ランの温泉旅行(因果は巡る糸車)
感想であったような気がしてラン視点の温泉話を書いてザッと感想を見直したら見当たらなくて願望? 見逃し?となったけど書いたので投稿します。1話にしてしまおうと思ったので長いです。
時間を見つけて後から返信したりするので感想未返信を見つけて慌てました。全て読んで全返信と思っています。感想やコメント、誤字脱字修正はとても嬉しいです。
火消しといえば区民の英雄。家屋の倒壊、災害、土砂崩れに火事などの災害はすべて火消しの管轄。彼等は公務員で実名称は災害実働官だけど元々火事の処理をする私設団から始まったので火消し。
私の夫はその火消し。息子も現在見習い火消し。息子が無事に8歳を迎えて成人になる可能性が高くなる年齢と言われている。元服の半分ということで半元服。祝うべき年だ。
そういう訳でえっちらおっちらやってきたのは岩山エドゥにあるエドゥアール上温泉街。皇族も来訪する高級宿から下々が泊まる宿まである桃源郷のような温泉地。北区民なら死ぬまでに1度は行くと言われている。
私は兄弟が点々と歳が離れているので家族で遠出の旅行はしたことがなかった。
夫は下の弟が半元服した際に家族でエドゥアール上温泉街へ行っている。
私達夫婦の子は2人でどちらも息子。もう1人の息子は1歳で流行病で亡くなってしまったので現在は1人息子。
我が家は決して貧乏ではないけれど、そこそこ出世して同僚達に好かれる夫がやたらと「相談があるらしい」と人と飲む。しかも大抵奢るか我が家でご飯。
火消しはいつ何が分からない仕事なのでこれだけは絶対に貯金しておきたいという額があるので今回はわりと貧乏な旅行を選択。
旅行が楽しければ息子は「また行きたい!」と言いそうなので、その時夫に「あんたが飲み代を減らしたら息子の元服祝いは同じエドゥアール上温泉街で少し贅沢な旅行が出来る」とか言うつもり。
「父ちゃん残念だったね。地獄蒸し体験高くて」
「体験料はまあよかだけど、盛り合わせがなあ。もう少し安かったらよかだったんだけど。安い宿を見つけたら行けるか?」
夫は半元服祝いの時に来た時は下調べ不足で観なかったという上温泉広場は大変楽しげな世界。
ウキウキする息子の笑顔でさらに楽しい。
「そうねあんた。観光しながら宿巡り。必ず上温泉広場へ行った方がよかーと聞いていたけど、お出迎え広場より相場が高いわあ。足湯は断然ここだけど。並べば膝までの蒸し温泉が無料なんて面白かったねえ」
「そちらの方すみません!」
背の高い割とガタイの良い男性に声を掛けられて3人で足を止めた。
その若い男性と一緒に小走りで駆け寄ってきたのは質の良い模様もかわよすな浴衣に洒落たどてら姿のちんまい若い女性。
お金持ちそうだけど何?
2人とも少々険しい表情。
「はい。ぶつかりましたか? そうでしたらすみません」
夫が私と息子のティエンを少し後ろへ下げた。難癖かもしれないと警戒は私も夫に同意。
「いえ、お願いがあって声を掛けました。これから地獄蒸し体験小屋へ行くんですが5、6名だと割安だと聞きまして。食材も商店通りで買うと安く済むそうです」
2人は手を繋いでいて結婚指輪をしている。指輪は中々高いのでやはりお金持ちそう。なのに節約?
「あの、それは自分達と一緒にということですか?」
「そちらの予算が合えばです。2家族なので5銅貨ずつ。盛り合わせは高いけど、体験だけ頼んで持ち込み、通りで安い野菜を少し、1つだけ買っても楽しめると人力車の方に教わりました。宿代を奮発したので節約したくて」
「怪しい者ではありません。お祝いで宿代を奮発しましたが普段はキノコを採ってきたり釣りに行ったり節約しています」
お金持ちではなくて奮発した?
夫と息子と3人で顔を見合わせる。
「いえあの、誠にありがたいお話ですがなぜ自分達なんでしょうか?」
「たまたまです。安かったら地獄蒸し体験をしたかったみたいな会話がたまたま聞こえまして」
「はい。たまたまです」
若い男性はまだ険しいお顔だけど女性の方は困り笑いを浮かべた。
「父ちゃん行こうよ! 行かないの? こんなよかなこと断るの?」
ティエンの目は「地獄蒸し料理!」と燃えているし笑顔。話しかけてきた男性が微笑んで女性もニコッと笑った。悪い人達ではなさそう。相手に提案というか「こういう者です」と自己紹介された。
【南地区中央裁判所ロイ・ルーベル、父:煌護省南地区本庁ガイ・ルーベル、母:テルル・ルーベル、妻リル・ルーベル】
難癖どころか難癖を裁く側? しかも地区は違くても火消しの親玉組織の煌護省勤めの父親。
夫が「この番号は卿家の方ではないですか!」と発言。番号ってなに?
