その頃の兄ちゃん編 1
今日は半日勤務だけど新人正官だから残業で夕方までだな、と思っていたら14時少し過ぎに帰って良いと言われた。
風呂屋へ行って帰宅したらルルとレイが近所の子2人を家に呼んで遊んでいた。
2人の宝物、正確にはロカと合わせて3人の宝物の龍歌百取りを使って坊主めくり中。
「兄ちゃんお帰り! 今日は何でお仕事早いの? サボったの?」
レイが飛びかかってきたので抱っこというか小脇に抱えた。ジタバタしながら楽しそうに大笑いしている。
「ネビー兄ちゃん! こんにちは!」
「こんにちは、ネビー兄ちゃん!」
「皆で春花祭りの練習をしたんだよ! よよよ! よよよ! よいよいよい!」
勢い良く立ち上がったルルが踊り出したので友人2名も加わり広くない部屋の外側を踊りながら回り出した。
レイが自分も踊ると言うので離したら4人でワイワイ歌いながら踊り始めた。
「ルル、レイ、宝物を踏むぞ。片付けてから踊れ」
ルルもレイも龍歌百取りを片付けようとしない。騒ぐのに夢中という様子。
「宿題はしたのか? 兄ちゃんは今日リルの家に行くって言ったよな? リルに2人と遊ぶ時間を作って欲しいと頼むのは2人が宿題をしたらって約束だ」
1月から三等地区正官になって1月末に初給与が出た。想像より多かったので2月からルルとレイを近くの寺子屋へ通わせている。
家事などをしてもらいたいし遊ばせてもあげたいのでルルとレイは交互に通ってもらうことにした。
洗濯が終わったらどちらかは寺子屋へ行き15時頃まで勉強。
昨年親父の給与が上がり、今年俺の給与も増えたので母は仕事を減らして以前より家事へ参加。家事というよりルル、レイ、ロカの教育。
叱り下手で教えるより自分がした方が楽というリルがほぼ子守をしてくれていた3人娘をしっかり教育しないといけない。
ロカは家事と教育が優先で寺子屋はもう少し先。
リルは「ロカも働いてくれている」と言っていたけど、リルがいなくなって母やルカが家事への参加を増やしたらロカはリルの邪魔をしていただけだと発覚したからだ。
「レイは昨日宿題をサボったからルルだけリル姉ちゃんと遊ぶ! ルルは寺子屋で終わらせてきた。兄ちゃん、ルルはひらがなを筆記帳に書いたよ! なのにレイはまだしてない。昨日してなくて今日もしてないの」
ルルは部屋の隅に置いてある自分の手提げ鞄から筆記帳を出すとぴょんぴょん跳ねながら俺に近寄ってきた。
昨日親父が「ルルと言わないで私と使いなさい」と真剣な顔で伝えたけど効果無しのようだ。母も追撃して俺もルカも言ったのにこれ。
「兄ちゃん、ルルは私に当番を押し付けて洗濯物を畳めってゲンコツしたんだよ。だからルルはリル姉ちゃんと遊べないって言って。ルカ姉ちゃんにルルの明日のお昼を抜きにしてって頼んだ」
レイがルルを突き飛ばして俺にしがみついた。
「それはレイが嘘つきだよ! 手が冷たくて洗濯が嫌だって言うからルルが沢山して、だからレイは畳む係を手伝うって言ったんじゃん!」
「ルルはお弁当のほうれん草をつまみ食いしたでしょう!」
ルルとレイが俺の周りをぐるぐる回りながら喧嘩を開始。
「2人とも正座」
わざと低い声を出して2人の腕を軽く掴んだ。
「正座嫌い。ルルは今日寺子屋で正座頑張ったもん。しびれるから正座嫌い」
「レイも一昨日寺子屋で正座を沢山したもん。正座なんてしびれて疲れるだけで役に立たないのに何でするの?」
2人を放り投げて無視して龍歌百取りを片付けた。
「ククリちゃん、メイちゃん悪いな。今日はもう帰ってくれ。それでまた今度2人と遊んで欲しい。あとメイちゃんはニックによろしく。ネビーが若衆でそろそろ新年会をしようぜって言っていたって伝えてくれ。家のルルとレイと遊んでくれてありがとう」
「ネビー兄ちゃん。兄ちゃんはフラレて部屋の隅でうじうじゴロゴロしてるんだよ。ナメクジみたいなの。毎日お父さんやお母さんが部屋に行って仕事に行けって蹴っ飛ばしてる」
俺も今度蹴りに行ってやるかと思いながら「今度ニックを慰めとく」とメイの頭を撫でた。
あいつは惚れっぽいから放置でも良い気がする。
「あのね、姉ちゃんがネビー兄ちゃんとお出掛けしたいって言うてたよ」
今度はククリの頭を撫でて2人の背中に手を回して玄関へ促してお見送り。
「ククリちゃん、俺は長屋の誰もお嫁さんにしないからお出掛けもしないんだ。喧嘩が始まるから面倒。喧嘩して騒ぐ女は好きじゃない」
「姉ちゃんは喧嘩しないよ。美人なのに嫌? ネビー兄ちゃんに兄ちゃんになって欲しい」
アイシャはボス気質でちょいちょい喧嘩している。妹のククリは知らない姿なんだなと思った。
「美人は好きだけど世の中の女の大半は美人だからそれだけじゃ決められない。俺は皆の兄ちゃんだから困ったらいつでも呼べよ」
