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13話

 クロダイが釣れて義父はとてつもなく機嫌が良い。

 腰に結んでいた風呂敷から紙や墨を出して、クロダイに墨を塗って紙に押し付けた。

 魚拓というらしい。また新しい単語だ。満足した義父とワカメ探し、アサリ掘り、それからイソカニ集め。

 海まで歩かずに楽をしたし、アサリの沢山採れる場所にイソカニの効率的な集め方を教わった。義父は何でも知っている。

 楽しい。欲しいものが集まるのは楽しい。朝も昼もお弁当を褒められたのでなおさら楽しい。

 アジ、キス、イワシ、クロダイ、イカ、アサリ、イソカニ、ワカメと大漁。

 ほくほく気分で帰宅。夕方帰ると思っていたけど、予想より早い、14時頃家に着いた。


「リルさん、本当に全部自分で処理するんです?」

「はい」


 昔は義母が、最近はかめ屋でお金を払って下処理などしてもらったりお刺身のお造りを作ってもらっていたらしい。

 義母がしていたなら私も励まないとならない。あと楽しそう。こんなに沢山の材料で好きなだけ作れて食べられるなんて夢のようだ。

 ベイリーが刺身が得意なので手伝うと言ってくれたけど、彼はお客様。断ると義父とベイリーは酒盛りと将棋をすることになった。

 義父にアクアパッツァを作って良いと言われたので、今夜の夕食はアクアパッツァとお刺身とタタキにアサリのお吸い物。

 龍煌風料理と西風料理の両方。贅沢の極みなのに材料費はほとんどかかっていない。立ち乗り馬車代は気になるけど。


(町内会に共同氷蔵があるし、こんなに沢山。色々作れる)


 まだ生きている魚は生簀用のタライに入れて、義父とベイリーが運んだ海水の中を泳がせる。

 死んでしまった魚は、義父が氷蔵から氷を持ってきて桶の中に入れてくれた。

 道具も氷もない長屋とは全然違う。着替えて割烹着姿でどんどん下処理。

 カンカンカンカンと16時の鐘が鳴った時に義母とロイが帰宅。ロイの仕事後に今日は義母を連れて病院と買い物と言っていた。


「玄関まで魚の匂い。リルさん、沢山釣れたの?」

「はい、お義母さん」


 ロイは会釈をして2階へ向かったけど、義母は台所へついてきた。


「これはまた張り切って釣ったわね。それにしてはリルさんは白いまま」

「はい。しっかり肌を覆っていきました」

「そうですか。こんなに沢山、何にするの?」

「夕食はアクアパッツァとお刺身とタタキとアサリのお吸い物です。お義父さんがそれで良いと」

「アクアパッツァ? 西風料理の? 作れるの?」

「はい。似たものなら多分。本には載っていませんでしたが味を覚えています」

「そう。残りはどうするの?」

生簀(いけす)で飼う、氷蔵の隅に置く、あとは干したり塩漬けにしたり佃煮にします」


 本を買って良かった。魚の保存法も載っていた。あとかめ屋で花嫁修行中に色々訊いた。


「やる気満々ですね。酢づけも作れたら作りましょう。ご近所さん、そうね、両隣とお向かいと裏のお家にお裾分けを用意出来る? 刺身とタタキが良いです」

「はい」

「そろそろここにあるものも使って良いです」

「はい。ありがとうございます」


 そろそろ? 別の場所に食器があるなんて知らなかった。説明されてない場所は触らないように気をつけている。

 義母が開いた棚の中には、かめ屋で見たようなきれいな食器や器がしまわれていた。日常使いのものもきれいだけど、それより美しくて雰囲気が違う。


「明日の支度は大丈夫です?」

「寝る前に教わったお団子を作りました。残りは合間や夕食後と明日早起きします」

「そうですか。頼みますよ」

「はい」

「どれ、今日は調子が良いしお医者様も動かすのが大切と言うので何かしましょうか」

「また色々教えて下さい」


 この後義母と楽しく料理や下処理をした。


 ☆


 お裾分けはクロダイのお刺身。これは花の形。義母が教えてくれた。

 アジとイワシはタタキ。アジは味噌味、イワシは梅味。梅味は知らなくて教わった。2人で試してみて、味噌味にニンニクを刻んで入れたら良かったので、アジのタタキは2種類。

