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11話

 長屋での宴会はロイが買ってくれた餅米で餅つき大会。正月にお金を出し合って行うこと。

 私の着物は淡い黄色に四季全ての花の柄があしらわれた訪問着。それから紅色に合わせ貝柄の帯。絞りの橙の帯揚げに青みがかった銀色の帯紐。

 ルーベル家から送られた着物一式。皇女様はきっとこういう格好をしている。着るのは結納以来。この姿を見たことがあるのは両親と兄だけ。

 着物のついでに自分も褒められたら嬉しい。化粧をしたし、髪型もばっちりなので悪くない姿だと思う。

 ロイは昨日とは違うお出掛け着。紺色の着物にねずみ色の羽織。


 長屋と長屋の間に並べられたほぼ板みたいな長椅子、杵と臼の近いところがロイと私の席。

 結婚に関する全ての費用を何もかもルーベル家が出してきたけれど、今回は私のかめ屋での花嫁修行時の奉公代と父の稼ぎで酒を振る舞う。

 それから餅を食べるのに使う醤油、砂糖、あんこ、きなこ、ごま、納豆などの購入代もそう。

 私は山のように宝物をもらったのに、うちはこれだけ。


 宴会は父の采配で進んだ。それでうちの家族が長屋の人々に酒を振る舞い、兄と姉婿中心に餅つき。

 母と姉と妹達がついた餅を振る舞う。

 友人知人に「おめでとう」を言われると密かに楽しみにしていたけど、友人知人はロイに「リルさんで大丈夫ですか?」と話しかけてばかり。

 無口。ぼんやり。のんびり。変わっている。昔からなので耳にタコ。わざわざ昔話をしないで欲しい。ロイの私への印象が悪くなる。


 ロイは酒を注がれては「ええ嫁です」と返事をしてくれた。それは救い。ひとまず、この1週間は「ええ嫁」の評価を付けてもらえたということ。

 私はその隣でもくもく、ちびちびとお酒を飲んだ。お酒はあまり飲んだことがないので、沢山飲んではいけない。帰ったら仕事がある。苦くて美味しくもない。全くもって楽しくない。

 挙句に厠へ行く際に「たまたま条件や時期が合っただけらしいのに、綺麗なべべを貰ってすまして感じが悪い」とか「ぼーっとしてつまらん子なのに」とか「長屋娘だからやはり要らないと出戻りするに1銅貨!」など、友人と思っていた娘達の陰口を聞いてしまった。

 姉と妹達まで混ざって「役に立たんとすぐ追い出される」である。賭けは「誰も出戻りはないに賭けないから意味がない」となって消えた。


 気が抜けたのは家の中で、ロイに頼まれた餅を使ったお弁当を2つ作っている時だけ。両親にだろう。

 割烹着姿で餅を丸めたり、持ってきたもので工夫するのは楽しい。

 と思ったのも束の間、母にモタモタしていると叱られた挙句に「帰ってこられても食わせられないから、何があってもルーベル家にしがみつきなさい」と言われた。

 そして「たまたま偶然嫁にもらってもらえたのだから、どんなことにも目をつぶって何もかも我慢しなさい」である。

 今のところ、我慢しないで楽しく過ごしている。新しい家族は全員優しい。夢のような生活だ。私も帰ってきたくない。

 

 15時にお開きのはずが、13時の鐘が鳴った後にロイが「本日はありがとうございます。仕事がありまして失礼します。皆さんは引き続き楽しんで下さい」と挨拶。私達は宴会場を後にした。


「リルさん」

「はい」

「仕事はなくて、実はこの後、職場の同期と待ち合わせしています」


 そうなのか。


「はい」

「帰りも少し遅くなると父上や母上に話してあります」

「はい」

「すみません。よそ者なので長居したくなくて。人見知りで」

「いえ。当たり前のことです」


 はみ出し者でつまらなかったから早く帰りたかった。ありがとうございます。そう言うか悩む。

 やめておこう。悪いことばかり話されたのに、ロイの私への印象がさらに悪化したら最悪。


「この後は立ち乗り馬車に乗ります」

「はい」


 停留所でお見送りということだ。立ち乗り馬車は結婚して初めて知った名前。

 ロイや義父は毎日通勤で乗っているという。私もいつか立ち乗り馬車に乗ってこの国の中心区を見てみたい。

 いつか立ち乗り馬車に乗ってみたい。見たことがないからワクワクする。

 特に皇居。岩壁だらけのこの国の皇居は花びらのような岩壁の中に造られて龍神王に守られているという。中心区の高い位置からなら見えるとか見えないとか。


「リルさん」

「はい」

「あれが立ち乗り馬車です」


 滅多に見たことのない馬2頭が、木製の四角い箱を引っ張っている。箱には襖も(すだれ)もない窓がある。窓というよりくり抜かれている?

