ベイリーとエリー編 2
居間に集まって今日のお出掛け先の相談会。出掛けるので水も何も要らない、楽にしてと言われて何もおもてなしなし。
ロイは茶道具を片付けると言って私のことも玄関へ呼んだ。
「あのリルさん。エリーさんはどのような方でした? 先程は驚きました。予想外で」
「親切で優しくて楽しい方です。お話したら分かります」
ロイはヨハネが持ち帰る荷物の隣へ背負い鞄からヨハネの私物を出して並べていった。
他の道具が入ったままの背負い鞄を持ったロイの後ろについていく。
今夜はお客様が来るかもしれないので一先ず衣装部屋へ置いておいて明日義母と一緒に片付けることになっている。
私はなぜ呼ばれたのかよく分からないけど呼ばれたからな、と思いながらロイと共に2階へ上がった。
「ロイさん、ベイリーさんとエリーさんを2人にしてよかですか? 頼まれました?」
「……ダメです! 頼まれていません!」
ハッとした表情の後にロイは私を見つめて顔をしかめた。
「……。その前にリルさんもあの仕草をしてみませんか?」
「……へっ?」
「どうぞ。お願いします」
えー……。もしかして私を呼んだのってそのため?
あの仕草ってエリーの副猫神像みたいな仕草だろう。美人でかわゆい笑顔なら良いけど私ののっぺり顔でしても……ロイなら「かわゆい」と思ってくれるのかな?
真剣な凄みのある眼差しなので「そこまで?」とか「なぜ?」と思った。
お喋りのベイリーがエリーに気持ちを上手く伝えられていないこととか男心って謎。
「2人にしてはダメだと言うたので早く戻り……」
!
これはきっとタイミングが来たというやつだ。私は軽く小さな咳払いをした。恥ずかしいけれどこれは好機。
「ロイさんがユース様やヴィトニルさんみたいな挨拶をしてくれたらします」
「リルさんはあの挨拶をされたいんですか?」
何で? というような驚き顔をされた。
「お義母さんも照れ照れしています。すにてにきです」
素敵と口にするのは何だか恥ずかしい。
「んー……。分かりました。分かりましたリルさん。交換です。それで夜ですね。いや今……。うーん。今はベイリーさん達のところへ戻りましょう」
「はい」
悩むんだ。私はエリーの仕草の真似をして欲しいというだけで呼ばれたみたい。ロイは時々謎。
1階へ降りてきて居間へ戻ろうとしたらベイリーが廊下に立っていた。少し怒り顔。今日はベイリーやヨハネの見たことのない表情を見られる日だ。
「ロイさん。付き添い人を頼んだのになぜ2人きりにするんですか」
「すみません。うっかりです」
「うっかりってロイさんはうっかりしません。気遣いなら逆。逆ですよ」
掴み合いにはならなかったけどベイリーは掴みかかりそうな勢いで少し怖い。
「ベイリーさん。旦那様はぼ者です」
怖いけど誤解は解かないといけない。
ん? とベイリーとロイが首を傾げて私を見た。
「リルさん、ぼ者ってなんですか?」
「旦那様。私はぼんやりです。お義父さんは少しぼんやりなのでぼん者で、旦那様はたまになのでぼ者です」
「ぶほっ。何ですかその略し方。実家風ですか?」
ベイリーは吹き出してからそう口にして、ロイは愉快そうに笑った。変な考え方だったらしい。
「私がそう思い付いただけです」
「リルさんは色々と名付けますからね。川歩き牛とか川イカとか」
「ロイさん、蛇魚も言うていました。お兄さんはフグを変顔魚だそうです」
喧嘩終了っぽい。笑われることなのかよく分からなかったけど私は変、個性の人なので仕方ない。喧嘩を忘れてくれたなら良かった。
居間へ戻って4人で机を囲んで相談会を開始。ロイは無表情気味でエリーに「行きたいところはありますか?」と質問。
