ネビー来訪編6
大事な話が始まる雰囲気。居間の中はピリッとした空気だ。
「ロイにも関係ありますのでネビーさんにご自身の事をご説明致します。国に申請してその結果援助されて兵官になられたことはご存知ですよね」
「はい。バカなので特別寺子屋だけでの自力合格は難しいからデオン先生が高等校を勧めて下さって援助制度を知りました。父が調べて兵官になるならデオン先生の道場だと調べてくれたおかげです。それで特別寺子屋に通うようになりました」
「お話しましたらお父上は詳しくは分かっていなかったです。デオン先生に言われた通りにして息子は励む。自分は努力させることとお金だと。デオン先生は推薦兵官の育成者に指定されています。元地区本部兵官部隊長です」
「はい。職場で俺みたいな経歴の者は推薦兵官と呼ぶと言われました。国に支援されるだけの理由があったからと。腕には少々自信があります」
義母は首を横に振った。
「……俺何かやらかしましたか? 職場では特に何も怒られていないです。怒られてはいますけどクビみたいな内容ではないです」
「デオン剣術道場に入門した時からデオン先生は調査書報告書を作成しています。手習入門の息子とは違いますのでネビーさんは推薦出来ないという判断か講師料を支払えなかった時点で破門。手習への変更は可能ですがそれはお父上の望みではありませんね。兵官半見習いはデオン先生の口添えですのでそちらも終了。その場合は火消し見習いだったそうです」
「ええ。そういう話は父から聞きました」
ネビーは動揺して見える。私もソワソワ。ネビーは何か義父にとって悪いことをしてしまって怒られるの? それだとロイの推測の逆。
「家業が兵官では無い場合に兵官になる方法はいくつかあります。まず志願出征です。いわゆる戦場兵です。最初は兵官ではありません。何歳からでも誰でもなれます」
「はい。それから自力合格者です。自ら腕を鍛えて試験に合格して兵官。推薦状が必要ですが親や親戚などではないと中々難しいです。俺の場合はデオン先生から推薦状をいただけて地区兵官でした」
「他にも推薦状があったことはご存知ですか?」
「他にも? 他ですか?」
「複数から通常とは違う推薦状が添付。それが推薦官です。推薦兵官には種類があります。その中にも分類があるそうです。どこかで腕を認められただけでは戦場兵官の凖官に贔屓です。戦場兵とは違ってある程度育ててから戦地へ送ります。捨て駒ではないということです」
捨て駒……。何歳からでもなれる。怖い話。義母はそう告げると振り返ってロイを見据えた。
「ロイ、貴方はこの辺りは調べた?」
「はい。結婚お申し込みに父上が作成した調査書を読んで試験範囲でしたし教科書に載っている大まかなことは再確認しました。だから父上はネビーさんが親戚で鼻高々なんですよね。出世の可能性が既に高いからです。出世したらさらに自慢します。仕事にも利用するでしょう」
「私はこの辺りの細かいところはサッパリでした。リルさんとの新しい生活に慣れてきましたので次は親戚付き合いだとリルさんのご家族の調査書を再確認。その際に夫に今のような事を説明されて山程ネビーさんだけの調査書を渡されました」
「その中に何か悪いことがあったんですね。すみません」
ネビーが頭を下げようとするのを義母が手で止めた。
「逆です。ネビーさん。王都配属の推薦兵官は試験合格したらそこで終了ではありません」
「そうなんですか⁈」
「そうなんですか? へえ。そこは業務範囲になるからか教科書には載っていませんでした」
「私も知りませんでした。王都配属の推薦兵官は退官するまでずっと特別調査対象です。煌護省に特に念入りに監査され続けます。実力、人徳、業務態度に実績、成果などです。ネビーさん。職場からデオン先生のところへ通い続けるように言われて業務扱いでの稽古がありますよね?」
難しい話になってきた。眠くならないように気合を入れないといけない。
「ええ。そのうち後輩指導担当などがあるので勉強だと。期待しているから励めと。何人かいないからなぜか聞いたらそりゃあ期待しているからだと言うてもらいました」
「その通りです。それでですね。推薦兵官にはさらに分類がある話をしましたがネビーさんは腕よりも人柄などを評価されています」
「人柄ですか?」
「ええ。なので志願出征は出来ません。大戦争時は分かりませんけど」
そうなの?
