お見合い結婚したら弟が出来ました。
大陸中央、煌国。
この国の結婚は家と家の結びつき。特に皇族華族はそうだ。しかし公務員家系というだけの俺の家はそんなに関係ない。
必要なのは跡取り息子。それからその息子が公務員になること。息子の方が良いが娘が跡取り婿をもらうのでも良い。
子が産まれなければ親戚筋から養子を貰えば良い。実子でも養子でも教育が1番大切。
家を守る母の体が年々悪くなっているので元気で丈夫で家のことをしっかり任せられる嫁が必要。
特に母は細かい。すごく几帳面。とくに料理にはこだわりがある。
俺の家、ルーベル家に必要なのは母と上手くやれて、家事全般、特に料理を任せられる、健康そうな嫁である。教育は両親が生きている限り2人がうるさいので大切だけど二の次。
俺はそう考えていたのに彼女と結婚したい! と熱を上げ、さらに父親は別の事を考えていたと発覚。
父はなぜか「長屋の娘ならむしろ1から100まで母さんの好きに教えられる。健康で孫を産んでくれれば良くないか?」と後押ししてくれた。なぜかと思っていたけど深く考えてこなかった。
思い返すと他にも後押しのような事を言われたし、彼女の兄とは親しくないのか? とか彼の素行はどうだ? と聞かれていた。
リルのことを全然聞かれていない!
とにかくリルを無事に嫁に迎えてリルと母の仲を取り持って父の機嫌も取る。
様子を見てコソコソ根回しをしてリルの為に親戚付き合いを獲得。
10年以上兄弟門下生のネビーや竹細工職人なんて出会うきっかけのなかったジンと義兄弟として少しは親しくなりたいなぁ。
昔からの親しい友人6人は全員男兄弟がいて仲良しなので「そこまではいかなくても俺にもついに男兄弟」みたいな気持ちはあった。
特にネビー。自らそんなに話かけないのに彼の周りにはいつも人がいる。
俺は反対。中々他人に話かけないのもあるけどそんなに親しくない相手が向こうから集まってくれることはない。
ネビーはベイリーと似たような雰囲気だと昔から思っていた。あと強い。
気後れされてビビられているのは明らかなので遠巻きにしていたけどその間に「いつどう話かける?」と考えていた。ネビーを通さないとジンに辿りつかない。
俺はリルに何か自作の装飾品を贈りたいと密かに考えていて感激屋で俺にビビっているレオよりジンの方が上手く話題を出せそうだと思っている。あと彼は気さくそう。3男で末っ子なのでジミーと共通点がある気がしている。
リルの実家へ行った時にルル達が懐いてくれるのは嬉しいけど少し邪魔だった。妹も欲しいけど血の繋がらない女性ってあまり近寄ってはいけない気がしてしまう。
全くもってそういう目で見ないけど膝の上に来るとか困る。俺の常識と違う。彼女達の安全のために「家族でも男は男。血が繋がらないならもってのほか。それが女性の身を守る」とネビーに言うつもり。
そういう感じでリルとの新婚生活を謳歌していたのに「某、ガイ・ルーベルの息子になっていただき息子ロイ・ルーベルの義理の弟として我が家を共に背負っていただきたいです。ご検討よろしくお願い致します」である。
父の友人が3人来たら「相談していた通り俺の新しい息子だ!」とネビーというかリルの両親や姉夫婦の返事も聞かずにもう見せびらかし。
ネビーは「考えて欲しいと言われただけですので……」と気後れ気味だったのにいつの間にかペラペラお喋り。
父が漁師もネビーを知っていたと言えば「バカなので鍛錬がてら食材採りと思ったのに釣竿を忘れました」でそこから「なぜだか子どもと遊ぶかことになってアサリとイソカニを集めてもらえました!」である。
そこに父が「フグのお礼を貰いそびれているから人の話を聞いた方が良い」と教えてネビーは真剣な表情で聞いた。
この漁師とネビーの話は知らないのでリルに聞いたら「兄ちゃんあるある」らしい。出稽古の行き来は集団行動でほとんど土手沿いを歩くので俺はこの「ネビーあるある」をあまり知らない。
剣術道場の花見の席に「金がないのでお礼に貰った酒を持ってきました。バカなんで忘れましたけど名前の長いええ酒らしいです」とやたら美味い酒登場はあったというか毎年。