卿家は役人区民の手本。大金持ちにはなれないけれど中流層の頂点と言われる家が続く限り安定した生活が約束されている家柄。
南地区からとは遠い。奮発して高めの宿に泊まったそうだ。この身分証明書は安堵。卿家は戦時招集義務があるのでロイのガタイが良いのも納得とは夫談。これは私の知らなかった知識。
向こうは向こうで「災害実働官ですか」と「旦那様、なんですか?」に「火消しの正式名称ですよリルさん」という会話。夫と結婚してからたびたび耳にする会話。私も結婚して知った。
「火消しですか。ここへ来る途中に雷で壊れた店があって、その火災から怪力の火消しが次々人助けをしたそうです。だから副神様があなた達に声を掛けるように自分達とすれ違うようにしたのでしょう」
「沢山の人が火消し達に感謝していました」
ロイもリルも夫を褒め称えた。火消しはどこの人達にとっても英雄というけど遠い遠い南地区でも同じみたい。
「ティエン君、君のお父上は立派です」
ロイがティエンに微笑みかけた。
「うん! 父ちゃんは凄いんだぜ!」
「こらっ! 卿家の偉い方には凄いですと言いなさい。すみません」
「きょうか? って何?」
「ここでは皆同じ観光客ですから気にしないで下さい。ティエン君、父ちゃんはどう凄いんだ?」
ここからティエンの父親自慢が炸裂。ロイはずっと相槌をうったり夫の仕事を褒めてくれている。ただ夫との会話になると表情が強張る。子どもは良いけど大人相手だと人見知り?
リルもリルで喋らないで微笑みで3人を眺めている。思い切って話しかけたら苦笑いから徐々に笑顔。どうやら人見知り夫婦。つまり彼等はかなり勇気を出して私達に声を掛けたということになる。
「卿家の方もキノコ採りなんてするんですね」
「節約は大切です。浮いたお金で別の料理を作りたいので採れるものは採ってきます」
そこからは5人で楽しく過ごした。ロイは人見知りのようだけど仕事は出来るという様子でテキパキ私達を案内しつつティエンとのお喋りにも付き合ってくれた。
あんたが飲み代を減らさないから息子はあれを楽しめなかった、と言うはずが普通に楽しんでいる。なにせ楽しくて美味しい。
温泉蒸気で蒸した同じ北地区でも見かけない食べものを椅子に座って足湯をしながら食べるとは贅沢至福。
節約と言っていたけど彼等なりの節約で私達とは買うものが違った。なのにロイは「こんなに買ったからおまけして下さい」お饅頭を2つ獲得。
なのに我が家に「父上がこれは絶対に食べてきなさいと言うていたので」とたまご3つ。お饅頭2つもロイは甘いものを食べない、リルはお腹がいっぱいと我が家へ。
食材を買い物中、宿泊先の話になれば彼等の宿の館内案内本を見せてくれたことを思い出す。
「華やぎ屋の簡易宿所は1人3大銅貨です。大部屋ですが家族ごとに衝立を置くそうです。それから別館の一部と共同大浴場が利用可能です。この貸衣装はないです」
「ロイさん、次々人が来ると思ったらその値段だったんですね」
「ええ。自分も驚きました。こりゃあ急がないと満室ですね。華やぎ屋さんには大変お世話になったので、自分が1大銅貨を払うのでどうですか? 半予約して泊まらなくても宿泊客と同じ玄関で足湯が出来ます。門構えとか吊るし飾りなどきれいですよ」
どう考えても良さそうな簡易宿所なので絶対に見には行くべしと思った。
「牡丹花びら風呂に露天風呂だってよ。ここの方が絶対よかだよあんた。いやあ、ロイさんがなぜ1大銅貨も出してくださるんですか。大奮発して払います」
「父の友人関係の店で到着したら少し安くしていただいたので、その分を少しでも払いたくて。あと宣伝してくれと頼まれています。今ならまだ空いていると思うので……ああ、タカ屋の従業員に頼みましょう」
食事は間も無く終わってしまうな、と思いながらロイが人力車屋に声を掛けたり矢立を出して紙に鉛筆で何やらサラサラと書いたことも思い出す。
私が若くて結婚前に出会っていたら恋穴落ちだったなと思うけど卿家なんて出会わなそう。
ロイとリルは身分格差なのでコソッと聞いてみたらロイとリルの兄が同じ剣術道場でもう10年くらい兄弟門下生とのこと。娘が生まれたらティエンに手習をさせると格差婚発生? と覚えておく。
ティエンはずっとロイの前か隣を独占。ティエンが興味を抱いたのでロイは途中から難しい話を分かりやすく丁寧にしてくれた。どう見ても聞いていても賢い。わたしが若くて以下同文。
名残惜しいけど彼等とはそれでお別れ。栗好きで我が家の親戚に栗農家がいるので行商ついでに郵送なら安く送れそうなので御礼をすると告げて住所を獲得。
北地区と南地区はあまりに遠いけど卿家の知り合いはいないよりもいた方が役立つ。しかも煌護省に中央裁判所。火消し家族が難癖で困ったらお金をうんと払ってでも助けを求めるべき相手。
そうして私達はロイが空いていたら半予約、と頼んでくれた華やぎ屋へ到着して。
「どう見ても高級宿じゃないか?」
「そうだねあんた」
「父ちゃん母ちゃん、入ってよかなの?」
分からない。宿の前には【簡易宿所受付終了】の看板。つまりやはり簡易宿所はある。
ありったけの勇気を出して中に入ったらロイとリルから聞いていた通りの玄関。玄関なのにうんと広くて両側に足湯があって壁には美しい吊るし飾り。これを見られただけでも十分かも。
「いらっしゃいませ」
「あの、こちらにご宿泊のルーベルさんという方が簡易宿所の半予約を取って下さったというので来ました」
「ルーベル様からご紹介のご家族様ですね。どうぞこちらへお掛け下さい」
玄関左手側の椅子に案内されて夫の身分証明書を求められてた。荷物も椅子の上で良いらしい。
そこに別の客が来店。他の従業員が声を掛けたら反対側に同じように案内された。少し聞こえたけど彼等は別館予約らしい。
私達の旅装束と大きくは変わらない身なり。別館っていくら? まさか節約して貯金したら泊まれる?
