ネビー来訪編7
まだまだ大事な話というかこれからが本番?
例の件とは何だろう。居間で下座と上座ではなくて机を挟んで向かい合わせ。
いつもの義母の位置に義父で隣に義母。向かい側は庭側からネビー、ロイ、私の順。義父はネビーと挨拶を交わして帰宅が遅くなったことを謝罪。
飲みに行ったとか忘れたとは言わずに「所用ですみません」だ。その後は正官へ出世したことに対してお祝いの言葉。
ネビーはロイに剣術道場での稽古時みたいで良いと教わったことはどこかに吹き飛んでしまったようでお土産を渡した夜みたいな状態。
「父上、少々失礼します。ネビーさん。剣術道場の時みたいで構わないと教えましたよね。そんなに緊張しますか? 父にはネビーさんの人事をどうこうする権力はないです。ネビーさんの支援は出来ますけど逆はありません」
「……そうなんですか?」
「ええ、そうです。調査監査内容を弄れる者はいません。いますけど卿家が見つけて点数稼ぎをします。楽にして下さい」
「しばらく無理です! 慣れたらマシになると思います! 励みます」
いつものネビー、立派ネビー、ビビりネビーと今夜はネビー祭りみたい。旅行中に色々なロイを見たのと同じで新鮮。
「おお、威勢が良いですね。それで本日は先日おうかがいした際にお会い出来なかったのでこうしてお招き致しました。こちらからではなくてすみません。ご両親にその方が都合がつくと言われて甘えました」
「広い家は緊張しますけど大事な話はこちらの家での方が落ち着きます。テルルさんにもお話ししましたがこの辺りも見回り地域で正官だと少々融通がきくのでお困りの際は呼んで下さい。勤務中でも来られます」
「ネビーさんはご自身の見回り担当地区が他の方より広いのはご存知ですか? あとその融通もです」
そうなんだ。もしかして花嫁修行中に制服姿のネビーが来た時もそうだったのかな。
「知りませんでした。そうなんですね。推薦兵官だからということですね。推薦兵官については先程テルルさんが説明して下さいました」
「本日はその事でお招き致しました。妻がどこまで説明したか分かりませんので確認です。ご自身が王都配属の推薦兵官で現在も調査監査が続いていて他の者より期待されている。かなり贔屓されているのからご出世しやすいということはもうご存知でしょうか」
「はい。正官出世で志願出征は無理だと聞きました。大戦争は別として」
「無理ではなくて禁止です。この国が困るからです。評価が変化したら解除されます」
ずっと禁止ではなくて解除もあるのか。それは悲しいお知らせ。ネビーは志願出征しなくても本人が望む成り上がりの道があるようなので志願出征しないで欲しいな。ネビーは行きたいのかな。
「教えられたら嬉しいし励みますけどいちいち言われないんですね」
「ええ。志願出征希望書を提出された際に煌護省に呼ばれて説明されます。解除されても何も言われません。対象者全員に説明ではなくて省略することで業務簡素化です」
「家族の様子が落ちついたら1回くらい行って手っ取り早く稼ごうとか、早く出世する後押しにならないかと思っていたけど行かなくても早期出世の道があるみたいなので今現在の気持ちとしては行く気が無くなりました」
「正官出世に際して給与が上がったと思いますがそちらの値段には既に上乗せがされています」
「……そうなんですか? 思っていたより多いとは思いました。凖官時もですか?」
「ネビーさんは半見習い時で既に業務成果の調査監査をされていて凖官時の給与は正官1年目と同程度です。今回は第二等正官程度。1つズレています」
ん? とネビーは首を捻った。なんだろう。
「それにしては凖官時代の給与は安いです。雑談で同期と話をしたことがあって差はさほどなかったです」
「凖官時代から給与格差だとまだロクに働いていないのにとなるので福利厚生費に回っています。
補佐官から君は支払わなくて良いというような話は無いですか?」
「……あります。宴席代や仕事時の配達弁当とかです。補佐官だけではなくて隊長や副隊長に副官もお前は貧乏だから要らないみたいに言われる事が多いです。代わりに支払ってくれるなんて可愛がられているな、みたいに周りに言われています。それで御礼の代わりにこれをやれとか言われて小間遣い男だと陰口です」
兵官はご飯付きで助かる、と両親が言っていたけど違ったらしい。
私がネビーに作っていたのは出稽古のお弁当と「飯を持って出掛けたい」と頼まれた時だった。ネビーも陰口を言われるんだ。
