ネビー来訪編4
食事が終了するとロイとネビーはお酒を飲みながら将棋を始めた。いつもの将棋盤ではなくて板の安物そうな将棋盤と駒を使用。ネビーはお風呂を断った。
台所で洗い物や軽く朝食準備と思ったけど義母に「元気なので片付けておきます。お風呂をどうぞ」と親切にされた。
ロイとネビーに声を掛けてまったりぬくぬくお風呂。寒い思いをしてお風呂屋へ行かないで済むとは贅沢だともう何回も抱いている感想を今日も抱く。
(来週ロイさんと家に2人きりだと一緒にお風呂って言われそう……。ルルやレイが泊まりに来た方が恥ずかしい目に合わない……)
恥ずかしいから嫌だと断れば良いけどなんだかんだ許してしまうのはらぶゆだから。それで「嫌!」と断らないのも見抜かれている。
(また秋桜風呂みたいにしてくれるかな。ルルとレイが1人ずつなら暴れそうになっても止められる? うーん……)
色々悩み。お風呂から出て台所を覗いたら義母が大根を切っていた。カゴの上に他の切った野菜も乗っている。
「お風呂ありがとうございました」
「ロイとリルさんの予想と同じで私も嫌な予感がするの。私は挨拶をしたら2階へ逃げるからよろしく。何人来るか不明だけど寒いから泊まれと言いそうなので朝食はお味噌汁にお餅しゃぶしゃぶと香物。調子に乗るから他は要りません」
「それなら昼食を焼きおむすびにします」
「そこのおむすびはお茶漬けか焼きおむすびだろうと思いました。朝食にしましょう。これで終わりだから後は朝煮てちょうだい」
「ありがとうございます」
「かぼちゃのお礼を兼ねてです」
実家からかぼちゃを贈られたから私の手伝いとは謎。よく分からないけどもう1回感謝を伝えた。
「リルさん、ネビーさんが持ってきてくれた雅屋というお店のお菓子は練り切りでしたよ」
!
今日はもう沢山お菓子を食べられた素晴らしい日。しかし練り切りは食べたい。……欲張らずに明日のおやつだな。
「私は明日食べます。お義母さんはどうしますか?」
「3つだったのでお父さんと私とあなたの分でしょう。ロイなら練り切りとりんごと指定したはずです。お父さんは手土産なんて気にしないからリルさんは練り切りを2つどうぞ。りんごは1つ丸々私がもらいます。2つは今日お客様が来たら剥いて出して」
義母は練り切りよりもりんご好きなのか。覚えておこう。りんごの皮は私がもらう。バチが当たらないようにちゃんと薄く剥く。
「今日新しい西風のお菓子を知りました」
「そのお顔からして美味しかったのですね」
「はい。ふわふわトーストはちみつバターは家で作れる疑惑です。西の国ではどうやらたまごがかなりらぶゆされています」
今日食べたものと感想や材料の予想を義母に話した。切ってくれた野菜の乗ったカゴに濡らした手拭いをかける。
「明日ミーティアへ行くんでしょう? 少し聞いてきて全部書き付けてくれる? かめ屋へ渡します。かぼちゃも半分付けたらまたたまご大泥棒が出来ますよ」
たまごを譲ってもらうのは泥棒なんだ。しかも大泥棒。
「はい」
「お兄さんの昇進祝いをかめ屋でする予定です。日程は調整中。費用は全部かめ屋持ち」
「全部ですか⁈」
「お酒は我が家で買って持ち込み。正規の料理ではなくて試作を好きに出して良いって言うてあります」
お客様ではないお客様ということだ。家族全員に着物もかめ屋で昇進祝いをするために買わせたというか譲ってくれた?
