ヨハネお茶会編 2
(ヨハネお茶会編なのにこの話にヨハネは出てきません)
夕食後はお片付け。洗い物の前にロイの入浴を確認して浴衣と肌着とどてらを用意。
コソコソッとヨハネの泊まる部屋の布団を敷いて脱衣所から着物を回収。着物は今夜もピシッと畳まれていた。
後は洗い物をして今夜の仕事は終了。朝食は香物と出汁沢山たまご焼きとネギとお揚げさんのうどん。
うどんは昼間踏んで作ったしお揚げさんも煮てある。なのでひたすら洗い物。
「リルさんのお仕事手伝います」
ロイの声がしたので振り返った。
「ありがとうございます。でも旦那様は疲れていますしヨハネさんがいらしていて手も冷えます」
「リルさんの手が冷えます。お湯は使っていますか?」
「はい」
健康を損ねたらかえってお金を失うかもしない。大貧乏ではないから無理はしない。それが私が知った新しい価値観。ロイが隣に立った。
「おっ。確かに氷のような水ではないですね。ヨハネさんは母と明日の予習、確認をしています。鬼の居ぬ間にリルさんに会いに来ました」
「はい」
鬼って……。でも最近わざとロイと私が近寄れないようにされているとは感じている。
残業続きのロイへの折檻なんだろうけど私も巻き添え折檻。これがきっと一蓮托生というやつ。
「我が家だとお嫁さんは年中無休。また旅行出来るように励みます。いつもありがとうございます」
「旦那様も平日休日問わずに薪割り、土日に私の手伝い、重たい買い物に勉強などで無休です。しかも私と違って平日の仕事中に遊べません。ありがとうございます」
場所を譲ってロイに洗ってもらって私は拭くのと片付け係。
手伝ってくれて嬉しいから言わないけど、ロイが拭いたりしまった後に直したり確認を忘れると義母に何かしら怒られる。
「ああ、旦那様。明日はお休みですよ。お昼からお出掛けです」
「んー、それは嬉しいですしリルさんにのびのびしてもらいたいですけど夜が心配です。明日、父と母は昼からの振る舞いで挨拶をしてブラウン家のお茶会に参加後に解散。父は友人達と昼飲みへ出掛けます。母は旅行前だから家で休むと言うています」
「私もそう聞いています。私達はベイリーさんとエリーさんとランチ。お義母さん達もお昼が多そうだから夕食はお茶漬けでええと。それでお義父さんの夕食は無し」
「怪しい気がするんです」
怪しい? 何で?
「父はまた夜遅くに何人か連れ帰ってきそう。ヒシカニが大漁だったとか旅行料理が美味いとか何やら。特にご近所さんのデレクさん。それから前回は帰りましたけど良く泊まるローガンさんが怪しいです。昔から祖父母や母が言うても無駄で。減らしたからみたいに言いそう」
アンソニーも突然来たからそうかも。その可能性は考えていなかった。
「明日の朝食準備はほぼ終わっているので朝4名分のおもてなし準備をします。肴は今日言われた豆腐あんかけと香物にします。朝下準備しておけば簡単です。明日豆腐を買いましょう。違ったらしれっと朝食にします」
「アンソニーさんの時もですが父が迷惑をかけてすみません。最近説教続きで事前に強く言えないのもすみません」
「明日の朝は洗濯をして2階に部屋干しします。朝食準備はほとんど終わっているので朝は夜飯の準備。お茶漬けなので少ないです。なので時間があれば掃除します。それで昼間と日曜日はのびのび出来ます」
「明日は自宅稽古をせずにリルさんと働いて土日の昼間ののびのびを手に入れます」
予定を伝えたらそうしてくれると思った。それに私はぼんやりしていたけど、急な来客について予想してくれたので準備が出来る。
「らぶゆです」
小さな声が出た。
「き、急に何ですか⁈」
「ぼんやりで気がつかなかった急な来客対応を教えてくれたからです」
「それなら大事な友人の為に素晴らしいおもてなし料理や離れの掃除などに付き添い人やら何やら。……」
らぶゆ、と返してくれると思ったらロイは私の耳に顔を寄せた。
「リル。好きだ」
これは衝撃的。素晴らしいことが起こった。拭いていたお箸を落とすかと思った。そのまま無言で黙々とお片付け。
全部終わったのでロイと2人でプクイカを眺めた。何となくそうなった。
「リルさん、来週金曜から日曜の夕食後まで父も母もかめ屋で不在です」
「はい。日曜日は出稽古ですよね」
「そうです。それでですね、ベイリーさんの部署は若手も土曜半日休みを取り易いんですけど自分のところは違います」
言われてみればそうだ。結婚してからロイは1度も普通有給休暇という制度を使用していない。ベイリーは川釣り、海釣りと使った。
「去年のその部署間の差が集計されて4月いっぱいまでに3日間休ませてくれると。と、いう訳で来週の金曜1日と土曜日の午前の休みを取れました。急なので桃の節句頃や花見時期が良いと嫌がられて取りやすかったです」
「旦那様、それってつまり」
「金曜日と土曜日は丸々休み。金曜日までに2人で何をするか決めましょう」
先月旅行でこれは万歳!
