海釣り編「夕食」
居間の机を義父母の寝室へ移動して長板の上に火鉢を置いて皆で囲んで夕食。
お鍋はアサリのお味噌汁。じゃがいも、人参、ネギ、大根入り。
昨日、芽や葉っぱが出かけのじゃがいもと人参を安く買えたので豪華なお味噌汁。
今日の席順は手伝うと言った義母がお膳を並べて上座の義父から左回りで義母、ベイリー、ロイ、私になった。そうなのか、と思ったからそのままにしている。
明日はロイの今年初めての出稽古日なのでお酒を飲むのは義父とベイリーだけ。
お酌係も義母のようで、私が準備した冷やの純米大吟醸牡丹光入りの薬缶と朱色の盃2枚もいつの間にか義母の近くへ運ばれていた。
「ベイリー君。今日のご飯は2種類です。貝の方がミディエドルマ。たまねぎとニンニクで炒めた味付けご飯を貝に挟んで炊いたものです」
今夜の夕食説明係も義母のようなので任せる。義母は嬉しそうなので私も嬉しい。
「噂の旅行料理ですね。ムルル貝は今日初めて聞きました」
「ウル貝はご存知?」
「はい。同じ貝ですか?」
「ええそうみたいです。殻が大きくて邪魔だから出汁を取ったら身を出して料理に使っていたからロイはウル貝の見た目を知らなかったそうです。
ベイリー君も同じかしら」
「そうかもしれないです」
「貝にご飯を詰めて炊くなんて発想は無かったです。東の……何でしたっけリルさん」
ムルル貝はウル貝。売るぞ! って貝。もしくは売れる貝? 今度魚屋で聞いてみよう。
「ボブレルス料理です」
「そう。こちらもそのボブレルス料理です。エグスイック。煌風に言うとたまごあんかけ。イーゼル海老入りです。嫁と2人で初めて作りました。平匙を使って下さい」
義母と2人で確認しながら義父が好みそうな味付けにしてある。今日のおかずはご飯に合うから白米も用意した。
「初ですか。イーゼル海老にたまごとは高級ですが、入手経緯は知っているので遠慮なく。それでお刺身はメジガロとウツドンですね。ありがとうございます」
「お味噌汁はアサリと野菜です。薄切りのこちらの紅白餅をしゃぶしゃぶすると良いです」
「餅しゃぶなんて初めて聞きました。それも旅行料理ですか?」
「ご近所さんが以前旅行した際に食べたそうで教わりました」
私がクララに教わって、紅白餅はエイラからのお裾分け。事前に義母が色々根回ししてくれたから義母のお手柄。
これで料理の説明は終了。義父のご挨拶を合図に食事開始。今日は大ご馳走で何から食べるか迷う。
「これが噂のイーゼル海老の味。大好きなたまご料理でさらに美味しいです!」
ベイリーは真っ先にたまごあんかけを食べてニコニコしながらそう口にしてくれた。
義父母もロイも1番最初にたまごあんかけを食べて親子3人似たような表情を浮かべている。
驚いたような、それでいて嬉しそうな顔だ。
「母上、リルさん、自分としてははれ屋より美味しいです。2人が父上や自分の好みに合わせてくれたってことですよね」
「お義母さんです。片栗料理本の鳥の骨の出汁が何か分からないので合わせ出汁にして、それから調味料の量を調整です」
「かめ屋の料理人が合わせ出汁を作っていってくれました。次回は自力だからここまでにはならなそう」
「ボフなんとか料理は鳥の骨の出汁を使うのか。うんと久しぶりのイーゼル海老の味は当然だけど、このとろとろしたこのタレが美味しい。ご飯が進む」
うんうん、とベイリーとロイがバクバクたまごあんかけとご飯を食べていく。
作ってみて思ったけどはれ屋の味付けも同じ合わせ出汁だと思う。鳥の骨の出汁はかめ屋が調べて試作してお裾分けをしてくれる予定らしい。
「母上、リルさん。ムルル貝ご飯もはれ屋よりこちらが好みです。薄味気味だけど旨みはしっかり」
「リルさん。たまごあんかけは無理だとして、このムルル貝ご飯は貝から身とご飯を出して弁当に入れられたり出来るかい? 手間暇が分からないので大変なら無理にとは言わないが」
「お義父さん。ムルル貝ご飯もたまごあんかけも入れられます。たまご焼きの代わりの茶碗蒸しと同じです。あの竹筒に入れます」
「お父さん。ムルル貝ご飯の手間暇だとまた夕飯。でもたまごあんかけの方は簡単です。生簀にイーゼル海老もマワリ海老もいますしアサリとかでも良さそう。ねえ、リルさん」
似た味で良いなら炊き込みご飯みたいに炊いても美味しそうな気がする。それなら朝からでも作れそうなので義母と相談しよう。
冬だから前の日の夜からあれこれ準備すれば色々入れられるし、私と義母のお昼まで問題ない。
「お義母さん。マワリ海老は海老フライにしたいです。蛤もいます」
ん? ムルル貝ご飯ってアサリや蛤でも似たようなものは出来るのかな?