エリーが答える前に私は慌てて口を開いた。
「あの、美術館の特別展の招待券と楽語の券があります」
私は懐から封袱紗を出して開いて机の上に券を並べた。
「リルさん、こちらはどうしたんですか?」
「旦那様と話す機会が少なくて言えませんでしたけどヨハネさん達4人のお出掛けを理由にわんさかです」
「わんさか?」
ロイが首を捻る。エリーとベイリーは顔を見合わせて机の上の券を眺めた。
「はい。わんさかです」
これは付き合いが面倒らしいこの町内会で得をすることの1つ。
「リルさんこれシホク展です!」
ロイは絶対に飛びつくと思った。私も観たい。
私はロイ達に説明をした。エイラはオーウェンの為と自分も観たいので陽舞伎観劇を希望。
クララは花カゴ作り体験と音楽会を希望。
なのでヨハネとクリスタは今日花カゴ作り体験と音楽会と陽舞伎にお出掛けと決めた。
17時からの陽舞伎の前にヨハネとクリスタが解散するなら2人をクリスタの家まで送った後にクララ達が観に行く。
ヨハネとクリスタが陽舞伎も観るならエイラとオーウェンが付き添い人を交代する。
「えー……つまり自分達が欲しい券をクリスタさんの為と言って用意したと」
「副仲人の伝統だそうです。茶道具展8枚と集まりました。6枚はエイラさん用とお姑さん達用。2枚はお義母さん用です。シホク展も8枚。私達に4枚とセヴァス家用です」
「陽舞伎に音楽会に茶道具展にシホク展に楽語ってそれは確かにわんさかですね。副仲人の伝統なんて知らなかったです。凄まじい集まり具合ですね」
エイラが知っていてクララと私に教えてくれて3人の家の大黒柱にまず依頼。私は義父からアンソニー、シンバにも頼んでもらった。
エイラとクララも多分そういう風に誰かに頼んだ。
「シホク展は今月いっぱい使えます。楽語は席が空いていれば1年間使えます。今日行かなくても4人でなくても、後日4人でもお出掛け出来ます」
私は券を2枚ずつベイリーの前へ差し出した。
「……花カゴ作り体験って、土曜日にリルさんのお父上の働くお店で花カゴ作り体験を試しにしてもらうってセヴァス家とヨハネさん達だったんですか?」
言わなかったっけ?
これは私がうっかりではなくて言った気がする。ロイが忘れているか、どの家の夫婦か興味がなくて聞き流したのだと思う。
「私は旦那様に話したので残業疲れとぼ者です」
ベイリーがクスクス笑い出した。
「ロイさんはうっかりしませんと言いましたけどうっかりもします。言われてみれば確かにたまにあります。ぼ者だぼ者」
「ベイリー君。ぼ者って何ですか?」
「リルさんが自分はぼんやり。ロイさんのお父上は少しぼんやりなのでぼん者。ロイさんはたまになのでぼ者だと。リルさんは名付け屋さんです。釣りの時も蛇魚と聞きました」
「それはかわゆい発想。楽語は後日4人で行きたいです。中央5区ですしシホク展に行きませんか? 5区には中々行けません。ベイリー君は美術に興味はないだろうけど付き合って」
「いや、興味が無いのではなくて分からないの方だ。ロイさんが有名画家はやはり有名な理由が分かった。シホクは別の絵も見たいと言うていたから興味ある」
「友達は沢山だけどヨハネさんが言うた。ロイさんが言うた。ヨハネさん、ロイさん、ヨハネさん、ロイさん。あと中等校からのお友人も。私が言うても無視なのに。まっ、仲間外れは嫌だもんね」
またエリーは悪戯笑顔。
「照れない、照れない」と言いながらニヤニヤしている。ベイリーは呆れ顔だけど、もしかしたらこれはベイリーの照れ顔なのかもしれない。
「それにしても副仲人という制度も知らないし奪い合いの券がこんなに集まるとは驚きです」
エリーの発言にとロイとベイリーはうんうんと頷いた。