「お預かり致します。その間よろしければ後ろの足湯をご利用下さい。こちらは足拭き用の手拭いでございます。脱いだ足袋などは椅子の下の荷物置きをご利用下さい」
「吊るし飾りってあれ? 本当に綺麗だね」
「そうだね。ティエン、お行儀良くするんだよ。親切にしてくれたロイさんやリルさんに迷惑をかける」
「ティエン、部屋でお二人にお礼の手紙を書くぞ。本館に宿泊なら従業員の方に預ければ届けてくれるからな」
「うん!」
ティエンは足湯に夢中。ロイの周りでぴょんぴょんしていたし普段も元気いっぱいなので足湯でばしゃばしゃしないか不安だったけど大人しい。
そんなに時間が経たないうちに来たのは先程の従業員ではなかった。私の母くらいの年齢の女性。
女性は白地に牡丹柄の訪問着で帯留めも牡丹。髪飾りも赤、青、黄の牡丹が連なったものに銀細工がついている。明らかに女将だ。
彼女は他のお客に挨拶をしてから私達のところへ来た。
つまり反対側にいる客より私達が格上ということ。
隣の夫婦達は「完全予約して良かったですね。来られなくなったらと不安だったけど満室だなんて。今度は別館に泊まれるなんて嬉しいです」みたいな話をしているけど。私達は簡易宿所の客だ。
女将らしき女性は私達の前で腰を落とした。
「ユアンさんにランさんにティエン君。ティエン君はそのままぜひこの宿自慢の足湯を楽しんでいてね。皆様ようこそいらっしゃいました。この店の女将を務めているリュシーでございます。ルーベル様がお世話になりました」
そのままと言われたけどもちろん会釈をさせた。私と夫もしっかりお辞儀。
「簡易宿所ですが書き付けをいただいた際には満室でしたので別の部屋を融通させていただきました。それから宿泊代はルーベル様からいただいていますので結構です」
「……えっ? し、支払い、支払い済みなのですか⁈ まさか。ご一緒にいて見ていました」
「それなら言い直します。宿へ戻られたらルーベル様がお支払いすると言付けを預かっています」
詳しいお話はこちらへどうぞと女将に促されてティエンの足は女将に拭かれて移動。荷物は男性従業員が運んでくれた。
玄関の奥は広い廊下。左右後方が簡易宿所。左右前方が本館と別館。玄関前と同じで立派な暖簾が掛かっている。
右手側の別館の受付部屋と別館手前の共同大浴場を使用出来ると説明がされた。
それでその別館側の出入り口前にある簡易宿所へ案内された。机と座布団が並べられていて食事をしている者が何人もいる。
持ち込み可能な食事処で別館のお土産屋で依頼したひっつみかおにぎりはここへ提供。
2階と3階が簡易宿所で景色が良いのと2棟で景色が違うのでご自由にご堪能くださいと告げられた。
荷物の預かり札を預けられて場所はそちらです。盗難防止のために係の者が受け渡ししますと言われた。
「本日は21時からこちらの1階を臨時簡易宿所に致します。この時間で簡易宿所が終了でその後にダメ元ですがとお客様がいらして下さるのでそのようにしました。それまではお荷物はそちらの荷物預かり所で預かりますし、隣の簡易宿所の1階や別館受付部屋や観光などでお過ごし下さい」
「繁盛されているのですね。ご立派な門構えで簡易宿所は無いのかと疑うくらいでした。嘘はつかないような方々に紹介されたので勇気を出せましたけど」
「平家から皇族まで愛される宿を目指しています。食事処が減るので本日は21時からは食事処は混むかと思いますし大浴場も。お話が終わりましたら先に休まれて数量限定の名物ひっつみの予約などを検討していただいて改めて観光がよろしいかと思います」
皇族⁈
本館ってそんなに凄いの?
