海釣り編「バチ当たりは怖い」
約半年前は拭いていた長椅子に座ってお喋りとは不思議な感覚。
「ガイさん。自分も母に言うて半分ご近所さんに振る舞うようにします。漁師に縁起カニと言われませんでしたね」
「怒らせたら怖いカニというのもな」
毛むじゃらカニの名前は言わない。ヒシカニが大漁だったという話にすると改めて決定。
少しして従業員が来てお茶とかりんとうをくれた。
「お義父さん。食べてないのに縁起カニの効果が出ました。我慢していたかりんとうを初めて食べられました。これは好みです」
今のところ私は甘いものは何でも大好き。
「我慢していたって、高くもないのにかりんとうよりたまごを買う、平鍋を買ったと言うから。小型金貨1枚で売ったら色々買えたぞ。リルさんの頭の中は分からん」
「平鍋は必要です。かりんとうよりたまごです。たまごは大好きです。家族もたまごが大好きです。喉がカラカラのぐったりはもう嫌です。旦那様もびしょ濡れで疲れたと」
「あの接待、そんなに嫌だったのか」
「はい」
誰にも言ってないけど私はロイと2人でお土産を選ぶことを楽しみにしていた。贅沢をしたから仕方ない。
「ガイさん、ロイさんにもどんな接待だったのか聞いてみます。欲張るとバチが当たるかあ。そういうことを考えたことは無かったです」
「自分もだ。なのに息子はそういう考え。妻がそうだったと最近知って驚いた」
「母の言いつけを破ったら怪我をしたり熊に遭遇して蜂に刺されたりしました。昔から独り占めなどをすると嫌な目に遭います。母の言う悪さをするとバチが当たるのは本当です」
家族で山に行った時に松茸の群れを見た気がして、あれを全部取ったらお菓子を買ってもらえるかも! と張り切って1人で山に行って松茸探し。
取りすぎたら来年生えなくなると言われたのに松茸を沢山とってホクホクしていたら恐ろしい目にあった話。
「秋は腹減りしないのに欲張ったバチです。カゴを振り回して逃げたから松茸も全部なくなりました。医者代もかかってうんと怒られました」
「リルさんのご両親の性格なら医者代ではなくて恐ろしくて心配で激怒だ。親になれば分かる。熊に蜂……リルさんよく死ななかったな。蜂に一度に何度も刺されたら死ぬと言うぞ。海やら山へ勝手に行かないように」
「はい」
義父に怪我の時は何があった? と聞かれたので話した。
「河原に綺麗なお皿が落ちていて兄ちゃんに言ったら売りに行こうってなりました。レイが生まれた次の年くらいです」
「10年くらい前か。綺麗なお皿?」
「そういえば宿屋ユルルで見た花瓶と似ています。薄い水色、緑みたいな色のつるつるのお皿です」
「それ青磁じゃないか? なぜ河原に落ちている」
青磁?
質の良いものは作るのが難しい高級な焼き物らしい。なぜ河原に落ちていたかってなぜかは知らない。
「お金や高そうな拾い物は届けるとは知らず。兄ちゃんは知っていたのに無視。兄ちゃんにくっついていって売って……いくらか知らないけど銀貨だった気がします」
「うーん。青磁はピンキリだから何とも言えん。そのピンも安くない。何も知らない子ども相手だから安く買い叩かれただろうな。なぜ皿が河原に落ちていたんだ? 誰か落としたなら割れそうだけどな。割れていたのか?」
「記憶だと新品みたいでした」
「ガイさん、謎ですね。花カニやら松茸の群生などリルさんはやはり運が良いのでしょう」
「そうかもしれん。近所公園でも松茸をとってきたしな。旅行話は目が点だった。リルさん、それでどうなったんだ? 売りに行って怪我とはどうした」
私は続きを話した。ネビーと2人でこっそりそば屋でお揚げさんと海老天両方乗せという憧れを叶えた。しかも大海老天。
その頃は大貧乏ではなかったけど外食は高いから貯金優先でお祝いの時だけ。半分にして交換ではなくて両方ドドンって乗せた。調子に乗って刺身も1皿追加。
皇女様になった気分で幸せでホクホク。
「帰り道に人にぶつかりました。モタモタだし周りが楽しくて余所見です」
「そうか。それで転んで怪我か」
私は首を横に振った。熊と蜂よりはマシだけどあれもそこそこ怖かった。
着物が汚れて破れて買い直さないとならないと難癖をつけられた。