「私とあなたは味見や感想など働きます。場合によってはご実家の方々も。あとあなたとジンさんに先日の漁師のところへ買い付けを頼むかもしれません。兄の出世祝いのために色々買いたいと言うたら安く良いものを買えそうですから。お遣いです」
宴会だ。ルーベル家と実家がかめ屋で大宴会。叶わなくても想像したら楽しい、と思っていた旅館で大宴会が本当に叶ってしまうとは衝撃的。
「大変です。妹達の作法が心配です」
「貸切部屋ですから構いません。大人がこれだけいれば何か壊したりはしませんしそうなったら私達大人の責任です」
義母は笑顔だけど目が笑っていない。私達大人ではなくて私と実家の大人だ。
「まあ、来週お父さんと私が不在の間にあなたが何かするんですね。あなたの妹さん達なんですから」
「はい」
多分これは嫌がらせ。着物をうんと恐ろしい安さで実家に融通した上に兄に祝宴の席だから、その親切や信頼に応えなさいということだろう。
失敗したら親戚付き合いがまた遠ざかるのかも。責任重大だけど年末のお祭りの時のルル達はなんだかんだ大人しかったから話して頼めば大丈夫かもしれない。
「エルさんも言うていてあなたもその調子ですけどロイに聞いたら年末のお祭りでは大人しくて下の子の面倒もよく見ていたと聞きましたよ」
「両親と多分兄と姉も色々言うたんだと思います。なので今回もうんと言います」
「子どもは思っているより大人ですから頭ごなしに叱ったり押し付けるよりしっかり説明してちょこちょこおだてたり褒めると案外すんなり言うことを聞きますよ」
目を伏せると義母は柔らかく微笑んだ。嫌がらせではないかも。こんな風に躾を手伝ってくれている。
義母はプクイカ観察椅子に腰を下ろした。それで私に背を向けた。
「悪かったわ。偏見で猛反対したりして。あまりご家族と会えずに寂しかったでしょう」
「いえ。新しい家族が優しくて新しい生活が贅沢で楽しくて家族をわりと忘れていました」
「そうなの? 薄情娘ね」
「沢山心配されていることも根回しされていることも最近まで知らずに家族不孝でした。お義母さんは猛反対したのに初日からうんと優しいです」
しばらく沈黙。背中を向けられているから義母の表情が分からない。
「私はぼんやりで迷惑をかけますし、そもそも息子の嫁は誰でも気に食わないらしいので兄ちゃんが結婚したら母と愚痴大会をして下さい」
「何ですかそれは。私の愚痴はあなたのことになるということですよ」
「はい。そうしたら母が私を呼び出してペシペシバシバシ叱ります。優しくされているのに何をしているんだってガミガミ怒ります」
「そう。叱られたいの」
「嫌です」
クスクスと笑い声がして義母は肩を揺らした。
「嫌なのね。愚痴られたり叱られる前に直すことですね」
「はい。でも怒ってもらえるのは親が元気なうちです。旦那様もきっとそう思っています。お義母さんが今日寝る私達の寝室に盛り塩しておきます。また朝みたいに痛かったら起こして下さい」
「そう……。ありがとう。リルさん達は今日どこへ行ったの?」
ここは義母の家だけどネビーとそんなに話したくないからここにいるのかな。私は出入り口のところに腰掛けた。
「ダヴィン美術館です。シホク展を観ました」
「シホク展? シホク展なんて開催しているの?」
義母が勢い良く振り返った。茶道具展よりシホク展の方が良かったのかも。
「エドゥアール旅行をしたい方が話しかけてきて旦那様が親切にしたらシホクの絵を貸した方の家族でした。お礼に招待券を送ってくれるそうです。お義母さん達も観てきて下さい」
「えっ? 何ですかそれは。旅行話に海釣り話といいロイとリルさんは2人一緒だと強運を発揮するのかしら。海釣りはリルさんだけですね」
私は義父に話したことを義母にも話してみた。運は良いけど悪さをするとバチが当たる話。
「リルさん、山へ勝手に栗拾いに行くんじゃないですよ。蜂に刺されて熊も見たなんて……。ご両親は知っているんですか?」
「蜂にさされて泣いて帰ったので知っています。お医者様のところへ連れて行ってくれて丸1日ご飯抜きになりました」
「近所に嫁がせたい訳です。今より良い家で極力近所。まあ願い通りの結婚をしましたね」
「いえ、遠目の染め物屋の嫁です」
「ネビーさんが先輩に声を掛けたというか向こうから話をしようとしていたそうですよ。簡易お見合いの話があったと。噛み合っていたら近所の兵官の妻です。ネビーさんがその先輩と話をつけたのはロイがお申し込みした日だと」
……そうなの? しかも向こうから。ネビーと義兄弟は良いと思ったとか?