動揺していたら別館の受付部屋に案内されて「簡易宿所の宿泊客でここも入れるってそれは人気だ。しかも1人3大銅貨とは狂ってる」と感じた。既にきゃあきゃあ言いながら隅から隅まで眺めたいくらい。
私達は女将に別室へ案内された。6畳で床の間があって玄関とは違う吊るし飾りに壁に飾られている美しい布は何?
床の間の書は読めないし花瓶は白くて艶々の高そうなものだし大輪の牡丹が6輪も生けられている。色が3色なのがまた綺麗。
着席したくらいで他の従業員が来てお茶と牡丹の形の練り切りが登場。私は夫と目を合わせた。
ルーベル夫婦って何者? と伝わったと思う。ティエンは部屋の中をキョロキョロ眺めている。
あぐらなので小声で「正座」と告げて軽く睨んでおいた。
「誰も居ませんので楽にして下さい」
「いえ、すみません。躾けてはいるのですが」
「火消し見習いとは素晴らしいです。ティエン君、甘い物が嫌いならおせんべいもあるのでね」
「ありがとうございます! 甘い物はとても好きですからおせんべいは大丈夫です!」
慌てて正座をして頭をしなっと下げた息子によく出来ましたと言いたいような、恥ずかしいような複雑な気分。こんなの想定外。
「ルーベル様は親戚の家と懇意でして本日の特別なお客様です。なのでお心付代は結構ですと配慮したら気にされたようで火消しは尊いですしせめて宿代を受け取って下さいと。おそらくお父上から預かったお心付代より安かったのでしょう。そういう訳で本日のご宿泊代は結構です」
「そういうことでしたか。いえしかし。申し訳ないのでお支払いします」
「いえ。結構ですのでこちらをお持ち帰り下さい。火消しなら友人知人がわんさかでしょうからぜひ我が宿を堪能して広めて下さいませ。宣伝しても宣伝しても簡易宿所の噂の広まり具合がイマイチなのでご協力下さい。火消しの方々なら別館も堪能出来る部屋もございます」
女将が不敵な笑みで差し出してきたのはロイが持っていた館内案内本と街の観光案内本。
「……息子の元服祝いもこの街で出来たら良いな。元服祝いなので奮発したいと思っていたので検討します」
「この街や宿を楽しんでみてから決めて下さい。他にも観光地はあります。ルーベル様のお住まいの南地区へ海観光をされるのなら親戚の店のかめ屋をご検討下さいませ。その前には当宿とルーベル様にお知らせ下さいませ。ルーベル様のご自宅から近くてお世話になってます。当宿もかめ屋もご利用の際は贔屓致しますので事前連絡をお願いします」
さらに1冊の本が登場。かめ屋の館内案内本。
「それではこの部屋から別館受付部屋まではもう分かると思いますのでごゆっくりどうぞ。当宿を選んでいただき誠にありがとうございます。まさかルーベル様が北地区の火消し家族を客引きして下さるとは。お二人には私どもからお礼をしておきます」
女将はそれで簡易宿所の説明をして素晴らしい礼をして退室。
「こんなことあるか⁈ 俺達は歩いていただけだぞ」
「あんた聞いた⁈ ロイさんとリルさんは本館だって! 奮発って大奮発したんじゃない⁈ 祝言と出世祝いって言っていたから! 心付け代が3人分の宿代より安いってどんな世界⁈」
練り切り堪能中のティエンを無視して2人で華やぎ屋の館内案内本を確認。特別本館は激高、本館も高、別館もそこそこ高、なのに簡易宿所は激安。特別本館、本館、別館には値段格差がある。
皇族が泊まるなら特別本館の最高値のところ?
特別本館は全ていくらから、と書いてある。お金を払うと何か増えるの?
