ヨハネ編お茶会編 1
明日は町内会の共同茶室でヨハネのお茶会。なのでヨハネは今夜我が家でお泊まりをする。
(寒いからお鍋で味噌汁かなあ……)
義母はフォスター家で打ち合わせで不在なので玄関に鍵をかけて買い物に出発! という時に郵便屋さんが来訪。初めて女性飛脚に会った。
宛名はロイと私の名前で郵便小包だった。差し出し人は——……セレヌ!
飛脚はすごい。速くて長く走れる力持ちしかなれない。
「寒い中お仕事ありがとうございます。お昼ですし握り飯でも食べますか? 出掛けるので火は小さい火種状態なので飲み物はお水です」
私は人見知り克服訓練中。
「お水だけありがたくいただきます」
会釈をして勝手口から入って来客用の湯呑みにお水を汲む。
帰宅したら食べる予定だった私のおむすびも一応お皿に乗せて湯呑みと一緒にお盆で運んだ。
「わざわざありがとうございます。遠慮したけど食べたかったです。この握り飯、すこぶる美味いのですがこの具は何ですか?」
「メジガロの佃煮です」
「メジガロ? 聞いたことないです」
「たまたま漁師さんから買えました。まだ珍しいそうです」
「へえ。今度一走り海に行ってみます。いやあ、昼飯までもつかなと思っていたのでありがとうございます!」
走っていくの⁈
会釈後に手を振られた。グングン遠ざかっていく。今日は他にご近所さんへの手紙や郵便はないみたい。格好ええ。
鍵を開けて中に入り、鍵を閉めて玄関に腰掛けた。
(手紙じゃなくて小包み。何だろう?)
私宛ての郵便小包みなんて初めて。ロイ宛てだけど私宛てでもある。
(柔らかい。反対側は固い。開けたいけど我慢)
小包みを寝室に運んで机の上に置いた。ロイと一緒に開けよう。そして、そのまま買い物に出掛けた。
買い物後は焼き味噌おむすびを食べていつも通りだけど念入りにお掃除。昨日もしたけどヨハネが泊まる離れの部屋をもう1回お掃除。
離れは厠の前の廊下で繋がっていて1階と2階に1部屋ずつある。いつも掃除は週1回だけ。
今はロイが離れの1階の部屋に放り投げられていてロイが毎日掃除中。こっそり手伝ったら義父に怒られた。怖い。
庭側からしか入れない建物の半分は蔵だ。蔵は用事がないと入らないし家族で行う大掃除の時しか掃除しないことになっている。でもたまに掃除している。
暗くて怖いから好きじゃない。昨日義母と茶道具を出すのに入って嫌だった。
そうして夜になりロイは今日も残業みたいで帰ってくる気配がない。ヨハネは1度帰宅してから来訪なので義母と私は先にお風呂となった。
私が出た直後に義父が帰宅したので義父もそのまま入浴。
お水を足してヨハネが入る準備。薪を足して火を吹く。
しばらくしてカラコロカラ、と玄関の鐘の音と「こんばんは。ごめんください。ヨハネです」というヨハネの声が聞こえてきた。
私はお風呂係で義母に任せているからお風呂場に入ってお湯の温度を確認。問題なし!
熱かった時にぬるめる用の水瓶のお水もしっかりあるのでやはり良し!
居間には行かずに廊下をぐるっと回って2階へ移動。衣装部屋の鏡台で身だしなみを確認。乱れ髪を直して手拭いで汗を拭いて紅だけ薄く塗り直す。
浴衣にどてら、足袋で良いと義母に言われているので大丈夫なはず。
台所へ顔を出して義母がいなかったので居間へ移動。
居間はもうお鍋仕様に変更してある。それでヨハネとご挨拶。ヨハネは義父の左手側、いつもの義母の席の向かい側に案内されていた。
「今夜と明日、よろしくお願いします」
「ロイはまだ帰っていなくてな。ヨハネ君、先に風呂へどうぞ」
「ありがとうございます」
「部屋も風呂ももう知っているでしょうけどどうぞ。真冬は初めてですよね。部屋が寒くないか一緒に確認します」
義母が案内するから私は特にやる事がない。ヨハネは何度もこの家に泊まったことがあるそうだ。
彼はロイの親友だけど若い男性なので年の近い女性、私とは基本的に2人きりにならないものらしい。
海釣りの日にベイリーと2人で家まで走ってきたのも、信頼しているけどダメですと義母に軽く怒られた。
義母が居なかったりあまりに辛ければ私が働く。年が離れている女性なら良いの? 誰もいないなら良いの? という謎のしきたり。
旦那様の親友と密通、不倫する人がいるってことなのだろう。とんでもない修羅場だ。
「ただいま帰りました」
「お義父さん。失礼します」
「出世したら残業ばかりとは情けない。今夜はお客様がいるから何も言わないので先に着替えるように言ってくれ」