『金持ちお坊ちゃんなのに根性あるな。皆辞めていくぜ。とりあえず乗っとけ。俺は鍛えられて嬉しいし』とおぶられたのは10歳の時。他の新入り門下生も似た感じ。
ネビーより後に入っておぶられてないやつの方が少ない。だから彼は覚えていないのだろう。
今夜ネビーはお客様達と弾き将棋。俺との会話と似たようなことを口にしてその流れ。
その後は複数の駒を投げてどういう形で立ったかと勝負。これも初めて知った。
気がついたら「6番隊ならたまに出入りするし祭りも参加するので」と防犯を訴えるための小祭りの火消し音頭を父達と開始。
煌護省は俺達兵官や火消しの親玉さんなのにバカなので挨拶をしていなくて、みたいな話だった気がする。
卿家にビビり男なのに打ち解けるのが早いというか「バカだからすぐビビりを忘れる?」と思った。バカとは謎の口癖。
遅くまでいたり泊まっていく客は「夫関係」だと面倒くさいという母がなぜか居間に居続けたのも謎。
しかもネビーが「テルルさん聞いて下さいよ」みたいにこの間の出稽古日の俺の様子を母にお喋り。こちらもペラペラお喋りで合間に母の料理はすごいというお世辞が入る。
父は分かるけど母まで今夜の話を考えていて——おそらく旅行前後——もう決意とは解せない。俺が風呂中に何かあった雰囲気はあった。
……。
「ネビーさん。なぜ同じ部屋で寝るんですか」
父の友人達は離れ2階、離れ1階、両親の寝室、父は父の書斎。母は俺とリルの寝室、俺とリルは衣装部屋、ネビーは俺の書斎。
客は1部屋にしようとか、騒ぎそうだから母は2階とか広さなどを考慮した結果そう準備していた。
予定通りのはずだったのに「ロイさんと話があるからリルは1人で寝ろ」と変更。
話があると言っていたのに「飲み過ぎて眠いんで寝ます」である。
「そんなの決まってるじゃないですか。俺がこの部屋でロイさんとリルが衣装部屋なんて落ち着かないです。ロイさんが眠そうなリルを起こしてくれたのはよかですけどやり方は気に食わなかったです」
いつの間にかネビーに北区言葉がうつっている。話題のきっかけにならないかと使っているけど何も聞かずに使い出したのは彼だけ。
「別に何もしません。ネビーさんがここで母が自分達の寝室にいます」
「何もしないのは分かっていますけど真剣な話の時にいちゃいちゃしていたから何か嫌です」
「軽くペシペシでもリルさんを叩けません。それに両親に怯えていたのではと思ったからです。あとそう言われましても夫婦ですし」
ネビーにふんっ、と鼻を鳴らされた。部屋は暗いしずっと向こうを向いているのでもう寝るという意思だろう。
「……ロイさんは親父達が結婚お申し込みの時にお見合いさせて下さいって言うたらその後どうするつもりだったんですか?」
「とりあえず結納。自分のお申し込みを断るまで他との縁結び禁止。通常通り付き添い付きでお出掛け。祝言までの期限は最大3年。あとは袖にされるかされないか自分次第。花嫁修行3ヶ月後からは週末は帰宅で最大3年間。3年後のリルさんはまだ19歳と若くて自分も卿家の男だとまだ平均で上手くいかなくても問題なし。リルさんが稼いだら急いで嫁に出すとは言わないかと」
「そうだったんですか?」
「母が花嫁修行でダメ出しされたら婚約破棄。そういう契約書を作ったので職場だから出しておきますよと言うて書類をすり替えです。かめ屋の女将さんがリルさんを横取りしようとするし、それで母が折れたので急いで祝言です」
「そうか。読み書きも出来ないなんてと反対されたんですね。……すり替えって何しているんですか⁈」
馬の骨嫁なんて認めない! と言われたとは言えない。
「多分これは両親は知りません。告げ口してもええですよ」
しばらく沈黙。向こうから話しかけてきたのに寝た? 酒が入り過ぎると眠くなるのに俺の目は冴えている。
「道場で8月に決定みたいな話ぶりでしたけど」
「言いふらしたら母に勝ちです。まだ若いから2人で婚約期間を楽しんだらと言われたので祝言は延期しましたとか言い方はあります」
「……。3年かぁ。まあリルは一目惚れっぽいしロイさんは仕事後にかめ屋に来てくれてお喋り。3ヶ月で祝言でもうんと幸せそうなのはまあ納得というか縁ってとんとん拍子な時はそうですよね」
今の間はなんだ?