「別館は確かに部屋を選べば泊まれそう。あんたが飲み代を減らしてくれたら泊まれる。特典ありとか部屋の格はあるみたいたけど泊まれそう。大浴場が増えて川を少し眺められるって」
地獄蒸し料理を堪能してしまったので言えなかった台詞をようやく言えた。
「……この宿って宣伝する意味あるのか? さっき予約客が来られるか不安だったけど別館を完全予約したから泊まれたみたいな話をしていたぞ」
「本館も下手したらギリギリかつかつで届きそうな値段。あんたは見た目がイマイチで縁の下の力持ちだから副収入は無理そうだから厳しいけど」
「……。南地区へ海観光も気になるけど親戚の店って……」
かめ屋の館内案内本も確認。華やぎ屋より小さそうで中間層向けという感じ。高い部屋もあるけど少ない。簡易宿所が少しある。
「足腰が元気ならむしろこっちの方が泊まれるね」
「格からしてこの宿から進出したんじゃないか? 南地区の海のものや流行りを仕入れたりとか、逆はこの街名物や北地区の流行を教えたり」
「卿家は大儲け出来ないからうんと節約して大奮発したんだよ。公園でキノコに銀杏拾い。しかも銀杏は売ったって。山では鮭にキノコや栗拾い。海釣りだし春になったらたんぽぽ茶作りと山菜採りだって。この間川海老も仕掛けで沢山採って言ってた! 卿家がそんな暮らして良いの? あんたの親玉だよね?」
「分からん。南地区の煌護省宛に意見書を出してみる。リルさんはお前に随分と節約料理について聞いていたからな。まさか上級公務員って安月給なのか? 俺達はかなり助けられてるぞ。我儘……卿家? おい俺達のあーだのこーだのを助けてくれるのは補佐官だから卿家だぞ。おい、誰だ給与を決めているやつ。補佐官も安月給なら俺は彼の扱いを変えないといけない」
私達はこの後館内を堪能。別館受付部屋はすこぶる素敵。女性向けに感じるけど水車があったり、水路にサササ船を流せたりと子どもが好きそうな仕掛けもある。
次は簡易宿所の3階。よく晴れているのもあり絶景。登ってきた岩山が見渡せて牛車が登るところが見られる方向、街を見下ろす方向があった。
もう1棟の簡易宿所の3階にはさらに上に登れる塔があって待たされたし登るのはキツかったけど岩山エドゥを見上げられた。
「父ちゃん、母ちゃんこの宿なんで安いの? 半予約したところと1大銅貨しか違わないんだよね?」
「さあ? あんたなんで?」
「本館や別館だ。次はそちらへどうぞと言われた。策略にはまりそうというか泊まりたい。皇族も泊まるのに簡易宿所をやめないとかこんなに広く用意しているって」
「海も見たいけどね」
「海って何?」
「えっ?」
ティエンは海を知らないの?
時間ですと言われて塔から降りて3階から景色を眺めながら夫と海について説明。
それから荷物から肌着を出して共同大浴場へ向かった。女将に取り合いです、みたいに言われたけど宿の洗濯場を使って干場も使えるという贅沢簡易宿所。歩いていたらこれってなんで?
共同大浴場はそこそこ混んでいたけど風呂屋に比べたらガラガラ。室内の吊るし飾りと連なる灯りが美しい質の良い木の内風呂。
ただ内風呂の天井には玄関とは異なる吊るし飾りと丸い灯りがいくつも並んでいて綺麗。
露天風呂は石作り。細い桜の木に桜が咲いている。赤い布の長椅子や傘があるという風雅さ。
岩の上には赤い前掛けをした白に黒のぶち猫は片手を挙げているので家内安全の副猫神像。
季節外れの桜なんてあるんだ。他にも木があるので他の季節は他の花が咲きそう。
しかもお湯には牡丹の花そのものが少しと花びらがうんとたくさん浮かんでいる。
私は華族になったの? と大大大感激して受付部屋へ行ったら夫とティエンが長椅子に腰掛けて小さく歌っていた。並んで座って大浴場の話に華を咲かせる。
「牡丹少しに柚のお風呂だったんだ」
「家内安全か。こっちは商売繁盛の副猫神像だった」
「対になってるね」
「副猫神像って何?」
知らないの?
寺子屋では教えない。火消しの職場にはないかもと今さら気がついた。
「父ちゃん母ちゃん。ロイさんはうんと格好よかで頭も良かったけど俺も勉強したらああなれる? 背筋をピンッて毎日伸ばしていたらああなる?」
「……」
夫はしばし無言。ティエンはニコニコしていたけど不安げな表情になった。上級公務員は贔屓される卿家でさえ難関じゃなかったっけ?
火消しは公務員だからそこそこ知識のある夫や義父母から学んだからなんとなく知っている。
「ティエン。父ちゃん励むし節約も気をつけるから補佐官を目指せ。補佐官はかなり難しい。中官っていう試験に受からないといけない。見習い上がりだと早く受けられる。うんと勉強するならロイさんまでとはいかなくても勉強や教養をお前に教えてもらえるようなことを考える」
補佐官って何?
