ネビー来訪編2
ネビーが火を吹いてくれたらどんどん火がおきた。呼吸が違う、と自慢されてうんざり。自慢屋を直せば良いのにと言ったら「本当の事を言うのは自慢じゃない」と反論された。
燃える炭団が増えたので家中の火鉢に配る間ネビーにプクイカを見てもらうことにした。
戻ってきたらネビーは「痛え」と大笑い中。
「兄ちゃん噛まれたの? 噛むって言うの忘れてた」
「ワッて集まってきて殺人イカかよこいつら。ちんまりしてるのに。弁当に入れてくれたイカだよな? 味がどんどん染みてきて美味かった。っていうか何なのこのイカ。海で網ですくったのか? 見たことねえけど」
蒸し器がもう使えそうなのでネビー用の大饅頭を火傷しないように気をつけて入れた。
「旅行先の川イカ。プクイカっていうの。春に増えるかもしれないから飼ってる。増やして売ろうと思って」
「そういうことか。よく生きたまま持ち帰れたな。殺人イカだけど美味いから売れそうだ。あと今の白いのは何?」
「大饅頭。兄ちゃんの夕食」
お客様だけどお客様ではないので夕食について先に説明。
「かめ屋が作ったものって贅沢だな。ありがとう」
失礼しますというロイの声がしたので「はい」と返事をしたらロイが台所へ入ってきた。
「こんばんはネビーさん。リルさん、ネビーさんにプクイカを見せていました?」
「はい。言い忘れていたから兄ちゃんは私が居ないうちに噛まれました」
「こんばんはロイさん。お邪魔しています」
ネビーは玄関でしたような大袈裟なお辞儀をした。
「ネビーさん、それはやり過ぎです。挨拶はこのぐらいで速度はこうです」
頭を上げたネビーにロイが手本を見せた。
「はい!」
「そもそも道場でしていることと同じです」
「いやあ、張り切った方がいいのかなぁとか緊張です。ご両親が不在なのは安心しましたけどガイさんのご友人が来るかもって聞きました。ロイさん助けてくれますよね?」
「張り切らずにいつも通りでよかです。いつも人に囲まれているネビーさんなら大丈夫です。何度も事前に言えと言うているのに無駄で。最近残業続きで強く言えなくてリルさんに迷惑をかけます。すみません」
はあ、とため息を吐くとロイは私とネビーに軽く頭を下げた。いつも人に囲まれているネビー……オーウェンやアルトと同じ?
ロイは剣術道場でネビーに話かけてみたいけど遠巻きにしていた?
「バカなんで怪しいです。リルにゆっくり喋った方がよかだと言われたのでまずはそこを気をつけます。思ったことをすぐ言うから余計なことまで言いそう。気をつけます」
ネビーにロイの北区言葉がうつった。ジンが婿入りした頃みたい。
「逆です。気さくでお喋りなネビーさんの方が上手く相手をしてくれそう。リルさん、何か手伝いはありますか? 洗濯物は畳んで片付けておきました」
「兄ちゃんと喋っていてすみません。ありがとうございます」
「まさか。夕食の支度をしてくれています。蒸し器の使い方は分からないし米を炊けばやり方が悪いとか怒られるのでここでは働きたくないです。今日の茶席でもうるさくて嫌になります。自分がダメだからリルさんに茶碗などを任せたのでしょう」
ロイは苦笑いを浮かべて肩をすくめた。
「ネビーさんに前に言いましたよね。家事は苦手であまり好まないって。母は細かくて。母に合わせてくれているリルさんには感謝しかないです」
「こちらこそリルにも我が家にも色々とありがとうございます。リルも細かいので合わせなくても合うのかもしれません。4つの時には布団が曲がってるって直していたしこっちが怒られていました」
そうなんだ。私は覚えていない話。ロイは和やかな笑顔だしネビーもお土産を渡した日みたいではない。
10年以上知人で稽古で会っているからロイの人見知りは発動しないのかな。
「そうそう。急に来週の金曜と土曜が休みになってリルさんと一緒にルルさんやレイさんと出掛けしたいという話をしていました。お2人の希望とか都合を聞いて教えて欲しいです」
「さっきリルから聞きました。ありがとうございます」
ネビーがルル達は寺子屋に通い始めたとか、家事は何を任せているとか、2人の違いなどをロイに説明を始めた。
父とネビーの稼ぎが増えたから母は仕事を減らしたそうだ。
なるべく昼に一度帰ってきて私達の様子を見にくることはあったけどその時間が何年か前くらいまで増えたみたい。
「へえ、レイさんはリルさんに似た感性かもしれなくてルルさんは勉強を好みそうですか。それなら別々に出掛けるのがよかですね」
「貴重なお休みなので午前少し午後少しとかでよかです。送り迎えが必要なら休みなら何も問題ないですし、仕事なら見回りついでに出来るように調整します」
「いえ割と近いですから。金曜はルルさんで土曜はレイさん。んー、木曜の出稽古帰りにルルさんを我が家へお迎えして翌日の昼にレイさんと交代して翌日午前中にご自宅へ送ってロカさんと少し遊ぶとか?」
「旦那様、家を破壊されます。障子や襖を破りそうなのでお泊まりなんてさせられません」
「話せば分かる子達に見えましたけど」
「俺もリルの言う通りだと思います。今日もロイさんからいただいた龍歌百取りを片付けてからと言ったのに無視して踊り始めて、俺にまとわりついてぴょんぴょんしたり。リルは素直だったしルカもそこそこだったのに叱ってもぶーたれて」
呆れ顔のネビーにうんうん、と私も同意。
「あとロカは今リルと長く過ごすとまた赤ちゃん返りしそうなのであまり構わなくて良いです。母と沢山過ごせばリルリル言わなくなると思うのでそれからで」
「ロカが赤ちゃん返り?」
「年末のお祭りの際にリルさんにおんぶや抱っことしがみついていたのはそういうことですか」
「母が仕事に連れて行ったりしています。それでも良いところ探しとか、重くてしんどそうだけどまあ母親なんで任せます」
母なら「仕方ないね!」と笑いながら働きそう。
「自分はルルさん達のことは分からないので皆さんに任せます。1人っ子だったので兄ちゃんと呼ばれるのも遊んでも嬉しいのでそれは覚えておいて欲しいです」
私の為に接待ではなくてルル達と仲良くなりたいという意味かな?