「町内会の大事なお嬢さん、自分たちの娘の為だと集まるそうです」
「この町内会は皆の子ども、娘という意識が強いですからね。そういえば息子のためには聞きません」
「副仲人制度も女性だけですもんね」
誰も反対しないのでシホク展へ行くと決定。ロイはまだ少しエリーに緊張しているように見えるけどホクホク顔。私もシホク展が良いなと思っていたので楽しみ。
色々な話をしてお客を楽しませるという楽語がどういうものなのかいまいち想像出来ていないのもある。
「リルさん、エリーさんとお揃いで袴はどうですか? せっかくの5区ですし。ベイリーさん、エリーさん、少しお待たせしても良いですか?」
「旦那様。そうしたいけど私はまだ袴の着付けを覚えていません」
「私がします! 私はリルさんのその髪型が気になっています。代わりに似た髪型をお願いします」
今日の私はお出掛けが楽しみ過ぎて練習した編み込みと三つ編みの輪っかだ。
「はい。衣装部屋は2階です」
立ち上がって手で「どうぞ」とエリーを促した。
「エリーさん、お昼は今日振る舞われるヒシカニ汁その他と中央5区で探すのとどちらが良いですか?」
「まだプクイカが回転しているところを見ていないのでこちらで食事をしたいです。小腹が減ったら5区……ヨハネさんが言うていた抹茶クリームが気になります」
クリームは私も食べたい。抹茶クリームは気になる。
ロイとベイリーがかめ屋が振る舞う物をもらってくる。その間に私とエリーは身支度と決定。
エリーに袴を着付けてもらって、私は彼女の髪を髪型の本を見せて選んでもらって結った。
居間へ戻ると具沢山のヒシカニ汁2人分——どんぶりなのでもはや4人分——と海鮮あんかけ丼2人前——これも山盛りだからもはや4人分——にさらにあった。
「旦那様、大饅頭です!」
「蒸し器でどんどん蒸していて、贔屓でコソッと割り込みです。あとネビーさんと予想のお客様の分で蒸す前のものを3つ。1つはネビーさん、2つはお客様の数で切れば良いかと。今度リルさんに作り方を教えてくれるそうです」
万歳!
ヒシカニ汁は本当は毛むじゃらカニなのでご近所中の人が食べますように。
回覧板で宣伝されたので沢山の人が食べるはず。
ルーベル家の親戚には木曜日に毛むじゃらカニの干した殻を義母と共に「漁師に言われた縁起の良いヒシカニの殻です。出汁を取って使うと良いです」みたいにお裾分けしに行った。
「台所で食べてよければプクイカを見ながら食べたいです」というエリーの言葉で私達は台所で食事をすることにした。
出入り口の座れるところに座布団を2枚並べて中央にご飯とプクイカを数匹入れた器を用意。
私とロイは台で立ち食い。ロイは立ち食い蕎麦やうどんを食べてみたかったらしく「これが噂の立ち食いです」と嬉しそう。
台所でちょろっとつまみ食いするのと今だと気分が違うそうだ。
服装的にジロジロ見られそうで気後れしてお店に入れないらしい。
「今度ネビー兄ちゃんかジン兄ちゃんの服を借りて行きますか?」
「その手がありました。今日ネビーさんに頼みます」
「ベイリー君、プクイカが回りました。こんなにかわゆいのに魚に集団で噛み付くらしいです。エドゥアールの川には危ないから入れないね。あの絵の石をぴょんぴょん渡りたかったけど噛み付かれるのは困る」
「ああ、そうだ。ロイさんが観光本を貸してくれると」
出掛ける前からすこぶる楽しい。
ロイが「忘れるところだった」とエドゥアールの観光本を書斎から持ってきてベイリーに渡した。
「リルさん、大饅頭の中身があんかけではないです」
「旦那様。これは野菜海老ジャオズの中身に似ています」
そこから4人の話題は旅行料理になった。