悪ふざけっぽい悪口はたまに聞くけどヒソヒソ話は知らない。私が知るネビーに対するヒソヒソ話は「あの子とネビーって何かあるのかな」みたいな恋話。
ワクワクしてネビーに聞いたら「俺はお嬢さん嫁が欲しいから興味ない」といつも同じ台詞。ご近所さん達も皆知っているネビーの夢。
「あとは半見習いは少ないので半見習いから凖官だからこの費用は要らない、その許可証だみたいな話もないですか?」
「……あります。使う気にならない時は使いませんけど屯所内の宿舎のお風呂や共同の整備品ですとか思い当たるものがあります。俺も半見習いから始めたかったって言われます」
「デオン先生のところでの稽古代もですね。手習稽古では無いので額が高いですけどネビーさんの給与から差し引いてデオン先生に直接支給されています。残りは退職金に上乗せです。本来凖官時は退職金積み立ては無いですし退職金は公にされていません」
「退職金額は己の最終評価みたいな話は聞いたことがあります。……知っていたかったですけど教えてはいけないものなんですか?」
「正官からは成果反映給与で幅がある。それはご存知ですよね」
「はい。今回の出世で思ったより高いからそれとなく聞いたら俺は違うみたいな話になって先輩に聞きました。それで下積み結果で幅があると」
「王都配属の推薦兵官だと煌護省側でさらにその上限額が高くなっていて通常の上限額との差額分は福利厚生費になっています。俺は正官になったけど風呂が有料だとかなんだと言われませんか?」
「言われてます。補佐官に聞けと言われます。そういうことは補佐官と交渉とか説明です。これをこうすると許可が出るとか言うてくれるそうです。俺は聞きに行くとお前は期待されているからそのまま隊長達が言うように励めと」
「その時自慢屋を直せと言われませんか?」
義父がネビーに会ったのは祝言の日だけだと思うけど仕事に関しては義父は私よりうんと知っているみたいで更には性格までみたい。
「言われます。事実を話すことは自慢ではないです」
「それで反感を買う可能性を考慮してこういう話をしなかったのでしょう。今夜は6番隊関係者に許可を得て話しています」
「ええ、喧嘩を売られます。贔屓されているなと思ったら上に聞いてくれと言うています」
「自分が相談をしたのと直らなそうだから方針を変えるそうなので君の上司から伝言です。これは贔屓かなと思ったら俺は区民に好かれているからとか、活躍しているから特別扱いされていると言うて下さい。それで上に聞いてくれと。いつも喧嘩を上手く受け流すからそれで良いそうです」
「分かりました。……ロイさん、ガイさんは俺の人事をどうこうする権力がありそうです。日常生活の悪い点を報告されて細かく観察されるとか」
「ここまで父上がネビーさんの事を根掘り葉掘り知っているとか、調べられるとか、職場の方に相談をしているなんて知りませんでした。そこまでする必要ってなんですか? ああ。出世後押しの事前準備ですね」
ロイの発言にネビーはさらにビビりネビーでピンッを通り過ぎて正座しながら背伸びみたいになった。
私も自分の毎日の仕事を調べられてこのように「リルさんはこうです」と話される事があったら大緊張だろう。
ネビーではなくて義父やロイも職場の偉い人にこういう話をされているのかな。きっとそうだ。
ロイが「指導担当に後輩指導の練習をしなさいと言われてまずは気楽に話せるようになりたいので家へ呼びたいです。助けて下さい。リルさんが必要です」みたいに言ってくれた時は「嬉しい」とか「励もう」と思った。
指導担当に言われた、はこういう状況だったかもしれない。
私はかめ屋で特別奉公でそれはロイのおかげで甘々だったようなので働く厳しさの深いところを初めて垣間見ている。
「親戚になったので卿家の足を引っ張らないようにしていただきたいです。それから個人的に頼みたいことがある時にご協力していただきたいです。どういう内容なら良いかはこちらで推測出来るので直接隊長補佐官に話を下ろします。業務範囲と職場のコネで手配です。ネビーさんが出世したら自慢、それから稼いだら御礼があるかなという下心です」
「もちろん御礼はします!」
「それに関してはお互い疲れるのでこうして欲しいと言います。それで今年年末の試験担当官、それから私兵派遣を数件準備しています」
「それはありがとうございます」
「ネビーさんは逆にこういう事をしたいと思ったら自分に相談して下さい。合法的な業務上横領や贔屓を手に入れられないコネなし兵官とはもう違います。例えば赤鹿に乗ってみたいとか」
!