それはまたしても知らなかった話。
「知らないことだらけです」
「今より無口だったのならそうでしょう。りんごを剥いて皆で食べますか。お客様の分は1つにしましょう」
私と話していたらネビーと話したくなったのかな?
なぜか分からないけどそうなのか。そうなのかじゃない。こういう時に聞かないとぼんやりは直らない。義母はまた私に背中を向けた。
「兄ちゃんと話したいですか?」
「息子がもう1人いましたからね。ロイとワイワイ喋る男性がいると少しね。ロイの友人が来ると何となく」
何となく……嬉しい?
そうは見えない。寂しそうな背中だと感じる。
「寂しいですか? 嬉しいですか?」
「両方です。またロイのご友人を泊められるとは思っていなかったです。昔は6人で離れにギュウギュウとかちょこちょこあったのよ」
ベイリー、アレク、ジミー、ウィルは中等校から仲良し。ヨハネは高等校から。
ロイは小等校ではあまり馴染めなかったらしくてその場限りの友人が少しいて中等校も最初はそうだったけど、ベイリーと栗の甘露煮喧嘩をして4人と仲良しになって行ったそうだ。
高等校時代は受験があるし体も大きく丈夫になってくるから学校関係で少し遠出したり宿泊授業があったりするので親しくなる。
ヨハネが皆に教えた小説がきっかけでベイリーとロイは裁判官を希望。3人とも無事入職してベイリー、ロイ、ヨハネはさらに仲良しこよし。それがロイから聞いた花見で会う友人達の情報。
離れに6人ギュウギュウはきっとこの6人のことだろう。
「旦那様が花見の後にどなたか泊まるかもしれないと言うていました」
「セイラが渋るまでかめ屋から何かを泥棒するので今のうちが良いでしょうね。りんごを剥きましょう」
義母が立ち上がった。
「今朝のお風呂や水に塩で元気ですから居間で楽にしてなさい。お茶とりんごを持っていきます」
こちらを見ないで手で払われたので「ありがとうございます」とだけ残して台所から退散。
居間に入るとロイとネビーはワイワイしていた。
「つ痛。膝にぶつけないで下さい。ネビーさんは馬鹿力ですよね。この間の面と痛かったです」
「ロイさんなんてさっき俺のおでこにぶつけたじゃないですか。あれはすみません。角度が悪くて。デオン先生に教えて相手を上達させる側なのだから余裕がないのかと怒られました。実力も足りないと」
「デオン先生ってネビーさんに指導者になって欲しいんですね」
「職場でそうなるべきだからお願いしています。兵官は1人が強くても意味ないです」
あぐらで向かい合って将棋盤の上には駒が無秩序。弾き将棋だ。
夕食後に母と縫い物をしていたら父とネビーの争いで駒が飛んできて母が激怒とかあったな。
将棋盤も駒も実家にはないのに「ネビーとするから」と誰かのものが置きっぱなしでまるで我が家のもの状態。
「旦那様、少しよかですか?」
「ええ」
庭側の廊下へロイを連れて行った。
「お義母さんが私にすみませんって言うてくれました」
義母との会話を少し伝えた。
「そうですか。自分こそ謝ってきます。ほとぼりが冷めたらではなくて早くから熱心に働きかけるべしでした。終わったら風呂に入ります。支度は自分でしますからネビーさんとゆっくりしていて下さい」
そっと抱きしめられたのでしばらくそのまま身を預けた。ロイは私から離れるとぽんぽん、と頭を軽く撫でて背を向けた。