「暴れ怪獣娘達は疲れるので……でも作法は勉強させてやりたいです。いや、ここへなんて心配です。1人1人ならリルが監視出来るか? 勉強は寺子屋として礼儀作法はどうしたものかデオン先生に相談しています」
そうなんだ。知らなかった。
「ええ、聞いています。デオン先生にネビーさんが我が家に関係しそうなことを相談したら教えて下さいと頼んでいるので色々聞いています。それもあって両親が留守中に我が家に来る練習はどうかと思いました。母やリルさんが同時に風邪で寝込んだりしたら助けを求めるかもしれませんし」
「そうだったんですか⁈ デオン先生、俺には何も。そうか。ルル達をビシバシ鍛えれば助けになるんですね」
「ええ。ご家族が披露宴のために食事の練習をした事とか。自分が浮かれて根回しを忘れていたので助かりました。先生にもしかとお礼をしました」
披露宴の為に家族は食事の練習をしてくれた。それも知らなかった話。
2人の会話は興味深いので居間へ案内しないでおこう。このままここで話していて欲しい。
「立ち話も何ですしリルさんの邪魔なので居間へ行きますか」
「はい。ロイさんが気遣ってくれた通りと、カニで大宴会をしたからお裾分けでもらったかぼちゃも手土産に持ってきたんですけどご両親が帰宅したら渡せば良いですか?」
「両親は別々に出掛けているので先に母が帰宅すると思います。母に渡して下さい。質実剛健を飲みましょう。酔っ払った父に飲ませるのは勿体無いから隠します。冷やも熱燗も飲みたいので準備します」
ロイがうきうきしながらネビーを居間へ連れて行ってしまった。平日はお酒禁止令が出ているのでお酒を飲みたかったのだろう。残念。
つまみにもなるので先にお茶漬けの具材などやお膳を持って行くことにした。結局まだお茶も淹れてない。
カニ汁はそろそろ良さそうだし大饅頭はかまどにさしたお線香の長さ的にあともう少し。
運んでいたらロイとすれ違い。酒瓶の持ち方も表情も嬉しそう。
「リル、俺も何かする? 落ち着かないんだけど。あと風呂に入ってきたのに食事後に1番風呂をどうぞって言われたんだけど遠慮するのと受けるのとどっちが良いんだ?」
「お義母さんが帰ってきたら1番風呂は……」
義母の「帰りました」という声が聞こえてきたので私は居間を出てお出迎え。
普段は行かなくて良いけど今はネビーが来ているので迎えに行って報告をする。義母と廊下で鉢合わせた。
「遅くなりました。ネビーさん、もういらしているのね」
「はい。お体の調子はどうですか?」
「嘘みたいに良いの。それでベラさんと茶道具展。素敵だったわ。ありがとう」
「それは良かったです。夕食はまだでお風呂はもう少ししたら入れると思います」
「1区まで行ったから甘味処でお喋りしてそのままそのお店でおうどんを食べてきたの。なので夕食は無くて良いわ。ご挨拶をしたらお風呂をいただきます」
義母の体が元気で機嫌も良いとは嬉しい。義母と2人で居間へ行った。ネビーが上手く挨拶を出来ますように、と思っていたけど何にも問題無かった。
義母が居間へ入るとネビーはあぐらから正座になり、こちらを向いて軽く頭を下げて義母がネビーと向かい合って座るとピシッとしたお辞儀。
ロイが剣術でしていることと同じだとネビーに教えたからだろう。私の知らない立派な姿のネビーに感心してしまった。
「お久しぶりです。リルの兄のネビーです。本日はお招きいただきありがとうございます」
「あけましておめでとうございます。ご出世されたと伺いまして、お祝いの席を設けることなどをお伝えしたくてお招きしました。こちらからではなくてすみません。体の調子が読めなくて」
そうなの?