「お金がかかるの? 難しいって俺には無理?」
「お前は俺の自慢の息子だ。お金はじいちゃんや父ちゃんがどうにか出来る。泣きべそかいて逃げ出したりサボったら無駄金だ。努力した結果ダメなのは仕方ない。難しいからだ。見習い上がりで補佐官は自慢だ」
「じいちゃんや父ちゃんみたいになれるってこと?」
「もっとかもしれない」
「それはすっごいよかな火消しだ! 何で誰も目指さないの?」
「試験が難しくて仕事も難しいからだ。補佐官がいないとじいちゃんも父ちゃんも困る。息子が補佐官ならうんと助かるなぁ」
「俺は頑張れるよ! 体は小さかだけど父ちゃんも小さかだけど立派だし俺は泣くけど頑張る男だから!」
こうして私達は洗濯場でお洗濯。盗難は保証しないと言われていたけどこの宿だけの場所みたいで従業員達も洗濯中。あんまり心配なさそう。今着ている肌着でも帰れる。
宿にお金を払わないのもね、とひっつみを予約。ひっつみにしては高いと思ったけど「また食べられて嬉しいですね」という会話と「お客様。本日はまもなくご予約終了です」の言葉で予約を決意。
簡易宿所が3大銅貨なのにひっつみが1大銅貨。なんかこの宿は狂ってる。夫に聞いたら「宿代が安かったからと財布の紐を緩ませるのが目的か?」と言われた。なるほど。
それから私達はロイとリルが行った滝を目指した。見張りがいて声を掛けられてなぜここを知っていると聞かれたので観光案内本を見せたら「華やぎ屋さんのお客様ですか。楽しんで下さい」と掌返し。安客だと追い払われるの? 私達は安客なのに館内案内本が通行手形みたいになった。
滝なんてないと思ったら滝は洞窟の奥。ティエンは洞窟に大興奮。というか夫も私も大興奮。
「連々々滝って何かと思ったら、滝が連なってる……」
「山の中の滝なんて……」
「すげえ! 父ちゃん旅行から帰ったら絵に描くよ! 俺は下手だけど上手いやつに描き直してもらう!」
「そうしろ……」
3人で手すりに近寄る。
かなり斜めの岩壁に飛び出る滝は1、2、3? 正解は不明。説明書きなんてない。
くっついたり離れたり分裂して、私達の高さの少し下の方で大合流して大きな滝になり、かなり底の方、徐々に細くなる岩山の隙間へ流れていく。
岩から木が生えているし、百合みたいな白い花や黄色の花もあちこちに咲いている。
さらに滝があまりに絶景でご利益がありそうなので3人でお参り。少し歩いて高台へ出たらもう街は夕焼けに包まれていてこちらも絶景。
せっかくなので御三家の門でも見る? と宿屋ユルルへ向かった。
華やぎ屋と違って質素な門。木そのままという屋根や柱で暖簾もない。光苔の灯籠に「宿屋ユルル」の文字が浮かんでいる。
あとは石垣の塀にエドゥ連々々滝に咲いていた百合があちこちに咲いている。他は木々で建物は何も見えない。兵官の見張りがいる。
「父ちゃん母ちゃん、あれロイさんとリルさんと同じ服だよ。やぎ屋って書いてある! その前の漢字は華? 泊まるのは華やぎ屋って言ってたからそうだよね!」
「静かに!」
わりと近くに停まった人力車から降りてきた女性2人はリルとそっくりな格好。
「そちらの方々少しよろしいでしょうか?」
お面をつけている女性に話しかけられた。口元しか見えないけどぷるぷる艶々で見える肌は真っ白ですべすべもちもちそう。絶対に大金持ち。
歩き方に喋り方が既にリルと違う。確かに卿家は庶民層とこれで分かった。
「は、は、はい……」
「今華やぎ屋のリルさんと申しました?」
「は、は、はい。そうです」
「お知り合いでしょうか?」
彼女に上から下まで眺められて首を傾げられた。
「い、一緒に地獄蒸し料理を食べました。食べられました? 食べさせていただきました? 節約になるからと誘われまして……」
「こう、ちんまりされた方でした? リスのようなお方ではなかったですか?」
「は、はい。浴衣? そちらのような質の良さそうなお召し物でリスとぶどう柄でした」
「リスがリスを着ているリルさんなら私がお会いした方です。こちらへは宿屋ユルルの門を見にいらっしゃいました?」
「は、はい。せっかく登ってきたのでここから見るだけくらいなら許されるかと」
ふーん、とまた上から下まで眺められた。
「リルさんとはまたお会いしますか?」
「い、いえ。南地区と北地区なので会えません。手紙は送ります。栗もです」
「そうですか。それなら私と玄関までどうぞ。良い眺めですので。そちらのご子息君、騒いで良いですからね」
えー……。なにこれ。お金持ちは4人とお付きの男性を入れた5人になった。ティエンより小さい男の子もお面をつけていたけど頭に乗せた。
5人の後ろを縮こまって歩いていたけどティエンが「すげえ」と騒ぎ出した。静かにと言おうとしたら「お仕事は?」と父親らしき男性に夫が声を掛けられて「ひ、火消し……災害実働官です!」と素っ頓狂な声を上げた。
「火消し? 火消しさんなのですか?」
「父ちゃんは火消しだよ」
「君のお父上は踊りますか?」
「お父上? 父ちゃん? 父ちゃんは祭りで踊るよ! こうやって! すっいじんさ〜まの加護を受け! おーっ! えいやあ! 全て消す!」
止める前にティエンが踊り出した。夫は地味火消しだけど火消しは下街で人気者なので父親が自慢なのはよくよく知っている。そう育てたのもある。ひいいいいい!