居間に入り、ロイが座っていた位置に正座。
「リル? 何かあったか? 俺、何かやらかした?」
「ううん。旦那様がお義母さんに謝りにいった」
義母が私に謝ってくれたことをネビーにも話した。
「ふーん。謝る必要なんてあるか? 素性を知らないから遠巻きにして分かってきたから少しずつ付き合いましょうなんて当たり前のことだけどな。ご近所同士ならともかく色々違うんだから。テルルさんってリルが言うていた通り優しいんだな」
「かわゆい息子の嫁は誰でも気に入らないらしいよ。だからたまにチクッて言われるけどその何倍も優しくされてる」
「ばあちゃんと母ちゃんなんて酷いからな。何で孕まされた母ちゃんが息子を誘惑した悪女なんだか。どう考えても悪いのは親父だろう。性格は似ているのに大喧嘩。訳が分からない」
「けほっ……」
孕まされたとか言わないで欲しい。
「ああ、悪い。ルカにも怒られたことがある。結婚したし良いかなってこういう話題を出したら慎みとか何とか叱られた」
「話題はいいけど言い方」
「俺が結婚したら母ちゃんがお嫁さんをいびるのか? テルルさんみたいだと良いんだけどな。母ちゃんに言うておいてくれ。姑の手本だからテルルさんの真似をしろって」
「分かっ——……」
失礼します、という声がして義母が居間に入ってきた。座って襖を閉めてニコニコした笑顔でこちらに近寄ってくる。もう話が終わったの?
「頂き物ですけどどうぞ。息子はお風呂に入るそうで少し失礼します」
「そちらへ行きます」
机の近くに集合。ルーベル家の居間で義母とネビーと私になるとは想像していなかった。
机の上にりんごの乗ったお皿と短めの竹串。私が作ったお弁当用の竹串だ。りんごは2匹だけうさぎになっている。かわゆい。北極星うさぎだ。
私に謝ってロイも義母に謝りにいったから私とロイってこと?
仲良しだから義父と義母が良いな。
「有り難くいただきます」
!
他にもりんごはあるのにネビーはうさぎりんごをいきなり食べた。しかも頭からがぶりと半分一気に。思わずベシリとネビーの手を叩いていた。
「っ痛。馬鹿力リル。何だよその顔。言いたいことは口で言えって昔から言うてるだろう。ムルル貝弁当とか陰湿なんだよ。この間も弁当はすこぶる美味かったけど何で貝殻弁当にしたんだ?」
「兄ちゃん、北極星うさぎはお義母さんのうさぎ」
「えっ? そ、そうだったんですか? すみません。うさぎ? うさぎだったか? ああ、うさぎだな。1匹いる。2匹いたのか。北極星うさぎってなんだよ」
「この間のは旦那様がそうして欲しいって言うたから」
「それは俺を笑い者にするためだ。陰湿夫婦だな。まあ和ませるためでもあるのは分かるから事前に根回ししてくれ……そうでした。先日は大変美味しい見た目もきれいなお弁当をありがとうございました。ロイさんの手毬寿司には驚きました。デオン先生が作って欲しいと言うくらい大注目でした。すこぶる料理上手なんですね」
「お義母さんはうんと上手だよ」
私がそう口にするとネビーは「何でお前が自慢げなんだよ。ロイさんのお母上だろう」と肩を揺らして歯を見せて笑った。
私は心の中で「この間娘って呼ばれたから2人目のお母さん」と呟いた。義母ではなくて母みたいだから。




