ヨハネお茶会編 3
お茶を淹れたら居間でのヨハネと義母の話は終了。次はヨハネに今日作った料理を教えた。その流れでプクイカを見せることになりロイと3人で台所へ移動。
ロイが説明しそうなのでヨハネに椅子を用意して私は台所へ来たついでに明日の来客準備。
「これがプクイカですか。とても美味しかったです。北区の川産とはいえ中央区へ入ってこないものなんですかね? 持ち帰ってこうして生きているならどこかの店で出していそうですし養殖しようとする方もいるでしょう」
「自分もそう思います。リルさん、帰宅後は何匹死にました?」
「5匹です」
お膳盆。手拭き置き。香物のお皿。お箸。箸置き。手拭き。お茶を出す前にお水を出すとっくりとお猪口作戦。
明日の朝茹でるうどん良し。出汁をとるかつお節良し。氷蔵から出してきてある毛むじゃらカニ出汁はたまご焼き用。
お揚げさんを誰もつまみ食いしていない。実家なら誰かに食べられている。
出汁もお揚げさんも氷水に器を浸してあるし
そもそも寒いから腐らない。
義父のお客の手拭きは三角にする予定。エドゥアールが山だから。ネビーはうさぎ。覚えてもらってルル達を喜ばせてもらう。
「リルさん、明日の準備なら手伝います」
ロイが水瓶から目を離して私を見た。その次は台の上に視線を移動。
「ありがとうございます。もうないです。それに旦那様の優先はヨハネさんと楽しくお喋りやおもてなしです」
「ヨハネさんはリルさんとも話をしたいと思いますよ。料理に甘味にクリスタさんのこと」
「ゴホッ。ロ、ロロさん最後の一言は余計です」
ロロさんって私みたい。ヨハネの動揺顔を初めて見た。クリスタにはいつも優しい穏やかな笑顔や目をしている。
「ヨハネさん。探らなくても良いのですか?」
「探らなくても明日会えます。本人に色々聞けます」
「根回しは大事ですよ」
「私もそう思います。ベイリーさんにエリーさんは将棋を好むので話題にどうぞと言われました」
「ヨハネさん。リルさんの言う通りです。ベイリーさんは根回しをしていきましたよ」
「それにエリーさんが私と仲良くしたいということも教えてくれました。人見知りなので勇気を出せます」
うんうん、とロイが首を大きく縦に振った。
「ロイさんとリルさんはベイリーさんと婚約者さんと今度ご一緒にお出掛けですか?」
えー、とロイが頬を引きつらせた。何だろう?
「ヨハネさん。明日のお客様ですよ。お茶菓子の数は合っていますか?」
「えっ? ベイリーさんが来るんですか⁈ 婚約者さんと⁈」
「付き添い人で婚約者さんのお姉さんもいらっしゃいます。ベイリーさんはヨハネさんがええと言ってくれたからと言うていましたけど。先週土曜日の海釣り後に我が家へ来た時に母とやり取りしています」
「記憶にないです。明日は広間で1席。8名。クリスタさんとご近所のご友人ですよね?」
私はロイを見つめた。そのロイはヨハネを見つめ続けている。8名。数は合ってる。
「ヨハネさん、母にそう言われました?」
「お客は8名。3客の方は甘いものを好まないということでだるま煎餅を用意しています。ロイさんのお母上とロイさんが水屋を手伝ってくれてリルさんは来月から茶道教室へ通うので見学です」
「母がクリスタさんのご友人と言いました?」
「……いえ。言われてみればそうです。しかし茶席の後に2名が付き添い人としてお出掛けに同行してくれます。クリスタさんのご友人ですよね?」
ロイがヨハネに軽く頭を下げた。
「残業やら他のことで頭がいっぱいですみません」
「ロイさん、どうしました?」
頭を上げるとロイはすまなそうな顔をした。
「リルさんはお客様4名が誰だか分かりますか? うっかりしていました。母はわざとヨハネさんにお客様が誰か言っていない気がします」
「正客から順番にエイラさん、クリスタさん、オーウェンさん、アルトさん、クララさん、ベティさん、エリーさん、ベイリーさんです」
ロイがあー……という声を出した。これ、私もうっかりというかぼんやり?