 そこに前に拾って塩洗いして天日干しした小さい松ぼっくりと紅葉の葉と大葉を添えた。

 義母が「良いです」と言ってくれたので、お盆に乗せて配って歩いて帰宅。

 夕食中、珍しく会話があった。ベイリーと義父が主に喋り、時折そこにロイが加わる。話を振られて義母と私も加わる。

 義父はクロダイが釣れたことが大変嬉しいようで、ベイリーとロイと延々と飲み続けた。おかげで私は義母に続いて2番風呂。

 良いことずくめなので、海釣りにはまたぜひ行きたい。


 ☆


 日曜日、黒くて艶やかで短冊という柄の入った5段のお重にお弁当を作った。

 おかず3段にご飯1段にお団子1段の大作。ものすごく楽しかった。

 ロイとロイがお世話になっている先輩友人の6人前に取り皿とお箸。

 それからロイの剣道の先生、師範のデオンと出稽古先の師範リヒテンにお団子の差し入れ。空箱に熨斗(のし)の真似をした紙を貼る。

 私の字は下手くそなので「御礼」の文字はロイが描いてくれた。私は義母と2人で判子で絵を添えた。義母は色々な絵柄の判子を持っている。


「リルさん本当に持てます?」

「はい。このくらいでしたら大丈夫です」


 玄関先で義父と義母が顔を見合わせる。重いには重いけどもっと重いものは今まで沢山持ってきた。


「リルさんは力持ちだな。ちんまりしているのに」

「お義父さんは日焼けと筋肉痛がありますから、ゆっくりして下さい」

「そうか。ありがとう。気をつけてな」

「リルさん、行ってらっしゃい」

「はい。行ってまいります」


 ロイの出稽古先は実家の長屋を通り過ぎる。重くてどうしても無理だと思ったら妹達を使うつもり。

 兄が弁当を忘れて届けに行ったことがあるので、迷子にはならない。

 歩いてみて何とかなりそうと思ったので1人でデオンの屋敷まで行った。ただ、もたもたして遅れた。あと少し、というところで12時の鐘が鳴ってしまった。失敗だ。

 屋敷と道場は離れている。直接道場に顔を出すように言われているので道場の出入り口へ。

 道着姿のロイが立っていた。いつもは凛として優しい雰囲気だけど勇ましい。夜の雰囲気に似ているからなんだか恥ずかしい。


「リルさん」

「旦那様、すみません。遅くなりました」

「いえ全然。父上は? 1人です?」


 失敗しても優しいロイは怒らない。怒る時は余程の時だ。気をつけないと。


「1人で持てたので1人で来ました。無理なら妹達に手伝ってもらおうと思ったけど大丈夫でした」


 ロイはすぐに荷物を全部持ってくれた。辞書で探しても優しいのさらに上は分からない。辞書は単語を調べる物。意味から言葉を探す辞書が欲しい。とても優しい、すごく優しいの上は何なんだろう?

 まず最初にデオンにご挨拶。それから次はリヒテン。そしてロイの先輩2名と友人3名が集まる場所へ行ってまたご挨拶。

 帰ろうと思っていたというか、帰るんだと思っていたら、ロイに隣へどうぞと促された。道場の中央らへんで円になって集まる5人の先輩友人とロイと私。

 他の人達も似たように何人かで集まって食事をしている。服や見た目から、似たような身分で集まっていると気がついた。前に兄にお弁当を届けに来た時は、パッと渡してすぐ帰ったので何も気がつかなかった。

 上座は師範や華族、真ん中は卿家や商家や豪家、下座はその他という雰囲気。

 ロイの先輩、マーフィンが風呂敷を広げながら「まさかお重とは。噂のお弁当を楽しみにしてました」と口にした。


 噂の? あと、ぼんやりでまた失敗。多分、ここは私が風呂敷を広げたりお重を……お箸だお箸。お箸を配ろう!