じゃあな、とメイとククリを家の外へ追い出して周りを確認。住人の姿がちらほらいたので2人を放置しても問題ないから扉を閉めた。
振り返ったらルルとレイに睨まれていた。
喧嘩して騒ぐ女は好きじゃない、が自分達に向けられた言葉でもあると認識してなさそう。
俺は妹達がかわゆい。それを見抜かれているからこういう言い方は通じないのだろう。教育って難しい。
「遊んでたのになんで勝手に帰すの! まだ遊べる時間なのに!」
レイがぶすくれ顔で俺を見上げている。その隣でルルも同じ顔。
「ルル、レイ、母ちゃんやルカと一緒に家を守る仕事をしっかりして宿題をしたらそのうち一緒に茶屋へ行くと言ったのは忘れたんだな。兄ちゃん、うんと励んでお給料が上がったから頑張っている2人を茶屋に連れて行こうと思ってた。なのにルルは自分の仕事をレイに押し付けてつまみ食い。レイは宿題を2日もしてないし助けてくれたルルに感謝しないで告げ口」
2人は顔を見合わせた後に俺を見上げてぶすくれ顔を継続。
「レイは見ていたけどルルは宿題をしたよ。レイはよたよた字を笑われるから文字を書く練習なんてしたくない。こんなに大きいのにこんなに下手な字とか、今ひらがなの練習を始めたってバカにされるから嫌。つまみ食いはルルもしたけどレイもした。ルルは告げ口しなかったよ」
「ルルはルカ姉ちゃんみたいにレイのお手本になれるように、教えてあげられるように宿題したもん。笑われても我慢してる。レイをバカにした男の子達はルルが叱って蹴飛ばした。レイは宿題をしていないけど土で練習してるよ。きれいな字になってから筆記帳に書くって」
アホな男の子達が美少女ルルに構われたいから本人だけではなくて妹のレイにも突っかかる、とかだな。
レイもわりと美少女なのでルルとは関係なくかもしれない。この辺りで子ども達が集まって遊ぶ時と同じ。
「分かった。2人共悪い所もあるけどルカやリルも仕事を押し付け合ったりつまみ食いをしていた。俺もした。龍歌百取りはまだ破けていないから取り上げない。片付けるべきたけど大事にしていないとは言えない。でも踏んづけた跡があったらロイさんは悲しむだろうな」
俺は龍歌百取りを確認するフリをした。それで「あっ」という表情をする。
「気をつけてるから踏んでないし汚してないし貸さないもん! 宝物だから大事にしてるよ!」
「見せて見せて! 破ったり汚さないようにしてるもん! ロイ兄ちゃんがまた遊んでくれるって言うていたからキレイなままにしておくんだよ!」
はい、とレイに龍歌百取りを渡した。ルルとレイは札を確認して「大丈夫」と安心顔。
「片付けないと足くさ兄ちゃんがうっかり踏むぞ。親父かもしれない。2人が大事にしていてもそこら辺にあったらそうなる。片付けなさいっていうのはそういう意味だ」
怒っても無駄そうなので2人は悪くないけど片付けないと悪い事が起こるぞと伝えてみることにする。
「お父さんや兄ちゃんから守らないと」
「離れる前にすぐ片付けて盗まれないように隠す」
2人はいそいそと押し入れの棚に龍歌百取りをしまった箱を片付けた。
「ルルもレイも他の家族と一緒に兄ちゃんが立派な仕事に就けるように助けてくれて苦労を我慢してくれた。レイの宿題を終わらせて3人で茶屋へ行くぞ。ただし、まずは正座しろ」
先に正座をして手本を見せる。2人とも茶屋へ行くが嬉しいのかニコニコしながら正座した。
「レイ、正座は礼儀作法だ。これからうんと役に立つ。まずは茶屋だ。いつと言わなかったのはいつ仕事の都合がつくか分からなかったからだ。ロイさんやリルもきっと急にレイを誘うぞ。レイくらいの子は茶屋でお菓子を食べるのに畳の上で品良く正座かせめて横坐りする。しない子もいるけどだらしないとかバカにされる。一緒にいる家族やロイさんやリルもだ」
笑顔から曇り顔になったレイが唇を尖らせて俯く。説教なんて嫌いだと顔に描いてある。俺も説教なんてするのもされるのも嫌いだ。
バカにされるのが嫌だと言うレイがルーベル家の親戚やご近所さん達、下手したらロイの両親にバカにされる事はなるべく避けたい。だから嫌な説教をする。
「レイ、宿題をしなかった理由は分かった。でも宿題は約束事だ。約束を守れない人は信用してもらえない。好かれない。兄ちゃんと宿題をするぞ。ルルはルカに兄ちゃんが茶屋へ連れて行ってくれるって言うて来い」
「はーい」
「ルル、返事は短くはいだ」
ん? 昔似たような台詞を誰かに聞いたな。
「はい」
今までうるさくなかったのに家族皆うるさい、みたいなふくれっ面。その後ルルは鼻歌混じりで家を出ていった。
あれは昔の俺だ。それで俺だって今もきっとああいう顔をするだろう。




