ヨハネお茶会編 4
本日午前中の私は義母にくっついて見学と手足が大変そうならお手伝い。
ヨハネのお茶会は本格とは違うらしい。
寒いので外腰掛けには案内しない。つくばいも使わない。
ヨハネはつくばいに梅を浮かべてうさぎ形にした手拭いを2匹置いた。かわゆい。2匹なので北極星うさぎと名付けたい。
「お義母さん。北極星うさぎです」
「2匹だからですか?」
「はい。それに少し大きいのと少し小さいのだからです」
「あなたの頭に入るか知りませんけど、そちらの色は勿忘草に乙女椿だそうです」
今さり気なくチクッて言われた。前なら気が付かなかったかも。
かわゆい息子の嫁は誰でも憎たらしいらしいので仕方ないから放置。
「励んで覚えます」
「勿忘草は青星花のことだと言われています。出征時に御守りに入れたりします。相手が帰ってくるように祈り、お互い忘れませんと誓う証。忘れないで下さい、忘れません。そういう花。名前すら知らない方も多くてその話まではさらに」
「忘れません……お返事です。お義母さん。誘わなかったのも手紙が遅かったのも、悩んでいただけで忘れていた訳ではありませんって意味です」
母は複雑そうな顔で北極星うさぎを見つめている。
ロイは私が贈った青星花を押し花にしてしおりを作ってくれて2人でお揃い。ロイは今の話を知っているかな。聞いてみよう。
「私は言いたくないので貴女が様子を見て言いなさい」
「はい」
かわゆい息子の親友もかわゆいからクリスタに腹が立つ?
これは聞き辛いので質問しない。
乙女椿色。乙女は一般的に25歳未満の未婚成人女性。それだとクリスタ、エリー、ベティの事になってしまう。
「お義母さん足りません」
「足りない?」
「今日の乙女椿は3名います」
「手拭きの形は?」
「……うさぎです。クリスタさんだけうさぎです」
他はお魚の形。2月は親戚ご近所さんより遠い方と交流開始の月。お魚はめでたいですねの鯛の見立てだと聞いた。
「勿忘草に誰も気が付かなくても、北極星も分からなくても、たった1つだけは分かります。こういうことをするのが華族です。何も言わないで客の流行りや教養を試す。今日は違いますけどね。話しか知らないけど怖い世界」
教養だけではなくて流行りも試されるのか。これがルシーお嬢さまの暮らす世界。
セレヌから教わってルシーにたまたま話したエレイン編みの由来、エレイン湖や白いお城のことが役に立ちますように。
「それでは頼みましたよ」
「はい」
私は外を任された。お客様をどんどん共同茶室の2階へ案内する係。義母はヨハネと茶室の水屋で待機。ロイは2階で手拭き係。
1番乗りはアルトとクララ夫婦だった。アルトとは初対面なので軽くご挨拶。
クララは女性の平均より少し背が高い。アルトは逆に男性の平均より低いので2人は同じくらいの背丈だ。アルトはヨハネと同じで細身。
色白でそばかすが沢山。私と同じで日焼けすると火傷みたいになる辛い肌だろう。
挨拶をして羽織りを預かって寒いので中へどうぞ、みたいに案内した。
北極星うさぎを素通りされると思ったけどクララが発見してくれた。
「旦那様、つくばいにうさぎがいます」
「雪うさぎですね」
「春を眺めています」
「梅園で遊んでいるのかもしれません」
なんだか2人の距離が近い気がする。年末の大喧嘩の末再び新婚気分らしい。甘々な雰囲気で照れる。
「クララさん、こちらは北極星うさぎです。色は勿忘草と乙女椿です」
「勿忘草とは聞いたことのない花です。忘れな……」
かわゆい顔でニコニコしていたクララは急に悪戯っぽい笑顔になった。
「行きましょう旦那様。北極星の話は席中にエイラさんが聞きます。リルさん。クリスタさんがまだでしたら北極星うさぎではなくて意味のあるうさぎと言うておいて下さい」
「はい。クララさん。勿忘草は青星花らしいです。私は旦那様に贈りました」
「それなら良い意味ですね。クリスタさんに青星花色ですとお伝え下さい。エイラさんに今の話をコソッと全てお願いします」
「はい」
2人を共同茶室の玄関へ招いて後はクララにお任せ。私は羽織りを衣服掛けに掛けて外へ戻った。
次に到着したのはエイラとオーウェンにクリスタ。3人一緒は予定通り。それにしてもやはりオーウェンの迫力は凄い。
また挨拶をして羽織りを預かって寒いので中へどうぞ、みたいに案内。
「クリスタさん、つくばいにうさぎがいます」
「エイラさんに言われないと気が付きませんでした。雪うさぎですね。かわゆいです」
「こちらは意味のあるうさぎです。青星花色と乙女椿色です」
「意味のある? リルさん、どのよう——……」
おはようございます、とベイリーに声を掛けられて慌てた。被った!