「すいじんさまの加護を受け」
「そうそう、よかだね! 7番隊のお通りだ! すぐ呼べ、手伝え、まっかせとけ!」
「まあ。私も覚えたいです。玄関前で教えて下さい。局で自慢致します」
「局? 母ちゃん、局ってなに?」
「さ、さあ?」
つぼねってなに?
「もう一度見せて下さる? 小さな火消しさん」
「俺はもう火消しだよ! 火消し見習いも火消しだから! お金ももらってる!」
「えっ、見習い? お父様。見習いになったら火消しになれるのですか⁈」
「火消しの子だけだ」
ツテがあってお金を積めば半見習いという方法もある。お金持ちの子は怖いから絶対に断るので無理だけど、とは言えず。金持ちはあれこれ勉強しているだろうから父親はわざとだろう。
「普通の子は採用試験と公務員試験だよ。父ちゃん半見習いは?」
「ティエン、あれは許可制で珍しい」
夫はチラリと金持ちの父親を見てからそう口にした。
「ふーん。それなら踊りを覚えて準備だよ! 筋がよかだから!」
「えっと、7番隊のお通りだ!」
「よかよか!」
子どもは怖いというか無知とは怖い。それから火消しは金持ちの息子にも好かれるというか知られているのかとビックリ。
うふふ、みたいにお上品に笑う母親がティエンと男の子を微笑ましそうに眺めている。
道は石畳がところどころ虹色の光苔で光っている。光苔って虹色があるんだ。
低い石垣には百合が咲き、そこに青白い光苔が飾られている。左右は手入れされた竹林。
竹の背はそんなに高くなない。今夜はよく晴れているから夕焼けがうんと見られる。
向こう側に玄関が見える。木造の立派な玄関で屋根は石造りだろう。大きな大きなしめ縄が飾られている。
1階建てのようだけど屋根も建物も大きい。高さがある。
竹林が終わると庭園だった。ほんのり地面にまかれた光苔でキラキラしている。
3本の竹から流れる小さな滝はつくばいになる。立派な岩、波模様の石、苔や草木。椿の紅が映える。
左手側にそびえ立つ立派な木の下は穴みたいになっていて中に龍神王様の像があった。それで鈴が並んでいる。
「トカゲみたいなのがいる」
「こちらはトカゲではなくて龍神王様ですよ」
「…… 希望絶望は一体也。救援破壊は一心也。求すれば壊し欲すれば喪失す。真の見返りは命へ還る。その説法の龍神王様? こういう姿なんだ」
「龍神王様は色々な姿です。僕は説法はまだ覚えていないです」
「希望絶望は一体也」
「希望絶望は一体也」
「救援破壊は一心也」
「救援破壊は一心也」
「俺が試験に受かって火消しになるとなれない子もいるから希望と絶望は裏表なんだって。他にもあるかな? って考えるのが勉強だって」
「救援破壊は一心也はなんですか? 助けるのに壊すってどうしてですか?」
「火消しは火事が広がらないように家を壊したりするだろう? 壊さないと助けられない。あとは人を助けるために悪い奴をやっつけるのもそうだって」
「ティエン君は教え上手ですね」
「ロイさんが教えてくれたんだよ!」
「ロイさんは僕も一緒に射的をしました!」
……ティエンはロイとそんな話をしていた。あとロイが射的? どういうこと?
私が覚えていないのにティエンはあの短時間で色々覚えたの?
「お子さんは龍神王様の説法をご存知ですか。中身は解説してもらったようですけどサラッと説法を言えるとは聡明なのですね。お母様のご教育でしょうか?」
母親に話しかけられて困惑。
「い、いえ、まさか。凡民で今の言葉も説法? も何が何やら。本日お会いした卿家の方が全て教えて下さいました……」
「娘がお世話になった奥様の夫ロイ・ルーベルさんですね。全てですか?」
「は、はい。傘売り男と地蔵という話ですとか色々私達には難しい話を学ばせてくれました。一緒にいた時間に息子懐いて騒いだのに嫌な顔1つせずに」
「それをすぐに覚えたとは聡い息子さんです」
娘、息子、ティエンが歌って踊っている。お嬢様の品の良い火消し音頭は眼福だし愉快。どうみても違う踊り。
その間私は「聡明なようなので特別寺子屋などで学ぶと上手くいくと学費が出て良い高等校へ無料で行けたりしますよ」と教えられた。そんな制度があるの?
ティエンは他のように寺子屋で読み書きや数学などの基礎は学んだけど確かに覚えが早かった。
それで義父も夫も空き時間にバシバシ火消しの話をしていた。
「夫が息子は火消しの中官というものにしたいそうですので……」
「文武両道を目指されるとは素晴らしいことです。かなり勉強が必要ですが先程のご様子だと未来は明るいですね」
そうなの?
お金持ちだと火消しの妻より火消しに詳しいの?
