海釣り編「おしゃべり」
来週の土曜日は祝日でロイ達は1日お休み。その日にこの町内会の共同茶室でヨハネが亭主のお茶会が開かれる。
「そういう流れになりましたか。エリーさんが付き添い人を帰してのびのびしたいとわがままで。エリーさんのお姉さんにすっかり信頼されてるのはええですけど急に帰るんですよ。なのでロイさんとリルさんに付き合ってもらおうかと思っていましたけど2席目があるのですね」
ベイリーの発言に困惑。エリーって誰。エリザベスは?
「誰かに見られて密告されたら困りますけど困らないんですか? そういうことを知らないままで終わったので教えて下さい」
ベイリーはロイの質問に答えず、私を見て目を大きく見開いた。
「リ、リルさん! すごいしかめっ面ですけどロイさんと2人でお出掛けしたいですか⁈」
「ベイリーさん。エリーさんとはどなたですか? エリザベスさんは?」
「リルさん。愛称です。同じ女性ですよ」
ロイに言われてホッとした。
「それならええです」
ベイリーにもロイにも笑われてしまって恥ずかしい。
「2区から3区へ出掛ける方もいるので困ります。店内で席を離してくれるとか、公園で見える範囲で離れてくれるなら良いですけど嘘や規則破りで風向きが悪くなったら困ると言うても平気平気って。楽観的な性格でして」
「ベイリーさんがひたすら隠し続けてきた方とお会い出来るなんて嬉しいです」
「ロイさん。それも自分のところの町内会では本来祝言日が決まってから友人に紹介だからです。私達の為に泣いてくれたなんてリルさんと今から会って仲良くすると言うて。結納までしたらもうこっちのもの。駆け落ちでも何でもするんだからしきたりとか規則とか知らんって」
呆れ顔をしたけどベイリーは少し嬉しそうに見える。
「ベイリーさんはお尻に敷かれるんですね」
ロイが愉快そうに笑った。私もこの話は楽しいので笑ってしまった。
「向こうの家には事情を説明して頭を下げに行きました。エリーさんもしおらしい顔で色々言うたみたいです。どこの家の嫁になるにしても必要だから多くのお嫁さん達から話を聞きたいとか、姉がしっかり見張ってくれるから問題ないとか」
「普通逆ではなくて? 連れ込まれるからとか手を出されるから見張られる訳ですし」
「会ったら分かります」
肩をすくめるとベイリーはまた呆れ顔。ロイがどういう女性なのか尋ねてもベイリーは首を横に振るだけ。
「ベイリーさん。2席目は盆略点前の見学で短いです。リルさんが3月から茶道教室に通うからです。茶室は2階建てなので待ってていたたければええかと」
「ありがとうございます。出掛け先は当日決めたいそうです。3区には中々来ないからリルさんから直接お店などを聞きたいと。よろしくお願いします」
頭を下げられたのでロイと私も「こちらこそ」と頭を下げた。
「これ、ヨハネさんの話し合いというより自分達の話になっていますね」
「流れを伝えられて良かったです。最近昼は会わないし、帰りも自分が残業で一緒に帰れずですから。細かいところを聞きそびれます。茶席前ではなくて出掛ける前にベイリーさん達にプクイカを見せます」
「その方が慌ただしくなくて良いですね」
前日、ヨハネは義母と準備をする為に仕事後に一度帰宅。その後にルーベル家に来て泊まることになっている。
翌日はベイリーとエリーと一緒にお出掛けの予定。すこぶるワクワクする。
「そうそう。アレクさん達がロイさんはいつになったら自分達にもお嫁さんを紹介するんだとぶすくれています」
「いや、予定が中々合わないだけじゃないですか。手紙を送っても忙しくて返事を忘れていたとか年末年始は忙しいと。ウィルさんは月末の土曜日に会います。まあ自分も皆もどうせこう思っています。花見があるからよかって」
毎年恒例、4月の最後の週の祝日は中等校、高等校時代の友人達と花見。
遅咲き桜もあるので場所を探すし、目的は集まることだから葉桜でも良いらしい。
ロイから友人達に紹介すると言われている。
「お義母さんが盆略点前を披露したらええと言うていたので練習します。多分下手です」
「料理は大変ですけどしてくれると言うので少しだけ頼むことにしました。花見団子とおかずの2段です。あとはいつものように分担で」
前日にロイの友人——ベイリーとヨハネ以外——が誰か我が家に泊まりに来るかもしれないとも言われている。
親しくしている6人の友人達は花見の前日は2人ずつや3人ずつ分かれて誰かの家に泊まったり、時には6人でぎゅうぎゅうになって寝たり色々してきたらしい。
花見のその前日は夜中近くまで飲み会だとか。父やネビーもそういうことをたまにしている。
母やルカも夕食後に「相談があるらしいから今夜は友人の部屋で寝る」とお泊まりへ行くことがある。
私にもいつかそういうお泊まりをし合う友人が出来る日は来るのかな?