怒鳴られても戦うネビーと怒り狂う男にビクビクして怖くてジリジリ後退。それで荷車にひかれた。
「えー……リルさんそれは大変でしたね。10年くらい前ならまだ6歳前後。さぞ恐ろしかったでしょう。お兄さんが守ってくれたのは不幸中の幸いです。子どもに難癖つけても金は出てこないのに何故でしょうか」
ベイリーは小さかった頃の私のためなのか怒り顔をしてくれた。
「親が出てくると思ったらネビー君が徹底抗戦して火に油か? 彼も子どもだから金づる親が出てこないなら引っ込むはずだが……。周りの大人も何をしている。ケンカはどうなったんだ?」
「兄ちゃんが放り投げて、周りの人も子どもに難癖するなと追い払ってくれたらしいですけど怖いのと痛かった記憶しかないです」
「そうか。怪我は大丈夫だったから今元気なんだな。それは良かった」
「すり傷とねんざです。残りのお金は医者様や塗り薬代で消えたと言われています」
ねんざは人生で1度だけ。その時のねんざだけだ。
「軽症で済んだってことは速度の遅い荷車だったんだな」
「覚えてないです。お母さんに高そうな拾い物を届けなかったから、売ったお金をくすねたからバチだ! と激怒されて夕食と次の日はご飯抜きです」
「厳しい折檻ですね。それに熊や蜂の件。欲張ったら怖いと思うようになりますね」
「すこぶる大漁だった川海老を食事係だからとコソコソつまみ食い。ついつい沢山食べた翌朝に蛇に噛まれたこともあります」
「えー……。リルさんって運が強い分不運も強いんですかね。いやバチか。不運だけはないですか?」
「覚えている限りではうんと嫌な目に遭う前には必ず良いことがあってバチ当たりなことをしています。洗濯前にしっかり蛇をポイポイ投げたのに、いなかったはずなのに噛まれたんです。絶対バチです」
ガイとベイリーが首を傾げた。何?
「長屋だと洗濯前に蛇をポイポイ投げるんですか?」
「実家近くの川の周りは蛇が多めだから洗濯前にしっかり探して遠くへ投げます。練習もかねて誰が1番遠くまで飛ばす遊びもします」
私は割と得意。蛇投げするならリルちゃんが決戦相手とか、リルちゃんがいないとつまらないから呼ぼうと言ってもらえる楽しい遊びだった。
「危険だから駆除……蛇は蛇副神様だからなぁ。それでその辺りの人達も殺すのではなくて投げるのか? リルさんが無事だから毒蛇ではないんだな」
「よく見かけるのは小さめで青っぽい色で毒は無いです」
「ヤドカリ投げをし損ねたから今度してみたいです。予定が合えばジンさんと競争。ロイさんもしたいって言いそう。毒がないなら安心です」
「安心ってしばらく痺れて歩きにくいですよ」
「それはつまり毒を持っているってことですよ! 毒蛇じゃないですか!」
ベイリーのびっくり顔に私がびっくり。皆あのちび青緑蛇には毒は無いと言っていたけどそうなの?
「噛まれたら死ぬしましま蛇とは違います。長屋の男達総出で定期的にしましま蛇退治をしてくれます」
「ロイさんが毎日楽しそうなのはこういうことでしょう。知らない世界や価値観で愉快です。リルさん、ジンさんとまた釣りに行きたいのでよろしくお願いします」
「はい」
そんな風に雑談していたら料理人長、料理人2人、台車、大きな包丁やまな板などの道具、たまご30個がやってきた。
大荷物は何故なのか気になる。義父が促したので皆で出発。
「いやあ、副料理長とじゃんけんをして勝ちました。毛むじゃらカニを下処理なんて人生で1度あるかないかです。見習いなんかにやらせません」
義父の隣で料理長はホクホク顔。
「俺達はじゃんけんで勝ち抜きました! 副料理長が自分とじゃんけんをして負けたら譲れと言いましたけど夜の仕込みに向けて副料理長まで抜けたら困ります」
「ギルバートさんでさえじゃんけんです! 運が悪いと縁起カニに負けると言うて大騒ぎしました!」
台車を引く料理人も押す料理人も楽しそう。私も楽しみ。
「大事になったけど母さんに言うてないな。怒られるか? いや台所はリルさんに任せていると言うているからな」
「お義父さん。早歩きして伝えてきます」
「お嫁さん。それなら自分も行きます」
ベイリーと2人で早歩きをしてルーベル家を目指した。




