リルと前髪
我が家でもお小遣いをもらって余っているのにネビーからも「給与が上がって他のやつにもあげたから」とお小遣いを渡されて整師のところへやって来た。
クララがうらら屋で聞いたところこの大通りの路地にある整師店が人気で流行りも知っているかもしれないということで。
年始を思い出しながらお姫様の髪型の絵を描いて見本として持ってきてある。
並んでいて店前の長椅子にさえ座れずにしばらく立って待機。持ってきた本を読む。
セレヌに教えようと思っているので「月夜のかご姫」を勉強中。簡単版の新しい本をお小遣いで買ったので渡すつもり。
そうしてついに私の順番。椅子に座って大きめの風呂敷みたいなものを首の周りに巻かれた。母くらいの年齢の女性が私の担当。
「どのくらいの長さまでお切りになりますか?」
「ハイカラらしいと聞いたので前髪を作りたいです」
「ああ、それでしたら娘と代わります。この格好でまた一度お待ち下さい」
店内の待ち椅子に戻されてしばらく待機。また呼ばれて同じ椅子に座ってルカくらいの年齢の女性が担当になった。
「前髪とうかがいしました」
「お願いします。思い出しながら絵を描いてきました」
私は手提げから紙を出して彼女に渡した。すこぶるドキドキする。変だったら「お姫様の験担ぎです」で済む可能性なので一先ず挑戦する。
「思い出しながらですか?」
「年始に席取りをして青い薔薇のお姫様を見ました」
「まあ。私が切っていた形と少し違います。こちらは今後も使いますか?」
「使いません。必要ならまた描きますのでどうぞ」
ハイカラ前髪を宣伝したいから欲しいのだろうと思ったのでこう言うことにした。
それで髪切り開始。櫛で梳かされながらふと思い出す。衝撃的なことに昨日届いたルシーからの手紙に「局で髪結をしたら柄がついている櫛でした」と書いてあった。
私はセレヌが来たらハイカラ情報をルシーに送って春霞の局情報を獲得するつもり。下々の話も楽しいかもしれないのでそれも書く予定。
ルシーの字があまりに綺麗だったので恥ずかしいから土で練習中。出来なくて恥ずかしいと初めて思ったかも。
「柄がついている櫛はどう思いますか? 春霞の局で使っています」
「柄がついている櫛? 局とはなんですか?」
「私もいまいち分からないけど皇女様が居るところです。旅の醍醐味でお嬢様と会って文通する予定で教えてもらいました」
人見知りを克服すると知り合いが増えて楽しい情報が増えるのでドキドキしても話しかける。ふと思う。柄がついている櫛は父も作れるのでは? と。いつも櫛は父が作ってくれている。
「まあ。皇女様が。柄がついている櫛なんて売っているところを見たことがありません」
「ここからは少し遠いですけど日用品店ひくらしで職人レオが特注品を作っています。形も予算も相談できます。6番隊の屯所で兵官ネビーに聞いたら場所が分かります」
「特注品ですか。お客様は情報通なのですね」
「いえ、父の宣伝です。今は大きな門松雛を作っています」
ルルとレイは交代で我が家にお泊まり予定。その合間にルルかレイと一緒にロイと門松雛を観に行く予定で楽しみにしている。
ネビーが「俺は親父の腕を見てこな過ぎた。甲斐性なしとは2度と言わないし俺は親父に似なくて残念だ。ルカが羨ましい」と言っていたので楽しみ。私も父の凝った作品はロイへのお弁当箱しか見たことがない。
「ちゃっかりされていますね」
「はい」
ジョキジョキ前髪を切られてしまった。大丈夫?
長さを見られたり縦に鋏を入れられたり指で挟んでみたりとすごい。
私は毎週長さを揃えるために真っ直ぐ揃えるだけだったので覚えたいけど難しそう。だからこれはお仕事なのだろう。
おでこの上に髪があるので少しくすぐったくなった。
「前髪に合わせて下も切ってよいでしょうか?」
「本物さんにお願いしたいです」
「本物さん?」
「いつも真っ直ぐ自分で切っていました。偽物です」
「それはありがとうございます。長さはどのくらいに致しますか?」
「いつもはこのくらいです。編み込みや三つ編みをします。本物さんに任せます」
「それは期待に応えないといけません」
それで胸と肩の間になった。鏡で見せてくれてびっくり。誰?