「おお、昔花見の時にロイさんの母上が作ってくれた弁当に似て美しいですね」

「全て奥さんが作ったのですか? 料亭の仕出し弁当のようです」

「色合いも配置も綺麗ですね。見た目からして美味しそうです」

「飾り切りも沢山。器用ですね。食べるのがもったいないです」

「団子は中秋の名月ですか。風流ですね。兎は可愛らしいですし」


 口々に褒められて嬉しい。義母が相談に乗ってくれたり、確認したり、色々してくれたからだ。

 月兎だから黄色いお団子と兎の形の団子を作った。よく洗ったハサミを使った。かめ屋で見た。

 味に飽きないように色々なお団子も入れた。よもぎ、あんこ、みたらし、きなこ。義母に事前に相談したら、私が考えたものより種類が増えた。

 質問には返事だ。と思ったけど、5人でわいわい「これからいただこう」とか「自分はアサリから」などと喋りながら食事が始まったので会話に入れず。

 6人分の量とお皿とお箸の用意をしてきたので、食事を眺める。


「リルさん、すみません。箸と皿が足らんかったんですね。お腹減っているでしょう。どうぞ」

「すみません。自分の分を用意していませんでした」


 ロイはどうぞ、とあれこれおかずをよそってくれた。私が食べないとお箸とお皿を返せない。しかしがっつくと恥をかかせる。ゆっくり、でも早く食べないと。


「リルさん。昨日父上達と海へ行ったから豪勢ですね。夕食になかったものばかりですし、どれも美味しいです」

「はい。色々作れて楽しかったです」

「作れて楽しいとはロイさんの奥さんは料理好きなんですね。海へ行ったんですか?」

「リルさんは昨日、父上と自分の同僚と3人で釣りに行ったんです」


 ロイの友人、狐に似た顔のジャックにロイが返事をした。


「釣りですか? 釣りなんてされるんですね。しかも昨日です? そない白い肌をしているのに」

「リルさんは日焼けすると肌が火傷みたいになるそうで、上から下まで完全防備だったそうです。自分は見ていないんですけど父上が笑っていました」

「へえ。リルさんはそこまでして釣りに行くのが好きなんですね」


 ロイが何も言わなそうで、ジャックが私を見ているのでこくんと頷いた。


「はい。昨日は大漁で、お義父さんもロイさんの同僚の方もあれこれ教えてくれてとても楽しかったです。料理も沢山出来て一口で何度も美味しい……でしたっけ? 旦那様」


 一昨日読んだ教科書に書いてあった。


「1粒で2度美味しいですね」

「はい。ありがとうございます」

「ええなあ。ロイさんがそないニコニコしているのは珍しいです。なあ?」

「確かに。こう、いつもすまし顔ですからね。惚れたはれたのような話なんてしたことなかったのに、卿家にしては結婚が早いし、驚きました」


 卿家にしては結婚が早い? 結婚したい時期が同じだったんじゃなかったっけ?


「そういう話はしないで下さい」

「お食事中すみません」


 私を含めて全員が同じ方向に顔を上げた。声を掛けてきたのは上座にいそうな道着姿の男性。義父や父より若くて、ロイよりは上そう。


「そちらのお団子はどちらで買ったものですか? デオン先生が食べていらして、ロイさんからの差し入れだと聞きました」

「お疲れさまですオーランドさん。このお団子は自分の嫁の手製です」

「手製ですか?」


 男性が目を丸くした。


「それは残念です。来年の中秋の名月の時にその店に頼もうと思ったんですけど手製ですか。箱や熨斗(のし)を見て既製品かと思ったんですが」

「はい。箱の準備や熨斗(のし)も全て妻です」


 それは違う。でも私が何か言って良いのだろうか。ロイはとても嬉しそうに笑っている。


「娘が喜びそうだと思ったんですけど残念です。いや、馴染みの店に似たようなものを作れるか頼んでみます。ありがとうございます」


 男性は会釈をして離れていった。ロイに「あの方はブルーロ財閥のオーランドさんです」と耳打ちされた。

 財閥。また新しい単語だ。

 ロイの先輩や友人達にまた褒められた。義母のおかげだと伝える。熨斗(のし)の文字はロイなのも伝えて、字の練習中ですと話した。

 前は遅いとかもたもたするなとか、ちまちましたものを作るなだったけど、(とつ)いでから褒められてばかり。

 相談に乗ってくれて、見守ってくれて、助言もしてくれた義母のおかげ。ロイも美しい字を書いて手伝ってくれた。嬉しい!

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