 柄の彫られた綺麗な箱の中に人が何人か立っている。

 2頭の馬は紐をつけられていて、その紐を箱の正面にある椅子に座った人が握っている。

 箱の下には丸い板が回転していた。これが立ち乗り馬車。


「揺れるので自分に掴まって下さい」

「旦那様、私もですか?」

「ええ」


 立ち乗り馬車が止まり、ロイは四角くて平たい黒い小物を、馬の紐を握る人に見せた。それから財布を出して、いくらか分からないけどお金を渡した。

 ロイが箱の扉を開いた。先に乗ったロイが私の手を引き、高さのある箱に乗るのを助けてくれた。

 箱の中に入ると、ロイは天井からぶら下がる丸を掴んだ。ロイに「リルさんに吊革は高くて疲れるから自分の腕を掴んでて下さい」と言われた。片手をそっとロイの腕に添える。

 ロイは私が持っていたお弁当を包んでいる風呂敷を、天井近くにある棚に置いた。

 他には丸い柱が3本あって、そちらを掴んでいる人もいる。

 先に乗っていた人は8人で全員男性。みんな身なりが良い。

 馬が歩き出す。人が歩くよりは早いけど、想像と違ってそんなには早くない。そしてガタガタ結構揺れる。倒れると危ないと言われてそれでロイの腕を両手で掴んだ。

 しばらくして馬車は少し早くなった。歩くよりうんと早い。馬車の中では誰も話さない。なので私も黙っておいた。ガタガタ揺れるから、喋ると舌を噛みそう。

 さらにしばらくすると、馬車は速度を落とした。ロイが風呂敷を棚から下ろしたので、そろそろ降りると分かる。


 中心区より南にある南3区が私達の暮らすところ。結婚するまで区なんて概念を知らなかった。

 ロイの勤務先は1区にある。東西南北それぞれの1区は公務署や銀行などがあり、華族の住む地域。

 中心区の1区は皇居があって皇族が暮らし、政治に関する施設が集まっていて、上流華族の住む地域。

 自分達を含め、ぞろぞろと人が降りる。8人降りたので残りは2人。馬車が再び走り出す。あの立ち乗り馬車は中心区へ行くのだろうか?

 馬車を降りると、地面が細かい石を敷き詰めた道だった。ロイは何の迷いもなく歩き始める。

 木の長屋でも、灰色煉瓦と木を組み合わせたルーベル家やご近所さんの家や商店街や繁華街とも違う世界。

 くすんだ赤色系の煉瓦と灰色煉瓦を組み合わせた建物は3階建てや4階建てで大きいものばかり。光苔の灯籠(とうろう)も沢山ある。多少の起伏があって、階段が沢山。道の端には水が流れる細い溝。

 ここは高台の下の方。階段を登ると……どうなってるの? 建物や岩の壁で見えない。

 

「停留所近くの店で待ち合わせしました」

「はい」


 少し歩くと、かめ屋周りの商店街みたいな雰囲気になった。ただ赤煉瓦に白い石の建物が多い。あとは屋根が青かったり、赤かったり、同じ国なのにまるで知らない世界。ずっと歩いていたい。

 ロイが入ったのは「甘味処みつばち」という名前のお店。入店すると「おう」とこちらを手招きした男の人がいて、ロイはその席へ向かった。

 店員が「お連れ様ですね」と後からついてくる。ロイは短く「はい」と答えて会釈をした。

 席にいる男性は2人。ロイと同い年くらいで服装も似たような身なり。熊みたいな人と猫目のすらりとした人。


「こちらが嫁のリルです。遅くなりました」

「さっき来たとこです。初めましてリルさん。ロイさんの同僚のベイリーです」

「自分はヨハネです。初めまして」

「初めましてリルです。ベイリーさん、ヨハネさん、旦那様がいつもお世話になっています」


 しっかり会釈。それから笑顔。熊はベイリー、猫はヨハネ。2人だけなのですぐ覚えられる。

 ロイが先に座るのを待とうと思ったら、椅子を引いてくれてどうぞというように微笑まれた。


「旦那様、ありがとうございます」


 私が着席するとロイも座った。


「先に注文しましょうか」

「自分はコーヒーと、せっかくなので噂のはちみつあんみつにします」

「自分は抹茶で。それからはちみつあんみつに栗と白玉を追加します」

「餅をもらうのに白玉を食うんです?」

「餅は夜にいただくし、白玉好きですから。こういう店は男1人じゃ中々来れませんし」


 ベイリーとヨハネの会話より気になるのは、はちみつ? あんみつ! 栗! 白玉!

 2人が見ているお品書きを私も見ても良いのだろうか。


「自分はコーヒーで。リルさん。ここはあんみつを主役にしたお店です」


 ロイがベイリー達からお品書きを受け取り、見せてくれた。色のついた絵が描いてあって、そこに材料が書いてある。


(あんみつ、はちみつ?あんみつ、くろみつ?あんみつ、抹茶あんみつ、ほうじ茶あんみつ、小倉あんみつ、季節のあんみつは栗か芋。栗と芋もある)


 栗! 

