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お見合い結婚しました【本編完結済】  作者: あやぺん
日常編

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ベイリーとエリー編 4

 美術品は見るもの全てがきれいではなくてよく分からないものもあると知った。

 通り過ぎた何の形か分からない石の像がそれ。斜めの棒2本。説明書きも無くてロイも「何ですかね?」と首を傾げた。


「リルさん、あちらからがシホク展です」

「楽しみですね」

「ええ」


 人が沢山いるけどゆっくり進んでいく。

「常に歩いて立ち止まらないで下さい」と椅子に座る見張りらしき女性に声を掛けられた。

 最初の絵は大海原。大雨で揺れる船の上で漁師達が何かを叫んでいる。うんと大きな絵で驚いた。


「ロイさん、まるで目の前が海みたいです」


 周りもコソコソ話しているので小声でロイに話しかけた。


「ええ、なんだか冷たい気さえします。大迫力ですね……」


 長く見ていたいけど歩かないと行けないからゆっくり進む。

 次も似たような絵で雨雲が切れているところから太陽の光が注いでいる。波が少し穏やか。

 その次は茜色に染まる海の絵で端に「夕焼け」と記されている。

 

「龍歌廊下のちはやぶるみたいです」

「ええ。赤ってこんなに色があるんですね。はぁ……。夕方の海ってこんなでしたっけ? ああ、リルさんとはまだ一緒に海へ行ったことがないですね。寒くなくなったら散歩にいきましょう」

「行きたいです。ロイさん。そういえばシホクってどういう方ですか? 辞書には載っていませんでした」

「自分も詳しくは知りません。最初はどこで聞いたんだっけかな。祖父か祖母だった気がします。そうだ。落書きをしたらシホクみたいねって。孫バカというやつです。200年くらい前の方であちこちを旅をしながら絵をうんと描いて売ってそのお金で暮らした方らしいです」


 孫バカ。祖母は違うけど長屋でそういう老人達がいる。

 我が家の孫は素晴らしい、天才、良い子みたいに過剰に褒めることを孫バカと言うのは卿家も平家も変わらないってこと。


「あちこちを旅しなが……ロイさん。この絵は宿屋エドゥロンの庭です」

「本当ですね。ん? ベネボランスの泉って絵に書いてあります。魚も違いますね。それにしてもなぜこう紙なのに奥行きがあるのでしょう。シホクが60歳頃に西からの旅人経由で姪へ贈られたと説明書きに書いてあります」

「宿屋エドゥロンはこの絵を見てあの庭を作ったんですかね?」

「それか西のどこかにあるベネボランスの泉というところをシホクのように見た誰かですね」


 隣の若夫婦っぽい2人が「隣の方々、あのエドゥアールの御三家に泊まられたのかしら?」とか「御三家は無理ですけど他の宿はご存知かとか聞いてみたいですね。一生に一度の大旅行になるからうんと調べないと」とヒソヒソ話すのが聞こえてきた。

 私達のコソコソ話が聞こえていたっぽい。

 私は何となく話し辛くなり、ロイも同じみたいで無言で進んで絵を見ていった。

 山、川、花、空、森、竹林と色々な景色の絵が続いていく。鮮やかで明るい景色もあれば暗くて恐ろしい、ロイについくっつきそうになる絵もある。


「こちらは何でしょう……。死の森……リルさん、こちらが噂の死の森ですよ。赤いこの見たことのない……草? 木? 何ですかね。森? こんな森があるんですか? 死の森なのにシホクは行ったんですか?」

「ここはきのこみたいです」

「そうですけど大きいですね」


 私達だけではなくて周りの人達もワイワイ話をしている。そりゃあこんな世界を見たら話をする。


「シホクが50歳くらいの時に北からの旅人経由で甥に届けた絵だと書いてあります。この後にあの泉の絵を描いたので死の森なのに死んでないです。死の森は北にあるんですね。いや、あちこちにあるらしいから北にもあるの方か」

「化物に見つかる前にコソッと絵を描いて……画家なら絵をコソッと素早く描けるんですか?」

「覚えておいて後から描いたとか? シホクって謎ですね。誰かに聞いてどういう方なのか調べてみます」


 次の絵はさらに衝撃的だった。絵に南の端と書いてある。雪が大雨みたいになっている中に鉛色の壁がある絵で壁から火が飛び出している。地面は真っ白で緩やかな丘だ。


「南西の国って逃げられた人がいるからあるって分かるんですね。壁から火ってどういう国でしょう……。大砲とは違って見えます。空にではなくて横向き……」


 私よりロイが衝撃を受けている気がする。大砲って何?