それは私には朗報。家族もだろう。成り上がりたいネビーは残念なのかもしれないけどこれで戦死はない。
「なんでですか?」
「貴方がいないと治安が悪化すると騒がれる可能性があると判断されたからです」
「それは嬉しいです。でも俺は成り上がれないんですね。そうかぁ。大きな家で家族全員と暮らしてお嫁さんはお嬢さんが夢だったんですけどそうですか……」
義母はまた首を横に振った。ん? とネビーが首を傾げる。
「正官出世の際にこの評価。ネビーさんは番隊長どころか地区本部部隊長を目指せる人材だそうです。人気花形兵官候補。浮絵になれば副収入が入ります。他にも属国統括部隊の高位官や農村地区の警兵の高位官など治安維持向上と国の信頼獲得が必要な場所へ異例出世の可能性がありです」
「……そうなんですか⁈ 番隊長になれるかもしれないから励めと言われています。まあ、皆言われていますけど稽古の件があるのでやや期待みたいに思っていました」
ネビーは満面の笑顔になった。王都配属の推薦兵官ってそんなにすごいことだったんだ。ロイを見たらロイも目を丸くしていた。
「ちなみに地元が離さなくなると番隊長で終わりという事もあります。でもきちんと通常の番隊長よりも給与額が増やされます。それから期待に応え続ければの話です。調査監査時期が相当早いから出世も早くなる可能性が高いというだけで追い抜かされることはあります。推薦兵官だから出世を贔屓される訳ではなくて出世に必要な教育を贔屓されるそうです」
「追い抜かれないように励むようにと言うことですね。こんなに説明していただいてありがとうございます」
「夫が説明する予定でしたが飲みに行ってしまいましたので。それで——……」
カラコロカラ、カラコロカラ、と玄関の鈴の音が響いた。義父帰宅。義母に「任せます」と告げられたので玄関へお出迎えに行った。お客様も一緒疑惑だからかロイも付いてきてくれた。予想より早いし義父は1人だった。
「おかえりなさいませ」
ロイが居るから三つ指ついてご挨拶はしないで会釈にしておいた。ロイも「おかえりなさい」と私の隣で会釈。
「ロイまでどうした。そういえばネビーさんを招いたと思い出して帰ってきた。来てくれているな」
義父はチラリとネビーの草履を確認した。新品に見える草履で揃えてあるから大丈夫なはず。
「彼は帯刀して来たのか」
「非番の日でも凶悪犯などを見かけたら成敗するから走りにくい下駄は履かないし上官の許可を得て常に帯刀しているそうです。道場通いの時は竹刀を持ち歩いているから帯刀していなかったそうで今日知りました。すごいことですか?」
「まあな。常時帯刀許可証をもう取得出来ているのは早い。これはかなり立派な木刀だな」
義父は家に上がらずにしげしげと木刀を眺めた。ロイが旅行へ携帯した木刀は濃い茶色だったけど赤っぽい茶色で黒塗りのところがあって丸い飛び出している部分がない。
立派な木刀なのか。兵官をまじまじと見ないし長屋2棟には他に兵官は居ないので比べたことがない。でも旅行中に会った兵官達も立派な木刀を携帯していた。
「仕込み刀だそうです。それも早いですか?」
仕込み刀とは何だろう。
「凖官中の仕込み刀の携帯許可は滅多にない。そこに常時携帯許可とはすごいことだぞ。何だ急に。ネビー君に関心が出て来たのか?」
「母上が先程ネビーさんと自分達に推薦兵官の説明をしました。自分も母上と同じで贔屓合格で終了。優秀で期待されて合格なので活躍する可能性があると思っていました」
「おお。さすが母さん。話をしやすくなった」
「父上。こちらの仕込み刀は少し洒落た木刀かと思っていたら仕込み刀でしかもデオン先生からの祝いの品だそうです。父上すみません」
ロイはその場で正座して深々と頭を下げた。
「そのくらいデオン先生は彼に目をかけて大切にしています」
「またしても何だ急に。そりゃあそうだ。そもそも仕込み刀の許可自体中々得られない。これは国や先生からの信頼の証だ。まあその国とは煌護省でつまり俺達だ」
義母の説明でも分かったけどネビーって何だかすごいみたい。
「ネビーさんがリルさんやご家族のことをデオン先生に相談していると知っていて少し恥をかけば良いと何も教えませんでした。すみません」
今謝るんだ。私もロイの隣に正座して頭を下げた。
「ぼんやりで何も気がつきませんでした。すみません。両親の心配からくる叱責を単に嫌だとしか思っていなかったり実家周辺は苦手で新しい生活も楽しくて家族に会いに行ったり話す時間を作らなかったので色々知りませんでした」
「リルさんは頭を上げなさい。ロイ、知らなかったのは母さんだけだ。説教もこちらからデオン先生に頼んだ。母さんに怒られたくないから言うなよ。しれっと2人でデオン先生に頭を下げに行くから。母さんにもお灸だ」
つまり義父はぼん者ではない。いやぼん者の時もあるけど違う時もあるということ。色々と義母任せに見える義父も義母にお灸なんてするんだ。
「嫁の前でみっともなく土下座とは潔い。懲りたら少しは真面目に説教を聞くんだな。母さんも俺が反対しなかった理由を少し間違えている」