「知らない人がいます」
私だけど私ではない。のっぺり顔が少しかわゆく見える。なんだか前髪で顔が誤魔化されている。これをきっと詐欺と呼ぶ。
のっぺり凡々顔にこそ前髪が必要かもしれない。新発見。クララやルルには必要無いな。
ロカは私と同じで前髪を作るべき。前髪は子どもの髪型だけど我が家は伸ばし放題だ。
「記憶の中のお姫様みたいになりましたか?」
「のっぺり顔は変わらないのでなりません。前髪は似ています。本物さんはすごいです」
「ありがとうございます。お支払いはあちらで隣の鏡台で髪を結って帰ることも出来ます」
「はい。ありがとうございました」
平日ミーティアランチより高いけど安い。これは自分では出来ない。毛先が真っ直ぐではないのに整っているなんて……整師だ。
持ってきた帯揚げリボンでエリーに聞いた半分結びにしてお店を出た。
「あの。そちらの髪型にしてくれるのですか?」
お店を出てすぐ私くらいの女性に話しかけられた。話しかけられると話しやすい。
「半分結びは自分でしました。毛先や前髪は本物さんがしてくれます。青薔薇のお姫様の験担ぎの髪型です」
「青薔薇のお姫様? どなたですか?」
「なんとか国のお姫様ですこぶる美人なのにうんと優しいです。奇跡の青い薔薇を咲かせます。お姫様を見たら幸せになるから煌国に来てわざわざ街を歩いてくれた方です。年始に席取りをして見ました」
「席取り?」
「はい。席取り戦争です」
ここで彼女はお店の中へ招かれた。このままうらら屋へ行きハイカラ情報を教えてくれたお礼を告げた。
まだどこへ行くか決まっていないけど機会があればルルとレイに安い何かと思っているので下見。また商品が変化している。それで思い出して父の宣伝。
「まあ、ルーベル様は局情報をお持ちですか」
「文通は何回続くか分かりません」
「柄のついた櫛ですか」
「ここから少し遠いですけど日用品店ひくらしでレオという職人が特注品を作っています。形も予算も相談できます。6番隊の屯所で兵官ネビーに聞いたら場所が分かります」
「特注品ですか。ルーベル様は情報通なのですね。旦那様も早くから花言葉をご存知の雅な方ですし」
「父の宣伝です。今は大きな門松雛を作っています」
「お店の場所が分かる兵官さんはお知り合いですか?」
「兄です。今日は下見なのでまた来ます」
うらら屋を出て今度はミーティアへ移動。今夜はロイの後輩が来るので張り切って夕食を作る日。
茶碗蒸しとプリンの試作。また死んだプクイカ少し。そこにムニエルと少しサラダ。
質問するためにパンを買って明日のおやつにふわふわトーストはちみつバターのはちみつの代わりに砂糖水を試作したい。
14時の鐘が鳴って少し過ぎたところだけどまだすこし混んでいた。しかし私は奥さんを呼ぶぞ! 西風料理はどんどん内助の功になりそうだからこれは私の大切な仕事。
「一通り注文を作り終わったところですので少し時間があります。パンやマヨネーズを毎度ありがとうございます」
「パンもマヨネーズも作れません」
書き付けを見ながら質問。ふわふわトースト。彼女は「ペルデュ」と呼んで必要なものは牛乳だった。最初から甘くしても良い。
私が食べたのは塩コショウでしょっぱい系。ベーコンを乗っけたりするらしいけど煌国にはそのベーコンは見当たらないそうだ。豚のお肉の塩漬けらしい。
豚ってなに? と聞いたら話が逸れるから聞けず。
「グラタンは家で焼けますか?」
「平鍋を作ってもらったのならかまどに直接入れたら焼けますよ。耐熱の器でも出来ます。火傷に注意です。マヨネーズを買って味噌と混ぜたソースを乗せてチーズなら簡単です。具はそうですね、玉ねぎ、きのこ、鮭やタラ、茹でたじゃがいもなどがおすすめです。少しのバターとお酒で塩胡椒して軽く焼いて上にソースとチーズとか」
白いソースを教えたくないのだろう。しかし新発見。マヨネーズは味噌と合う。
ほうれん草、ニンニク、ネギも勧められた。他にもいくつか聞いて宣伝に乗せられてマヨネーズも購入。マヨネーズの作り方も教えてくれないけど商売なので仕方がない。
予定変更。今夜は煌風ミーティアグラタンだ。味噌味噌になるから味噌汁ではなくてすまし汁か何かにする。干しわかめやムルル貝の干した身が使えるかもしれない。義母と相談。
つまり私が行くべきところはかめ屋。アイスクリームとふわふわトーストはちみつバターの情報でたまご泥棒をするつもり。
かめ屋で女将を呼んで厨房へ通されて、お昼の忙しさが過ぎたところだから料理長のヴィラとお久しぶりのギルバートと会えた。
全員に前髪のことを聞かれたので経緯を説明。女将に「お似合いだからロイさんが喜びますよ」と耳打ちされて照れ照れ。
「アイスクリームにペルデュですか。それから煌風ミーティアグラタン。他にもいくつかありがとうございます」
