海釣り編「売るぞ、毛むじゃらカニ2」
私は思い出せる限りのバレルとの会話を話し続けている。
「話下手で毛むじゃらカニの話にもっていけなくて、それならきっと喜ぶからバレルさんのお嫁さんが西風料理店へ行けるように色々教えました」
「西風料理の作り方から安くて美味しいそこのミーティアの場所や材料の買い方も教えたのか」
「はい。顔も知らないけどバレルさんのお嫁さんは嫁仲間です」
「カニの話に中々持っていけなくて、そのバレルという漁師もわざと話をしなかったと。いや、卿家のお嫁さんと喋りたかったのか? リルさん自体と話し続けたかったのか? 話を聞いているだけでは分からん。次は何の話をしたんだい?」
次は確か……。
「卿家のお嫁さんは毎日何をしているかと聞かれました」
「つまり俺達が上流華族の奥様やお嬢様に憧れるみたいな感じってことだな。海辺にも卿家はいるはずだけどいないのか? 考えたことがなかった。リルさんはそれで自分の生活を教えたんだな」
「はい。新米嫁なのでまだ料理洗濯掃除買い物に繕い物などの家事や勉強をしていると教えました。漁師の嫁と似ている、卿家には手伝い人がいないんだなと言われました」
「卿家は庶民だけど誤解されがちだ。まあ、金を溜め込んでいるのは知っている。手伝い人を雇えないのではなくて他人に家守りをさせたくないからだけどな。卿家とは仕事と信用信頼。ガイさん、そうだよな?」
ロイもそういえば私が病気になったら人を雇って助けてもらうという話をしてくれた。義父を見たら肩をすくめて苦笑い。
「貯金や家計は世間の想像とは違う。ただ、確かに住み込みの奉公人は雇える。特に我が家は既に息子が4代目の条件を満たしてくれて働いていて4人家族だしな」
「まあ跡取り息子に何かあったら大事だし卿家は事業、商売とは違うから金を蓄えておくのは当然。平家落ちに備えた生活習慣は大切。数もそうだし卿家は基本卿家とつるむからそういう事はやはり中々知られていないな」
「その通り」
特別寺子屋か高等校で勉強したはずのネビーも華族みたいなお金持ちと誤解していた。
実際私から見たら何もかもお金持ちなので誤解ではないけどうんと大金持ちではない。
「リルさん。漁師の嫁みたいと思われて次はどういう話をされた」
「バレルさん達は卿家の役人でないとあまり相手をしないそうです。他の家の役人はあまり好きではないと」
「あるある話だ」
「カニの話に繋げられない話下手。交渉下手。私には無理。疲れたのもあってタイミング作りを放棄して身分証明書は要りますか? 毛むじゃらカニを4匹売ってもらえますか? と聞きました」
「いや、そうしないとあれこれ聞かれ続けただろう。多分そのバレルさんは交渉のことなんて忘れていた。憧れで釣りや海が好きな卿家のお嫁さんと話せるのが楽しい、嬉しいとかだ。卿家のお嫁さんというよりこうなるとリルさん自体だな。それで売ってくれたのか?」
そうなんだ。つまりタイミング作りを放棄しないと私は延々とバレルと話をしていたことになる。
忙しいから後で来いと言われたからどこかで終わりだっただろう。その時が本当のタイミングだったってこと。
「いえ。ぼんやりでまた交渉下手です。義理の兄と釣りなら弟は、私の旦那は何だと聞かれました。旦那さんの言う通りバレルさんはジン兄ちゃんをガイ・ルーベルだと思っていました。その場に居なかったのに旦那さんはそれを見抜いてすごいです」
義父をチラリと見て助けを求めた。困り笑いをしている。
「そこからは大体ジン君に聞いたから分かる。ロイの肩書きが分からなくて事務官はどんな仕事をしているか聞かれてリルさんが簡単に説明した。何かの裁判関係で再調査後に勝訴があったらしく事務官がそういうことに関与すると知って好印象。次からは裁判官だけではなくて事務官も卿家を指名すると言われたそうだ」
「それも卿家あるあるだな。その信頼をぶち壊すと大変な事になるがそれもガイさんやロイ君の仕事だ。むしろ卿家全体の仕事だな」