「旦那様に言い忘れていた私もうっかりですか?」
「いや自分が悪いです。クリスタさんと親しいご近所のお嬢さんか学友だと思い込んでいました」
「お出掛けの付き添い人はクララさんと旦那様のアルトさんです」
「うわぁ……」
ロイのこの「うわぁ……」は何だろう。
「立ち話しも何ですし自分達の部屋へ行きましょう」
「お茶を淹れますか? お水を持っていきますか?」
「水にしましょうか」
それなら明日用に出したとっくりとお猪口が使える。ロイが湯呑みを出そうとしたので「大丈夫です」と声を掛けた。
とっくりにお水を注いでお猪口と一緒にお盆に乗せる。お盆も出してあった。
「お猪口でお水ですか」
「はい。お茶を淹れるまでに飲んでいただきます」
「それで大きめのお猪口。酒を飲む気分になりそうです。行きましょうか」
ロイがお盆を持ってくれた。ロイ、ヨハネの後ろに続く。部屋に入ってお盆を囲うように座った。ロイがあぐらなのでヨハネもあぐら。私は茶道の練習と思ってしびれるまで頑張ってみようと正座にした。お水をお猪口に注ぐ。
「リルさん楽にどうぞ」
「ありがとうございます」
ヨハネに促されたから横坐りにした。
「ヨハネさんすみません。仕事やリルさんの実家に稽古や何やらで頭がいっぱいで」
「あのー、何がうわぁなのですか? ご友人達に探られる覚悟はしてきたというか良いと言われたら自信になると思いましたけど……」
「そもそもです。ヨハネさんのような優良人物を未婚のお嬢さん達に披露する訳がありません。取り合いでクリスタさんの友人関係がギクシャクしたら困ります。町内会のお嬢さんでも同じです」
そうだからエイラとクララがお客だ。私達3人は副仲人。ヨハネと上手くいかなくて次の縁談となっても続く。
嫁の仕事のことなど色々相談に乗るし、なるべく3人の誰かが付き添い人を務めてしっかり見張る。
フォスター家の奥さんに「要らん」と言われない限り働く。
「言われてみれば確かにそうです。失念していました」
「リルさん。クララさんとエイラさんってクリスタさんの副仲人ですか?」
「はい。私と3人です」
「副仲人ってなんでしょうか」
ヨハネの発言に私は驚いてしまった。うんと賢いらしいヨハネが知らなくて私が知っていることがあるんだ。
いや、クララの実家の町内会にはない制度と言っていた。
エイラの副仲人はルリとモナ。モナとは会釈したことがあるのかないのかも分からない。私はまだまだ話したことのある人達が少ない。
ルリと仲良しの新米母らしいしエイラが優しい楽しい人と言っていたので怖くなさそうと思っている。
「詳しくは知りませんけれど町内会のお嬢さんの縁談相談役です。ご学友では時期によっては結婚生活などを教えられません。ヨハネさんの町内会には存在しないですか?」
「多分。我が家はそもそも町内会より親戚付き合いを中心にしています。周りの他の家も似ているのでロイさんの所とは違いそうです」
クララの町内会には祓屋はない。共同茶室もない。集会所も小さいそうだ。私はまだまだ薄すぎる参加だけど、この町内会はご近所付き合いが濃くて面倒くさいそうだ。
代わりに困った時は助け合い。頼めばひょいひょい招待券や観劇券が集まるとか、子どもを預け合って息抜きにお出掛けをしたり色々得もある。
「ヨハネさん。まずですね。亭主のブラウン家の嫁エイラさんは地元の方です。自分達の2つ年下。自分とは幼馴染の範囲です」
エイラは12月に19歳になった。ロイは4月生まれで私は5月生まれ。同じ春生まれで嬉しい。
「彼女は茶道を深く嗜んでいます。次席がクリスタさんなのでお手本でしょう。ヨハネさんに拙いところを見せないように配慮だと思います。地元結婚について教えられる方です」
そこに私のことも乗っけた義母はすごい。うっかりしていたと言っていたロイもすぐこういうことを考えられてすごい。
私はぼんやりだ。ロイやヨハネへの根回しを忘れていた。
「リルさんはヨハネさんへ配慮する側ではないですし、リルさんはちょこちょこクララさんやエイラさんの話をしてくれていたのでうっかりでもぼんやりでもないですよ。残業続きでリルさんとの会話時間を取れなかった自分の責任です」
ロイは私を見て微笑んでくれた。
「顔に出ていましたか?」
「ええ。リルさんの長所で短所です。問題は3客のオーウェンさんです。ブラウン家の跡取り息子。町内会若衆のまとめ役の1人。自分達の2つ年上なのに貫禄が凄いです。迫力もあります。尊敬していますが囲まれていて中々近寄れません。特に男の子がくっついています。リルさんのおかげでついに……話が逸れました」
えー……オーウェンとロイって2歳差なの?