「旦那様は接待になってしまいますけどルルとレイをどこかへ連れて行ってあげたいです。母がロカに構ってばかりで不貞腐れていると」
「その接待ならええです。ん? 接待……ああ、ネビーさんに明日は来なくて良いと言うのを忘れていました」
「私も忘れていました!」
明日はネビーが義父に将棋の実力などを確認してもらう日だった。
暦に書いたっけ? 書いた気がする。ヨハネのお茶会で頭がいっぱいだった。
「父も忘れていますね。でも多分客を連れてくるからネビーさんは家にいた方がええです。母はきっと覚えていて黙っていますね。自分とリルさんがどう動くか観察でしょう」
「兄ちゃんの夕食……」
お茶漬けで良いか。白米でメジガロの佃煮、昆布の佃煮、梅干しなど色々あるから実家からすると豪華。
「明日、かめ屋の料理人さんに何かその場で出来るものを頼みますか」
その手があった。
「はい。少し頼みましょう。実家からしたら我が家のお茶漬けは豪華なのでそこに何かあったら兄ちゃんは大感激します。寒いから明日の朝のたまご焼きが夜まで待つでしょうし、私のお揚げさんで雪うさぎ稲荷寿司も1つ作ります」
「おお、考えるの早いですね」
「思い出してくれてありがとうございます」
2人で話す時間はやはり大切。
「離れに父のお客様が泊まれるようにしておく、母がいつでも2階で眠れる準備、ネビーさんの夕食……父の機嫌次第ではネビーさんも下手すると泊まり?」
「兄ちゃんも離れですか?」
「いや、そうなると全員泊まれとか言いそうです。リルさんと自分は衣装部屋で寝ますか。ネビーさんの布団を一応自分の書斎。離れはお客様用。浴衣はええです。いつも突然の際は着物で寝てもらっています。それで朝風呂かな」
ふむふむ。布団を干してないけどそれは仕方ないのかな。
義母に教わった通り使っていない布団も順番に干してきて良かった。
使う時で良いのにと思っていたけど理由があるだろうと……聞けば良かった。何故ですか? って。またぼんやり発覚。義父が突然お客を連れてきて下手すると泊まるからだ。
「リルさん。明日明後日は疲れさせてしまいますけど来週があります。2人で乗り越えましょう」
「はい。兄ちゃんが来るならルルとレイの事を相談出来ます」
「何か忘れていないかな……。んー、多分大丈夫です」
「……セレヌさんから小包みがきました!」
片付けは終了したのでロイと寝室へ行った。向かい合って正座をしてワクワクしながら小包みを開けてもらった。
包みの中身は先に玉がついている棒2本。そばくらいの太さの白い糸の玉6つ。これは毛糸だ。私の持っている手袋の素材と瓜二つ。
他には茶色い表紙の本1冊。お手紙3通。お手紙は見たことのない形で文字が横書き。
小さな瓶に入った白い金平糖らしきもの。それから小型金貨6枚⁈
「ロイさん、小型金貨が戻ってきましたね。5枚返したら6枚になりました」
「ええ……気になるけどまずはリルさんのお手紙からにしますか。セレヌさんからはリルさん宛です。ヴィトニルさんとレージングさんは自分宛になっています」
ロイは金貨6枚に明らかに動揺している。
「いえ。先に金貨6枚の謎を解きましょう。ロイさんは堺宿場で私に話したことをヴィトニルさんへの手紙に書いたんですよね?」
「ええ。お礼などの後に。返事を読んでみます」
「はい。秘密の話でなければ私も知りたいです」
「はい」
ロイは手紙を読み始めた。
待つ間に本を開いてみた。絵があるから分かるけど編み物の本だ。
見知らぬ文字はさっぱり読めないけど、その上に私の知っている文字が書いてある。ロイとは違うけどとても美しい文字。おまけに漢字全てにひらがなを振ってある。
親切。親切中の親切。
セレヌからの手紙は1枚で横書きだった。私みたいなよたよたした文字。
【リルさんへ。こんにちは。お手紙と御守りをありがとうございます。あちこちに行って、春に少し長めに煌国に居ます。その時に会えたら嬉しいです。編み物に興味があるようなので手持ちを贈ります。編み物はやり直せるものなので挑戦するとよいです。 本を読んで分からなければ遊びに行く日までそのままにしておいて下さい。御守りうんと嬉しかったです。セレヌ】
筆ではないもので書かれている。鉛筆みたいな細い線なのに黒色が濃い。
全部ふりがな付きなのは読み書き漢字の勉強中という話をしたからだろう。セレヌも親切中の親切。
編み物の本に私が知っている文字を書いてくれたのはセレヌではないみたい。
ロイにセレヌと春に会えるかもしれないと伝えようと顔を見たらロイは「うーん」と唸っていた。
「ロイさん、何て書いてありました?」
「アホな軟弱地蔵達に似ているとは侮辱だ。心外だ。春に撤回してもらいに行くと。それだけです」
アホな軟弱地蔵達?