義父は玄関に上がり、頭を下げ続けるロイの頭を軽く撫でた。
「リルさん、着替えるから手伝いを頼む」
「はい」
義父が歩き出したので後ろについて行く。義父に着替えの手伝いを頼まれたことはない。手伝いは特に必要ないし話がある感じでいつも義母がつく。
「嫁の前で土下座するとは本気の謝罪だ。親が生きてる間は何度失敗してもええ。その親も完璧ではないし間違える。リルさん、ロイの隣で頭を下げてくれてありがとう」
「お義父さんもお義母さんも長生きして旦那様にも私にも沢山教えて欲しいです」
「そうかそうか」
義父母の寝室へ入ったので家着に着替えるお手伝いと思ったけど義父は着替える気配はない。仕事着でもお出掛け着でもなく普段着だからそうか。
着替えの手伝いという理由で呼び出されただけということ。
「コホン。盛り上がり過ぎて小一時間くらいしたらお客様が来る。ネビーさんを呼んだのは俺だから失礼なので先に帰宅した。その、ついな。3人だ。ええか?」
「今朝お義母さんと旦那様がそういう気がすると言うので少し用意してあります」
そういえば豆腐を買い忘れた。野菜豆腐あんかけの準備と思っていたのもだ。義父は嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「おお、ありがとう。母さんもロイも気が利くな。話を一緒に聞いてもらいたいので来てからゆっくり準備でええ。茶碗蒸しは難しいかい? 娘自慢をしてしまって」
娘自慢とは私のことでそれは嬉しいけど娘自慢ではなくて茶碗蒸し自慢をしてきた気がする。
ロイを懲らしめたり義母にお灸と口にした義父も明日義母に叱られてロイも私のために文句を言ってくれるだろう。
私は突然のお客様は嫌ではないけどきちんと対応出来るかバタバタハラハラするし、あらかじめ分かっていたら義母と相談して褒めてもらえる料理を披露できるのにと思う。
思う、ではなくて言っていいのかな。迷っていたらスパンと襖が開いて義母が仁王立ちしていた。
珍しく立ったままススッと部屋に入って襖を閉めて義父の前でにこやかな笑顔。目が怖い。
「何をコソコソと。茶碗蒸しは難しいかい? ご自分で作ってみてはどうでしょうか」
こういうのを地獄耳というのでは?
「アンソニーさんがいらっしゃった時に色々と出てきたから調子に乗られたようですね。約束を守らないようなので明日から貴方の分だけ料理を放棄します。1ヶ月白米と味噌汁のみ」
「お、おお。おおおおお、悪かった。そうだな。手間暇がかかるのに突然なんて困るよな。でもほら、気を回してくれたんだろう? リルさんが少し用意してあると……」
かなりビビる義父を初めて見た。
「冗談です。寒いし泊まっていくとええ。我が家は寛大だから大丈夫。お父さんならきっと皆さんにそう言いましたよね? お客様が来たら妻も嫁も家出していても良いのでしょうか。息子もついてきそう。最近嫁を欲しいと騒ぐお店がありますからねぇ」
ジト目で低い声の義母は怖い。私を欲しいと騒ぐお店……かめ屋へ家出だ。
「……すみません。今回だけはお願いします。あと何でもします」
ペシリ、と義母は義父のおでこを叩いた。義母って私をふざけて叩くみたいに義父を叩いたりするんだ。
「今月日曜は来週以外布団干しと洗濯と掃除とお風呂。今月の薪割りも貴方です」
来週日曜が免除なのはかめ屋旅行で不在だからだろう。
「……えっ? まさか」
「息子に偉そうに説教をするのなら手本を見せるべきですよね? どうせデオン先生の件を私にわざと教えずにいたのでしょう。面倒くさがりですけど世間体は大事な方ですからね。私が怒りで色々忘れてしまっても貴方は怒っていなかったですから。貴方とロイがご挨拶をしたりお礼をしているなら私は必要ありませんので行きませんよ」
すごい。義母はお灸を回避した。義母の怒りはこっちのことみたい。
はあ、とため息を吐くと義母は私を見た。義父を睨んでいた目のままだったので喉がヒュッとなる。
「リルさん、明日の朝の仕事が減ったので明日の朝食に茶碗蒸しをお願いします。大饅頭も少しありますし十分でしょう」
義母は私には笑いかけてくれた。ホッと胸を撫で下ろす。
「はい」
「ほ、本気か? デオン先生の件は悪かったけど今まではほら……」
「貴方のご両親の手前我慢していましたし、その後は私の体のこともあってめっきり減ったので仕方ないかと思っていましたけど週2でこういうことをされたら今後どんなことになるか分かりません。ロイが真似したら困ります。調子に乗りなさるな!」
義母はまたしても義父のおでこをピシッと叩いた。義父はタジタジの様子。背中を丸くしている。
「は、はい。はい。すみませんでした」
「お客様がお待ちです。貴方が呼び出したのに忘れて飲みに行くとは恥ずかしい。家計の謎を聞いたのでそちらは私から貴方へ話します。推薦兵官とは何かご説明しました。例の件、貴方が望むのなら私は賛成します」
「そうか。それなら今から話す」
なんの話?




