごらぶゆなのでたまごが関わっていないかと私は怪しんでいます」
「明日のお弁当……なんでもない」
義母の冷めた視線に気がついて義父は言葉を飲み込んだ。そう言われそうでチーズなしを少しとってある。ロイの分もある。
「茶碗蒸しに蛤が入っています!」
「死にかけだったので。干した殻で出汁をとりましたけどイーゼル海老の身はやめました。まだ元気です」
「我が家はとっくに食べてしまいました。いやあ来てよかった。人参が紅葉ですね。見せびらかしの茶碗蒸しを食べれましたし新作ならヨハネさんはグラタンを食べてないですよね」
「はい」
紅葉人参は今夜はベイリーだけ。2枚にしてある。色々作るし出掛けるので他は千切り。
ベイリーが橋渡しでほどほどに会話しながら夕食終了。料理の話しかしていないけどエルデとロイがその料理で話せたので良かった。つまり私はロイを助けられた。
「どれも見たことのない料理で美味しくて香物は雅でお弁当でも驚きましたけど今夜も驚きました」
「毎日の食卓はここまでではないです。今夜は特別……リルさん、かめ屋が協力とはなんですか?」
「アイスクリームやふわふわトーストやその他をミーティアで聞いてかめ屋に教えたら試作と作ったものと食材がわんさかです」
「リルさん。その話はまた報告して下さい。多分ですけどあなたはまた誤魔化されています。絶対に」
「はい」
そうなのか。ホクホク気分で帰ってきたけどまだ大泥棒出来る? 釣り合いは父やルカやジンに学べば義母のようになる? ルカに相談してみよう。
食事が終わったのでお片付け。その間は義父やベイリーがロイを援助するので私は台所に人を招けるようにどんどん綺麗にする。
(プクイカはあと10数匹しかいない。春っていつからプクイカの春? 増える?)
最近水瓶の中に白い粒々がふよふよしているので気になっている。汚れとは違って見えて、たらこの粒みたいなので集まってたらこもどきにならないかと期待中。なので別のもう少し小さい水瓶にその粒々水を移動してある。
「拭きましょうか」
義母登場。ぼんやりを怒られるのかも。
「ありがとうございます」
私が洗って義母が拭く。今日のかめ屋での話をやはり聞かれた。
「様子見して儲けたり客が増えてそうならまた何か泥棒します」
今の段階では怒られなかった。
「儲かりますか?」
「薔薇とお姫様なら桃の節句に合わせて何かするでしょう」
「料理ではなくてですか?」
「あなたはすっかりハイカラ情報源ね。ご家族から下街発信の流行り、文通が続けば旅医者に春霞の局や皇居関係。本日北地区からも手紙が来ていましたよ。部屋に置いてあります。ランさんって方は地獄蒸し料理をご一緒した方ですよね」
何を話したか細かく聞かれたと思ったらこういうことがあるからみたい。
「衝撃的です。貧乏娘がいきなりハイカラ娘です」
「それはこっちの台詞です。何者なの貴女は。経緯は知っているから私はなぜそうなったか知っているけど他の人からしたら謎人物よ貴女。既に花言葉とかトランプにロメルとジュリーとは雅なお嫁さんが来たのねみたいに言われています。お嫁さんは凡民ではなくて商家の娘さんだったのとか」
それは知らない話。義母は義父とロイのためにこの噂に上手く乗っかってそう。私はそれで町内会に入りやすくなる。
ハイカラ娘になっていくきっかけはヨハネだからヨハネ大感謝祭を開催しないとならない。ロイに言おう。
「セヴァス家の若奥さんと仲が良いですし彼女に話を流すとご近所さん達に広がるわよ。それであなたが聞かれる」
「……ご近所さんに馴染めるようにですか?」
「ロイや孫のことに関わってきます。日付はまだ調整中だけど今度ベラさん達を呼ぶからお昼に今日のグラタンを出して。それでご飯に味噌汁少しに何かサッパリしたものね。あの味噌マヨネーズは濃かったからもう少し薄くても良さそう」
「ヴィラさんがさっと試作した配合なのでまた調整します。みりん、砂糖、醤油ににんにくなど工夫出来そうだと。具材もです」
そこからあっさり味でタラはどうかという話をして明日のお弁当用にポテトサラダの準備を開始。冷めた方が美味しいらしいので茶碗蒸しと一緒に蒸したじゃがいもを潰して明日の朝に備えておく。冬万歳。
「じゃがいもを蒸し器で一緒に……。野菜蒸しって地獄蒸し料理風になるのかしら? 挑戦したことなかったわ」
何でじゃがいもを潰そうかと悩んでいたらすり鉢を勧められたのでそうすることにした。
彩りできゅうりと言われたけど買ってきてないのでほうれん草を入れる予定。
マヨネーズと塩胡椒とお醤油ポタリにシャキシャキが良いからと言われたので刻んだ玉ねぎも入れるつもり。
「明日の夕飯はそうしてみますか? お野菜にブリしゃぶの時のごまだれをつけても美味しい気がします」
「蒸すだけなら失敗しても失敗にならなそうですしね」
「はい」