「おはようございます。寒いので中でご挨拶致します」
そう告げるとエイラはさり気なく私から自分達とクリスタの羽織を奪って共同茶室の中へ入っていった。
どさくさに紛れてエイラに「らぶゆと忘れない草です」と耳打ち。間違えた!
エイラは気配り上手。さすが本物嫁。今の対応を覚えておこう。
落ち着け、と自分に言い聞かせながらベイリーとエリーとベティ——正式にはベロニカだった——とご挨拶。
ベティとエリーの背は高い。エリーの方がさらに高い。私が出会ったことのある女性の中で1番背が高い。それで2人の顔立ちは似ていない。
ベティは垂れ目のかわゆい美人。彼女は少しルシーみたいで色っぽい。
エリーはキリッとした凛々しい美人で袴がとてもよく似合っている。今日、袴姿は彼女だけ。
白と朱色の矢絣柄の着物で紺色の袴にはタカの刺繍。日焼け対策なのか朱色に黒い縁の傘をさしている。
彼女は羽織りを着ていなくて紺色の編み物のマフラーと手袋姿。寒くないのかな。足元は靴。
羽織りに傘やマフラーなどを預かろうと思っているけどエリーは無表情で私を凝視しているので少し怖い。
ベティは北極星うさぎを発見して「あら、かわゆいです」とつくばいへ移動したけどエリーは私をジッと見つめている。
「……す」
エリーが小さく呟いた。
す?
「リス! ベイリー君、リルさんってリスみたい。かわゆい。ちんまりですね。かわゆいわぁ。私もちんまりがよかでした。よかってこのように使うんですよね? 気に入っています。リルさんに葡萄栗鼠紋柄を着て欲しい。絶対にかわゆい。噂のロイ君はこういうちんまりした方がお好みでしたか。想像と違います。よかです」
エリーは無表情からパァッと笑顔になった。落差があるせいかかわゆさ炸裂。
彼女は割と早口。ネビーやルカみたい。両親やルル達よりは遅いけど私よりは早口。
「ありがとうございます。よかはよかと言うていました」
「語尾が上がるんですね。よかです」
「はい」
「エリーさん。猫被りは?」
少し屈んでつくばいを眺めていたベティが振り返ってエリーを睨んだ。
「お姉さん、ご近所さんではないのに嫌です」
エリーはあっかんべーをした。びっくり。
猫被り?