考えなしみたいなペラペラお喋りなのにデオン先生にしっかり根回して頭を下げたり、今夜の会話からもバカではないと改めて分かる。不思議。
昔からちょこちょこ不思議な男。だから人が集まるという長所を真似出来ない。
一目惚れ?
そんなリルの様子は知らない。我慢出来ずに手を出したし翌日の散歩中にも浮かれすぎて近所の公園なのにまた手を出したけど「何?」みたいな顔をされて凹んだ。
金平糖作戦も「何?」みたいな茫然顔で「験担ぎで末長く共にいたいです」とバクバクする心臓に耐えて言うつもりが勇気がパキリと折れた。
勝手に盛り上がっている俺が悪いけど金平糖にはニコニコかわゆい笑顔を向けるのに俺には「何?」とは落ち込んだ。
散歩に誘った時も「道は覚えました」と断られてそうではないと言ったら「何?」というお顔。
浮かれていたし怯えられてないからついつい手を出していたけどあの「何? 何なの? これも嫁の仕事?」みたいな表情はもう見たくない。あれは絶望。
寝坊事件はおそらくそういうことが積もってヨハネへの焼きもちで爆発。飲んで結局浮かれたせい。
散歩した時の紅葉は天ぷらにした、なので絶対に一目惚れされていない。俺はリルを祝言後に口説き落としただけだ。
「……仕事後にかめ屋ってなんで知っているんですか?」
一目惚れのことは無視しよう。妹想いということは妹好きなので、リルの気持ちを察していたけど浮かれて手を出していたなんて口が裂けても言えない。リルが言いませんように。何も考えずに言いそう。
そうなると疾風剣で襲われるかも。あの一閃突きは寸止めでも怖いしまるで動けなかったら情けなくて落ち込む。
「見かけたからですよ。家族がリルが居ないとメソメソするから様子を見て報告してやろうと思って行って、俺が夜なのに掃除をしているリルと喋った後の帰宅時にすれ違ったので追いかけました」
それは知らなかった。
「ちなみに喋ってないです。緊張や照れとここで嫌われたらとかでもう先に祝言がええかなあとか考えていて」
「……えっ? 喋ってないんですか⁈ 結納の日も喋ってないですよね? リルにそう聞いてなんで? と思っていたら照れ?」
「会話をしたのは披露宴の時です」
リルが言いそうだから先回り。
「はあああああ⁈」
自分の布団を剥いだネビーが起き上がってこちらを見た。なんとなく背を向ける。
「なので散歩にお誘いから開始して外食や小物屋への買い物などと順番に口説いていきました。散歩中のリルさんは紅葉を天ぷらにしたいとかキノコが生えてるとかで自分のことはあまり。凹みました。それなら好きそうな食べ物で釣ろうとか物で釣ろうとかまあ」
「……そうだったんですか」
「リルさんに聞いて下さい。散歩に行ったのか? とか外食したのか? と」
これで問題なし。慎みのあるリルが何やらを言うはずがない。これで解決。疾風剣で辱められることから免れることが出来た。
「分からねえ。リルが分からねえ。全く気が合わないとか嫌なら断れる。断るか断らないか決めるのは我が家とリルだからロイさんと喋ってみろと稽古見学に誘ったのに行かないって言うたんですよ。結納は喋ってない。ロイさんは照れだけどリルは何なんだ?」
「稽古見学を勧めてくれていたんですか」
まあ無意味だっただろう。出稽古日にリルは「洗濯物の片付けがあります」とそそくさと帰宅。よく考えたら俺は何でリルを口説き落とせたんだ?