「月曜日だ。月曜日にアサリで頼む。イーゼル海老や蛤は来週夕食に誰か呼ぶからとっておいてくれ」
「お父さん、急にはやめて下さいね。旅行料理でもてなして欲しいならそうして下さい」
「それなら水曜にする」
「分かりました。3人までにして下さい」
「茶碗蒸しとたまごあんかけはどちらの方がええですか? アサリご飯や蛤ご飯も美味しい予感がします」
「確かに。貝の中に詰める手間が減りますし、また違った味になりそう」
「リルさん、それはかなり悩ましい問題だ。あとフライ。海老フライってなんだい?」
「西風の天ぷらです。たまご、粉、パン粉で作ります」
「天ぷら……。あー……全部頼みたいくらいだ。困った。決められない。母さんとリルさんに任せる」
水曜日に3名お客が来る。忘れないように暦に書きに行った。
ロイのご飯が無くなったけど義母がおひつ管理をしているので今夜の私はお味噌汁係だけ。
「テルルさん、リルさん。手間賃とたまご代と蛤、いっそイーゼル海老を置いていくのでドドンと作れたりしますか? 月曜日にロイさんと昼休憩がぶつかったら羨まし過ぎて午後のやる気を失います」
「リルさん。今日ベイリー君に色々とお世話になったから月曜日は3つお弁当を作ってロイにベイリー君の分を持たせてくれないか? それならイーゼル海老だろうが何だろうが母さんとリルさんに任せる。ベイリー君、何も要らんよ」
「それなら明日ロイに作るお弁当を少し応用しつつはどうかしら。ロイは別としてお父さんとベイリー君に。リルさん、手伝います」
「はい、お願いします。ベイリーさん。ドドンではなくてちまちま弁当でも良いですか? お義母さんと作りたいです」
明日のお弁当作りに既に燃えているけど月曜日のお弁当作り燃えてきた!
「ご迷惑でないなら彩り弁当はうんと嬉しいです。しかし何も要らないとは気が引けます」
「そりゃあまた釣りだ釣り。リルさんの見張りが必要だ。岩穴に落ちたら困る」
「岩穴?」
義母に睨まれた。怖い。
「そうなんだ母さん。カゴに入った蛇みたいなウツドンが暴れてな。怯えたリルさんの足元がおぼついたところをベイリー君が助けてくれた。そういうことがあるかもしれないから事前にベイリー君やジン君に頼んでおいた。少し危なそうなところの場合は必ず見張りをつける」
「3月もイーゼル海老狙いですからあの岩場ですよね。休みが取れたらお供します。月曜日のお弁当は見張り代としていただきます! 昼休みを何とか合わせてロイさんの無言の弁当自慢の隣に並んで自慢顔をします!」
「そうしてくれ。それで釣竿とかめ屋の宣伝をしてくれ。この酒は美味いだろう。ロイがエドゥアール温泉街から持ち帰ってきた」
義父は無視している義母の怖い睨みを私も無視して食事に集中することにする。
ロイにも睨まれている気がするから見ないふり。2人に危ないことをすると釣り禁止って言われそう。
「大変美味しいです。帰る前にロイさんから噂のエドゥアール温泉街の事を聞こうと思っています。無事に祝言を迎えられたら行きたくて。ロイさんが先に行ってくれたので親の説得をしやすいです」
「ベイリーさん。新婚旅行ですね。旦那様が色々教えます」
私はロイと義母を見ないように体の向きをほんの少しベイリーと義父の方へ変えた。
「新婚旅行? 新婚で旅行。確かにそうなりますね」
「西の方では新婚旅行をするみたいです。異国の方と食事をした時に知りました」
義母とロイはこのまま無視する。義父とベイリーを見ておく。それからまだ誰もしていないお餅しゃぶしゃぶだ。
……これはお雑煮風みたいで好き!