「あら雪うさぎ。噂のヨハネ君は何をこちらに隠したのかしら?」
エリーはササッとベティの隣に移動した。
「ベイリー君は何か聞いてる?」
「何も。ヨハネさんは相変わらず相談しない男でして」
「拗ねてるー。ベイリー君だってロイ君と年始に家族ぐるみで会ったのに。ロイ君にだけ相談したかもしれないから拗ねてるー」
エリーは口元に手を当ててすこぶる愉快そうな笑顔。ベイリーは渋い顔になった。
「そういうことを言わないで下さい」
「照れてるー。照れるな照れるな」
「エリーさん。羽伸ばしにしても限度があります」
「茶室では猫だにゃん」
エリーは副猫神像みたいな仕草をした。にっこり笑顔でかわゆい。ベイリーは怒り顔の後に呆れ顔をした。
「お姉さん、どうにかして下さい。この態度もですけど、もう大人になって何年も経つのにこのように子どもっぽい悪ふざけ」
「早く出世して一刻も早く引き取って下さい。両親は猫被りを信じて華族の嫁だの何だのと言いますけどこの破天荒娘には無理。この袴を見て華族の嫁にしたいなど目が腐っています」
「お父さまに似ているから一緒に居られるみたいだと思って一生懸命刺繍しました。なんて。えへっ」
ベティもベイリーと同じ呆れ顔。エリーは個性の人で楽しい女性みたい。しかも美人なのにのっぺり顔の私をかわゆいと褒めてくれた。
「羽織りや傘をお預かりします。マフラーや手袋もよろしければ」
かわゆいと言われたのが恥ずかしくてベティに声を掛けた。
「ありがとうございます」
「そちらは北極星うさぎです。色は勿忘草と乙女椿です」
ベティ、エリー、ベイリーの順に羽織りなどを受け取る。
「リルさんすみません。大人しくすると思うていたのにいきなりこのように」
「これからお嬢さん状態になりまーす。色々気になるけど今は時間が足りないので案内されますね」
案内されますね。案内して下さいだ。エリーはエイラとは違う気配り上手みたい。
「こちらへどうぞ」
この3名は共同茶室に入った事がないので2階へご案内。下駄や靴を脱いだり足袋の覆いを外す間に羽織を衣服掛けに掛けていく。傘は傘立てがあったので問題なし。
手袋だけどうしよう、と思ったらエリーは手袋を鞄にしまったので一安心。
泥棒が来るかもしれないので玄関に鍵をかける。
2階へ上がって本日の待合部屋へ案内。エリーは急に静かになって無表情に近い微笑み。別人みたい。かわゆいから美人に変身。
待合室にした部屋もお茶室なので水屋がある。案内後に顔を出してロイのお仕事見学。
「リルさんが普段してくれている事と似ています。なのでヨハネさんと母の見学が良いです」
「はい。ありがとうございます」
ロイは障子の隙間から部屋を見つめている。
「リルさん、噂のベイリーさんの婚約者はどちらの方ですか?」
「袴の方です」
「昔、百合みたいな方と言うていましたけど確かに」
へえ、女性を花に例えるんだ。
「失礼します」
1階へ降りて今日使う広間の水屋へ移動。後は見学の予定。
「お義母さん。手足の調子はどうですか?」
こそっと確認。今朝、義母は右腕右手右足がかなり痛かったらしく台所の私のところへ来て足湯をしたいと土気色の顔で頼んだ。
手も腕も足もならお風呂だ! と思ってロイと準備して入浴してもらって手足を揉んだ。
妖か鬼が悪さしたと思ったのでお塩をお風呂に少し投入。
「どんどん良いの。不思議」
「鬼や妖除けをして良かったです。西の国の魔除けをしたお水とお塩です。お義母さんには元気で長生きしてもらわないと」
「西の国の魔除けをした水にお塩?」
「セレヌさん達が贈ってくれました。星の実という白い金平糖みたいな苦い実を井戸に入れると魔除けらしいです。寝てる間に襲われたんです。追い祓えてせいせいしました」
「そうですか」
「今夜はお義母さんが寝る部屋に盛り塩をします」
痛そうな義母を思い出したらムカムカしてきた。ロイに鬼祓いの副神がいる神社を聞いてお小遣いで御守りを買ってこないと。
ロイは甘い物は嫌いなのに「星の実は甘いのかな」とかじった。それで「苦っ……苦いです。食べる物ではないです」と顔をしかめた。
その後2人で星の実を井戸に入れた。食べ物ではなくて井戸に入れるって書いてあったのに。何でも口にしようとして困った頃のロカみたい。
お腹を壊すヤドカリを「本当に食べられないのかな」と食べそうで心配。
かじって正解。