寝坊事件の時の手繋ぎで「なんかきた!」と小躍りしたけど実は最初から?
しかし天ぷら事件というかあの手紙がある。なぜ俺と喋らずに結婚したのかは「困らないと思った」だと誰でも良かったのかとまた落ち込むから聞けてない。
「調べてお申し込みしてくれたなら大丈夫とか断らないから結納の日でいいだし、ロイさんについて知りたくないのかと聞いたら俺の知り合いで親父達がお願いしますと言うたなら何にも心配ない。一目惚れしたし選ばれたのが嬉しいから励みたい。調べられて選ばれたからロイさんと気が合うと期待しているけど評判が悪い自分は喋ったら嫌がられるかもとかなんかそういう感じだと思っていたのに……訳が分からん。今より会話になっていなかったです」
「リルさん他に何か言うてましたか?」
「…… 嫁の仕事頑張ると。頑張っても働けないかなって聞かれたのでリルの頭の中は結婚は仕事。嫁は仕事。ロイさんが変な結婚お申し込みをしたせいですよ!」
おいこら、と体を揺すられた。
「変なって勝率が上がるかと。つまり正解だった訳じゃないですか。ちなみにリルさんは付きまといとは思わずに見つけてもらって嬉しいと思っただろうから同じだったと思うと。リルさんの評判が悪かったとは解せないです」
「へえ。そういう話を出来ているんですね。リルの評判の悪さは本人というよりルルです。同じ両親の子なら美少女溌剌娘がええって。両親もリルの縁談は高望みしていたんでご近所さんに雑だったかと。俺と同じで」
もう理由は無さそうなのにまだ揺すられている。
「そもそもなんで他に縁談が無かったんですか? デオン先生はロイさんは選ばれる立場だと言いました。人柄もあるけど家族構成が気楽だと」
「結婚は平均頃という頭がありましたし文通お申し込みは母が長女はダメとか文通なら卿家ではないと問題外とお断り。そのうち選べるならわざわざやかましいことを言われるのもなぁ、とか気乗りしないなぁみたいな。気持ちを自覚していなかったですけどリルさんに挨拶をしてみようかとそちらで頭がいっぱいでした」
「ああ。モテないのはおかしいからそうですね。俺は文通お申し込みをされたことがないけどされたいです。いきなり胸見せチラチラとか無理矢理腕組みとか陰で性悪とか嫌で」
まさかのネビーの恋愛話開始?
「ああ。聞きそびれていましたけど例の花街で人殺しとはなんですか?」
「むしろなぜ知らないんですか? 他のやつもまぁでもほらまぁとかごまかし笑いとかそういう話はするなとか」
それでガミガミ貞操教育を叩き込まれた話をされた。
「……悲しい方も居るそうですけど仕事なので子が産めないようにされると聞きましたけど。だから身請けしても子を持てないから遊んで良いけど身請けは絶対に許さないと。まあ若造が遊ぶなと脅迫されていましたけど」
「花街生まれの女は生まれた瞬間から生きていくのに借金漬けで1番出られない。だから生まれますよ。イマイチな子を買って家でそういう意味で使うとかまぁ色々仕事柄見ています。1、2歳とか龍神王様の言う通り人は4欲の悪として生まれるとは本当だと思います」
「……。自分は児童関係の事件は関与していないので。ええ……。未成年というか……えっ?」
衝撃的な話を聞かされて混乱。俺と話があるってこういう話?