実家でも出来るから手紙で教えよう。
「必要があればベイリー君やお相手のご両親には自分が色々話をしよう。かめ屋なら旦那の実家の旅館をおすすめする。華やぎ屋という老舗旅館だ。とても良い。贔屓してもらえるように頼める。ただ代わりに少し何か働かされる」
「ベイリーさん。少し荷運びとお手紙を届ける係です」
「ロイとリルさんから聞いた限りだと先に中央区、南地区の流行を書いておいて渡すのが良い。それから旅行中に食べた珍しいものを書き付けて渡す。あまり親身になると時間を取られるから先回りだ。まあ、近くなったらそういう話をしよう」
「今年はロイさんの背中を追いかけて平均より早い出世を目指しています。元々今年の試験が本命でコツコツ積み重ねているので自信があります。上司からもコソッとあとほんの少しだったと教えてもらいました。サボらなければ問題ないかと。それで祝言です」
「いやあ、ロイもだけどベイリー君も嫁取りとは月日の流れは早い。ロイ、後で浮絵……見ない方が良いか?」
「知りたいです! ロイさん、後でよろしくお願い……ロイさん?」
ベイリーがロイの不機嫌に気が付いた。
「リルさんは岩場禁止です」
「次からは穴が近くないところにします。岩穴で楽しく足をぷらぷらは我慢しました」
「そうだな。リルさんの言う通りだ。岩穴の狭いところに座ってもらったけど周りも大事だ。カゴ釣りでイーゼル海老を狙える気がするから場所も少し変えよう。なあ? ベイリー君」
「それは自分も思いました。リルさんだけではなくて他の全員の安全の為にも。いっそ当日に今日の船着場の漁師に聞きに行くのはありかと思います。あまり危険がないけどイーゼル海老が運良く釣れそうなところはありますか? と」
うーん、とロイは渋い顔。義母も似た表情。義母の席は遠いし機嫌の取り方も分からないけどロイは食事で釣るしかない!
「それにしても月曜日の弁当は楽しみだ。今日はまたしても珍しいものを食べていますね? と聞かれた時に妻と娘が凝ってくれたと言えるのは嬉しい。妻と、と言えるのが特に。母さんの調子が良いことが幸せだ。母さんはロイとどこへ行ったんだ?」
義母のしかめっ面がパアアアアアと明るくなった。
「ロイが招待券を用意してくれていてフィンセント展です。エドゥアール温泉街の絵もありました」
息子はかわゆいからロイとお出掛けは嬉しくてその話をするのは楽しい?
義母の機嫌の取り方はロイかもしれないと覚えておこう。
「母上の足の調子が良かったのでのんびり散策も。……お味噌汁にお餅しゃぶしゃぶはええですね。リルさん、お餅はもう無いですか? ご飯のおかわりを諦めるのでお餅を食べたいです。あとヨハネさんが来る次の金曜日にもお願いします」
「切ってきます。ベイリーさんもいかがですか?」
ロイの機嫌は私が釣る前に食事で勝手に直った。
「ベイリー君。食べられるなら遠慮せずお餅もご飯もどうぞ。ロイもご飯を食べたいなら食べたら? お餅はいただきものです。リルさんよろしく」
「はい」
台所へ移動してお餅を薄く切りながらふと考える。お餅の上の方に切り込みを入れて、そこを丸くして……出来た。うさぎっぽい。
ロイに1匹だけこっそり渡そう。私はリスっぽいけど月うさぎ。なので餅うさぎも私。
さらに機嫌が良くなったら岩場禁止や釣り禁止を忘れてくれるだろう。
居間に戻ってベイリー、ロイの順にお餅の乗ったお皿をお膳に乗せた。
ロイは無表情。少ししかめっ面。照れたのかご機嫌取りは気に食わないと思ったのか不明。笑顔なら分かり易いのに。ロイは時々難しい。
夕食後にコソッと「リルさんは食べられたいんですか?」と耳打ちされた。機嫌が良いのは良いけどそういう事は小声でも廊下で言わないで欲しい。
残業続きのロイは「今週は残業ばかりだったから土日も離れで寝ろ」と今夜も義父に離れに放り投げられた。海釣りは楽しかったけど寂しい。
海釣り編は終了です。
次話は海釣りロイ編1話「お弁当」でそこからヨハネお茶会編の予定です。思い付くからもう少し日常編を続けます。
今回の話の翌日日曜日が兄ちゃん編8、9、10。その翌日月曜日が次話です。