どういうこと?
「ヴィトニルさん怒っているんですか?」
「そうみたいです。怒らせるような手紙を書いたつもりはありません。撤回してもらいに行くってことは会いに来るってことですよね。それならどういう誤解なのか聞けるし謝れるのでええんですけど、アホな軟弱地蔵達ってどういうことかと思いまして」
「あっ。ロイさん、レージングさんからのお手紙に何か書いてないですか? セレヌさんからのお手紙には書いてなかったです。春に会いたいと書いてありました」
「読んでみます」
ロイがヴィトニルからの手紙を元に戻して別の手紙を読み始めた。
「どうですか?」
「えーっと。最初は色々お礼です。それで3月からしばらく煌国にいることにしたそうです。セレヌさんをいつも自分に付き合わせているから遊ばせたいと。煌文字をまだまだ練習中でリルさんと自由に文通はまだ難しいし友人を増やしてあげたい。それで3月に南地区から遠くない中央区に泊まることにしたそうです。返事をしてくれるならそちらの宿へと」
「我が家に泊まって欲しいです。編み物を教えてもらいます」
「レージングさんもセレヌさんを1泊か2泊させてくれたら嬉しいそうです。後は……小型金貨は返さないでくれ……交際費……ヴィトニルさんのことは書いてないです。セレヌさんは毎日リルさんからの御守りをニコニコ眺めているそうです」
ロイはふむふむと頷いたり、うーんと唸った。
「この小瓶の金平糖1粒はなんですか?」
「えーっと、井戸に入れるようにと。この実を井戸に入れるのは西の国の魔除けらしいです。地域によって名前が違うけど、彼等は星の実と呼んでいるそうです」
「星の実。西の国では金平糖は星糖と呼ばれているかもしれませんね。セレヌさんに聞いてみます」
つまり3月が楽しみになった!
茶道教室に通うのは不安だけどセレヌと遊ぶのも編み物を習うのもすこぶる楽しみ。小躍りしたい。
ロイと明日の朝一緒に星の実を井戸に入れようと約束。
「レージングさんからの手紙はリルさんも明日読んでみて下さい。とても読みやすい文字ですし、漢字全てにふりがなが振ってあります。元々煌国出身なのでしょうか? ふりがなはリルさんの為だと思います。ヴィトニルさんのことは結局謎です。ヨハネさんが来ていますから父と母には日曜日に話しましょう」
「はい。そうしましょう。旦那様、この字はレージングさんですか? セレヌさんは私と同じよたよた字です。異国の文字を練習しているなんてすごいです」
私は編み物の本をロイに見せた。ロイはゆっくりと本をめくっていった。
「いや、違います。手紙もだけど何で書いたんだろう?」
「ヴィトニルさんでしょうか」
「ええ彼の手紙の文字と似ています」
「それなら怒っていませんね。怒っていたらそんな親切は出来ません」
「そうなりますね。アホな軟弱地蔵達か。せっかくだからヨハネさんに聞いてみよう」
私達は小瓶以外は元通りに戻して忘れないように机の上に置いた。瓶はその隣。
「リルさんはお茶の準備をお願いします。自分はヨハネさんと母にそろそろ明日の話は終わりましたか? 自分も再確認したいですみたいに言うてきます」
「私はお茶を出して明日の最終確認をしたいです、ですね」
「その通りです」
1回だけキスして私達は1階へ降りた。