いや会話の流れからしてたまたまたどり着いたという感じだ。ネビーは「こういう話をしたらこうなるか?」と考える俺とは違う。
「ロイさんは意外に世間知らずなんですね。まあ俺はその花街へ入ったことが無いですけど。華やかな街だなんて思えません。まあ親の洗脳結果です。難癖女が現れたら助けて下さい。兵官はええみたいな金を寄越せみたいな怖い女。しばらくしたらさらなる難癖でむしり取られそう」
女性に外堀から埋められて結婚しないといけなくなった火消しの話をされた。
「強かな方もいるものですね」
「そこらへんにいますよ。兵官っていくらもらえるの? 家を出ないなら安い? とか聞いてきて後日貯金してるんだねとか。そういう女は疲れるからロカが嫁に行くまで誰とも出掛けないと言うてあります」
「卿家も庶民ですけどそちらのような下街娘さんって思ったのと違います。思い描いていたのはお母上みたいな女性です。ネビーさん苦労しているんですね」
「別に皆そうですよ。あっちとくっついた。こっちとくっついた。振った振られた節操なしだったり。そういえばリルは俺の話を楽しそうに聞いてくれるって言うていたのに巨乳女とくっついた奴がいるんですけど振られてうじうじナメクジみたいだと。両親が無理矢理仕事に行かせているとか。リルに近寄るなと言うておいて良かったです」
「そうですか。リルさんはまぁ自分が初の想い人だと言うてくれましたので……」
でも気になる。ニック。覚えておこう。なんだか気になる。
「お嫁さんまで遠すぎます。そこらの中では淑やかな感じの良い女でもまぁくらいに思っていたけど今夜固く決意しました。あんまり何も知らないらしいお嬢さんと耳年増の俺なら俺の勝ちで楽しそうなんで。はいどうぞ! みたいなのはゲンナリ。なんなんだあれは。慎め」
「ご自身も慎みを覚えたらええかと」
「それも世間知らずというか純情というか既婚なのになぜですか? 俺の周りなんてえげつないですよ」
俺はなんの話を聞かされているんだ?
この話を俺にしてどうしたいんだ?
こういうところがよく分からない。雑談でも俺はちょこちょこ目的を持っているけどネビーは違いそう。違くないならこの目的が読み取れない。
「そうなんですね。リルさんは慎みがあります」
「母がガミガミ言うてリルは1番素直になんでもはいだったんで。いや違う。りんごを盗み食いするなと言われたら皮を厚切りして食べてたらしいです。また怒られたら薄剥きにしたけど皮を独り占め。リルの性格はしっかり母の教育もありました。妹達は母の目が離れて暴れ怪獣の文句たらたら娘。皇女様みたいにっていう台詞が効果ありです」
ペラペラお喋りで話が大分変わった。今夜のりんごの皮はどうなったんだ?
皮が食べたいではなくてりんごを沢山食べたいけど欲張りは我慢な気がする。リルにりんごを買ってこよう。
「なので皇女様はこうするそうですよ、と言うて下さい。お出掛けの時に礼儀作法がなっていなかったら。先に言うておきますけどあいつらはしゃぐと忘れるので。ルルはみたらしってずっと歌っていたのにレイのためにきなこ餅ときなこ団子を頼む優しい子です。レイはバカにされるから勉強したくないのに土に書いて練習する頑張り屋です」
ようやく話の目的が判明。ここまでの会話でこの話題に必要なことってあったか? ない。謎だ。忘れてペラペラお喋りからの思い出し?
「リルさんと似ています。そうでした。家族でも男は男。血縁がなければさらになので義兄でも膝の上に乗るとかは良くないと教えてあげて下さい」
「ん? それはありがとうございます。母がガミガミ言うてます。俺も言います。母はわざとルルを見窄らしくしてご近所さんにうんと頼んでいます。また攫われたら困るので。娘全員ボロボロ娘として一蓮托生。それを今日知ってやり過ぎは良くないと思ったのでルカとジンと話し合います。容姿といえばリルに前髪を作ったらどうかと言いました」
おでこをついつい叩くから前髪作りはどうかと提案。リルは整師を知らなかったそうだ。ハイカラな髪型の話はご近所のお嫁さん達との話題になりそうだし単に見てみたい。
「ネビーさんリルさんに良いことを言いましたね」
「ん? 他の妹達と遊んだからリルにはお小遣いと言うておきます。変になっても笑わないでやって下さい」
その夜、ネビーは延々と話し続けた。どんどん話題が入れ替わる。たまに「あっ、家族のこと」みたいな目的のある話が挟まるけど基本は純粋な雑談。思いついたから喋っているという感じ。
「まあ俺。金持ちだからリルにロイさんを勧めたわけじゃないです」
「父も王都配属の推薦兵官だからではないと思います。あの口振りですと」
そのうちネビーの口数が少なくなっていって俺も眠くなっていつの間にか就寝。
……。
「ん……リル……」
ん?