義母というか義父母はネビーの出世祝いをしてくれるの?
「走ればすぐですのでいつでもお呼び下さい。宴席は聞いていませんでしたが仕事に関する事をガイさんが教えて下さると聞いています。ご配慮ありがとうございます。ロイさんに何も要らないと言われましたが手ぶらなど失礼過ぎるのでこちらはほんの気持ちです。少なくてすみません」
……ネビーだよね? 誰?
服装に髪型にこの態度はネビーには見えないけどネビーだ。ネビーは持ってきたカゴから風呂敷を2つ出した。
義母への差し出し方もロイ程ではないけどピシッてしている。家でゴロゴロ、だらだらワイワイしているネビーと全然違う。やはり思う。誰?
「ありがとうございます。嬉しいので見させていただきます。失礼致します」
風呂敷の中身は竹細工の箱、黒っぽい見たことのないかぼちゃ2つ、それからりんご3つだった。
「近所の雅屋という店のお菓子です。デオン先生の奥様が好まれているのでお口に合うと良いです。りんごはロイさんから好みだとうかがいました。かぼちゃは……カダ? なんとかかぼちゃです。バカなので忘れました。見た目は悪いですけど中央区で売るよかなかぼちゃだそうです」
「こちらはカルダかぼちゃです。このような高級品をどうされたのですか? これなら切り売りするはずです。この辺りでは決して売っていません」
「例のカニを使って大宴会をしたら米や野菜のお礼がわんさかで。そのように珍しいものをたまに貰います。かぼちゃだと白いかぼちゃとか、まん丸の茄子とか、細長いトマトとか色々です。リルがよく知っています」
……もしかして白いかぼちゃや丸い茄子も細長いトマトももしかして高級品だった?
それなら売ってお金にしたのに。目を丸くしている義母が私を見た。
「母や兄ちゃんへのお礼でたまに変な野菜をもらっていました。特に兄ちゃんへのものです。よく分からず何か美味しいなと思いながら食べていました。家族皆そうです。売りたかったです」
「ああ。売れたな。知識って大事だな」
貧乏だけどごくたまに外食が出来たりご近所さん達と天ぷらをしたり、ごくたまに贅沢をしていたではなくてちょこちょこ贅沢していたのかも。
知識が無いし調べなかったから誰も知らなかったけどこれを機会に家族も私も学ぶだろう。
「白いかぼちゃってそれはおそらくセイラが仕入れたいけど農家がうんと言わない……ありがとうございます。お礼に何かあったかしら。リルさんの舌の良さの理由の1つが分かったわ」
「お礼なんて要りません。こちらの着物を幾らで譲っていただいたのか知りませんがそのようにお気遣いしていただいているのは知っています」
私は値段を知っている。着物と帯で1人1銀貨。恐ろしい程安い価格で義父母は家にあった着物かどこからか買ってきた着物を私の実家へ売った。
もはや譲ったようなものだ。ロイに「何でも無料で譲る気はありませんという意味でしょう。リルさんの実家だと負担だと思います」と言われたけど「義父の着物をロイに着せたくないけど売ったり捨てられないからせいせいするわ」と義母は私に話した。義父とロイには秘密。特に義父。
「そうですね。そうします。今度珍しい野菜を贈られたら教えていただきたいです。必要があればかめ屋へ売ります。というか向こうが喉から手が出るほど欲しがるかもしれません」
「何にも知りませんでした。知識って大事ですね。父の店の店主に特注品の値段や店の一部の商品が相場より安過ぎて勿体無いと話して下さったそうでありがとうございます」
義母は「失礼します」と告げて私に目配せをした。手土産を運んで欲しいという意味だと思ったので荷物を集めて義母と共に居間から出た。
「あなたの実家、ご近所さんも? いえお兄さんね。お兄さんへのお礼が多いと言うていましたからね。恐ろしいわね」
「このカルダかぼちゃはそんなに高いですか?」
「かめ屋なら萩の間以上のお客様に出すわよ。売らないでお礼に回したって本気のお礼よ」
……それは高そう。萩の間は私が接客を担当しなかった華族も泊まる部屋。
1階にある貸切風呂を無料で使える。部屋自体は上の方にある景色の良い部屋だ。
「リルさん。お母上に今まで贈られた変わったもの、特に定期的に贈られるものを書き出せたら書いてもらえないか頼んでもらえないかしら。セイラに見せて仲介して欲しいと言われたらあなたのお母上は仲介業者として今より楽に稼げます」
「私も大体知っています。どこの家の親戚から何とか色々。見た目が面白いとか美味しいものは覚えています」
仲介業者。そういう稼ぎ方もあるのか。
いや、かめ屋みたいなお店と知り合いでないと出来ないことだ。知識も大切だけどツテも大切ってこと。