「はい」
居間を出て玄関へ行ってロイをお迎え。かんぬきをかけているところだった。
「お帰りなさいませ旦那様」
三つ指ついてご挨拶。でもすぐに立ち上がって帽子と鞄を受け取る。帽子は衣服掛け。それで次はマフラーと羽織りを預かる。
「リルさんただいま。ありがとう」
「ヨハネさんは先程いらっしゃってお風呂中です。お義父さんが先にお着替えをと」
「今夜はヨハネさんのおかげで説教を免れます。明日の夜に怒られるのか。リルさんの前ではやめて欲しい」
ロイと2階へ移動して衣装部屋で着替えのお手伝いというか脱いだものを預かったり干す。鞄からお弁当箱を包んだ風呂敷も出す。
「金曜日なのに明日は休みです。リルさん不足で辛かったです」
「1週間お疲れ様でした。残業続きで離れに放り投げられましたからね」
木曜の早朝、ロイはコソッと夫婦の寝室に戻った。義父が寝ていて目を覚ました義父にお説教。
水曜の夜、びっくりなことに義母と布団を並べた。木曜日の朝に寒かったからか、ロイと寝るようになった癖か義母の布団に半分潜り込んでいて目を開けて冷や汗。
おまけに「んっ……ガイさん……」という寝言と共に手を握られて焦った。やはり仲良し夫婦。義母が起きなくて安堵。
余計な事を思い出してしまった。
「お仕事が多いのですか?」
着替え終わったロイに抱きしめられた。うんと嬉しい。お見送り、お出迎えも禁止されていて昨日からようやく許された。
「出世後の通過儀礼です。つまり父も通った道。ヨハネさんは風呂ということは時間がありますね」
「ないです。夕食の準備があります」
「そうですね。はい。分かっています」
そう言いながらロイは離してくれない。私もこのままが良い。私はロイ不足。とても不足している。
「お弁当にマーバフが入っていました。ご飯ととても合いました。それにアサリとニンニクのバター醤油ご飯。旅行を思い出せたし美味しかったです」
「昨日平鍋が我が家にきました。マーバフはかつお出汁にしようと思っていたけど、かめ屋が試作した鳥の骨の出汁をもらえました。氷蔵で保管中です」
「かめ屋様様だけどリルさんは色々しましたからね」
「はい」
明日はかめ屋が集会所を使って「ヒシカニ汁」と何かを振る舞ってくれる。
かめ屋の旦那と義父他数名で海に行ってヒシカニが大漁で、漁師にカニが大漁の時は振る舞うと食べた人まで縁起が良いということにしてお裾分け会。本当は毛むじゃらカニ。
明日の午前中はヨハネのお茶会。ひっそり行う。お昼からかめ屋の振る舞いが始まりブラウン家の奥さん達も共同茶室で大寄せ茶会を開始する。小さなお祭りだ。
兄の働く南3区兵官6番隊の屯所とデオン剣術道場には日曜日に振る舞われる。
明後日の日曜日はリヒテン剣術道場から門下生が出稽古に来る日だけどロイは普段通っていない。
入門20年以上の成人門下生達やデオンが許可した者が参加している日。でも明後日は2人で挨拶に行く。
ロイは稽古に参加したいけど実力不足で出稽古を迎える側は却下で行くことしか許されていない。
ネビーは参加したりしなかったり。ネビーは職場の許可というか指示で勤務に合わせて好きな時に通えると先日知った。デオン剣術道場は基本月曜日と土曜日がお休み。
しばらくキスに夢中になっていたけど「夕食!」と2人共同じくらいに気がついて離れた。
名残惜しいけど2人で1階へ降りる。洗濯物とお弁当箱を忘れずに待っていく。ロイは居間で私は台所へ移動。
洗濯物は棚に置いておいて割烹着を身に付けてポケットにお弁当箱を包んでいた風呂敷を入れて夕食の最終準備。
全て揃ったのでお膳を運ぶ。まずはお客様なのでヨハネのところ。彼の嫌いな物はロイから確認済み。きゅうり禁止。
義父、義母、ロイ、私、おひつ、追加の薄切りお餅のお皿などをどんどん運ぶ。廊下にはお酒の準備。
ロイの予想はヨハネは明日の為に飲みたくないけど義父の誘いを断れないので「少しだけ」と飲む。
純米大吟醸牡丹光を薬缶に入れていつでも温められるようにして、赤い盃を4枚用意した。
最後にお味噌汁の入ったお鍋を火力を弱めにしてある火鉢の上に置く。
「リルさん、酒も頼む」
「ガイさん、緊張しているので一口だけいただきます」
「それなら自分も少しだけにしよう」
頼む、と言われる前にお盆を運び始めてヨハネのお膳の上に盃を置いた。義父達にも配っていく。
「お義父さん。純米大吟醸牡丹光にしました。まだ冷やです」