ネビーもあの弓を持っていた赤鹿乗りの警兵になれるってことなのかな?
「赤鹿? 赤い鹿ってなんですか?」
「ネビーさん。赤鹿は馬より活躍することがあるけど気難し屋で乗るのが大変です。訓練に横入り出来るってことです。羨しいです」
「お前は乗馬訓練結果次第でそうなれるけど実力が足りてない。息子は赤鹿に乗れると言いたいから前から気にかけている」
「……そうでしたか。それは残念なお知らせです。乗馬訓練は好んでいるので励みます」
「ロイさんは馬に乗れるんですか。俺も乗りたいです。もう少ししたら許可が出て訓練に参加出来るだろうと言われています」
私は最近ロイに乗馬訓練の話をされて馬で散歩みたいなお出掛けをしませんか? と誘われたからロイが馬に乗れると知った。
「上級公務員には兵役義務があるからです。それが嫌で中級公務員試験で入職もいます。業務範囲が変わって給与も変わるけどそれより兵役義務無しとか各々選びます。卿家は国の犬なので中級公務員試験は兵官と火消しのみです。上級試験受験は勤続年数と一定条件を満たさないといけませんので」
「兵官は中官試験ですね。その次が上官試験。中官試験は補佐官になるために必要で補佐官は難しいし大変なので卿家が多くて上官試験後に煌護省とかに行くから常に補充。卿家以外も励めとどやされて関連試験の勉強の日々ですけどやる気ないです。俺が受ける必要性が分からないし難しくて」
知らない単語が出てきたしよく分からないけどネビーがロイみたいに「この勉強はしないといけない」と何やらしているのは知っている。
長屋では落ち着いて勉強出来ないからと「勉強に行くから」と消える。行くってどこへ行っていたのかな?
またもや嫁入り前のぼんやり発覚。そうなんだ、で終わって目の前の自分の仕事に夢中だった。
「お父さん。危険な業務からなるべく離すと言うているのに何をしているんですか!」
「離しているけど危険が低い範囲で自慢出来そうな事には関与している。弓や槍もそうだ。大会とかあるからな。ねじ込んだけど凡人というか劣等生。ロイは器用貧乏だから何でも普通よりやや下。たまにやや上。代わりに悪成績がないからそれはそれで素晴らしいことだ」
「お前は何でここにいるんだと言われたら父が煌護省で息子自慢をしたいからまずは挑戦させたいからです。と言うていたけどその通りですね。聞くまでもないから聞いていませんでしたけど」
「赤鹿以外は諦めた。剣術をコツコツ積み重ねて劣等生から成長したから1本で良いと」
「赤鹿は自分も乗りたいです。旅行で赤鹿に遊ばれていました」
ロイはネビーに赤鹿について軽く説明して旅行話をした。ねえリルさんと言われて私も参加。しばらくして義父が「オホン」と咳払いした。