「リルさんはそういう家で毎日重労働の家事や節約をしていて母親は病気。父親、つまり自分は兵官の親玉。その漁師の認識だと中央省所勤務だと格上卿家みたいで、格上卿家なのに手伝い人も雇えないなんてと不憫がられた」
「それで毛むじゃらカニ6匹か」
「言うていました。今旦那さんが説明してくれたことをバレルさんは他の漁師にザッと言って、1匹2銀貨で毛むじゃらカニを売りたい人はいるか? と大きさを競い合ったり西風料理の話をしたりワイワイ楽しそうでした」
「リルさんになら縁起カニをぜひ売りたい、買って欲しい、自分からがええと騒いでいるのによく分からずに楽しんでいたってことだな」
解説されたら私はぼんやり嫁。かめ屋の旦那は呆れ顔。
「身分証明書をもう1回見せろと言われて全員の名前を覚えた、名指しで意見書を出すと言われたそうだ。華族からもっと税金を取るべきだから組合から意見書を出すとか、裁判所の卿家の給与を上げさせると言うてくれたらしい。それで悪い知らせだ。これは我が家の名前を使って回避してくれ」
かめ屋の旦那が顔をしかめた。
「想像はつくけど聞く。なんて言われた」
「又聞きだけどこういうことを言われたらしい。格上卿家に手伝い人がいないなんて税金泥棒がいる。中央裁判所の卿家職員の給与を上げろという意見書を出すけど腹が立つから税金泥棒っぽい相手の店や料理人にはしばらく敵対する。個人ではなくて船着場、下手したら知人にも広がるな」
「卿家がこうした、華族がこうした、皇族がこうだ兵官やら火消しやら商売人は毎回毎回とばっちり。ルーベルさん家の信頼の傘は着たいが何かあった時に一蓮托生も困る。そこは自分や幹部達の腕の問題。うまく付き合っていく」
義父が私を怒らなかったのはよくある話の1つだからみたい。それは改めてホッとした。
「息子が付き添いをして通院なんて母親の病気はかなり悪いと誤解したかもな。ロイ君は単にテルルさんのご機嫌取りだろう? 6匹12銀貨には首を傾げるけど納得もした。おいガイさん。最初の話と全然違うじゃないか」
「そうか?」
「娘がぼんやりだから父親もぼんやりか。義理の親子なのにな。テルルさんなら話が通じそうだから考察会をしよう。この話は非常に役に立つ」
えー……。義母と話すの……。
旦那がぼんやりと言ったし自分でも理解したので今回のぼんやりも旅行時のぼんやりと同じで叱られるってことだ。辛い。
「ギルバートの嫁は華やかな看板娘がええとか言うたバチだ。本人も同じ調理場で働くのは悪くないとか言うのに渋った俺の目が悪くて毛むじゃらカニの定期仕入れ……してくれないか? ルーベル家全員が必要だ。毛むじゃらカニを売られた理由の1つはテルルさんの健康を祈ってだと思う」
華やかな看板娘。私はのっぺり顔の地味顔。その通り。
……⁈
「お義父さん!」
「おお、いきなり珍しい大声を出してどうした」
「毛むじゃらカニでお義母さんが元気に長生きします!」
これは朗報。小躍りしたい。
「お、おうリルさんありがとう。そんなに喜んでくれて」
「私はお義母さんがいないとうんと困ります。それにお義母さんに何かあったら家族全員辛いです」
「そうか。コホン。定期仕入れの交渉なんてしない。遊び釣りに許可証を持っていったことも関係しているから無理。次の海釣りについてくるんだな。いや、商売人とくっついていると知られたら何も売ってくれなくなる。弟まで来たし息子さんの名前まで教えてくれて、また来いと言うてくれた。そういうことを言うなら毛むじゃらカニは売らん」
えー……。実家に2銀貨……。
ルル達に中古の反物を買って祖母や母が仕立てて町内会に来てもみすぼらしくないように準備中だから食費がかつかつ。腹減りはない。
今日の収穫と2銀貨でかなり助かるとジンと話していたのに……。
縁起カニで父達の職場の売り上げがあがってお給料上昇や特別手当が出たりするかも。
売らないなら食べるしかない!