無い。無いというか固い。何? と思って寝ぼけた頭が冴えた。
寒くて癖で潜り込んだのか俺の体は半分ネビーのいる布団の中。これは絶望。
パチリと不機嫌そうな表情の彼と目が合う。
「おい」
「……寝ぼけです」
「そこに座れ!」
うるさい怒声。とりあえず正座。これは俺もしくじったと思う。
「新米嫁の朝の仕事を邪魔するな!」
「そうしています」
「どう見ても違うだろう!」
「今日は休みなので、まぁ、つい」
「不貞腐れた顔をするな! リルリルうるせぇ!」
「言うていません。一言リルだけです。毎日リルさんと丁寧にお呼びしています」
うるさい。なぜ朝から説教をされないといけない。俺へのビビりはどこへ消えた。そもそもようやくリルと寝られる日だったのに解せない。
「夫婦なので怒られる筋合いはありません」
逃亡。こんなに妹おバカさんだとは知らなかった。リルを嫁にいる? みたいな雑さだったけどそれは本命の相手ではないから雑にしていたとこの間聞いた。
「ロイさん待て! 話を最後まで聞け!」
「嫌です。それはネビーさんの悪癖です。あとペラペラ喋り過ぎ。それこそ直して下さい」
カンッ! とお昼の鐘の音。そんなに寝ていたのか。かなり酒が入っていたし明け方までペラペラお喋りを聞かされていたからだな。
無視して着替え。ネビーも昨夜母が彼に「今後の泊まり用です」と渡した冬物浴衣からお着替え。俺に使わせたく無いけど父の手前捨てられないし売れない大嫌いな祖父のもの。
俺の友人達には貸してた。謎だけど俺にはとにかく使わせたくないっぽい。
相変わらず体の鍛え上げられ方が違う。俺も励んでいるけど体質?
リルも母もいない。台所不在。居間不在。庭で父が薪割りをしているのを発見。後ろでネビーがぎゃあぎゃあ言っている。男兄弟はうっとおしいかもしれない。
「緊張で明け方まで眠れなくて。寝過ぎてすみません。おはようございます。薪割りなら俺がしますよ」
「おおっ! それはありが……はい」
「その通りです父上。ネビーさん。この薪割りは約束を破って母とリルさんを困らせた罰なので代わってはいけません」
「へえ。大変ですね。父は母に怒られるだけです」
「昔からの積み重ねだ。レオさんもネビー君も気をつけた方が良い。ロイはまあ大丈夫だろう。お前はちゃっかりしてるからな」
「まあ父上を反面教師です。母上とリルさんはどちらかへお出掛けですか?」
「お前らがあまりに起きないから2人でレオさんとエルさんに昨夜の話をしに行った。昼には起こして走って来いと伝えろと母さんに言われた。俺からお小遣いをむしり取って皆さんと外食する」
もうその昼だけど。ネビーと顔を見合わせる。
「ちょっ、狭いので後ろを歩いて下さい」
「そちらこそ後ろへどうぞ。兄なので前です」
腕で押し合いながら玄関へ行き押し合いながら外へ出て走り出した。
「足で俺に勝とうとは百年早いですよ!」
「あっ、お嬢さんですネビーさん。こんにちはメルさん」
「えっ?」
嘘。メルさんは昨年嫁に行ったので居ません。今のうち!
手続きが煩雑で時間も少しかかるということでネビーは桃の節句の日に「ルーベル家次男」と認定された。3は縁起数字だけどなぜその日。
剣術道場で「おい桃兄弟」というしょうもないあだ名をつけられた。解せない。