「いつも気が利くな。ありがとう。ヨハネ君。温めた方が良いかい?」
「いえ、手間を掛けますし鍋のようなのでそのままでお願いします」
ヨハネの近く、下座側に着席。ヨハネとロイの間。
「ヨハネさん。香物はカブです。寒いのでお味噌汁はお鍋形式にしました。具材は里芋と小ネギです。お好みでこちらの薄切りお餅をしゃぶしゃぶして下さい」
エイラから貰った紅白餅を1枚ずつ。カブも2枚。こっそり北極星。
「餅しゃぶですか。初めてです。ありがとうございます。お餅もカブも雪うさぎですね」
カブは全員だけどお餅はヨハネの最初のお餅だけうさぎ。時間が足りなかった。お味噌汁を少なめによそう。
「こちらは野菜あんかけです。旅行中に食べたボブレルス料理を煌風家庭料理にしました。ご飯に乗せても美味しいです」
「最近ロイさんが昼食に食べていたあんかけ料理ですか。気になっていたので嬉しいです。ありがとうございます」
煌風家庭料理という名の義父の好みの味。義母に確認して薄味から味付けして調整した。
「それから茶碗蒸しです。漁師さんがくれたイーゼル海老入りのたまご料理です。匙でお召し上がり下さい。器は熱いのでお気をつけ下さい」
「ベイリーさんから海釣りのことを少し聞きました。茶碗蒸しはロイさんが自慢げな顔で食べていました。嬉しいです」
「小さなイカは北区エドゥアール温泉街から持ち帰った川のイカ、プクイカで味噌漬け焼きです」
「ベイリーさんから聞きました。見て楽しいそうで見てみたいです」
「楽しいのでぜひ観察して下さい。こちらの佃煮は海釣りの際に漁師さんから買った珍しいメジガロという赤身魚の佃煮です」
事前に練習した通り喋れて安堵。メジガロ無料。たまご無料。茶碗蒸しの中身、氷蔵で殻付きで保存しておいた銀杏も海老も無料。餅も無料。
里芋は安売り——スカスカは嫌なのでその場で1個切ってもらった——なので割と安い。海釣りや銀杏拾い万歳!
プクイカも北極星ということで2匹にして1匹は義父へ。プクイカはまた3匹死んでしまった。
「薄切りお餅もご飯もおかわりがありますので遠慮なくお申し付け下さい」
お味噌汁をよそって回って自分の位置に着席。
今夜の私はロイとヨハネのお味噌汁をよそう係。義父の分は2回目からはいつものように義母がしてくれる。
「ではいただこう。ヨハネ君ようこそ我が家へ。母さん、リルさん、今日もありがとう。いただきます」
「いただきます」と全員でご挨拶。
「何から食べましょう」とヨハネはニコニコしてくれた。義母と何にするか考えて用意したから嬉しい。
「リルさん、お弁当のあの竹筒に入っていた豆腐のあんかけ料理はなんと言うんだ?」
「マーバフというお豆腐のあんかけです。豪華だとお肉を入れます。あと唐辛子で辛くすることもあるそうです」
「これもええ。この味で豆腐も合う気がするけどどうだろう」
「次のあんかけはそれにします」
野菜あんかけはもう少し濃い方がロイは好みそう。自分で作っておいてあれだけど私はこの義母と相談した味付けに満足している。
今日の1番の楽しみは何日ぶりかの茶碗蒸し。イーゼル海老出汁とかつお出汁を混ぜて作った。大満足!
「茶碗蒸しはしばらく毎日食べたいくらいだ。かめ屋にたまごを定期的に寄越せと言いたい。繁盛したら寄越せと言おう。リルさん、水曜日に弁当に茶碗蒸しが入っていて驚いた。ありがとう」
「私とリルさんはお昼に熱々を食べました。お弁当に入れたと聞いて私も驚きました。リルさんのお父上に竹の器と匙を作ってもらったそうです」
「ちんまりした匙に茶碗蒸しで大注目された。冷えても美味かったし竹の香りがまた良くて。夏は氷蔵で冷やしておくと冷たくてええ気がする」
「はい。夏はそうします」
旅行料理があると義父や義母は食事中も喋る。それでこうして欲しいというので覚えて後で書き付けしている。
ヨハネとロイは黙々と食べている。それでロイのお餅もご飯はもうない。早い。
「旦那様、お餅とご飯はおかわりしますか?」
「両方お願いします」
「ヨハネ君、珍しいな。そんなに緊張しているのか?」
「いえあの、珍しくて美味しいものばかりでどうやって作るのかなとか何の味かと考えていました」
ヨハネの趣味の1つは確か料理だ。
「嫁が教える。筆記帳などなければロイが用意する。なあ、リルさん」
「はい。何でも教えます」
この間火曜日に突然義父がアンソニーを連れてきた時もすこぶる褒められた。ホクホク。ホクホクだ。




