海釣り編「売るぞ、毛むじゃらカニ」
シンバは寒かったし疲れたと海でお別れ。ジンとも実家近くの停留所でお別れ。
義父は「将棋と酒」と残念がったけどジンは「桃の節句に向けて色々ありますので」と断って先に立ち乗り馬車を降りた。
それで義父は「名を上げてくれ」と応援。
義父とベイリーと私はかめ屋に1番近い停留所で降りてかめ屋へ。
私とベイリーはお店近くでカゴを見張る係で義父が旦那と話に行った。
しばらくして義父と旦那がやってきて裏口の方へ案内された。
挨拶はそこそこ。旦那はカゴを覗いて目を輝かせた。
「ええものを売ろうって毛むじゃらカニじゃないか! しかも3匹もいる! 毛むじゃらカニが3匹もいる! どういうことだ? こんなの行きたかった。息子に早く旦那を押し付けたい。いやあ、またこのカニを食べられる日がくるとは!」
かめ屋の旦那はすこぶる嬉しそう。
「休めると言うていたのに残念だな。このカニ、昔売ってもらったのか?」
「残念だけどお得意様のご来店だったから喜びでもある。ガイさん。こいつは幻の縁起カニだぞ。何か理由がないと大金持ちにも絶対に売ってくれない。それが3匹もなんてとんでもないことだ」
6匹買ったって言ったらさらに驚くのかな。そんなに隠したいカニだったんだ。高く売れそうなのになぜ?
「もう何年も昔に市場であしだけ食べさせてもらった。見たのはその日が最初で最後で口に出来たのも同じ。ちょうど孫が産まれたとかで振る舞われていたんだ。美味いから定期仕入れの交渉をしたけど断固拒否。何度も交渉したある日、次に毛むじゃらの毛と口にした瞬間からお前とは2度とどんな取引もしないしそれを知り合いに広げるとまで言われて諦めた。何でそんなに、と色々調べた」
嬉しいのか旦那はよく喋る。大昔どんどんこのカニを売ったら嵐や連日雨に強風などで漁に出られなくなったとか、カニの大副神が現れて「縁起物」と漁師に言ったとか色々あるらしい。
漁師以外には基本的に「縁起の悪いカニ」と隠されている。皇族はこのカニを知っていて食べるの禁止。皇居に持ち込みも禁止。
昔、漁師の忠告を聞かなかった皇帝陛下が息子娘に与えて次々亡くなったそうだ。怖い。
「毛むじゃらカニ百怪談」という話があるくらい怖い逸話があるらしい。怖い。
「何つうカニを売られた。なのにそんな話は聞いていないぞ。根掘り葉掘り色々聞かれたのはそれでなのか? 貴方に聞いた定期仕入れの契約前と似ていると思ったけどそういうことか」
「ガイさん。毛むじゃらカニを3匹なんて定期仕入れの契約前どころではないと思う」
「3匹ではなくて6匹買った」
「ろ、ろ、6匹⁈ 3匹でも腰を抜かしそうなのに嘘だろう⁈ 3匹はどうした⁈」
「まず隣のカゴに1匹いる」
かめ屋の旦那がベイリーのカゴの中を覗いた。信じられない、というような表情。
「残り2匹は?」
「一緒に釣りに行った嫁の兄が1匹、自分の同僚が1匹持ち帰った」
「ガイさんは何をしたんだ。どうやってこんな数の毛むじゃらカニを手に入れた。というかどちらのカゴにも色々気になるものが入っている」
「嫁が交渉相手だ。最初は2匹だったらしい。見張り漁師が嫁のこの格好を見てどこぞのお嬢さんが早朝から岩場で釣りはええってだけで毛むじゃらカニのことを教えてくれたぞ。俺から聞いたと言えば売ってくれると」
「えー……。まさか。そんな理由で?」
旦那の頬が引きつった。私を上から下まで眺めて「確かにお嬢さんの旅装束だが……」と首を傾げる。
「最初の2匹はそうみたいだ。毛むじゃらカニのことは美味いから隠しているくらいしか聞いていない嫁がさらに4匹買いたいと言ったらその後交渉相手の漁師に根掘り葉掘りだ。同行者に聞いた話だと卿家と知ってさらに売ってくれるカニの数が増えた。卿家と言っても兵官の評判が悪くない地域で裁判関係でもええことがあったようで自分と息子の肩書きだからだ」
「それで合計6匹? 下手したら最初の2匹の話も消滅。そんな肩書きだけで売ってくれるものではない。俺は漁師や農家との取引で貴方の話をしたこともある。信用出来ないならこの人に話をして俺が悪さしたら潰してもらえって。効果はイマイチだ」
「おい。そんな話は聞いたことないぞ。勝手に人を商売道具にするな。身分証明書をもう1回見せろとか、名前を覚えるとまで言われたんだぞ。イマイチ分からないけど嫁の性格をかなり気に入られた」
私の性格?