「話を聞いて分かっている。そもそも毛むじゃらカニの定期仕入れなんて誰にも出来ない。言ってみただけだ。それでガイさんはこの幻の縁起カニを俺にいくらで売りつけようと考えている」
「嫁は2銀貨で買ったから2銀貨だと言うている」
「や、や、安っ!」
「花カニが15銀貨で売れて嫁はそのお金で6匹買った。同行者の分と花嫁修行や華やぎ屋でお世話になったから貴方達家族の分。お礼でもある」
義父はしれっと嘘をついた。実家にお金が欲しいというだけでお礼とは考えていなかった。これが世渡り。
嘘はつきたくないけど誰も傷つかない嘘なら良いこと。つまりこういう言い方が必要。また勉強だ。
「漁師が信頼して縁起カニを与えたのは嫁なので嫁が言うた通りに売る。皇族が次々死んだとか教えてもらったから怖い。代わりに台車を貸してくれ。荷物を家まで運ぶのに使いたい。もう帰るから茹で方や捌き方を知りたかったら我が家へ聞きに来てくれ。チラッと聞いていた感じだと普通のカニとは違う。聞きに来るならその人に台車を運んでもらいたい」
「小型金貨1枚払う。たとえ1人分の身が爪の先になろうと従業員全員に振る舞う。隠すけどな。誰か釣りに同行した。ヒシカニが大漁だったと言っておく。それでかめ屋はさらに繁盛だ。料理人と見習いをつけて見習いに運ばせる」
私は吹き出しそうになった。小型金貨1枚⁈
ヒシカニが大漁だったと言っておくとは義父やシンバと同じような発言。
「小型金貨1枚? 話を聞いていたか? 接待やバチ当たりは困ると嫁が言うている。買ったのは嫁だから売るのも嫁。漁師は教えてくれなかったけど縁起カニで欲張ると怖いみたいだから自分も買った値段以上で売るのは怖い。だから荷運びなどを頼んだ」
「この店に何人の従業員が居ると思っているんだ! それで彼等に家族がいてそこに全部縁起がつくんだぞ! それに皇族は食べられない幻の縁起カニだ!」
「お義父さん。従業員皆で食べるなら足りないからもう1匹譲りましょう。我が家の分を1匹減らして。かめ屋は大所帯です」
それで実家に4銀貨渡そう。買ったのは嫁だから売るのも嫁と言ってくれた義父ならええと言ってくれる。
売ったのは私だからそのお金も私が使いなさいと言うだろう。
我が家の取り分は毛むじゃらカニをあし全部と甲羅半分にする。しゃぶしゃぶは譲れない。残りを汁物か何かにしてご近所さん達に振る舞う。
ご近所中に振る舞う方法は義父母やロイが良い案を考えてくれるだろう。
次に似たような事はもうないかもしれないけどあるかもしれないから3人から学ぶ。
「そうするか。よしこうだ。2匹で4銀貨。代わりに店で従業員に振る舞うように町内会で振る舞ってくれ。寒いし量的に汁か? 任せるけど材料はそちら持ち。かめ屋の何人かと行った、ヒシカニが大漁だったと町内会長さんに伝えておく。かめ屋の宣伝も含まれているから内容は任せる。あとたまごを30個くれ。リルさん。それならいくらだ?」
それって結局2匹売りつけてお裾分けの労力も材料もかめ屋持ちにするってこと。
しかもたまごを30個も要求。氷蔵だとたまごは長持ちするから嬉しい。
小型金貨1枚で銀貨30枚。2匹で60枚。それを銀貨4枚にするから良いのかな?
かめ屋の宣伝になるなら良いことだ。
「2匹だから4銀貨です。お世話になったかめ屋がホクホクになって町内会もホクホクで、我が家もたまご祭りでホクホクです」
たまごあんかけ、出汁沢山のたまご焼き、茶碗蒸し、プリンの試作と色々作れる。こうなったらオムライスも作りたい。
「だそうだ。4銀貨払ってくれ」
「なぜ売る方が安くしようとする。訳が分からない。ガイさんとは長い付き合いだけど知らないこともあるんだなぁ。金額は譲らん。2匹ならその条件を満たした上で客にも使うから小型金貨2枚にする」
「それなら売りません。大副神カニが怒ったら怖いです」
「えー……。ガイさんはどう思う?」
安いのにガッカリされるとは解せない。欲張って次々死ぬとか嫌だ。
 