「今夜は旦那様の後輩が初めて来るのでハイカラ料理にします。茶碗蒸しとプリンの試作、煌風ミーティアグラタン、プクイカがまた死んだのでちんまり煮付け。数匹だから土瓶で煮ました。味噌味噌になるのですまし汁、小さなサラダと思っています」
「旦那さんと女将さんにリルさんやテルルさんが盗みをしてきたらその日の料理を分けたりして下さいと言われています。鳥の骨出汁味に塩昆布の茹でキャベツがあるのでサラダ代わりにどうぞ。小鉢分なら構いません。すまし汁用に海老団子も。5つですか?」
「2人来るので6つです。なので3つです。半分にして干しワカメを入れます。ムルル貝の身で出汁が出ないかと」
「彩麩というものを手に入れたので良ければどうぞ」
ギルバートに見せてもらったらすこぶる綺麗。入れるだけとはすごい。ヴィラがサササッとおすすめのすまし汁の作り方を教えてくれた。
「リルさん時間はありますか?」
「もう少しあります」
「試作用のチーズがあってまた買うから渡すので代わりに今夜のお膳を見て下さい。2月は次新年なので今月から変えました。その間に小さめのグラタンを試しに作ってみます」
ギルバートとお膳のお話。義母の手毬寿司の応用を思いついたのでそれを話して春霞の局で薔薇が流行中なのを教えた。青薔薇のお姫様から薔薇になったみたいとはルシー談。
「このソースは火を通すと煌風に合いますよ。みりんを入れました。砂糖も醤油も良さそうです。単に焼き魚に乗せてもいけますねこれは」
ヴィラはもうあれこれ試して味見をしていた。早い。
「本物さんはすごいです」
「本物さん? 料理人さんはすごいですと同じですね。そりゃあ俺は料理長ですからね! リルさん、このソースは値千金です」
焼いた魚と炒めた野菜を平鍋に乗せてかまどに入れて焼いていたのも早い。味見をしたらこれは大変好み。後輩が苦手だという酸っぱいものではないから問題なし。
「普通のグラタンより慣れ親しんだ味みたいに感じます」
「かめ屋は西風料理ではなくて西風と煌風を混ぜた料理を出すべきですね。マヨネーズや煌風を聞いてこの店でマヨネーズをお土産販売とか何か業務提携出来そうです。商売仇にならない方が近寄れます」
ギルバートは料理人だけどかめ屋の経営者の端くれでもあると聞いている。
「煌西風ですね」
「おっ! リルさんいいですね。煌西風に煌東風。北と南も欲しくなります」
「南は怖い国で近寄ったら死にます。シホクが命からがら逃げたからあると分かります。北は旅医者友達が出来る疑惑なので聞きます」
この話で私はチーズだけではなくてたまご泥棒にも成功。
「あとこのカボチャをどうぞ」
「カルダカボチャではないですか! 虫食いが多いですけど切ったところを見ると食べられるところだらけです! どうしたのですか⁈」
ヴィラにもギルバートにも驚かれたので説明。カルダカボチャの煮物はもう作ってあるのでそれも少し出す予定。
高いらしいので明日のお弁当にも入れたい。月曜日はゆううつらしいので元気が出る。
「変な野菜の書き付けはまだ出来てないのでまた今度持ってきます」
「ヴィラさん。カボチャと味噌焼きチーズって合うんですかね? カルダカボチャはもったいないので他で試すとしてカボチャって使い道が少ないですから何か欲しいですよね」
「ああギルバートさん。副料理長とも話していた。芋系だしポテトサラダみたいになるかもしれない」
それでポテトサラダを教わった。そろそろかなと思って帰宅。結局鮭3匹、チーズ、じゃがいも、彩麩、塩昆布キャベツ、ほうれん草、ニンニク1片、舞茸、たまご6つ、海老団子3つを泥棒。
塩昆布キャベツと海老団子の入れ物は水曜日に義母に返却してもらう。
舞茸は試作用に手に入れてお客に出す量がないからとくれた。
噛むとかなり出汁が出るきのこで茹でて味噌汁で既に美味しいらしいので明日の朝食にしてみるし今夜もグラタンに使う。
今夜は火鉢の上に焼き終わった煌西風ミーティアグラタン。保温した方が美味しいし派手だからもてなしとして華やかでは? とギルバートが提案してくれた。
こうして私はホクホク気分で帰宅。大節約だし恐る恐る試作からではなくてヴィラのおかげでもう大体作り方が分かる。
かめ屋は桃の節句に向けて「桃と薔薇のお姫様祭り」を発案。門松雛で宣伝しようとしていたのでそこに皇居で流行りの薔薇祭り。青薔薇のお姫様のご利益があるみたいな宣伝。
希望する若い従業員に前髪と半結び系の髪型。そこにシホク展の例の酒屋を前から狙っていたのでロイ経由で縁結び。ミーティアへ煌西風開発依頼に店頭販売などを提案。かめ屋に数量限定クッキー登場。レオ発案の柄付き櫛も数量限定販売。
テルルはこれを見てセイラに一言「見返りが安い!」