「こちらの説明書きには何て書いてありますか?」


 ゆっくりじっくりなら読めそうだけど歩きながらなのでロイにお任せ。


「40歳頃に失踪して数年後に甥に会いに来て甥の家で描いた作品と書いてあります。死ぬかと思ったと語ったと。他には何も話さなかったみたいです。旅って煌国内だけではなくて西、北、南……東は?」

「この先に東は……ロイさん、終わりです。出口って書いてあります」

「国内のどこかの景色と思ったところも異国かもしれません。これはもう旅行ですよ。残念ながらもう戻れませんね。このシホク展の招待券は若造では入手出来なそうです」

「副仲人特権かお義父さんに頼みましょう。お義父さんとお義母さんにも見せたいです」


 2人で渋々部屋の外へ出た。この建物の3階をぐるっと回ったようでシホク展の入口と階段のある部屋だ。


「あの、すみません。近かったので会話が聞こえましてエドゥアールへ行かれたことがあると。夏前に行こうと思っていて、行けるかとか予算などを情報収集中なのでほんの少しでも教えていただきたいです。お時間があればでお礼はします」


 ずっと隣を歩いていた若夫婦らしき2人のうちの男性に声を掛けられた。ロイと同年代に見える。私をバカにした人達と違って感じの良さそうな人だ。

 ロイと話したり絵に集中していたから確認が遅くなったけど結婚指輪をしているのでやはり夫婦。彼はロイに身分証明書を見せた。


「こちらも少し聞こえました。御三家には泊まっていません。一生に一度の大旅行と聞こえましたのでお時間がある日に南3区のかめ屋へ行ってルーベルから聞いてエドゥアールの観光案内本を見たいと言うて下さい。そこで華やぎ屋という旅館の館内案内本も見られて予算も分かります。他の宿は分かりません」


 ロイは懐から小さい小物入れを出して筆記帳と鉛筆を取り出した。さらさらと何かを書いていく。かめ屋の場所や旦那や女将への言付けだろう。

 人見知り発動中でロイは無表情。向こうの旦那も緊張しているような表情。嫁仲間と目が合った。

 エリーみたいな凛々しい美人だけど私みたいにちんまりしている。

 頭の上の蝶々みたいな髪型がどうなっているのか気になる。


「ご親切にありがとうございます」

「私達も一生に一度かもしれない旅行でした。楽しんで下さい」


 嫁仲間と会釈をし合う。


「職場の住所までありがとうございます」

「一生に一度と聞いたら他人事ではありません。自分達もそうでした」

「このシホク展に春だよりという絵を貸したのは祖父なので招待券を欲しいと頼んで送ります。もう1度と聞こえましたので良いお礼になるかと意を決して話しかけました」

「それはありがとうございます」


 旅行中みたいなことが起こった。2人とお別れしてロイと1階へ向かう。


「南幸せ区で酒屋を営む商家の方だそうです。同じ南地区なのでかめ屋を教えられて手間や時間が省けました。せっかくの私立美術館だからと邪険にしなくて良かったですね。酒も贈ってくれないかな」


 階段を降りながらロイに手を繋がれた。4区は幸せ区。

 4は縁起が悪い数字だからあまり使わない。龍神王様がうっかり4日間寝てしまって大雨や落雷で災害が起こって大変だったことがあるらしい。

 カラカラランと鐘の音。3回続いたから15時だろう。


「私達、かなりシホクの絵を見ていましたね」

「ええ。リルさんはどの絵が特に好みでした?」

「夕焼けの海と菜の花畑とベネなんとかの泉です」

「海と泉は同じくです。自分はあの階段みたいな川がよかで国内で遠くないなら見たいけど説明書きはなかったです」


 あれこれ話していたら美術館の出入り口のある部屋へ到着。

 ベイリーとエリーが待ち合わせの柱近くに並んで立っていて私達に気が付いた。


「少し遅れてすみません。シホクの絵に感激してしまって。旅行した気分です。ベイリーさん? ……ああ。今風らしいです。周りを見ても分かる通り。夫婦や婚約者ならむしろ何もしない方が恥とか何とか」