自分では分からない変なところ、個性のことだろう。愉快だと言っていた。
「リルさんは漁師と何を話したんだ? 何て言われた? 今後の参考に知りたい。流れや会話を順番に説明して欲しい」
えー……説明下手だし喋り疲れた。義父を見上げて助けを求めてみる。ジンみたいに助けてと伝わるかな。
「嫁は漁師と喋り疲れてぐったりだから嫁と彼女の兄から聞いた話を自分がしよう」
「それだと足りないかもしれないから合間に彼女に質問をする」
「リルさん、それならええか? かめ屋にも華やぎ屋にも色々世話になっている」
「はい」
義父が助けてくれるなら気楽なので安心。
「まず嫁が花カニとヒシカニを釣った。毒カニかもしれないから嫁と義兄のジン君の2人で見張り漁師に聞きに行った」
「花カニ? ヒシカニはともかく花カニを釣ったのか?」
「そうだ。見張り漁師に聞きに行ってどこぞのお嬢さんが早朝から岩場で釣りは良いから、花カニより毛むじゃらカニが良いと教えてもらって買えると言われたと」
ここまでで何かあるか? みたいに義父と旦那に顔を見られた。
「お義父さんがこの衣装を買ってくれたおかげです」
「そうか。確かに前の格好では確かにそうならなかったな」
うんうん、と私は頷いた。
「見張り漁師は私ののっぺり顔が垂れ衣笠で隠れているから別嬪お嬢さんと勘違いして眼福とご機嫌。それで毛むじゃらカニの話をしてくれました」
義父と旦那にクスクス笑われて、ベイリーなんて吹き出した。また変なことを言った?
「そうらしい。男はしょうもないってことだ。それでジン君がタコを売ってくれた漁師に花カニより毛むじゃらカニが良いと聞いたという話をした。花カニを売って欲しい、そのお金で毛むじゃらカニを買いたいと頼んだ」
「待て待て。タコを売ったって何だ?」
「関係あるのか?」
義父が首を傾げた。私も同意。
「あるかもしれないから話してくれ」
「タコが2回釣れて要らないから売ってもらった。最初はタコを釣って自分とジン君が見張り漁師に売れるか聞いたんだ。船着場を紹介されてジン君に身分証明書と許可証を預けて行ってもらった。彼が漁師に声を掛けて頼んだらその漁師が売ってくれた。2銀貨になった。次のタコは魚貝と交換」
旦那が私を見た。補足はあるのか? という意味だと思ったので必死に思い出す。
「魚貝と交換は私が欲しかったムルル貝があったからです。ジン兄ちゃんがタコとムルル貝、ちびホタテ、サザエ4つと交換してくれていました」
「まだパッとしか見ていないがリルさんの近くのカゴの中の貝類はそれか」
「アサリは違います。サザエは我が家にだけで他は3分の1を兄ちゃんにお裾分けしました」
「売る仲介料をさっ引いて今日のその船着場のタコは2銀貨か。高めの値段だ。この立派なサザエは1個で平均5銅貨はする。直接仕入れでだ。残りは1銀貨と1大銅貨」
旦那は我が家のカゴの中を軽く見渡した。
サザエは食べたことがない。魚屋で見かけても視界に入っていない。高いと思って無視していたのだろう。
だから大きいのか小さいのかも値段も分かっていなかった。やはりサザエは高いってこと。
うどん屋で素うどんに安いおかずを乗せられる。
サザエ4個で20銅貨。2大銅貨。お釣りは1銀貨と1大銅貨。算数の勉強はしっかり出来てそう。
「これで3分の2か。ムルル貝とパルウムホタテをその値段では買えん。2銀貨相当のタコと交換は向こうが損。この時点で気に入られている」
「2匹目のタコは小さかったぞ。1匹目は大きかった。だから2銀貨もしなかったはずだ。仲介料を払ったとか払えと言われたなんて話もない」
「好かれた。リルさんの義兄のジンさんがまず気に入られたんだ。ここにいないのが残念だ。いや、ガイさんの身分証明書と許可証だな。ジンさんを煌護省の役人だと思ったんだ。番号など細かく見ないと年齢は分からん。ガイさんのことだから釣れるかどうかの噂だけではなくて兵官の評判が悪くないか事前確認して釣り場を選んだだろう」
私もジンもバレルの誤解を本人に言われるまで気がつかなかったけど旦那はすぐ見抜いた。すごい。