夕食があるので、と金待ち家族とお別れ。お嬢様に「聞くのを忘れていたので」とリルの住所を聞かれた。勝手に教えて良いと思えないけどビビって教えてしまった。
しかも我が家の住所まで。送料を払うので息子とティエンを文通させて下さいと父親に頼まれた。
「縁が切れるかもしれませんがせがむので頼みます」と告げられた夫は大動揺。
「お役所は職員のご自宅は教えてくれません。華やぎ屋さん経由でご本人に尋ねても良いのですがどうせなら驚かせようと思いまして」とはお嬢様談。畏れ多くて聞けなかったけどリルは彼女になにをしたの?
これでお金持ち家族と解散。3人で街をぷらぷら寄り道しながら華やぎ屋へ戻りひっつみを堪能。下街では高級イカ、半元服祝いのお膳にあったプクイカが入ってる!
用意された場所は予想より広くてゆったりめ。しかも屏風が雅。ティエンがいつの間にか聞いていて「ルロン物語だって。なに?」と問いかけられた。
「分からないから……お手紙で教えてもらいなさい。文通って言うのよ」
「火消し見習いの1日とか教えるから俺も聞く!」
寝る前にも温泉に入ったらかなり混んでいた。昼間に1度入って正解。自然と話しかけられてこの宿はいつも混んでるらしいと噂で聞いたから必死で午前中に来たという西地区からの旅行客がいた。
「なのに遅れて玄関前でしょぼくれていたら受付再開って。日頃の行いですかねえ。夫は警兵として励んでいますから。今回は息子達の元服祝いのための下見です。まあ夫婦で息抜きもありますけど」
「それはよかでしたね」
私達というか夫の日頃の行い?
おかしい。ロイとリルに話しかけられてから贅沢三昧。息子が賢そうだと発覚して夫が新たな教育目標を立てたし教養を教えてくれそうな文通友達候補も出来た。
早起きして朝焼けを見てまったりしてから共同大浴場を堪能。朝から花びら風呂とは贅沢でこの街は暖かめなので風邪をひかなそうと髪も洗った。露天風呂の花びら風呂と桜にうっとりしようと思っていたら、うっとりという様子のリルと再会。
「リルさん!」
大声を出したので驚かれてしまった。
「お礼の手紙を宿に預けたんですけど、もう1度会えてよかったです。この宿はもう大感激で。簡易宿所の仕切り屏風がまあ立派で個室気分。しかも間もゆったりしています。3階の屋根露台から街を見下ろしたり見上げたり出来て、別館の受付部屋は楽しいし、お風呂はこの花びら風呂。しかも宿代……ああ、喋り過ぎてすみません。そんなに目を丸くさせてしまって」
「いえ。気に入っていただけてよかったです。ランさん。あの桜は本館の大浴場にはないです。このような花びらざんまいのお風呂もありません」
そうなの?
ここだけ特別ってこと? ここを使うのは安客ばかりだろうのに。
「そうなんですか? 男湯は花びら風呂ではなくて牡丹少しに柚子風呂だったそうです。それで商売繁盛の副猫神像があったと。ここは家内安全の副猫神像で対です。当たり前ですけど人気宿で紹介がなければ泊まれませんでした。お別れした後に来たときにはもう簡易宿所受付終了の札が立っていたんです」
「副猫神像も本館にはなかったです。別館大浴場はこれから行きますけど、そこにもない気がします」
そうなの? なにこの宿。宣伝してって急に簡易宿所を増やしても客が集まっていたし宣伝要らなくない?
「それを聞いてますます気に入りました。ひっつみもまあ美味しくて。旦那の宴会癖を叩き直すのと大食い男達をどうにか腹一杯にして節約。ティエンの元服祝い旅行は思い出も兼ねてここの1番安い別館の部屋。それが出来たら最高です。完全予約でないと中々厳しいというのが不安ですけど」
本館の大浴場はどんな感じですか? 部屋は? 庭は? 食事は? と他の客がリルに近寄ってきて次々話しかけた。
リルは「のぼせそうですみません」と慌てて逃亡。やはり彼女は人見知りかもしれない。話したいことが沢山あったのに話せなかった。栗の前にお礼の手紙を送ろう。送料が高い分は……山菜を売る? 売れるの? 銀杏を拾って銀杏売りって発想もなかった。卿家の嫁の節約術って涙ぐましくない?
卿家は中流層の最上位って嘘?
……確か卿家って別名は国の犬! 国の犬だから安くこき使われているかもしれない! 意見書? とか言っていたから夫に強く言わないと。
☆
数年後。
振り返ってみたら岩山エドゥにはご利益があるというのは本当かもしれないと思うことになった。こういうのを合縁奇縁と言うそうだ。
いなり寿司食べますか? でこうなりました。プクイカは温かめの川でないと育たない生物で「お湯を加えてひしゃくでぱしゃぱしゃしたら?」とたまたま思いついたお店の人のおかげ。どのくらい生き残るのか考え中です。すごく高いイカではないですけど庶民の日常の食卓に高めのサザエやホタテやステーキは出てこないみたいなレベルです。