「おお、それは楽しみです。去年の花見はロイさんがいきなり結婚お申し込みをするから助けて下さいと土下座したので全員酒を吹き出したなぁ。あはは」
そうなの⁈
「そういう話はせんで下さい。ベイリーさんは父とそろそろ対局。1局対戦しないと帰さないと思います。準備しますね。リルさんはそろそろ台所の様子見をお願いします」
私は聞きたいような、でも聞いてはいけないような話。話したくないと追い払われるみたいだから諦める。
「はい。ベイリーさん。失礼します」
台所へ行ったら義母が椅子に座っていて、隣に義父が立って肩に手を回していた。楽しそうな笑い声。
(仲良し。つまりおじゃまむし……)
なので居間へ戻った。
「旦那様、2人でプクイカを楽しんでいたのでおじゃまむしです。お義母さんは私を呼びに来ると思いますか?」
「うーん。それは正解が分かりません。障子を開けずに聞いてみたらどうでしょうか?」
「はい」
ロイに相談して良かった。台所へ戻って障子を開けずに声を掛けた。
「お義母さん。そろそろ夕食を作りますか?」
しばらくしてスッと障子が開いた。
「色々してくれましたし難しくなさそうなのと手がよく動くので最後の方だけ呼びます。ロイとベイリーさんのおもてなしをお願いします。後はお風呂ですね」
「はい」
義母は多分料理を沢山したいけど手足の関係で出来ないから私に任せている。
なのでしたい時にはうんと料理をして欲しい。居間に戻ってロイへ報告。
「それなら風呂も雨戸も自分がします。風呂はまだ早いからええか。寒いから雨戸だけ閉めてきます。リルさん、海釣りで疲れたでしょう。2階で休みますか? ああ。たまには父以外と対局はどうですか?」
「リルさんは将棋も覚えているんですか。それは興味あります」
「父の機嫌が良くなると思って教えました。そうしたらリルさんにほぼ毎日詰将棋です。2、3日に1度は対局」
私は賢くなれそうだし義父の機嫌も良いから楽しいけどロイは呆れ顔になった。
「楽しいです。でも弱々です。なのでベイリーさんが呆れないなら対局してみたいです」
「ベイリーさん。リルさんは裸王と10枚落ちは卒業しました。現在8枚落ちで完敗です。お前は勉強してろとかリルさんは忙しいから洗い物をしてこいと言うて父は楽しそうです」
その間ロイは義母の肩を揉んだり色々している。日々の感謝もあるけど2人で親孝行するとまた旅行か何か贈られるかもしれないという下心もあり。
駒と将棋盤はもう準備してあったのでベイリーと向かい合って座った。
「8枚落ちにしてみますか。エリーさんは将棋好きです。そこが共通の趣味なので来週聞いてみて下さい」
「はい。お願いします」
弱い方は王将ではなくて玉将。パチパチと駒を並べる。挨拶をして開始。先手をどうぞと言われたので駒を動かす。
「リルさんはロイさんには勝ちましたか?」
「旦那様は私とは山崩ししかしません。座る位置……何でもないです」
恥ずかしいことを言うところだった。攻める駒は飛車や角。玉は守るから離す。それで守りを集める。義父に教わった通りにする。
「座る位置?」
「トランプや山崩しで真剣勝負をして負けたら小さな頼み事を聞きます。毎回ではないですけど」
思いっきり質問を無視してしまった。
「へえ、そんなことをしているんですか」
気にしないでくれて良かった。優しい。
「はい。サンドイッチを作って欲しいとか散歩に行きたいとかです。ベイリーさん。考え込むと喋らなくなるかもしれないです」
「ロイさんが言うていました。リルさんは集中力があると。特訓されているだけあってしっかり駒組みをするのですね」
私は小さく首を横に振った。
「他のことを勉強中であまり将棋の本を読む時間がないですし賢くないので全然覚えられません。お義父さんに集めたり離したり守れと言われました」
「自分で考えて強くなれ言うことですね」
「はい」
この間義父に聞いたら格上の駒を取る為に格下の駒を犠牲にすることも大切らしい。