 高い……。

 

「リルさん。どれを選んでも白玉やクリーム、季節のものを追加出来ます。はちみつあんみつが有名みたいなので、それにしてみると良いです。気に入ったらまた来ましょう」


 それは感激話。でもロイは甘い物を好まないんじゃなかったっけ?


「はい。ありがとうございます」

「リルさんなら白玉とクリームと栗を追加ですね。芋はどうします?」

「旦那様、そんなにたくさん追加しなくて良いです」

「なら芋はなしで。飲み物は抹茶とほうじ茶どちらにします?」

「抹茶は飲んだことがありませんので、ほうじ茶にします」


 抹茶もほうじ茶も高い……。外食で飲み物を頼むのは贅沢。どちらにします? と聞かれたからつい選んでしまった。水で良いと言うべきだった。


「それなら自分はコーヒーでなくて抹茶にするので、飲んでみて下さい」

「はい。ありがとうございます」


 ロイが店員を呼んで全員分の注文をしてくれた。私のはちみつあんみつにはクリームと栗2倍が追加された。ロイは小腹が減ったから栗だけ少し食べたいらしい。


「リルさん。ロイさんに早めに嫁さんに会わせろ言うたら、今日なら少し時間があると言われて来ました」

「今日は実家近所で小宴会と聞きました」

「餅つきをすると」

「ええ。リルさん、2人にこちらを」


 風呂敷を渡されて、途中から持たせてしまったと慌てた。特にそれについては……この場で咎めるわけないか。後で何か言われるかも。

 お弁当は両親ではなく友人にだったのか。決めつけないで聞けば良かった。でもロイも言わなかった。なぜ?

 

「お粗末ですが、本日は父が私の結婚祝いに餅をついて振る舞いましたので、旦那様がお世話になっているベイリーさんとヨハネさんにお裾分けです」


 挨拶の文言、これで合ってる? 義母とご近所に挨拶回りをして紅白饅頭を配った時の応用。

 風呂敷を開けて、風呂敷を畳んで、父の作った竹細工の弁当箱をベイリーとヨハネそれぞれに差し出す。

 

「ありがとうございます。聞いていましたし、楽しみにしていました」

「そうです。毎日無言で弁当自慢をされていましたので」


 自慢? そうなの? 無言なら自慢ではない気がする。

 ベイリーが弁当箱を開けた。


「ベイリーさん、店の中で……おお、綺麗ですね」

「ほお。中秋の名月といったところです?」

「はい。もう来週ですので」


 母親にこれは何? と言われたけれどヨハネはすぐ分かったみたい。これが身分格差だ。私が花嫁修行の時からひしひしと感じているもの。

 海苔を切ってうさぎ。卵焼きを作る時に作った丸は月。それを白いもちの上に乗せた。薄めの丸い餅を2つ重ねて間にみたらし。

 他は普通にあんこ、ごま、きなこ。それから昨日煮た野菜の煮物。なすときゅうりの漬物。卵焼き2種類。飾りにはススキを添えた。


「紅葉の形の人参に末広の大根。漬物も雅ですね」

「リルさんは器用で素敵な感性の持ち主ですね」


 その時、店員が来て弁当を眺めた。


「まあどちらの仕出し弁当です? ご飯ではなく餅とは珍しいですね」

「店内ですみません。見るのを待ちきれなくて。こちらの奥様のお手製です。先週2人が祝言を挙げて、今日の午前中に結婚祝いの餅つきをしたそうで、そのお裾分けです」

「まあ、それはおめでとうございます。それならお祝いのサービスをさせて下さい。その代わりこちらを少々お借りしても良いです?」

「自分は構いませんけど、リルさん、良いですか?」

「はい」


 褒められた。嬉しい。雅。器用。素敵な感性。嬉しい。長屋で下がった私の評価が上がりますように。ロイが「要らん」と言うかもしれない日は確実に遠ざかった。嬉しい。

 店員がお盆に乗せてきたコーヒーカップ——覚えた——や茶碗、湯飲み茶碗を机に乗せ、代わりにお盆にお弁当を乗せて店の奥に消えた。

 借りるって、客の弁当を食べることなんて出来ないだろうし、どうするんだろう?

 しばらくすると先程の店員と共に、白い服と帽子を来た中年男性がやってきた。お弁当もお盆に乗せられて返ってきた。

 それで「ご結婚おめでとうございます」と手土産あんみつを2つもらった。

 弁当を持っていった理由は分からないまま。

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― 新着の感想 ―
参考にされていると分かっていないのが可愛い
[良い点] 身分差というのはこういう事かとよく分かる。別に長屋の価値観が悪いというわけではないのですが、リルは長屋での評価は悪かったかもしれないけど、長所を認めてくれる人達に出会えて良かった。
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