見えない。年末の試験に合格して出世したって2回目や3回目の話だと思っていた。
ロイが2年後合格だと……平均。ベイリーはまだエリーと祝言出来る年だ。
オーウェンも出世前にエイラと結婚したから、それも嫁姑問題の原因の1つ?
接待で疲れたと言っていたけどオーウェンと親しくなりたかったんだ。エイラに教えてオーウェンに伝えてもらおう。
結婚経緯を考えるとオーウェンとロイって気が合う気がする。
「オーウェンさんにこの男はダメだと思われるのは逆風になります。ベイリーさんをより熊にしたような……ああ。ヨハネさんのお兄さんに少し性格が似ている気がします。そうだ。それなら何とかなるというか大丈夫でしょう。怖いけど怖くないので安心して下さい」
不安そうな表情だけど、ヨハネはうんうんと頷いた。
「4客のセヴァス家のアルトさんも跡取り息子です。自分達の4つ歳上。若衆では盛り上げ役で少々お調子者。上に可愛がられる方で旦那達や年上の若衆に囲まれつつこき使われています。進んで雑用など面倒な事をして下にはさせない気配り上手。舞踊を嗜んでいて武術系は苦手というどことなくヨハネさんみたいな方です。この方も尊敬していますが囲まれていて近寄れ……話が逸れます」
ロイは地元のお兄さん達でも囲まれている人には近寄ったり親しく出来ないってこと?
クララにロイがアルトを褒めた話をして「親しくなりたいみたい」と教えよう。
「そのようにアルトさんは視野が広い方です。観察力があります。それで彼は結婚してから町内会での評価が上がりました。自慢しないし嫌な事をこっそりササっとしている。旦那達の仲を取り持っている。それをお嫁さんが内助の功で広めているからです」
「その方がクララさんという方、リルさんと共に副仲人というものを務めてくださる方ですか」
「はい。アルトさんの良いところをあまり認識していなかった方、少々バカにしたり下に見ていた方が低評価は間違っていると気が付いたんです。このお嫁さんは他の町内会から嫁いできたのに情報通らしく若衆は少々怯えています」
クララって若衆に少々怯えられているんだ。そのクララはアルトと年末に大喧嘩。でも雨が降って地は固まった。
その喧嘩内容からするとアルトは決して「視野が広くて観察力がある」とは思えない。
エイラ、オーウェン、アルトにクララのことなどロイは情報通だけど偏っているというか私の知っている情報と異なるところがある。
「確か彼女は南2区から嫁いできました。クリスタさんに他の町内会へ嫁ぐとはどういうことなのか教えられる方になります。ヨハネさんの事を下調べしてるかもしれません。嫌われるとアルトさんの逆になるかも。ただリルさんから聞く感じや噂とアルトさんからたまに聞いた感じは全部違うんですよね。リルさん、クララさんはどのような方ですか?」
「すこぶる優しいです。クララさんはヨハネさんのことを下調べしました。エイラさんもです。私から聞き取りだけです」
真剣で少し怖い表情のヨハネは初めて。今日と明後日は知らないヨハネを知れる日だな。