「思ったけどそのふわふわトーストはパンなしで平鍋で焼いたらどうなるのかしら。チーズがまだあるって言うていましたけど。貴女、パンにくっついているたまごの塊も美味しいって言うていなかった?」
女将が「女学校の時からテルルを我が家の料理人にしたかった」と言うのはこういうところだろう。
「明日のお弁当のたまごはそうします。お義父さんが失敗でもハイカラに挑戦したならええと言うてくれています」
「あなたはなんだかんだ不味いものを作らないからね」
「おそらく貧乏根性です。あまり冒険をしないので今みたいに教えてもらえると勇気がでます」
お片付け終了。火鉢は誰か——多分ロイ——が片付けてくれて机も戻っていた。それで浮絵を広げてエドゥアール話みたい。
「試験合格後だとルーベル先輩を追いかけてもまだまだ先です。しかしピンからキリまで旅館があって経路や途中の宿のことも聞けて良かったです。目標があると頑張れます。思い出話やこの浮絵を見たのでワクワクします」
「マリクさん。ロイさんとリルさんはちょこちょこ運が良いというか、ロイさんは今まで違ったのでリルさんが強運みたいなので贅沢旅行は期待してはいけませんよ。まあ広くて見てないところが沢山あるようなので自分も楽しみです。ロイさんが大人しい奥さんと行けたからみたいに話したらガイさんやロイさんから話を聞いた上なら検討しても良いと。まずは両親を説得しないと次へ勧めません」
そうだ、と思い出した。
「兄がそのうち視察出来る兵官になるかもしれないので危険だからと言われたら兄がいます」
「おおお、そうだベイリー君。ロイに弟を迎えようと思ってな。リルさんのお兄さんだ。約10年も兄弟門下生で人柄がうんと良い。自分と彼だとお互いの肩書きも使える」
「ベイリーさん。特例適応の特別養子縁組が使えるので5年後から実子扱いです。離れ業です離れ業。自分達が16年掛けたものを5年でぶち抜き。彼が中官試験に受かったらの話ですけど」
「特例……そういえばそんな制度がありましたね。単語しか見た記憶がないです。叩き上げ地区兵官が卿家になってさらに中官認定って成したらとんでもないですよ!」
ベイリーはすぐ凄いと分かるのか。私はまだよく分かっていない。
「ロイ、8歳から調査開始でもう12年。それで5年だから17年でぶち抜きではない」
「ああ。むしろ5年だと1年遅い……高等校進学が遅れたからですか? あの学校は何歳からでも通えますけど順調だったなら1年早く凖官でしたよね。兵官試験免除ですし」
ベイリーとマリクとエルデが顔を見合わせてから私に注目。
「リルさんのお兄さんって何者ですか?」
「……足くさです。洗えば大丈夫です」
期待されてガッカリされたらネビーが可哀想。ロイが吹き出した。
「ペラペラお喋りで妹おバカです。ただ強いです。日勤って言うていたので明日の稽古に来ます。あの一閃突きで嫌がらせされそう」
「一閃突きですか? 疾風剣ですか? 自慢屋だから素早い風なんて嘘というか大袈裟だと思っていました。足は速いです」
「リルさん明日見に来ますか? 父上と母上も」
「気になっていたからそうしよう」
「……ロイさん、両親が養子検討者の見学をするから仕事を調整して下さいって言うつもりですか?」
「あはは。ベイリーさんその通りです。見抜かれました? 金曜日は後輩に趣味会の説明や案内をするのでと言うて回避済みです。つまり残りは水曜と木曜。木曜は稽古日なのでまた養子の件で、みたいな」
義父母は呆れ顔でベイリーは楽しそうに肩を揺らしている。
「ロイさんはそういう男ですからね。リルさんのお兄さんとも今度釣りに行きたいです。変顔魚のお兄さん」
「本人も行きたいと言うていました。3月のイーゼル海老狙いの時に行きましょう。高級魚ならもらいそびれているのは勿体ないから漁師と会うそうです。欲しいとは言わないけどワカメくらいくれないかなぁって」
「休めるかな。まあそれを最後に海釣りを封印して試験勉強と祝言関係に傾くつもりです」
「おお。ベイリー君は気合いが入っているな。今年合格で来年祝言が目標と言うていたからな。川釣りも封印か?」
「試験前にいくらで気合を入れるので川釣りはお供したいです!」
「それはええ。若いのがベイリー君くらいだったけどジン君にネビー君が増えた」
ここから話は徐々に変わって義父達がエルデに色々助言。2代目だと右も左も分からないからだ。他の卿家にもどんどん聞いた方が良いと教えていく。私はそれを聞いてお勉強。少し眠い。
卿家は時に嫌われる。飲み会でお酒の強要疑惑を告げ口して「風紀の乱れや悪い同調圧力」と点数稼ぎ。
そのくらい、とか告げ口するなと不満を持った相手に仕事でさり気なく嫌がらせされる。また告げ口して点数稼ぎ。つまり卿家は常に誰かと対立。
だから卿家は隙を見せてはいけないし何事もしっかりしないとならない。数で負けるから卿家同士で集まって反撃準備。
難しいしなんだか怖い。人は生まれた時は悪だそうだ。飲欲、色欲、財欲、名誉欲の4欲。食欲は身に覚えがある。