 渋い顔のベイリーの視線は私達の手元だった。そう言いながらロイは私からは手を離した。照れ笑いをしている。


「ほらね。今風って言ったでしょう? 嘘じゃ無いのに嘘だと言うて。聞いた? 私に恥をかかせてるんだよ」

「……聞いてない。何も聞こえなかった」


 ぷんぷん怒ったような感じでベイリーは美術館の外へと向かった。


「リルさんから聞いたことって嘘みたいに感じます」


 呆れ顔のエリーが私の隣に並んだ。


「このまま追いかけなかったらどうなるか放置してみますか。少しそこの椅子で休んでから外に出てみましょう」

「あらロイ君って悪戯っ子ですか?」


 エリーは楽しそうにクスクスと肩を揺らした。


「今みたいなベイリーさんは珍しいというか知らなかったので面白いです」


 それで私達3人は長椅子に座って少しシホクの絵の感想を話してから美術館から出た。

 しかもエリーはロイの背後にコソッと隠れた。ロイは気がついていなくて、私はエリーに笑顔と片目つむりをされた。


「中々出てこないから何かと思いました。それでロイさん、エリーさんは?」

「一緒に出て来ましたけど」


 ロイが振り返ると同時に私はエリーに手を繋がれて連れて行かれた。

 家族とロイ以外に手を繋がれたのは初めててびっくり。エリーが傘を開いて私も一緒に中に入れた。


「立ち乗り馬車の停留所までの道はもう分かったので行きましょう」

「エリーさん、ベイリーさんに怒りました?」

「まさか。慣れっこです。絵とか良く分からないと言うていたのにシホクは凄いとか世界中あちこちに行けたら良いのにとか無邪気で楽しかったです。私もこんなに沢山のシホクの絵を見られたのは嬉しいしロイ君の言う通り旅行気分。新婚旅行があるならこれは婚約旅行かしら」

「それは良かったです。エリーさん、あちらに粉屋があります。片栗粉があれば買いたいです」


 片栗料理は活躍中なので片栗粉を追加したい。


「追いついた。2人とも早歩きですね。リルさん、片栗粉はかめ屋が買った分をお裾分けしてくれます。量とかいつまでかは母でないと分かりませんけど買い足さなくて大丈夫です」


 ロイがひょこっと私の横に現れた。反対側、エリーの隣にはベイリー。

 我が家の片栗粉事情はそうなったんだ。知らなかった。


「勝手に歩き回って迷子になったらどうするんだ。人もそこそこ多いし逸れた時の待ち合わせ場所も何も決めてないのに」

「はい。それならどうぞ捕まえていて下さい」


 エリーはベイリーに右手を差し出した。エリーは愉快そうな顔をしていてベイリーは渋い顔。エリーは傘を閉じた。


「また腕を掴んでいなさい」

「はーい。腕組みの方が恥ずかしい気がするけどベイリー君というか男性の価値観はよく分からないなあ」


 腕を掴む? 腕組み?

 軽く腕を組んだベイリーの左腕をエリーが右手で掴んだというか手を添えた。

 2人が前を歩き出したので後ろに続く。ロイは無表情気味の微笑みでジッとベイリーの背中を見つめている。


「あっ、そうそう。思いついてルーベルさん家でベイリー君に龍歌を作って書いたの。ヨハネ君の茶席後にロイ君とリルさんの龍歌の話題が出たでしょう? 後で渡すけど良い返事を待ってるね」

「ぶほっ。む、む、無理だからやめてくれ。龍歌は苦手とか色々知っているだろう。要らん」

「百夜土下座する気があるなら作れるか探せるから大丈夫、大丈夫」


 瞬間、ベイリーが振り返ってロイを睨んだ。


「ロイさん、何でその情けない話をエリーさんにしたんですか」

「してません」

「あの、私です」


 ベイリーの睨みがロイから私へ移動。


「リルさんを睨まんで下さい。話すなとか言うななんて頼まれていません。軽い睨みで怖い顔なんですからリルさんが怯えます。やめて下さい」


 睨みというより拗ね顔、ぶすくれ顔っぽいので怖くない。


「睨んでいません。こういう顔立ちです」

「嘘ですね。大体婚約者に今風を頼まれてるのに嫌だ嫌だと情けない。真心込めて作った龍歌を要らんとか言う天邪鬼」

「昼間から思っていますけど、そのニヤニヤ笑いをやめて下さい!」

「微笑ましいなと思っているだけです。ベイリーさんこそ自分のことを日頃ニヤニヤ笑っているくせに」


 ロイとベイリーが喧嘩を開始。掴み合いではないけど顔を近づけて軽い睨み合い。仲良し喧嘩なので無視。


「エリーさん、あちらののぼりにアイスクリームと書いてあります。クリームは分かりますけどアイスって何ですか?」

「西風の削り氷らしいです。初めてお店を見た。カフェだから西風の甘味処ですよね。行きましょう。抹茶クリームより噂の西風の削り氷です。氷っぽくないとか何とか」


 並んでいる! と思ってエリーと共にサササッと移動。とりあえず並んでから店前に出ているお品書きと値段を確認。

 アイスクリームは1大銅貨もして高いけど今週のお小遣いを使っていないのでロイが高くて無理と言っても自分で払って食べられる。


「まあ。並んでみたけど1大銅貨のお菓子って高級品です。しかも大きさはたまご大と書いてあります。ケーキも似たような値段。季節のクリームケーキって何でしょうか。パウンドケーキとチーズケーキは食べたことがありますけどもっと安かったです」

「アイスクリームと季節のクリームケーキを頼んで半分ずつしませんか?」

「そうしましょう」


 並んでいる間にどうぞとお品書きの本——メニュー——を渡された。ロイとベイリーはまだ仲良し喧嘩中みたいなので放置。

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