「いつもそうだ。嫌な目にあいたくない」
「タコの時点で関係あったじゃないか。まあ相場なんて知らないだろうから気が付かなくても当然だけど」
「その通りだ。説明されたから分かった」
「花カニなんていないと思ったけど売ったからいないのか。いくらで売れた? 大きさは?」
義父が大体の大きさを示した。
「銀貨15枚と1大銅貨だ」
「ええ……。花カニは今訳が分からないくらい高騰しているけどその大きさがその値段は驚異的だ。そもそも釣ったというのがおかしい。あのカニは確か浅瀬にはいないぞ。リルさん、なぜ高値で売れたか聞いたかい?」
「聞いてないけど教えてくれました。お偉いさんの一品料理にええ大きさなのと模様がすごいので取り合いだったそうです」
「1品料理……分けずに食べられる大きさだったのと模様か。行き先は皇居かもな。その花カニを見たかったな。その船着場に行けば極上の花カニがいるぞとかしばらく太客が増える。6匹は意味不明だけどそれが毛むじゃらカニを買えた理由か。それでどうした」
解説されてようやく理解。しばらく太客が増えるのは縁起が良いので縁起カニを私にお裾分けということ。
旦那は私を見ているので喋るしかなさそう。
「花カニを売ったお金で何匹買えるか聞きました」
「何て言われた?」
「何匹も買えるぞ。何人で食べるんだ? と聞かれました」
「それで?」
「嫁入り先は4人家族で実家は9人ですと言うたらそれなら4銀貨で2匹売ると言われました。1匹2銀貨のカニなら花カニのお金で買えるので6匹欲しいと頼みました」
「安っ! 安過ぎる! 何だその値段は。花カニの評判どうのとしても狂ってる。6匹欲しいとは無知とは恐ろしい!」
解説されたらその通りだ。ジンも私も毛むじゃらカニの見た目も大きさも何も知らなかった。
「隠したいくらい美味しいらしいから2銀貨もする高級品だと思っていました。もっと高いんですね」
「いや、大型金貨を積んでも売ってくれん。本当に理由があればヒョイっと安く売るんだな。花カニが5銀貨で売れれば2匹で1銀貨と言うたかもな」
大型金貨なんて一生見ることのなさそうな目眩がする値段。いや、ネビーや父達にいつか見せてもらう。可能なら借りて神棚にしばらく置いて拝む。
「それでどうなった? そこから根掘り葉掘りになったんだろう。相手の漁師は4匹追加しても良いか考えるために色々聞いたはずだ」
ジンも私も何も知らなかったけど、とんでもない事だったんだ。
「人妻なのかと言われて歳を聞かれました」
「歳なんて聞くのか。珍しいな」
「元服後即結婚と知った漁師さんは漁師の娘みたいだ、偽物お嬢さんだとガッカリです」
「ガッカリと言われたのか?」
「いえ。でも悲しそうなお顔でした。兄が職人の娘で卿家の嫁と言うて機嫌を取ってくれました。うんとニコニコです」
義父が吹き出した。チラッと見たらベイリーも笑っている。旦那だけは渋い顔。
「そんなことで機嫌が良くなったのか」
「はい」
「その後何と言われた?」
「兄の言い方とお義父さんのおかげのこの格好で商家のお嬢さん、本物のお嬢さんと誤解。卿家の本物嫁だと思ってホクホクです。釣りをする卿家のお嫁さんだと嬉しそうでした」
「見張りの漁師と似ているな」
「偽物お嬢さんで付け焼き刃嫁だけど毛むじゃらカニが欲しいから黙っていました。嘘はついてないです」
旦那まで笑い出して3人とも楽しそう。なぜ?
「それで?」
義父を見上げたら首を横に振られて旦那を掌で示された。私が話しなさいということみたい。
私は少し話すだけだったはずなのに解せない。
でも仕方ないから喋るしかない。また喉がカラカラになる。
「海釣りも川釣りもすると言うたら海は素晴らしいと言われました。海の漁師だから海が好きだと思って日焼けは嫌いなのは隠して、海も川も色々とれる。海は大好きだと話しました」
「その後はどんな話をした? なるべく細かく知りたい」
かめ屋の旦那なら仕方ないので一生懸命思い出して細かく教えた。誰も笑わなくなった。