私はどの駒も仲間だから取られたくないけどそれではダメみたい。
しばらくしたらロイが来て私の後ろに座った。肩に手が触れたので思わず勢いよく振り返って首をブンブン横に振った。
「ああ。つい。すみません」
ロイは慌てて私の隣に移動。
「うわあ。座る位置ってそういうことですか。年末の試験に受かったらすぐに祝言しよう。あはは」
「座る位置? リルさん何か言いました?」
「口が少し滑りました。旦那様と同じうっかりです」
「その位置では対局出来ませんね。いや、難しいけど出来ます。そうですか。自分は結納済みだからええですけど、ヨハネさんその他には睨まれますよ。あはは。ロイさんがあはは」
お腹を抱えるとベイリーはクスクス笑い続けた。
「だ、だ、旦那様はベイリーさんの隣に座って下さい」
「えー……」
ロイはぶすくれ顔になった。
「その顔。あはは」
なおもベイリーは笑い続ける。
「旦那様、早く移動して下さい!」
「珍しい大声を出してそんな顔で怒らないで下さい」
仕方ないなぁという様子でロイはベイリーの隣に腰掛けた。
「ロイさんこそお尻に敷かれていますね。皆に言おう」
「それなら自分も言いますよ」
「いやいや、そこはヨハネさんの話にしましょう。そうです。髪型はどうしよう、着物はどうしよう。茶会の次は芝居へ行くか、美術館にするか、散策が良いかとブツブツうるさいです」
おお、聞きたかったことを聞けた。中々タイミングが無かったけどこれぞ棚からぼたもち。
ロイに恥ずかしい思いをさせられたからその分かな。
「ヨハネさんは本人に聞けば良いと思います」
「おっ。ということはお相手の女性の反応は悪くないのです。ロイさんは知らないと」
「ベイリーさん、旦那様、ヨハネさんはワッて集まった縁談をどうしているんですか?」
「リルさんに言いませんでしたっけ。ヨハネさんは袖にされるまで他の方とは簡易お見合いどころか文通もしませんと言うています」
「簡易お見合い前は女性と喋るのに慣れたり色々な方がいると知りたいと言うていたけど真逆になりました」
言われてない。そういう大切な話はしておいて欲しい。でも私の方がうっかりだし、ロイは去年は試験勉強、年明けからは残業続きで帰宅後は説教。疲れているので仕方ない。
ロイは現在毎日離れに放り投げられて私とあまり2人になれないようにされている。
「ヨハネさんは同時並行をする気は無くなったようです。急ぐ理由は何もないから1人1人とゆっくり向き合いますって。でもあれは違う。単に気に入ったんですよ。たまにボーッとしています。あのヨハネさんが!」
「楽しくなさそうだから誘ってええのかとか、ため息をついたと思えば急に笑い出すから愉快です」
「ロイさんは人のこと言えませんよ」
「えっ? 絶対にベイリーさんも同じです! そないニヤニヤ笑わないで下さい!」
「そっちこそ尻に敷かれるとはなんですか!」
「それはベイリーさんも言いました!」
ロイとベイリーは掴み合いになった。
えー……内容は違うけどネビーと友人達みたいだか放っておこう。さっきからベイリーの将棋は初心者で弱々の私から見ても雑な気がする。
駒もらい。
「ちょっ。リルさん、何しれっと駒を進めているんですか」
「おお、リルさん優勢ですよ。ベイリーさんはまた父に負けますね」
「ロイさんだって勝てないと言うているのに!」
負けません! とベイリーが駒を進めた。集中していないみたいで角道を開けてくれた。
私は成るぞ!
「あっ……」
気配がして顔を上げたら義父が隣に立っていた。
「騒がしいと思ってきたらなんだこれは。ベイリー君、酷いことになっている。さすがリルさん。自慢の弟子だ」
「これはですね、ロイさんが邪魔をしました」
「残念ながらリルさんの勝ち逃げだ。リルさん、そろそろ台所を頼む」
「はい」
「よしベイリー君。この続きからしてみよう。自分がベイリー君側だ」
「まさか。それなら負けません」
義父が盤を回した。会釈をして失礼しますと残して台所へ行くと、義母はまだプクイカを眺めていた。




